ワバーはカウンター式のバーで、店員は全員韓国人。お客さんも半分以上が韓国人です。
普通の生ビールを頼んだら、サーバーの調子が悪いということで、ギネスを普通のビールの価格で出したくれたのはラッキーでした。
この店にはダーツがあります。
「ちょっと勝負しようか」
あまりにも長くやっていなかったので、ゲームの種類も忘れていました。それで、ただたんに得点を積み上げるだけのカウントアップで。
ビギナーズラックというのでしょうか、ダーツをあまりやったことのない李さんが、ブル(50点)を連発し、負けてしまいました。
最初にわれわれの前にいたアガシは、日本に来て半年ほどだというのに、日本語が相当うまい。日本では専門学校で「作曲」の勉強をしているそうです。作曲を教える専門学校があるというのは初めて知りました。
コの字型のカウンター席に、客はわれわれと向かい側に坐っていた先客。すでにかなり酔っぱらっています。
しばらくすると、向かい側の客がこちらへやってきました。
「初対面で失礼だと思いますが、ちょっと相談に乗ってくれませんか」
と日本語で話しかけてきました。李さんも日本語が堪能なので、日本語で答えます。
「自分は今45歳なんですけど、20代や30代のときのように、人生が楽しくないんです」
ずいぶん大きな相談です。
しゃべっているうちに李さんが韓国人だとわかると、
「そうなんですか。じゃ韓国語で話しましょうか」
彼はキョッポ(在日コリアン)で、高校を卒業したあと韓国に渡り、延世大学を卒業したそう。語学堂ではなく、学部を卒業したというからペラペラです。
横並びに二人ずつで座っていましたが、いちばん遠くに座っていたもう一人が私の隣に移動してきました。こちらは韓国人でプサン出身。35歳で、日本に数年住んでいるので、日本語もうまい。
「そいつは独身なんですよ。何人もの女に振られて」
と、もう一人が乱暴な紹介をします。
「いや、正確にいうと同じ人に3回振られたんですけどね」
プサンに行った話をしたり、彼がカトリックだというので、韓国の宗教事情を話したり、韓国の小説か李文烈について話したり…。
ほどなく、キョッポの男性がまた席を替わり、私の隣にやってきました。
「結婚もして、子どもにいるし、収入も充分なんですけど、なんか面白くないんですよね」
「それって、贅沢な悩みじゃないですか」
逆隣に座っている李さんは、韓国の不景気で会社が思わしくなく、日本に移住を計画している。思わず比較してしまいました。
「そうですかねえ」
カウンターの内側には、別のアガシが来ました。彼女は延世大学で声楽を専攻し、大学院も出たそうです。ソウル大学もそうですが、延世にも芸術系の学部があるようです。
「えっ? ヨンデ(延大)を出たんですか? 私もです。ハッポン(学番=入学年次)は? それじゃ私と重なってますね。すれ違っていたかも」
などと、キョッポアジョシとの間で話が弾んでいます。この様子を見ていると人生が楽しそうなんですけどね。
ギネスをそれぞれ4杯ぐらい飲み、一次会のチョウムチョロムと合わせて相当酔いが回ってきたところで、われわれ二人は席を立ちました。
職安通りから暗い路地を通って大久保通りに抜け、もうすぐ新大久保駅に行こうというところで、李さんが、
「犬鍋さん、タングやりませんか」
と、もう一軒誘う。
タング(撞球)とは、ビリヤードのことです。
「このへんにタングができる店、ありましたよね」
「ああ、ブルーね。そこだよ」
李さんは、韓国ではいつもスリークッションをやっているというつわものです。店にあるのはポケットボールですが、実力の差は歴然としている。
2回やって、2回ともあっさり負けました。ここではビギナーズラックはありませんでした。
「今度お会いできるのは韓国ですか、日本ですか」
「まだ出張の予定はないけれど、決まったら連絡するよ」
再会を期して別れたのは、11時を回っていました。
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