トーク・アバウト・アメリカン

トークアバウトボーラ→300C→アメリカン。最近はアメリカからだいぶ外れてきています(笑)

NYにてその⑫

2009-07-18 23:21:00 | 欧米かっ!(Europe and the U.S. )
downNYの象徴である、ロックフェラーセンター。
ロックフェラーセンターは一つの建物を指すのではなく、48番街と51番街の22エーカー(約東京ドーム2個分)の土地に、19の商業ビルが四方に建ち、各ビルの低層階はひとつの建物として繋がっています。(一番大きいGEビルディングは、高さ259m、70階)

中心にある半地下の広場は、夏にはカフェテラス、冬にはアイススケートリンクとして使用されます。特に12月になると特大のクリスマスツリーが飾られるのはよくテレビ等で目にするかと思います。
downこのシーズンはカフェというより野外ビアバーでしたが。(黄金像はプロメテウス像)


このロックフェラーセンターに行って思い出したのが、日本がバブル経済期真っ最中に起こった日本企業によるロックフェラーセンターの買収劇。(1989年10月、三菱地所がロックフェラーセンターを2,200億円で買収)
この出来事はアメリカ国民にとって青天の霹靂であり、新聞には「日本がアメリカの魂を買った」、「現在のパールハーバー!」の文字が躍ってました。
また、その頃のハリウッド映画は・・「ダイハード」の記念すべき第一作の舞台は日本企業の超高層ビルでしたし・・、リドリー・スコット監督の「ブラック・レイン」では、日本のヤクザが全米を震撼させました・・。
ジャパン・バッシング・・そんな時代でした。しかし、今は、ジャパン・ナッシング(笑)

さて、ロックフェラーセンターに話しを戻しますが、ロックフェラーセンターは1920年代の世界恐慌時にジョン・ディヴィソン・ロックフェラー・ジュニア(以下、ロックフェラー2世)が資金を拠出して建設されました。

このロックフェラー2世の父親は、ジョン・デイヴィソン・ロックフェラーで、現在でも世界一の企業規模を誇るエクソン・モービルの源流であるスタンダード石油の創設者です。無慈悲な営業戦術で、莫大な個人資産(現在の換算で20兆円)を蓄積しましたが、晩年は一転してその巨額の資産を慈善事業に費やし、亡くなる時には僅かなお金しか持っていなかったそうです。
そうした慈善事業の影響を最も受けたのが、ロックフェラー2世で、他にも、ニューヨークの国連本部の建設敷地を提供し、自然環境やその保護にも特別の興味を示し、アメリカの国立・国定公園のために広大な土地を購入、寄贈しました。(グランド・ティートン、アカディア、グレート・スモーキー、ヨセミテ、シェナンドア)
このような人物がかかわったロックフェラーセンターはNYのというよりもアメリカの象徴に他ならない存在なのです。

久しぶりに往年のハリウッド映画「ジャイアンツ」(登場のベネディクト家はロックフェラー家がモデルと言われています)を観たくなりました。