くろにゃんこの読書日記

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北欧の児童文学とラーゲルレーヴ

2007年01月16日 | ノーベル賞作家
北欧の文学というと、とっつきにくいと言いますか、日本ではあまりメジャーではないですよね。
じゃあ、「ニルスのふしぎな旅」「小さなバイキングビッケ」「ムーミン」はどうですか?
年齢的なものもあるでしょうけど、私ぐらいの年代にはおなじみのキャラクターたちですよね。
「ニルスのふしぎな旅」「小さなバイキングビッケ」はスウェーデン、
「ムーミン」はフィンランドの児童文学です。
「ムーミン」の新シリーズは、うちの長女が小さい頃にビデオにとって、
繰り返し、そりゃあ繰り返し、テープが擦り切れるほどみました。
トーベ・ヤンソンが製作に携わったこともあって、フィンランドでも繰り返し放映されるくらい原作により近くなっていますが、かつて旧シリーズに親しんでいた方(うちの旦那とかね)には、多少不満も(特にスナフキンに)あるようです。
私としては、どちらにも思い出があって愛着があります。

最近、フィンランドのアンデルセンと呼ばれているトペリウスの『星のひとみ』を読む機会があり、そこに夏至の焚き火のお祭りについての童話「夏至の夜の話」というものがありました。
焚き火といえば、迷跡さまのブログで焚火小説のアンソロジィなるものを考えた際に、
「ムーミン谷の冬」の、太陽が初めて顔を出す前日の焚き火のお祭りのことが頭に浮かんだっけ、ということを思い出しました。
北欧、その中でも北部では、皆さんもご存知のように、夏には太陽が地平線から沈まない白夜があり、冬は太陽が何日も顔を出ない闇の季節なのです。
ですから、夏至や冬至が特別なものであるというのも納得がいきますね。

サカリアス・トペリウスが創作した時代、フィンランドはロシアの治下にあり、トペリウスは民族運動(文学による民族のアイデンティティーの確立)にも大きく貢献しました。
そのなかで、子供たちにむけて書かれた童話には、
愛と善意に満ちた祖国を愛する国民に育って欲しいという願いが込められています。
フィンランドの伝承や、自然の美しさや厳しさ、良い行いや悪い行いに見合った幸せ、
純粋さ、謙虚さ、寛大で優しい心。
こうした童話は、フィンランドだけでなく、多くの国で翻訳され、
多くの子供たちに読まれるようになりました。
日本でも多少の翻訳はありますが、アンデルセンほどの知名度はありません。
トペリウスの物語には、神の愛というキリスト教的な価値観や言い回しがあり、その敬虔さゆえに、日本ではあまり馴染まないのかもしれません。
ですが、トペリウスの魅力は、「霜の巨人」や「雲のなかのかじやさん」のように、北欧神話や伝承から愉快なお話を作り出したり、「星のひとみ」のように幻想的な美しさのなかに人の気持ちの移り変わりをみせたり、「古い小屋」のようにロマンティックなストーリィのなかに時の移り変わりの無情さをみせたりする、ストーリィテラーとしての能力と物事を受け止め、許す、善良な精神にあると思います。

さて、ラーゲルレーヴといえば「ニルスのふしぎな旅」ですが、児童文学以外も優れた小説を書いており、ノーベル文学賞も受賞しています。
お勧めを受けたこともあって「沼の家の娘」という短篇小説を読みました。
昭和3年出版のもので「北欧三人集」という図書館の書庫に保管されてあったものです。
この物語は片田舎の裁判所の法廷シーンから始まります。
原告は貧しい若い女中、被告は妻帯した身なりの整った男。
彼女は男と過ちを犯し、その子供のために男から養育費を受け取りたいと訴えています。
ところが、男は彼女が奉公していたことは認めましたが、彼女と恋愛関係は結んでいない、
この訴えは不当だと反論します。
それならば、聖書によって宣誓するようにと裁判官は男に命じます。
この法廷に立つ娘は、男を訴えることで、少しも得をすることはありません。
過ちを犯したことを声高に宣伝しているようなものですから、周囲の軽蔑を受け、仕事を探したところで雇ってくれるものなど現われないでしょう、
それでも訴えねばならないのは、よほど困窮しているからに違いないのです。
それなのに、彼は嘘の宣誓をしようとしている。
それは偽誓に他ならない。
彼は魂を売ろうとしている。
そんなはずはない、私から逃れるために自らすすんで呪いの烙印を打たれるなんて。
彼女は恐怖におののきます。
まさに、宣誓の言葉を繰り返すその時、彼女は彼の手を払いのけ、聖書を奪います。
「あなたは誓いをなさってはなりません!」
「わたくしは訴訟を取り下げます。
 あのひとは子供の父親でございます。
 でも、わたくしはやっぱりあのひとを愛しております。
 あのひとに偽誓をさせたくはございません!」
この行動が裁判官や法廷に居合わせた人々の心を打ち、彼女は人々の信頼を回復します。
ここで、トペリウスの敬虔さと寛大な心を思い出してみましょう。
彼女は一度過ちをを犯してしまいましたが、その心は純粋であり正直です。
自分の利益より彼の魂の安寧を望むその姿勢に人々が感心し、軽蔑から打って変わって尊敬の念を抱くようになるのも、彼らが敬虔さと寛大な心を持っているからなのです。
もちろん、この短篇はこれで終わりというわけではなく続きがあります。
伝承的なモチーフがひっそり顔を出し、いっそう魅力的なロマンスになっています。
トペリウスにしても、ラーゲルレーヴにしても、それは理想でしかないかもしれません。
でも、その許容する心は、今の私達にこそ必要ではないかと思います。

ところで、ここにあげたラーゲルレーヴ「沼の家の娘」は復刊ドットコムにリクエスト中です。
私の読んだ古い本ではありませんが、『星のひとみ』を翻訳なさっている万沢まき氏がスウェーデン語から訳されたものなのだそうです。
以前に読んだことがある方、読みたいと思ってくださった方、ぜひぜひ、ご協力を。
よろしくお願いします。




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9 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ニルス不思議な旅 (スフィンクス)
2007-01-16 23:40:55
あーこれ子供の頃アニメで夢中になって観ました。
すごい面白かった。アニメのマイフェイバリットです。
終盤でニルスの仲間だったとんびだか鷹だかが
成長して肉が喰いたくなり、仲間を襲い始める
挿話があって涙した思い出がありますよ。
友情も食欲に勝てないのが切なかった。
主題歌もすごい耳に残っています。
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アニメ版ニルス (くろにゃんこ)
2007-01-17 09:18:09
主題歌、覚えてますよ~!
ネットで動画を観てみたんですけど、風景などとてもよく描かれていますね。
今、「ニルス・ホルゲルソンの不思議なスウェーデン旅行」(ノーベル賞文学全集香川鉄蔵訳)を読んでいますが、スコーネの畑が布の市松模様に見えるという描写があって、アニメもそのままだったのに感激しました。
私のニルスは現在カラスの虜となっています。
大人になってから読む児童文学は、昔を懐かしく思い出したり、物語のなかに新たな発見があったりして面白いですよ。
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懐かしい (迷跡)
2007-01-17 19:47:15
『ニルスの不思議な旅』は子供の頃の愛読書で今でも挿絵が頭に浮かぶくらいです。なつかしい。
私もくろにゃんさんの旦那さまと同じく旧ムーミン・シリーズに愛着がありますが、スナフキンがよく焚火を焚いて野宿していましたね。仲間内ではムーミンの彼女(名前失念!)の気障なおにいさんが一番人気でしたっけ。
ところで「北欧三人集」、題名だけで読みたくなってきます。
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ノンノンとスノークでは (くろにゃんこ)
2007-01-18 08:40:23
やはり、現在読書好きな方は、昔から読書好きなのですね。
私が愛読していたのはドリトル先生シリーズですね。
あんまり内容を覚えていませんが、郵便局の話や前と後ろに顔がついているラクダとかは覚えています。
そうそう、挿絵っていうのはインパクトが強くていつまでも頭に残っていますよね。
「北欧三人集」は、とても古いので図書館ならあるかもしれませんが、旧仮名使いですので、読みにくいかも。
ちなみに所収されているのはクヌウト・ハムスン「飢ゑ」、ビヨルソン「アルネ」「シンネエヴ・ソルバッケン」「手套」、ラアゲルレフ「地主の家の物語」「沼の家の娘」。
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そうそう! (迷跡)
2007-01-18 17:49:26
あ、ノンノンとスナーク。さすが!
スナークの口真似が流行ってました。うちでも娘がチビの頃、おそらくフィンランド製作の原作に忠実な”格調高い”一巻だけのムーミンのアニメビデオを見せていましたが、キャラもストーリィも割と俗化されていた最初のテレビのムーミン・シリーズに愛着がありますね。
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旧シリーズと新シリーズ (くろにゃんこ)
2007-01-19 09:11:16
一番違うのは、髪型でしょうか。
バッハみたいなカツラをかぶっていましたよね。
広川太一郎氏の独特の口調、懐かしいです。
「ムーミン谷の冬」の装丁を指差して、子供達に「これだ~れだ」ってやったら、モランの名前が「ここまで出ているのに~」という反応でした。
あんなに見ていたのに、名前って忘れちゃうものですよね。
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復刊ドットコム (まざあぐうす)
2007-01-25 21:30:33
 くろにゃんこさん、ご無沙汰しています。
 
 久しぶりに訪れたくろにゃんこさんのブログでニルスの不思議な冒険に出会い、復刊ドットコムのリクエスト作品を知り、早速、投票してきました。

 復刊ドットコムへのリンクですが、直接投票ページにリンクなさった方が投票しやすいのではないかと感じました。一言お知らせまでに。
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投票、ありがとうございます (くろにゃんこ)
2007-01-26 09:24:01
リンクも投票ページにリンクさせました。
じつを申しますと、復刊ドットコムの噂はかねがね聞いていたんですけれど、実際投票したのはこれが初めてなんです。
投票数が多ければ復刊に繋がるのかと単純に思っていたんですが、意外にも1票でも復刊が決定するものもあるんですね。
復刊ドットコムのスタッフが1票でも大事にして交渉をしてくださっているんでしょう。
復刊ドットコムの影響力はそれだけ大きいんだなぁとも思いました。

ニルスについては、次の記事でも取りあげます。
お楽しみに。
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沼の家の娘 (たろちゃん)
2016-10-20 01:29:48
亡母が書物だけはよく購入していました。子供部屋の棚に並ぶいろいろな本を読んで育ちましたが、ラーゲルレーブのこの本は女の矜持、愛を貫いています。子供心に作者はこの場面を描くためにこれを書き上げたのではないかと感じていました。60年前の10歳前後の 記憶です。
児童文学としてとらえられていますが、《ニルス》
は自国の紹介のための本。エルサレム、地虫の家の物語とかのほんが読みごたえがあります
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