くろにゃんこの読書日記

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理解しきれないけど面白いと思う2冊

2009年05月14日 | 海外文学 その他
新しい認識を得たとき、雷に打たれたような衝撃とパズルがはまっていくような理解していく感覚を覚えたことはないだろうか。
そして理解した後は、後戻りをすることは許されない。
グレッグ・イーガン「万物理論」は、まさにそういう小説である。
まるで映画を見ているようなスリリングさと周到な構成をみせるこのSFは、なんといってもイーガンなので難しい。
理論物理学なんて、とてもじゃないけどついていけないので、そのへんのことは理解不能なので、そのまま受け流すことにする。
つまり、万物理論が成立する過程、社会状況、万物理論が成立することで引き起こされる変化に目を向けるのだ。
結果的に成立することになる万物理論は自らを肯定することから始まる。
自らがあることを偶然の産物とする考えを否定し、あることを是とする。
自らを系のなかに見出し、身体の知を手に入れることにより、新しい世界観を認識する。
その世界観の前には、ジェンダー、民族、国家という枠は崩れ、神は去る。
これはイーガンが差し出す楽園のひとつのかたちである。



もうひとつ取り上げるクリスタ・ヴォルフ「カッサンドラ」は池澤夏樹氏が選する新世界文学全集の一冊である。
世界文学全集といえば、いわゆる古典のオンパレードと思いがちだが、新と冠するだけあって、河出書房版の文学全集は20世紀後半の世界文学から集められている。
ラインナップを見てみれば、読んでいる作家や作品が幾つか見つかり、あらうれしやと思うわけであるが、エリアーデが「マイトレイ」なのにはちょっと納得がいかない。
「精霊たちの夜」ではアジェンデとかぶるからしょうがないかと思うことにする。

カッサンドラは、アイスキュロスのオレステイア三部作のひとつ「アガメムノーン」に登場するトロイアの王女であり予言者である女性である。
「アガメムノーン」を思い出してみると、劇中のカッサンドラには奇妙な沈黙の時間があり、ヴォルフはこの沈黙の時間にあるカッサンドラの思考の流れを描いているのだと思う。
このことからわかるとおり、「カッサンドラ」はギリシア神話や悲劇を相当読んでいないとスラスラとは読めないのではないだろうか。
本文中に訳注はあるけれど、それほど親切ではない。
私が読んでいない解説には詳しくあるようなので、解説から読むのもひとつの手かもしれない。
悲劇等を読んでいれば、本文には書かれていないヘカペーの壮絶な末路やポリュクセネーの悲劇的な最期、イービゲネイアの犠牲、クリュタイムネストラーの策謀、アガメムノンの死、アイエネアスの未来などなど、いろいろなことが想起され、関連づけられて読む楽しさも倍増するというものだ。

「カッサンドラ」のカッサンドラは予言者であり神官であるが、非常に現代的な解釈がなされている。
彼女の予言に神秘的な能力もないではないが、世の中の出来事を正しく判断する観察眼によって彼女は先を読んでいく。
だが、それが真実であるがゆえに疎まれる。
真実を直視できないがゆえに、国は滅びの道を歩んでいかざるをえない。
敵に攻めいれられる前から、内側から崩れ落ちていたのだ。
ヴォルフがこの小説を書いたのは、東西ドイツが統一される以前の東ドイツであったという。
ヴォルフはカッサンドラのように自分を取り巻く状況から東ドイツの崩壊を予見し、物語はその内実を反映しているものといえる。
そういう事情は察することしかできず、とうてい簡単に理解しきれるものではないが、戦時中の日本を思い出さずにはいられないのも事実だ。
ギリシア神話や悲劇という高い壁はあるものの、読む価値はあると思う。

万物理論 (創元SF文庫)
失踪者/カッサンドラ (世界文学全集 2-2)


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11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
シュレディンガー音頭 (めるつばう)
2009-05-14 10:38:40
というのがありましたっけ。
関係ありませんでした。

現在最も近いのがちょーヒモ理論でしたっけ?
大統一場理論が宇宙の理をすべて表す
ことができるのかしらん?

このあたりのどんでん返し的理屈は
「ルミナス」にも見られる気がします。
あ、あと「順列都市」こっちのほうが
兄弟的ですよね。
内容はちょーーー大風呂敷を敷いて
くるりんぱ!って感じです。
わけわかんないひょうげんですみません。

そーいえばきっとまにまにさんも
すぐにコメントを書き込むことで
しょう。
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manimaniさん待ってます (くろにゃんこ)
2009-05-14 15:49:14
っとプレッシャーをかけてみたりして(笑)

シュレーディンガー音頭、そんなものあったんですね。
その道では有名なんでしょうが、一般人だから知りませんでした。
超ヒモ理論かあ、さっぱりだな。

イーガンはまだ数冊しか読んでいないんですが、そうですかくるりんぱですか。
じつは「万物理論」もブックオフで見つけて100円で購入したものなんですが、以前購入したはずの「ディアスポラ」がどこかに雲隠れしてしまいました。
どこにいっちゃったんだろう~?
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むむ? (manimani)
2009-05-14 21:32:01
くろにゃんこさん、めるつばうさん、こんばんは~(笑)

「万物理論」に近いのは超ひもとあとは、いま実験が停止しちゃっているCERNの超加速器で検証しようとしてるあれですな。
なんだっけ?(笑)標準モデル?
それは実証目前なのでいまはスリリングなときをすごしてるわけですね人類は・・

でもイーガンのやつはそれらとも違う、人間原理ってやつを土壇場で担ぎだしてくるりんぱ!(結局それ)

始終ケムにまかれてほんとうに頭つかれmすよね~イーガンは。。


「カッサンドラ」のほうはまさにくろにゃんこさんのご専門という感じですね~そういう読書体験を是非してみたいもんです。。。
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ごめんなさい~ (manimani)
2009-05-14 23:12:16
エントリがふたつになってしまいました~
お手数ですが削除してくださいませ。。
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ど~も~ (くろにゃんこ)
2009-05-14 23:46:30
了解で~す。
一件削除させていただきました。
期待どおりコメントいただけてうれしいです!

あー、やっぱりくるりんぱなんだ~~。
ま、イーガンだし(笑)
次、読むのが楽しみだわ。

超ヒモ理論とか、なんだなぁ、勉強しないとだめだよなぁ。
量子論あたりから正直ついていけてないんだよなぁ~~はぁ。
でも、興味はあるし、頭が柔らかいうちにがんばろっと。

また今日も悲劇と「アイエネーイス」借りてきちゃった。
しばらくまたギリシアの日々だわ。
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Unknown (めるつばう)
2009-05-15 11:04:34
ファインマンですら
”りょーしりきがくはわかりづらいよん~”
といっているくらいだし、一般的な
わたしたちのしっている世界とはまったく
違った振る舞いをするので読んでもちっとも
わからないですよねぇ。

ギリシア悲劇はわたしも好きです。


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りょーしりきがく (くろにゃんこ)
2009-05-15 18:36:52
アインシュタインですら~~ですからねぇ。
でもって、次元がどうのとなるとさっぱりわからん。
理論物理学者って凄いよね!

ギリシア悲劇、お好きですか。
おおっ、テンション上がった!
今読んでるのは「トローアデス」で、ヘカペーがポリュクセネーの死を知ったところ。
近頃図書館は悲劇全集と同じ岩波の喜劇全集を購入してくれたので、がんばって読破するぞ!
こっちはやる気満々だな。
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ギリシア (めるつばう)
2009-05-17 09:24:27
びみょーにもっています。
喜劇もあります。
アリストパーネスとか。
エウリピデスは何篇かあります。

結構好きなのが、詩なんですが。
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ムーサよ! (くろにゃんこ)
2009-05-17 21:22:58
詩ですか。
私はじつのところ詩は苦手なんです。
言葉が少なくなればなるほどムズカシイですよね。
詩人と聞くだけで尊敬しちゃいます。
三大悲劇詩人なんて、もう神のごとき存在です。
好きなのはソポクレスですが、一番最初に読んだ悲劇詩人だからかもしれません。
めるつばうさんが悲喜劇を持っているなんて、ちょっとうれしい。
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Unknown (Yumikoit)
2011-03-04 18:07:59
こんにちは。この記事を読ませていただきまして、タイトルに惹かれて、私も読むべくさっそく図書館に予約しました。
学生時代に超ひも理論の勉強をしたのはもう15年以上も前のことです。
明日でも借りてこよう。楽しみー。
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