新型コロナワクチンの接種対象者が一般市民に広がるタイミングで、いろいろなデマが飛び交っています。
とくにSNS世代の若者の間でデマが拡散しています。
河野太郎ワクチン担当大臣もその対応としてブログでつぶやくほど。
□ 河野太郎大臣、ブログで「ワクチンデマ」に反論 「実験用のネズミが2年で死亡」「不妊になる」などきっぱり否定(2021.6.24)
私もこのブログを読みましたが、彼の個人的な意見ではなく、医学専門家の監修を受けた内容で安心しました。
なぜ、医療者と一般市民の間にこれほどの認識の差が出るのか?
その大きな理由は、医療者と一般市民のニュース・ソースの違いです。
医師は客観的な専門家の審査を受けて合格した論文を根拠に求めます。
いわゆる“エビデンス”ですね。
もっともらしい意見でも、それが発言者の私見であれば、半分くらいしか信用しません。
しかし一般市民は、不安を煽りがちなメディアや、友人から聞いたウワサで判断しがちです。
そこには科学的“エビデンス”は存在しません。
不安(+少しの良心)から生まれた妄想が跋扈しています。
あ、もちろん一般市民の中にも医師以上にエビデンスにこだわる方もいらっしゃいます。
ふだんの診療でワクチンについて説明を始めると、
「ああ、その点についてはWHOのHPで読みました」(もちろん英語)
なんて患者さんもいて、一瞬たじろいだ経験もあります。
実は医療関係者の中にもワクチン拒否者がいます。
医師の中では少ないと思われますが、
看護師では思ったより多く、ワクチン拒否率は30%と一般市民と変わりません。
なぜ?
答えは簡単、ニュース・ソースが一般市民と同じだから。
これは医師が行ったアンケート調査で明らかにされています。
前置きが長くなりました。
ワクチンに対する不安、それを元に増殖するデマをなくすためには、
やはり「正しい知識の理解」に勝るものはありません。
その信念の元、ワクチンの成り立ちを説明し、そこからワクチンのデマを検証してみたいと思います。
■ ワクチンって何?
堅苦しい定義は色々あると思いますが、私の大まかな印象は、
「感染症を起こす病原体に対する免疫を、その代用物を使って獲得する医薬品」
「その代用物」の内容は、科学・医療技術の進歩と共に種類が増えて複雑化してきました。
私自身、どう整理すべきか迷うほどです。
昔は、
「生ワクチン」と「不活化ワクチン」
ですみましたが、その後不活化ワクチンが多様化し、
「生ワクチン」と「生ワクチン以外」
の方が適当かな、と思うようになりました。
そんなところに以下の記事に出会いました;
□ ワクチンで「不妊」「流産」デマが流れる理由 〜意外にも日本発オリジナルが多い「抗体療法」
この記事の中で、伊東氏はワクチンを「3タイプ7種類」に分けており、わかりやすいので私なりにアレンジして引用させていただきます。
1.病原体ワクチン:病原体そのものに由来するもの
① 生ワクチン
② 不活性化ワクチン
2.抗原ワクチン:抗原を人工的に作り出して接種するもの
① VIP(Virus-Like-Particle)ワクチン
② 組み換えたんぱく質ワクチン
3.遺伝子ワクチン:抗原を作り出す「遺伝子」を人工的に合成して接種するもの
① DNAワクチン
② mRNAワクチン
③ アデノウイルス・ベクターワクチン
この中で、現在日本で使用されている新型コロナワクチンは、
ファイザー社、モデルナ社 → 3-②
アストラゼネカ社 → 3-③
他国で開発、使用されているワクチンは、
シノバックス社、シノファーム社 → 1-②
ロシアのスプートニクV → 3-③
なお、ロシア製のスプートニクVはアストラゼネカ社のワクチンと同じものと考えられています(パクった?)。
さて、各タイプ・種類の解説を追加します。
1.病原体そのものに由来するもの
① 生ワクチン:病原体そのものをごく少量接種して抗原として認識させるもの。
② 不活性化ワクチン:ホルマリンなどで活性を奪った「毒性のないウイルス」を投与して抗原として認識させるもの。
2.抗原を人工的に作り出して接種するもの
① VIP(Virus-Like-Particle)ワクチン:ウイルスの中身以外の部分、「外殻」の部分だけを昆虫などの細胞を使って大量培養、増殖して製剤、ワクチン接種して抗原として認識させるもの。
日本国内では大阪大学などで研究が進められています。
② 組み換えたんぱく質ワクチン:ウイルスの「外殻」の中でも、特徴的な「スパイクたんぱく質」に特化して、やはり昆虫などの細胞を使って大量培養、増殖して製剤、ワクチン接種して抗原として認識させるもの。
国際的にはノババックス、日本国内では塩野義製薬などが開発に取り組んでいます。
これらのワクチンは、生ワクチンや不活性化ワクチンのように病原体そのものを利用するもの、あるいはVIPワクチンのように抗原分子を作って注射するもので、直接「抗原」を接種する考え方です。
これに対して、抗原を注射するのではなく、抗原を作り出す「遺伝子」を注射して、抗原そのものは人間の体内で作らせてしまおう、というのが「第3のタイプ」遺伝子ワクチンにほかなりません。
3.抗原を作り出す「遺伝子」を人工的に合成して接種するもの
私たちの体を構成するたんぱく質を作り出す情報は、一般に遺伝子、DNAに書き込まれています。
これと同じように、新型コロナウイルスの外殻に生えた突起「スパイク」を構成するたんぱく質(「Sたんぱく質」と呼ばれます)を作らせるDNAの遺伝暗号を組み立てることができます。
ただしDNAに書かれた暗号は、そのままではたんぱく質を作ることができません。
私たちの遺伝子の全体をゲノムと呼びますが、ゲノムの中から、求められるたんぱく質を作るのに必要なだけの一部分、いわばメモに相当する「施工図面」を作り、それに従って部品であるアミノ酸を繋げていきます。
このメモをメッセンジャーRNA(mRNA)と呼びます。
一般に生物の遺伝情報はDNAに書き込まれていますが、新型コロナウイルスの場合は最初から外殻のなかに「施工図面」mRNAが格納されています。
私たちの細胞がウイルスに感染すると、いきなりmRNAが送り込まれてきて、細胞本来の働きができなくなってしまいます。
このmRNAの状態で外殻のSたんぱく質を直接、ヒトの体内で作らせてしまおう、というのがmRNAワクチンの戦略です。
① DNAワクチン:Sたんぱく質だけを作り出すDNAをワクチンとして直接人体に接種し、ヒトの体内でSたんぱく質を合成、抗原として認識させるもの。
米国ハーバード大学のグループがアカゲザルで有効性を確認、米イノビア社や日本の大阪大学+アンジェス社のグループがDNAワクチンを開発しています。
② mRNAワクチン:ウイルスのSたんぱく質(あるいはその一部だけ)を作り出すmRNAを油の球の中に封じ込めてワクチンとして直接人体に接種し、ヒトの体内でSたんぱく質を合成、抗原として認識させるもの。
米国モデルナ社はSたんぱく質を作り出すmRNAを油の球に封じ込めたワクチンを開発、米国ファイザー社とドイツのビオンテック社のグループも、Sたんぱく質全体を複製したmRNAワクチンを開発・販売しています。
③ アデノウイルス・ベクターワクチン:ウイルスのSたんぱく質を作り出すmRNAを、人間に容易に感染して結膜炎などを引き起こす「アデノウイルス」の遺伝子の一部に置き換えて製剤、接種することで、体内でSたんぱく質を合成、抗原として認識させるもの。
英国の名門オックスフォード大学とアストラゼネカ社が共同で開発したのは、チンパンジーに感染するアデノウイルスを用い、これを運び屋=「ベクター」としてDNAの一部を新型コロナSたんぱく質の遺伝情報に置き換え、ヒトの体内にDNAを送り込もうと考えて作られたワクチンでした。
ここまで読んで、ようやく mRNAワクチンの立ち位置がわかります。
では、この mRNA がヒトの体内に入ったときの挙動を説明します。
<参考>
□ COVID-19ワクチンアップデート(2021.5月版)黒田浩一Dr.
◆ mRNAワクチンの作用機序
・SARS-CoV-2のウイルス粒子表面にあるスパイク蛋白の遺伝情報を持った mRNA(脂質ナノ粒子によりカプセル化されているため、RNA分解酵素で破壊されない)を筋肉内注射し、筋肉組織に分布する樹状細胞の中に入り込み、そのリボソームの中で mRNA をもとにスパイク蛋白が作られ、その蛋白が歳病表面に表出してリンパ球に提示され、それを認識した免疫システムがスパイク蛋白に対する抗体を作る。
つまり、SARS-CoV-2のスパイク蛋白の遺伝情報を持った mRNA を投与して、ウイルスのスパイク蛋白をヒト自身の細胞に作らせる、というもの。作られたスパイク蛋白は病原体そのものではないので、ヒトに感染することはない。
◆ mRNA ワクチンは安全なのか?
・mRNA はヒトに細胞に侵入しても核には入らないため、ゲノムに組み込まれることはなく、ヒトの遺伝情報に変化を与えることはない。
・mRNA はヒト細胞内のリボソーム内で翻訳された直後に分解され、取り除かれるため、長期間存在することはない。
・mRNA ワクチンにより体内で作られたスパイク蛋白は、数週間で消える(体が作る他の蛋白質とおなじ期間)。
以上、突然現れた mRNA ワクチンですが、正しく知ることにより、現在飛び交っている「mRNA がヒトの遺伝情報に変化を与えて次世代へ受け継がれる」のようなデマが否定されることがわかります。