夢中人

sura@cosmic_a

映画版シャイニング(TheShining)はスタンリー・キューブリック監督がつくった生き物のようだった

2020年03月27日 | 映画
こんばんは。suraです。
今、雨が降っています今の時期の雨を育花雨ともいい、自分が暮らしている地域の桜は、まだ蕾で、この雨で蕾が膨らみ開花へといくのだと思います。
今年は、桜の下で花見弁当などを飲食することは出来ませんが、マスクをつけて、静かにゆっくりとウォーキングついでに眺めたいと思います。

前回、「シャイニング テレビ版」の感想を書きましたが、今回は「シャイニング 映画版」の感想を書きたいと思います。
テレビ版のDVDを見た時に、解説があったんですね。原作者のステーブンキングをはじめ、映画スタッフの方々が座談会のようにして解説されていました。
その中で、ステーブン・キングが映画版の方に対して、不満的な事を言われていたんですよ。それも結構な感じで言っていて、公にしかもDVDで保存されている状態でここまで言うかという感じで少々驚いたんです。



テレビ版を見て、すごく感動した後で、映画版はどのようなものなのかと、そこの所の興味もありつつ映画版を視聴しました。
そうしましたら、映画版は、テレビ版の後半部分がメインとなってストーリー展開している感じなんですね。
有名な場面である、斧を振りかざしているような狂気の部分が中心に描かれてあるかと思いました。
テレビ版を見ていると「シャイニング(The Shining)」は狂気が中心にくるストーリーではないというのは分かります。
テレビ版の解説を聞いていると、シャイニングの原作は非常に長い小説らしく、あれを映画の時間内で全てを表現するのは難しいとは分かる。
。。。けれどもという感じで少々ご立腹な感じでステーブンキングは言っていた。一つ一つの作品が自分の子供のような思い入れがあるのだなというのも感じました。

その反面、映画版のスタンリー・キューブリック監督の1シーンに対する物凄いこだわりの事も言われてました。
そのこだわりの話を聞いていると、物凄いというか少々異常じゃないかと思えるくらいのこだわりで、子役さんが出てくるんですけど、あの子役さんもやったのかと思うと「信じられない」という範囲。
しかし、映画版を見てみると、1シーン1シーンに強い気が吹き込まれているのか、1シーン1シーンが呼吸しているように感じました。
1シーン1シーンが独立して生きている。キューブリック監督は映画なんだけど生き物をつくったのかなという印象です。
そんなキューブリック監督のこだわりにジャック・ニコルソンはじめ出演されている役者さん達も応えられている。
舞台である山の中のホテルも外観とホテル内は別々のホテルだったということで、そこの所も凄いこだわりがあったのだなと思いました

テレビ版と映画版どちらも見ていると、テレビ版はステーブンキングのシャイニングで、映画版はスタンリーキューブリックのシャイニングで自分の中では分かれています。
ステーブンキング作品ファンとしてはテレビ版を押したいところもありますが、映画版のジャックニコルソンのとり憑かれっぷりには圧倒され見応えはやはりあるという感じで、どちらも自分の中に書留られています。

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