くろにゃんこの読書日記

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アイスキュロス オレステイア3部作

2006年11月26日 | ギリシア悲劇とその周辺
ギリシア悲劇特集、再び。
アイスキュロスは3部作構成を好んで用いていたようですが、
現存するものとしてはオレステイアのみです。
7編しか残されていないなかで、3部作という体裁を保っていること自体驚くべきことですが、現代まで伝わるだけの理由、いろいろな時代で語り継がれる何かがあるということでしょう。
オレステイア伝承は「オデッセイア」にも語られる有名な仇討ちであり、
オレステースは賞賛に値する人物として語られ、アテーナイの市民たちもそのように考えていたのではないかと思われます。
アイスキュロスはそのようなスタンスで描いており、先に読んだソポクレス「エーレクトラー」におけるオレステース像とは大きく異なっていると言えます。
ソポクレスとアイスキュロスの違い、これは同じ題材でも詩人がそこから何を拾い何をクローズアップさせるかという解釈の違いが大きく、さらに作風の違いが挙げられます。
ソポクレスの悲劇においては、登場人物が個々のドラマを持っており、それらが絡み合ってより大きなドラマを形成していくように感じられましたが、アイスキュロスの場合は、ドラマの大きなうねりの中で登場人物が各々の役割を担っているような印象を持ちました。
また、アイスキュロスは非常に劇的な効果をいたるところで狙っており、
観客の予想を裏切って驚かせたり、じらしを加えてみせたり、技巧の研鑽に余念がなく、
さすがは大物だと感心させられました。

オレステイア3部作は「アガメムノーン」「コエーポロイ」「エウメニデス」
の3作で構成されています。
「アガメムノーン」は、アガメムノーンが苦節10年のトロイアー攻めから勝利し、帰郷したところで妻のクリュタイメーストラーに殺害されるという場面です。
クリュタイメーストラーの夫を殺害する動機とは何なのか。
アガメムノーンによる愛娘イービゲネイア殺害の恨み、アイギストスへとの密通、ぺプロス家にまつわる呪い、トロイアーで戦死した兵士や市民の怨霊、等々が一体化し、クリュタイメーストラーに説き伏せられて紫貝で染められた紅い織物の上を歩くという行為によってアガメムノーンは犠牲の儀式に自ら進んでいくわけです。
アガメムノーンはトロイアーから捕虜の女奴隷を連れ帰りますが、そのなかにトロイアー王女であるカッサンドラーという予言者も含まれています。
カッサンドラーはクリュタイメーストラーの呼びかけにも全く応じず、
身動きさえほとんどしないので、だんまりの役者かと思わせるのですが、クリュタイメーストラーが退場した後に、突然神がかり、予言をし始めます。
この効果は絶大な驚きをもって観客は舞台に釘付けになったのではないでしょうか。
神がかる巫女は狂気を帯びて演じられ、その言葉からは過去の呪いによる血の流れを告げ、さらにこれから起きようとする殺人をも予見し、カッサンドラー自信もそこで命を落とす運命であることも知らせます。
カッサンドラーはやがて恨みを晴らす者の出現があることを告げるとともに、潔く自分の運命を受け入れ、惨劇の行われる館内へと入っていきます。
その後、クリュタイメーストラーによる殺害場面へと移り変わり、
クリュタイメーストラーは2体の死体とともに舞台へ現れます。
クリュタイメーストラーの行為を責めるコロスとの問答が繰り返されるなか、アイギストスが登場し、アイギストスの恨み(アトレウスによるテュエステースへ供された食肉祭り)が明かされ、アイギストスにとってもこれが正義であることを印象づけます。
アイギストスとクリュタイメーストラーは共謀してアガメムノーン殺害を企てますが、実行したのはクリュタイメーストラーであり、その後を取り仕切る役目をアイギストスに任せることを確認させ、「アガメムノーン」は終了します。

「コエーポロイ」「エウメニデス」については、長くなりそうですので次の記事で。

アイスキュロス I ギリシア悲劇全集(1)




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10 コメント

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退屈な神々 (迷跡)
2006-11-26 18:08:03
いよいよアイスキュロスですね。
受け入れられない預言者カッサンドラーは私の好きなキャラの一人です。
ところで、オレステイア。そもそも悲劇の発端は、娘を生贄に捧げれば船団がトロイに向かうための風を神が送るというお告げでした。退屈した神々(ゼウスの浮気も度々なので飽きられてしまいます)が人間たちの間に波風を起こして悲劇を演出し、楽しんでいるんですね。
現代の民主主義のみかけの神は大衆。その退屈を慰めるためにいろいろな演出がなされているようです。


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悲劇の発端 (くろにゃんこ)
2006-11-26 19:41:42
悲劇の発端は、それ以前のペプロス家にまつわる呪いが発端であるとみるのが妥当ではないでしょうか。
その呪いについては、詳しくは「エーレクトラー」の解説にある、つまり図書館に行かねば正確なことは書けません、、、申し訳ない。
つまり、その呪いのせいでこの一族は多くの血を流すことになり、イービゲネイアの生贄もその一つであると言えるでしょう。
なんにしても、ギリシア悲劇というのは、過去の穢れや恨みが血のつながりのある一族について回り、そこに神の介在が見え隠れしたりするんですよね。
その報復の繰り返しをどう処理するのかが「エウメニデス」の見せどころであり、伝承においてもオレステースは裁判によって無罪とされているらしいです。

私の好きなキャラはクリュタイメネーストラーですね!
あそこまで悪女を極められるとカッコイイではありませんか。
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ごあいさつ遅れました。 (スフィンクス)
2006-12-04 00:09:49
昨日TBさせていただきました。
文章お上手ですね、とてもわかりやすいです。
コメントいただき恐縮です。
アイスキュロスがこんなに面白いって初めて知りました。
これから「コエーポロイ」「エウメニデス」を
読もうと思っています。
また、TBさせていただければと思いますので
よろしくお願いします。
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こちらこそよろしくお願いします (くろにゃんこ)
2006-12-04 09:24:48
先日、本ブログにTBしたら、アイスキュロスが3つも並んで、珍しいこともあるものだと思いました。
2つは私で、1つはスフインクスさま。
さっそく記事を読ませていただきました。
私は岩波から出ているギリシア悲劇全集を読んでいるんですが、文庫とでは翻訳が違うようですね。
オレステイア3部作は、3部作全てがそろうことで、演出的な仕掛けが効果を最大限に発揮できるようになっていて、大作を得意としたアイスキュロスの職人的な技とスケールの大きさに圧倒されました。
筑摩世界文学大系は、字が細かくて3段組み、しかも重いという三重苦ですが、「アガメムノーン」を翻訳された方は、原文に迫ろうとする姿勢を大きく買っているようでしたよ。
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翻訳 (スフィンクス)
2006-12-04 23:53:19
翻訳との相性が悪くて読む気がなくなるのは
もったいない話しですよね。
新潮文庫のニーチェで挫折したことがあります。
その後岩波文庫の翻訳でようやく面白さがわかりました。

岩波の翻訳が一番いいと思うんですが、
(筑摩世界文学大系はけっこう怪しい)
もう借りちゃったからこれで読みます。
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筑摩世界文学大系 (くろにゃんこ)
2006-12-05 08:46:37
筑摩世界文学大系は、リチャードソン「パミラ」を読んだだけですが、あの翻訳はとにかく凄かった。
いや、いい意味で。
なんてたって「アーメン、ソーメン」ですから(笑)
多少、古臭さを感じるところもありましたが、文章自体が流れるようなリズムでしたので、わりとすんなり小説世界に入り込んで、とても面白く読ませてもらいました。
翻訳モノを読む場合は、翻訳文と読者との相性があるのは否めません。
ゴーゴリが落語調で翻訳されたという記事を最近目にして、入れるところから入るっていうのもいいんじゃないかなぁと思う今日この頃です。
それには、既にある程度の読者層が見込まれるという前提が必要ですが。
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Unknown (mumble)
2007-01-15 10:13:20
昨年暮れに、ちくま文庫の「ギリシャ悲劇I アイスキュロス」を買って、読み始めましたが遅々として進みません。先日、wowowでオレステアの放送がありました。bunnkamura2006.9 蜷川演出。オレステス=藤原竜也、エレクトラ=中島朋子。しかしですね、頭には阿刀田高の「新トロイア物語」が入っていて、クリュタイムネストラが悪人に思えない。オレステアやエレクトラが喚く言葉が屁理屈にしか聞こえない。アガメムノン殺害には色んな説があって、個人的にはアガメムノン極悪人説にしたがっていますので、別のバージョンを示されても入り込めません。狂気の一族の殺し合いですから、勝手にやりなさいって感じ。クリュタイムネストラにはアガメムノンを憎む理由はいくらでもありますから、どうしてもそちら側に立ってしまう。ただ、藤原竜也、なかなかの熱演でした。殆ど裸体を晒す格好ですが、若い肉体っていいなぁと思いました。
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蜷川演出 (くろにゃんこ)
2007-01-15 13:27:14
確か蜷川演出オレステイアはエウリーピデースではなかったかと思います。
エウリーピデースのオレステイアはまだ読んでいないのでなんとも言えませんが、アイスキュロスとはかなり解釈が違っているんじゃないでしょうか。
エウリーピデースの女性像は、この時代にしては奇抜で、
むしろ現代の女性に近いところがあるように思います。
クリュタイメネストラが悪人に見えないとしたら、オレステスやエレクトラの言葉が屁理屈にしか聞こえないとしたら、それはそれでとてもエウリーピデースらしいと言えますね。
wowowで放送していたのは知っていました。
同時に「エレクトラ」もやっていてんですよね。
契約していなかったことをTV欄を握り締めて嘆きましたよ。
蜷川演出、藤原竜也といえば「新毒丸」。
全裸のシーンがあったような。
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エウメニデス (シアターX)
2007-09-06 11:50:57
突然失礼します。
9月14日から東京・両国にてエウメニデスを公演します。
イスラエルとの共同創造作品です。
よろしかったら、情報だけでも見て下さいませ。
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情報ありがとうございます (くろにゃんこ)
2007-09-07 10:26:33
直々の情報提供、ありがとうございます。
なかなか家庭の事情などで、演劇を観に行く機会が持てないのが正直なところです。
シアターXさんは、ワークシップやいろいろな研究会を精力的になさっていて、素晴らしいですね!
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