くろにゃんこの読書日記

マイナーな読書好きのブログ。
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図書館で借りるとき、ちょっと恥ずかしかった本

2007年02月24日 | ギリシア悲劇とその周辺
オウィデイウス「変身物語」がどういうものなのか読みたくて、図書館で探したところ、国書刊行会から出版されている書物の王国シリーズの一つにちょびっとだけ所収されているのを見つけ、早速借り出そうとしましたが、そのタイトルに一瞬躊躇しました。
なんたって「美少年」ですから(笑)
国書から出ていますので、あやしげなタイトルのわりには、中身は古今東西の美少年にまつわる文学作品のアンソロジーであって、格調高いものであります。
借りた理由が理由でしたので、ギリシアに関連するものしか読んでいないんですけれどね。
オウィディウス「変身物語」からは「キュパリッソス、ガニュメデス、ヒュアキントス」です。

オルペウスが身を清く保って3年が過ぎるころ、丘の上で神の血を引く楽人オルペウスが響きのよい弦をかき鳴らすと、たちまち木が飛来して陰ができる。
それらの木のなかには、パエトンの姉妹たちが変身したポプラの木が、ダプネがなりかわった月桂樹、アッティスが人間の姿を捨てて堅い幹に変じた松があり、仲間入りした円錐形をした糸杉は、アポロンに愛された美少年キュパリットスである。
彼はケオス島に住んでいたが、カルタイアの野に住む妖精(ニンフ)に献げられていた一頭の立派な雄鹿をとても可愛がっていた。
あるとき、彼はあやまって投げ槍で刺し貫いてしまう。
鹿が無残に死にかかっているのを目にしたキュパリットスは、自分も死にたいと思った。
嘆いている彼に、アポロンは慰めの言葉をかけ、嘆きはほどほどにして度を越さぬように教え、さとしたが、キュパリットスは聞き入れず、いつまでも嘆いていたいと神に願った。
際限のない悲しみのために血も涸れて、からだが緑色に変わり、白い額にかかっていた髪の毛は逆立って堅くなり、先端の梢となって星空を仰ぐようになった。

木々や集まった鳥獣の真ん中に座っていたオルペウスは竪琴を鳴らしてうたい始める。
 わが母「詩神(ムーサ)」よ、ユピテルからこそ、私の歌を始めさせたまえ!
歌うはガニュメデウスとヒュアキントスのこと。
かつて神々の王ユピテルがトロイアの少年ガニュメデウスにおもい焦がれた。
ユピテルは雷電を運んでくれる鷲に身を変え、ガニュメデウスを誘拐した。
今もなおユノーの嫉妬にもかかわらず、この神の酒の相手をしている。
ヒュアキントスも許されうる限りで不死となった。
スパルタの少年ヒュアキントスは、アポロンに誰よりも愛された。
アポロンがスパルタに入り浸っている間は、デルポイには主がいなくなり、
竪琴も弓も捨て置かれたまま。
少年のために猟網を担いだり、犬を引っぱったり、少年と連れ添って嶮しい峰を踏み歩いたり。
あるとき少年と神は服を脱ぎ捨て、からだをオリーブ油で光らせて円盤で投げ比べを始めた。
アポロンの投げた円盤を拾いに行ったヒュアキントスは、
固い大地から跳ね返った円盤が顔を直撃し瀕死となる。
 ああ、おまえの身代わりに、この命を捨てることができたら!
 おまえと一緒に死ぬことができたら!
だが、神である身には許されない。
そのかわり、この手が奏でる竪琴と、私の歌とが、お前のことを歌うだろう。
おまえはあたらしい花となって、その花びらにつけられたしるしが、私の嘆きを写しとるのだ。
また、いつか、名にし負う豪勇のアイアスがやはりこの花に身を変じ、同じその花びらに、
彼の名前が読み取れるだろう。
大地に流されて青草を染めていた血は、もう血ではなくなって、テュロス染めの紅よりも鮮やかな花が、そこから生え出て、百合のような形になった。

なので、うっかりその花はアイリスかと思ったんですけど、
どうやらヒヤシンス説が有力なようです。
アイリス、ラクスパ、あるいはパンジーという説もあるそうです。
ヒヤシンスの花言葉「悲しみを超えた愛」はこの神話からとられたのだとか。
ラテン語からの直訳ということで、ギリシア古典のオーソドックスさがあり、大変満足しました。
「変身物語」買おうっと。

変身といえばナルシス。
ナルシスといえばリルケ。
もれなく「ナルシス」も本書に所収されています。
短いものではアイリアノス「ギリシア奇談集」から「プトレマイオスの美童」「シュラクサイの牛飼いダプニスと牧歌の起源について」。
「プトレマイオスの美童」は、プトレマイオス王が寵愛していたガレステスという少年は、見目麗しいばかりでなく、心も美しく、刑場に曳かれて行く者の姿を見て心を痛めた少年は、「このとき天の助け船」(作者不明の悲劇の断片)ではありませんが、私たちがあの哀れな者たちのディオスクロイ(ゼウスの息子カストルとポリュデウケスの双児神。海難の保護者)になりましょうと王に言い、王もその優しさに感じ入って囚人の命を救うとともに、彼への寵愛を深めたというお話。
「シュラクサイの牛飼いダプニスと牧歌の起源について」は、牛飼いのダプニス(ヘルメスの息子とも愛人とも伝えられている)が、シケリアで牛を飼っていたとき、あるニンフが彼を見染めて懇ろな仲になり、他の女に近づかぬように、約束を違えたら目が見えぬようになると嚇かし、互いに堅い約束を取り交わしたけれども、その後酒に酔ったダプニスがある王女と契ってしまい、この時から「牛飼いの歌(プーコリカ)」が歌われはじめ、ダプニスが盲目になった受難の物語がその主題であるという起源談。

古代から1900年代に一気に時代は流れて、フランス女流詩人マルグリット・ユルスナール
「アキレウス あるいは虚偽」。
伝承によれば、トロイアー戦争でのアキレウスの死を恐れたテティスは、スキュロス島のリュコメデス王のところにアキレウスを送り、女のなかに彼を隠します。
アキレウスはそこで王女デーイダメイアとの間に一子ネオプトレモスをもうけるのですが、
商人のなりをしたオデュッセウスが女向けの商品に武器をまぜて展示し、女たちが見向きもしない中、アキレウスだけが武器に手を出したため、正体をあばかれ、アキレウスはトロイアーに向かうことになります。
「アキレウス あるいは虚偽」においてアキレウスの女装は完璧で、「デーイダメイアの父は、あろうことか彼を処女と思い込んで恋するところまで迷い込んでしまった」のだとか。
相当、美しかったのでしょう。
女性になりきる男性の方が、より女らしかったりしますから。
女装している彼がどうしてデーイダメイアとの間に愛が芽生えるのかといえば、王の娘であるデーイダメイアとその従妹であるミサンドラだけが、「男が女について思い描くにはあまりにも理想的な姿に似すぎたこの少女を額面どおり」受け取らず、アキレウスは夜な夜なデーイダメイアの臥所にあらわれるようになります。
アキレウス、デーイダメイア、ミサンドラの3人の間では、情念の嵐が吹き荒れたようですが、3者は愛し合うと共に憎み合うというある種の仲間意識があるようです。
そこにギリシアの王たちはやってきます。
王たちは千段もの階段を昇り、壁を背にして立つ3人の王女の姿を認めます。
ミサンドラの短い髪、女性ながら筋骨たくましく、大きな手で握手し、物怖じしない様子をみて、彼らはミサンドラを女装した男ではないかと疑います。
そこで、女ものの道具と武具を見せるのですが、女が手にとる武具や剣は、女ものの道具であるような印象しか受けません。
ところが、デーイダメイアがパトロクロスの姿を見て感嘆の声を漏らしたのをアキレウスは聞きつけ、アキレウスはデーオダメイアとパトロクロスの間に身を割り込ませます。
しかし、デーイダメイアの心が、裸体のアキレウスよりも青銅で身を固めたパトロクロスに移ってしまったことをさとったアキレウスは、嫉妬と怒りでデーイダメイアの首を締めてしまいます。
呆然とするアキレウスに手を差し伸べたのはミサンドラで、ミサンドラはアキレウスを連れ出して門を開け、ギリシアの王たちのほうへ押しやります。
ミサンドラがなりえないもののほうへと。
勝利の女神のようにあらわれたアキレウス。
なのに、誰一人男性だとは思わなかった!

ユルスナールの描く島は、門や階段などの描写などから、
魔法にかかって外界から孤立しているような印象をうけます。
島に入れば魔法がかかり、島から出れば魔法が解ける、そんなイメージでしょうか。
匿名の手紙に警告されてやってきたギリシアの王たちですが、
その手紙はミサンドラが出したものでしょう。
ミサンドラは、女性ながらたくましく、男性のように生きることに憧れがあり、ミサンドラがアキレウスに抱く感情は、男でありながら島にいることで戦いを避けている男に対する怒りと、その気になれば雄雄しく戦うことが許される男への憧れがまじりあったものだ思います。
ユルスナールはアキレウスが女装して隠れていたというエピソードに悲劇性を加え、
みせかけの魔力を感じさせてくれます。

ギリシアの伝承は幾通りもあって、どれが本当かというようなものではありません。
多くの楽しみと尽きない興味を提供してくれていて、
奥の深~いものなのだとあらためて思いました。

美少年




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4 コメント

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美少年 (ぱいぽ)
2007-02-24 14:49:18
美少年…一瞬、日本酒のことかと思いました(^^ゞ
きっと図書館の人は内容を知っているので、きっと大丈夫だったと思います。
ところで、興味深い題材ですね。とくにユルスナールのアキレウスには驚きです。
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日本酒にありましたね (くろにゃんこ)
2007-02-25 09:25:04
ユルスナール「アキレウス あるいは虚偽」は、ほんの数ページのものなのですが、さすがに詩人であるだけに、よけいなものをごっそりそぎ落とした文章で、何度も読まないと細かいところがわからないし、推測するしかなかったりして、けっこう難しかったです。
物語的には、とても面白く、興味を持って読みました。
女流詩人ならではの視点でもあり、悲劇として舞台で演じられてもおかしくないです。
もしかしたら、アキレウスの女装生活を主題にした悲劇があるのかもしれません。
未だ、悲劇は勉強中。
悲劇全集読破するぞ~!
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青年の酒 (めるつばう)
2007-02-26 16:49:12
かの美少年にはサブコピーがついています。
それが”青年の酒”・・・意味が深いような??

オウィディウスの『転身物語』(確か人文書院では
この表記でした)は昔アルバイトをして購入しました。
これと、呉茂一の『花冠』がギリシア関連では宝物です。
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意味深ですねぇ(笑) (くろにゃんこ)
2007-02-27 08:18:13
あまり深く考えないようにしましょ。

そうそう、本邦初の訳本は「変身」ではなく「転身」なのですよね。
「花冠」は「ヒッポリュトス」かしら。
どちらも良いものをお持ちですね。
ギリシア関連は、少しずつ買いためていこうと思ってます。
奥が深いものなので、何度でも読み返したいですから。
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