夢中人

sura@cosmic_a

精神の自由

2011年08月11日 | Weblog
私は以前、時代とは物質なのかと書きましたが、この本を読んで、物質もあるのかもしれないけど、「自由度」というのも時代を表しているんだなと感じました。
自由といえば聖書。人々が自由を求めてエジプトから出発していた。あの話は終わったわけではなく、現在進行形なんですね。

経済古典は役に立つ (光文社新書)
竹中平蔵
光文社

この「古典経済は役に立つ」を読み終えたら、なぜか「ベルサイユのばら」が読みたくなりました。フランス革命のお話。
今回、読んでみる中で、注目したのがロザリーという女の子。ロザリーは、パリの下町娘。そんなロザリーは、その時の経済状況を説明してくれるんです。
「最近はパン1斤買うんでも パン屋の前で長い行列なんだもの」とか、今まで働いていた所から「どこも不景気でね・・・人手があまってるんだよ・・・」と言われ、突然解雇されたり、ルイ16世即位の時には、「きっと物価も下がって暮らしやすくなるわよ!」なんて言ってたりしているワケです。
「ベルサイユのばら」といえば、マリー・アントワネット。彼女は贅沢の象徴。
女王になってからは、かなりのドレスや宝石を購入した様子。。。ということは、そうとうな金額が、ドレス屋や宝石屋に回ったワケですよね。
ということはですよ、そこから乗数効果みたいなのが発生してもいいのではないのかなと思ったワケです。
でもやっぱり、ドレスなどはパーツが少ないから、お金がいろんな所に行き渡りにくいのかもしれないし、贅沢品となると外国製品も対象になると思うから外国にもお金が流れていったのかなぁなんて思ってみた。
当時、そんな贅沢品を買うにあたって、国民の事を考えての買い物の仕方ではなかったんだろうし、また、できるだけ多くの人にお金が行き渡るような状況ではなかったのかもしれませんね。
でも財政支出並の金額が、ドレスや宝石、賭博にまわり、あと、お気に入りの方への支出もあったようです。
それらのお金が、どのように経済として回っていったのかはわかりませんが、とりあえずロザリーは、マリー・アントワネットのお気に入りのドレス屋に雇用されることになりました。

このフランス革命は、王室が国民のことに見向きもぜずに贅沢三昧しすぎて、それに国民が怒り起こった革命なのかと思っていたんですけど、ルイ15世には愛人がいて、その愛人も贅沢し放題だったみたいなんですよ。こっちの方が状況が悪いんじゃないかなと思うワケです。
でも、その時には革命は起こらなかった。で、ネットとか本とか見ていくと、その当時の革命って、宗教も大きく関わっているみたいですね。
1641年にイングランド・スコットランド・アイルランドで起こった清教徒革命の目的は、王制の制限とカトリック勢力の排除だとか。
フランス革命も、王制はもちろんのこと、キリスト教も徹底的に弾圧されたとありました。また、革命派には無神論者や理性主義者が多かったと。
エベールらは「理性」を神聖視し、これを神として「理性の祭典」を挙行した。ロベスピエールは、キリスト教に変わる崇拝の対象が必要と考え「最高存在の祭典」を開催したとか。
そういえば僧侶って身分が高いんですよね。第一身分・僧侶、第二身分・貴族、第三身分・平民ですよね。
で、革命が起きる発端は、「格差」が生じることによる不満からでしょうか。清教徒革命でもそうなんですけど、フランス革命あたりでも、「格差」がでてきたワケですね。
そうすることによって不満がでてきた。それを教会が、神がなんとかしてくれる、だから神に祈りなさいなどと言っていたのかなぁ。
それで人々は、その言葉を信じて祈り続けた。。。でも、状況は変わらない。一方の王室は、自分達のことを考えてくれているのかいないのかわからない様子。それなのに税金だけは取り立てる。。。そんな状況で、社会的秩序の乱れがあらわにあった。
もしかして、王室と教会って、もちつもたれつな関係だったのかなぁ。そういえば、科学というのは宗教に抑えられたみたいなんですが、この経済というのもそうなんですね。
市場システムへの拒絶反応状況は、13世紀頃にはじまって19世紀半ば頃まで続いたと言われているとか。その間、市場メカニズムは、「神を冒瀆する行為」であり、「不法行為」であり、「平穏な生活を脅かす行為」とされたんですね。
そんな、変化と革新に対する恐怖の念は、当時の社会を支配していた。
そこに自由がなかったんですね。「精神の自由」が。がっちりと支配されていたんだ。

フランス革命は1789年。その13年前の1776年の3月にアダム・スミスが「国富論」を刊行。
イギリスでは、1688年に名誉革命が起きて、議会ができ、民主主義がはじまろうとしていた。税金をかける時には議会の承認を得なければいけないということになったとか。
今では当たり前の事ですが、イギリスは、かなり先行く国だったんですね。でも、そんな状況でも社会の秩序の乱れがあって、
アダム・スミスがいったいなぜこのような状況になるのかと、そしてどうやれば解決できるのかということを一冊の本にしたんですね。
なんというんですか、その時の状況が理論的に書かれてあるのでしょうか。
理論とは、事象を合理的に説明するための論述であり、とくに学問の領域において決定的な意義を持っている。現実を単純化する必要が認められ、
その役割を理論という思考の道具に担わせることになる。つまり、現実を完全に再現することではなく、どの程度の説得力を保持した上で理解しやすく現実を原理や法則などとして単純化しているか、ということが理論の本義であるといえる。また、自然現象の実験や政策提言のための調査などによって得られた知識を蓄積する上で有効な思考上の枠組みを提供することができるとありました。
このアダム・スミスの国富論から経済学がはじまったと言われているんですね。それまでにも、こういう本が必要だったかもしれないけど、
世の中に「自由」というのがなくて、このような本を書かなかった。もしくは書くことができなかったのかもしれませんね。
そうすると、「自由」というのは、人間の発展に繋がっているものなんですね。
そんなこんなアダム・スミスの「国富論」や、イギリスの民主主義のことをフランスの知識人達は知っていたはず。
どうやら、神にたよることもなく、権力者にたよることもなく、自分達で国創りをしているようだと。自分達にもできないはずもない。
ということで、平民達が意思を持った。
あと、ちらっと聞いた話なんですが、フランス革命のあった年の1~2年前に、ヨーロッパの大火山が爆発して、それによって日照不足になり、
作物の出来が悪かったらしく、それによって食糧不足の状況にあったそうです。
そんなこんな状況が重なって革命の炎は燃え上がっていったんですね。

そうだとすると、ルイ16世とその家族は、時代に巻き込まれたんですね。でも、その時の対応のしかたによっては、現代においてフランス王室というのが存在したかもなとも思いました。
今は今で、いい感じに存在したんじゃないかなぁと想像してみた。

はじめての宗教論 右巻~見えない世界の逆襲 (生活人新書) (生活人新書 308)
佐藤 優
日本放送出版協会

キリスト教というのが、ちょっとつかめてめてないので、この本を読んでみることにしました。
ちょっと読んでみたところ感じたのは、各国の王はどう振舞っていいかわからなくて、そこでモデルになったのがキリストだったってこと?
。。。ちょっとよくわかりませんが、じっくりと読まなければいけないようです。
コメント
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