犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

田母神論文

2008-11-24 11:27:16 | 近現代史
 トラ・トラ・トラは,その後もテレビで放映されたときに見ました。そのときの記憶でしょう。山村聡演じる山本五十六大将が,

「この攻撃は寝た子を起こしたどころか,札束で頬をひっぱたいたようなものだ」

というようなことを言っていたはずです。これは,真珠湾攻撃が,日本の意図に反し,宣戦布告の前に攻撃が開始されたことにより,ハワイ基地に開戦の連絡が伝わっておらず,米国民に「騙し討ち」のイメージを与えたことを表しています。これについてはルーズベルトの「謀略説」もあり,これは話題の「田母神論文」の中でも触れられています。


 田母神論文については,韓国でも大きく取り上げられているようで,朝鮮日報は,田母神氏を「狂人扱い」する激越なコラムを載せています。(→リンク

 ただ,例によって韓国に都合よい解釈,大袈裟な表現,論理的におかしいところが散見される。たとえば,


「田母神俊雄という前航空幕僚長が、日本の侵略戦争や植民地支配を「ぬれぎぬだ」と強弁した」

とありますが,論文に当たってみると(→リンク),原文は「我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である」とあって,植民地支配のことは書いていない。

「軍部の暴走をコントロールできなくなり、アジアを火の海にした1930年代以降の歴史だ。」

「火の海」はいかにも大袈裟。実際,日本の主要都市は原爆や市街地無差別爆撃という戦争犯罪によって,文字通り「火の海」になりましたが…。

「同氏の主張は、例えるなら韓国空軍の参謀総長が「6・25(朝鮮戦争)は韓国の先制攻撃であり、北朝鮮の反撃は民族解放戦争」と主張したのと同じだ。」

というのもたとえが逆ではないでしょうか。

 田母神氏が主張しているのは

「太平洋戦争は,(中国や米国が主張するような)日本が仕掛けた戦争ではなく,中国や米国が仕掛けたものであり,結果的にアジアの植民地の解放につながった」

というもの。

「朝鮮戦争は,(北朝鮮やかつての日本の左翼マスコミが主張するような)韓国の先制攻撃ではなく,北の先制攻撃である」

と主張しているのと似ています。実際,論文の中では,「日本の仕業とされている蘆溝橋事件の仕掛け人が中国共産党の劉少奇だった」ことが述べられています。


ここで,田母神論文を見てみましょう。全文はリンクをお読みいただくとして,少しく要約すると,

日本は侵略国家であったのか

田母神俊雄


 二国間で合意された条約に基づく軍隊の駐留を侵略とはいわない。中国大陸や朝鮮半島への日本軍の駐留は,条約に基づき,国際法上合法的に行われたものなので,侵略ではない。

 1937年の日華事変は,蒋介石国民党による邦人に対するテロ行為がきっかけだ。国民党の中には,コミンテルンの手先である毛沢東共産党のゲリラが多数入り込んでいた。日本は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者である。1928年の張作霖列車爆破事件も,コミンテルンの仕業という説が有力である。37年の蘆溝橋事件も,劉少奇が「仕掛け人は中国共産党で,現地指揮官は自分だった」と証言している。

 日本は,満州,朝鮮,台湾を本土と同じように開発しようとした。わが国の植民地統治は,ほかに比べると穏当であった。満州帝国の人口は13年間で3000万から5000万に増え,朝鮮では35年間で倍増している。満州,朝鮮,台湾では教育に力を入れた。インフラも整えた。京城,台湾に帝国大学を作った。朝鮮人,中国人に陸軍士官学校の入校を認めた。洪思翊,金錫源のように将官に栄進した人もいる。李王朝や清朝の皇族も厚遇し,皇室と姻戚関係を結んだ。これはイギリス,オランダ,フランス,アメリカなどの植民地統治と対照的である。パリ講和会議では米英から一笑に付されたが,日本は第一次大戦後,人種差別撤廃を条約に書き込むことを主張した。

 日米戦争はアメリカによって仕掛けられた罠であった。ヴェノナファイルによれば,ルーズベルト政権の中に300人のコミンテルンのスパイがおり,そのトップは財務省ナンバー2の財務次官ハリー・ホワイトだった。彼は日本に対する最後通牒ハル・ノートを書いた張本人であると言われる。コミンテルンの工作を受けたルーズベルトは,蒋介石を支援,真珠湾攻撃の1カ月半も前から,中国大陸において航空攻撃を開始していた。ルーズベルトは「戦争をしない」ことを公約にしていたので,日本との開戦には,日本に第一撃を引かせる必要があった。日本はルーズベルトが仕掛けた罠にはまり真珠湾攻撃を決行した。

 日本がハル・ノートを受け入れ,戦争を避けていたならば,アメリカから次々に新しい要求が出され,結果的に私たちは白人国家の植民地になっていたにちがいない。人類の歴史の中で支配,被支配の関係は戦争によってのみ解決されてきた。強者が自ら譲歩することなどあり得ない。戦わないものは支配されることに甘んじなければならない。

 大東亜戦争後,多くのアジア,アフリカ諸国が解放されたが,これは日露戦争,大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。

 東京裁判はあの戦争の責任を全て日本に押し付けようとしたものである。このときのマインドコントロールは現在も日本人を惑わせている。日本の軍は強くなると必ず暴走して他国を侵略する,だから自衛隊は出来るだけ動きにくいようにしておこうというもの。このマインドコントロールから解放されないかぎりわが国は自分の力で国を守ることはできず,アメリカに守ってもらうしかなく,日本のアメリカ化が加速し,伝統文化が壊されていく。日米同盟を否定するわけではないが,改善の必要はある。自国を自分で守る体制は,わが国に対する外国の侵略を抑止し,外交交渉の後ろ楯になる。外国では常識である。

 大東亜戦争でわが国の侵略がアジア諸国に耐え難い苦しみを与えたと思っている人が多いが,タイ,ビルマ,インド,シンガポール,インドネシアなど多くのアジア諸国は大東亜戦争を肯定的に評価している。日本軍の軍紀は他国に比較して厳正であった。わが国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である。

 日本人は自国の歴史に誇りをもたなければならない。日本の場合は,歴史的事実を丹念に見ていくだけでこの国が行ってきたことがすばらしいことであることがわかる。嘘や捏造はまったく必要がない。私たちは輝かしい日本の歴史を取り戻さなければならない。歴史を抹殺された国家は衰退の一途をたどるのみである。



 日本では昔からあった,右派論客の代表的な主張で,決して目新しいものではありません。確かに,韓国人の神経を逆撫でする内容に満ちており,95年の村山談話,すなわち

「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。」

を否定する内容です。日本政府もいうように,「意見を持つのは勝手だが,空幕長という肩書で発表するのは不適切」ということでしょう。

 気になるのは,日本で論点となっている「侵略」は,もっぱら中国に対する戦争のことであり,「植民地支配」は慎重に「侵略」の枠組みから除かれているのに対し,韓国側は,「植民地支配」も「侵略」に含まれると解釈している点です。

 日本は,対中国に対する戦争を侵略と認める談話を出していますが,植民地支配を侵略と認めたことは,一度もありません。もし認めてしまうと,賠償責任が出てきて,65年の日韓基本条約を見直さなければならなくなるし,将来的に北朝鮮に対しても天文学的な賠償金を払わなければならなくなるからです。(日中戦争に関しては,中華民国が賠償を放棄しているので問題はありません)

 この部分の認識に,日韓で深い溝があるため,日韓の議論はいつもすれ違いなのですね。

 田母神氏の論文は,「空幕長という肩書で発表された」という問題点を脇に置けば,その内容についてはきちんと検討する必要のあるものです。

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4 コメント

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鳥の将に・・・ (馬齢)
2008-12-02 21:00:14
何時もながら、犬鍋殿の冷静沈着なる論説には敬意を表します。

世上謂われている【田母神批判】について、小生は以下のように愚考します。

田母神氏への批判の多くが、
「空幕長という肩書で発表した」でありました。
つまり、その任の重さに対する認識不足を咎めているようです。
公務員・自衛隊法等の服務規程に照らせば、如何にも正論なのでしょう。
しかし、自衛隊の存在そのものが、憲法違反ならば、諸法律の服務規定違反もないでしょう。

田母神氏が、航空幕僚長勇退を前に、
在任中でなければメディアから採り上げられないであろう
【日本は侵略国家ではなかった】
の持論を、敢えて在職中に発表したのは、
先ず一石を投じ物議を醸し、
“航空幕僚長罷免→退職金無し→不当解雇訴訟→法廷論争”
に一気に引きずり込むことが真意で、
あらためて、
“自衛隊違憲判決→憲法改正論議”
に火を点ける狙いからであったと、小生は観ています。
謂わば、自衛隊合憲を容認する法匪(司法府・内閣・国会)への挑発でしょう。
昨日の外国人特派員協会での講演はその証左でしょう。

“解任→空将定年→退職金支給”は、
田母神氏の意図が外れたのであります。

田母神氏の心中を忖度すれば
「・・・丈夫、玉砕スルモ甎全ヲ恥ズ」
の念に駆られて、
敢えて、在任中に持論を書かれたのでしょう。

・・・その声や佳し、ですな~。
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Unknown (o-tsuka)
2008-12-03 09:46:28
自衛隊に詳しいジャーナリストに話を聞いたところ、田母神氏はそんなに立派な人ではないようです。

次の統合幕僚長は、海陸海と来ているのでほぼ確実に空自の番。
前例により田母神が内定でした。
で、任期は1~2年なので、3自衛隊の長として退役後、めでたく参議院選挙に石川県から立候補、というシナリオが森元首相とできていて、そのタニマチがアパだった。
天下り生活の生臭い話ですよ。

アパと自身の考えが足りなかったためこのシナリオはパア、陸海の自衛隊は大激怒、空自も守り切れず、森は知らんぷりです。
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丈夫玉砕恥甎全 (犬鍋)
2008-12-09 23:24:23
馬齢さん,コメントありがとうございます。

田母神氏の深謀遠慮について,私にはわかりかねますが,馬齢さんの駆使される故事,名言はいつも勉強になります。
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森元首相 (犬鍋)
2008-12-09 23:34:31
o-tsukaさん,裏話のご紹介,ありがとうございます。

数日前,成田空港到着ロビーでSPに守られた森元首相に遭遇しました。

ヤクザの親分という感じでした。

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