「放してやんなよ。」
はじかれたように振り向いたアギュはもう一人の天使と対面していた。
「バラキ!」
瞬間、バラキがその天使にかぶさっている。
「食べないでよね。そう言ってやってくれる?」
バラキの口の次元にだぶったまま、落ち着いてその天使はアギュを見て笑った。
「ルシフェル!」ミカジェルが喚く。
「堕天使め、貴様の助けなどいらない!」
「やれやれ。見る影もないねぇ。地上の君のファン達が見たら・・・」
ルシフェルと呼ばれた天使はため息を付いた。
「喧嘩したくないのは、こちらと同じなんだから。」
「シドラ。」アギュは力を抜く。
「コイツは大丈夫みたいだ。食べないでくれ。」
シドラに従うバラキは再び、一瞬で対峙した位置に戻った。
「ありがとう。」
新しい天使はにっこりと微笑む。
「ドラゴンの為にもおそらく良かったよ。なんたって天使なんて、まずいに決まってるからね。」
その言葉にアギュは笑って、思わず力を緩めた。
アギュを振りほどいたミカジェルは逃げるようによじれた空間の残骸の中に瞬く間にまぎれて消えた。あれほどいた、他の天使達も影形もない。
残ったのは、アギュともう一人の新しく現れた天使。
黒い肌と赤みを帯びた白い髪を持ち、黒光りする見事な羽は光によって玉虫色を放つ光の筋が浮かんだ。
「僕はルシィフェル。」
「暁の堕天使・・・光の子、ルシフェルか。」シドラがアギュに重なり呟く。
「そう、でも実はルシフェルと呼ばれる天使は沢山いるんだ。同じように4大天使と自称するものも何人かいるようにね。それらは単なる総称にすぎないんだよ。」
「ふふん。」シドラとバラキは再び離れていった。
「彼女は何?。君の眷属?。彼等のせいでこの僕らの空間が台無しだ。とは言ってももう修復したみたいだけど。」
確かに回りの空間は外から侵入した大きな質量を内包したまま、再び閉じられてしまったようだ。アギュだけはシドラとバラキの実体がこの地球を貫く、大きな次元、ワームホールにもはみ出して存在していることを理解していた。
「ケンゾクというのはドレイのことであろう?。カレラは、ソレには当たらないな。」
アギュは甲高い声で尊大に答えた。
「で、オマエをなんと呼んだらいい?」
「僕は別名、明鴉と呼ばれている。」
瞳は金色だった。
「すごい戦いだったね。」
天使はちぎれた次元の欠片が自動修復していくのにぼんやりと目をやった。
「こんなのは大昔に魔族と戦になった時、以来だよ。伝説だ。今頃、地上にも影響が出てるかもよ。突風とか雷とか。迷惑な話だと思わないかい?」
それからさりげなく、しっかりと金色の瞳孔がアギュを捕らえた。
「いったい君達はなんなんだい?」
「ワタシはアギュ。そして、ワタシの仲間である、シドラとワームドラゴン、バラキ。」アギュは慎重に言葉を選ぶ。アギュの声が深く低くなった。鴉と呼ばれる天使はそれに気がついただろうか。
「信じられないでしょうが・・・他の星からこの地球に来ました。あるものを捜して。」
天使は首を立てに降り、瞳の金色が増した。
「なるほど。ロードと間違われるわけだ。」
「アナタもロードを待っているのですか?」
「いや。」天使は躊躇った。「僕はあまり信じていない。眉唾だと思っている・・・いれば嬉しいのかどうかも・・・もう、わからない。」
つかの間、瞳は黒い瞼に隠された。
「だから、天使達に堕天使と言われるわけだ。だけど、そもそもね。それは、人間の信仰なんだよ。」
ルシィフェルは苦い笑いを隠そうともしない。
「僕も本物の4大天使達と同じくらいに古い存在ではあるんだけど・・・もともとはそんな話は影形もなかったはずなんだ。なのに、彼等はいつの間にか人間の信仰に自ら取り込まれてしまったわけだ。」
「それは・・・なぜです?」
「その方が、気持ちいいからでしょう?」
天使は声をあげて笑った。
「その方が目的があるから。自分は何者なのか、僕みたいにいつまでも果てしなく悩まなくても済む。賛美は気持ちいいですよ。賛美や信仰はおいしい。だからですよ。」
「なるほど。」アギュは呟いた。「アナタ方は、賛美を食べる?」
「賛美や高尚な誓いや願いとかね。主食は愛ですよ。」フフフと息が漏れた。
「もともと魔族と天使族の違いなんて食べ物の違いに過ぎないんです。波長の低いエネルギーを食べるもの達が魔族と呼ばれるようになり、高い波長の感情から力を得るもの達が天使族と呼ばれるようになって、別れただけなんです。」
「あなた、さっきデモンバルグのことを言っていたでしょう?」
「そんな前から?。では、ミカジェルと出会った頃から?」
「はい、あなた方の会話もすべて最初から立ち聞きしていました。そもそも、あなたに先に注目していたのはミカジェルより早いんです。カリブの夜からですから。」
「ああ、なるほど。」
アギュは解放記念日の夜に執拗に感じた視線を思い出していた。
「あなたは目立つから、どっちにしてもすぐ彼等も気がついたんですけどね。」
「明鴉、とやら・・・ワタシはデモンバルグを捜しているのです。」
天使は驚く。
「さっき探し物をしに来たって言いましたよね?。まさか、デモンバルグを捜す為にこの地球に来たとか?だとしたら、ヤツも有名になったものだ。」
アギュは笑って訂正する。
「それは違います。ワタシ達の捜しているものは遥か古代にワタシ達の星からこの地球に持ち込まれた危険なものです。そのことについてデモンバルグを問いただしたい。カレのことを教えてください。」
「それで、彼に目を付けたとしたら・・・それは正しいですよ。」
ルシィフェルは遠い目をした。
「ヤツは古いです。僕たちの誰よりも・・・そう言われていますから多分、そうなんでしょう。彼は治外法権です。僕らのどちらからも。彼はどちらとも関わらない。自分の獲物と呼んでる、あの魂以外はね。」
「・・・知っています。」アギュは渡を思い浮かべて、慎重に答える。
「そうだ。デモンバルグのことを聞きたいなら、僕よりもピッタリの奴らがいますよ。」ルシィフェルこと鴉は伺い見ることのできない天界をみるように目を細める。
「本当の4大天使達です。会ってみますか?。」
アギュは躊躇した。先ほどのミカジェルの歓迎の仕方を思い出したからだ。
鴉は悟ったようにクスリと笑った。
「大丈夫ですよ。彼等は何事にも無関心だから。」
彼は黒い羽を羽ばたかせた。ちなみに先ほどからアギュと明鴉は空間に浮かんだまま、明鴉などはおおきく羽を広げてはいたのだが、その空間では空気は動かず落ちてる感じも動いてる感覚もないところであった。
「会ってみたいなら、良かったら案内しますよ。僕も暇なんで。」
アギュはシドラ・シデンを捜した。すぐにシドラがバラキの頭に乗ったまま現れた。
「おっと。」と鴉が空間に突出して来たバラキの頭を嬉しそうに避けた。
「触ってもいいですかね。」
「駄目だ。」シドラはにべもない。
「アギュ、タトラがドラコを通じて通信を送って来た。」
シドラの言葉は飲み込まれ、意識だけがアギュに手渡された。
『デモンバルグが神月に現れたらしい。ユリが引き入れてしまったみたいだが・・・どうする?。ガンダルファによると切迫はしていないとか・・・ユウリの解放に力を貸すとか言ってるらしいが。』
アギュは明鴉に目を走らせた。ユウリの名前に心は動揺する。
「切迫していないなら・・・大丈夫でしょう。」
シドラはフンと鼻をならした。
『ほんとに大丈夫なのか?ユリが心配ではないのか?』
シドラの不満は痛い程にわかった。
しかし、アギュの思いは又違う。
アギュは前回の出来事の過程から、ある意味でデモンバルグと言う魔族を信用していた。彼が興味を持っているのはユリではない。彼が真に執着しているの渡だけだった・・・その行動に、アギュには計り知れない裏があるとしてもだ。
デモンが渡を傷つけるつもりなら、そのチャンスは無数にあったのだ。
しかし、彼は渡を守り庇った。それをアギュはこの目で見ている。
渡を守る為にデモンバルグは我が身を盾にする事まで、厭わなかったのだ。
デモンバルグが渡やその家族に正体を隠していたいのならば、神月の人間が他の人間とは違う存在だと・・・もしも、気づいていたとしても・・・その事実を周りに明らかにする等という恐れがあるはずもない。
この取引をデモンバルグは既に了承していると、アギュは確信する。
渡は大丈夫だ。そして、ユリも。ガンダルファもタトラも付いている。
アギュは深く息を吐き出していた。
それを睨むシドラ・シデンは肩を竦めた。
『フン!・・・上司だからな。』
少し離れた空間に浮かんでもいるバラキの頭は静かに別の空間に沈んだ。
「了解した、隊長どの。」皮肉な声音だけを残して。
「何か、込み入った状況でも?」
言葉と意識下で行われたそのやり取りを明鴉は興味深気に見守っていた。
「どうします?。お二人の話し合いは終わりました?。」
「買った土産物を地上に置いて来てしまいましたから。」
彼のからかうような口調にアギュは静かに答える。
「取りに行ってもらいました。」
「なるほどねぇ・・・」
アギュ声にはなんの躊躇いもない。
「行きましょう。案内してください。」