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売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『幻影2 荒原の墓標』第21回

2014-06-06 12:18:37 | 小説
 東海地方は一昨日梅雨入りしました。
 朝のうち、少し晴れ間が覗いたので、短時間でも布団に日を当てようと思い、布団を干しました。
 西の空が暗くなってきたので、すぐに布団をしまいましたが、1時間足らずでも布団を干せれば、気持ちいいですね
 今、ごろごろいっています
 今回は『幻影2 荒原の墓標』21回目の掲載です。
       


            

 八月一〇日は千尋の誕生日だ。美奈は心の中で、 「千尋さん、誕生日おめでとうございます」 と千尋に語りかけた。もし生きていれば、千尋は二八歳で、葵と同じ年齢だ。トヨは同じ年の一一月の生まれだ。姉の真美の生年は一年早く、まもなく二九歳になる。
「美奈さん、覚えていてくれたのですね。ありがとうございます。でも、今の私には、肉体を持っていたころの誕生日は無意味なのです。むしろ、死んで霊界に誕生した三年前の一〇月一〇日こそ、新たな私の誕生日といえます。霊界入りして、ずっと地獄のような境界(きょうがい)で苦しんできましたが、美奈さんに救われ、今は霊界でも多少高いところに向上することができました。これも美奈さんのおかげです。私は美奈さんを守護しながら、神界、霊界よりもさらに上の、神の世界ですが、その高い境界に進めるよう、精進したいと思っています」
「こちらこそ、千尋さんには護っていただき、本当に感謝しています。今度の事件についても、いろいろヒントをいただいていますし」
「でも、事件については、私にもよくわからないことが多いのです。これが人間が起こした事件なら、私にも真相があらかたわかるのですが、強力な怨念を持った霊が介在しているので、私でもどう展開するのかわかりません。だから、美奈さんも決して危険なことはしないでくださいね。いくら私が守護しても、絶対ではありませんから。特に強い物理的な力に対しては、私の念動では歯が立たないこともあります」
「はい。事件については、興味半分で首を突っ込んだりはしないで、三浦さんや鳥居さんに任せるようにします」
 美奈は無茶な行動を慎むことを千尋に約束した。

 北村は執筆を主に深夜にしている。完全な夜型の生活リズムになっている。深夜のほうが静かで、能率が上がるからだ。今は暑い盛りなので、夜中の方が、多少涼しくもある。明け方五時頃に就寝し、昼頃起きる。大岩は何日か北村を見張っていた。市街地で、あまり目につくのを避けるため、一回の張り込みであまり長い時間をかけることを避けていた。
 何回めかの張り込みのとき、夕方、目深(まぶか)な帽子やサングラスで顔をわからないようにした北村が出てきた。大岩は、これは何かあると思い、こっそりと北村をつけた。北村は御器所駅から地下鉄に乗った。北村はユリカという、名古屋市交通局が発行したプリペイド式乗車カードを使った。どこまで行くのかわからなかったが、大岩もユリカで自動改札機を通った。
 北村は鶴舞線で伏見まで行き、東山線に乗り換えた。そして中村日赤で下車した。大岩はピンと来た。帽子やサングラスで変装したのは、ソープ街に行くためなのかと思った。大岩自身も、尾行のために変装している。バカバカしい、帰ろうかと思ったが、たまには自分も遊んでいこうと気持ちを切り替えた。そういえば、最近は姿なき殺人者に怯えるばかりで、しばらく女を抱いていない。
 北村はオアシスという店に入った。大岩は少し時間をおいて店に入った。フロントで入泉料を払うとき、ご指名はありますか? と訊かれたので、 「初めてだから、特にない」 と応えた。
「タトゥーがある娘(こ)でもいいですか? その娘ならすぐ行けます。タトゥーをしているけど、素朴でいい娘ですよ」
「タトゥーね。どんな図柄だい?」
「左腕にバラと蝶、腰に鯉と牡丹ですけど」
 そう言いながら、フロントの沢村はアルバムの写真を見せた。
「いいね。その娘にしよう」
 大岩は背中に鳳凰を彫っていた久美を思い出した。久美は秋田と仲がよかった。久美は仲間から抜けたいと言った秋田に、 「女の私でも背中にいれずみをするほどの覚悟を決めてやってるんだから、あんたも弱音を吐かないでよ」 と励ましていた。仲間から抜けようとすれば、制裁に遭うことを心配してのことだということが、大岩にはわかっていた。しかし下手をすれば、久美も秋田と手を取り合って、逃げてしまうのではないかということが懸念された。乱暴な佐藤が 「二人で逃げ出す前に、考えが変わるよう、ちょっと痛めつけてやる」 と秋田に制裁を加え、結局は死なせてしまった。そんな思いが大岩の頭をよぎった。
 待合室には他に三人、客が待っていた。北村もその一人だ。客はそれぞれ顔が合わないように、うつむいていた。しばらくして、男性スタッフが 「お客様、どうぞ」 と言って、北村をコンパニオンのところに案内した。大岩が上目遣いで相手の女性を見ると、制服からはみ出した腕や脚に、華麗なタトゥーがあるのが見えた。
「あの野郎もタトゥーの女がお目当てだったんか」
 大岩は周りに聞こえないような小声で呟いた。しばらく待つと、今度は大岩が案内された。案内係の男性の前に、左前腕部に赤と紫のバラ、そして黒っぽいアゲハチョウを入れた女性が、にこやかに微笑んで立っていた。長い髪を明るい茶色に染めた、やや面長のなかなかかわいい顔をした女性だ。
「こんばんは。リサです。どうかよろしくお願いします」 とリサが挨拶をした。最近は指名してくれる客が増えたが、今回は振りの客だ。
 リサは大岩の手を取って、自分が主に使用している個室に案内した。
「ここには作家の北村弘樹が来てるんだね」
 個室に入った大岩は、北村のことで探りを入れてみた。
「え、作家の北村先生ですか? 私は知りませんが」
「さっき見かけたよ。腕や脚にきれいないれずみした女の子と一緒に歩いて行ったよ」
「そうなんですか。でも、私たち、お客様のプライバシーには一切立ち入らないようにしているので、ほかのコンパニオンのお客様のことはあまり知らないんです。私たちにも、一種の守秘義務のようなものがありますから。義務というより、モラルですが」
 リサは、ミクさんのお客さんにそんな有名な人がいたのかと初めて知った。しかし、客のプライバシーに関することは、お互い詮索しないようにするのがコンパニオンとしてのマナーだった。外部には客のプライバシーを漏らさなくても、仲がいいコンパニオン同士の会話では、客のことを肴(さかな)にしておもしろおかしく話すことはある。だがオアシスでは、客のプライバシーを尊重することを、コンパニオンに徹底していた。大岩はそんなもんだろうなと思った。自分のことも、ベラベラ他のソープ嬢にしゃべられてはたまらない。
「あんたもすごいいれずみだな」
 リサの裸体を見て、大岩は驚いた。リサはさくらに、右側の腰から太股にかけて、大きく鯉と牡丹の花、波や水しぶきの模様を入れてもらっていた。つい最近完成し、やっとかさぶたも取れ、傷がきれいに治癒したところだ。鯉は黒だが、添えてある牡丹の花が赤やピンク、オレンジ、青、紫とカラフルだ。
「なんで墨なんか入れたんだ? あんたみたいなかわいい娘(こ)が」
 大岩も服を脱ぎながら、リサに尋ねた。
「私、高校生のころ、鬱病になって、手首にリストカットしたんです。深く切りすぎて、出血多量で病院に担ぎ込まれたこともありました。忌まわしい傷痕を目立たなくするために、手首にタトゥーを入れてもらったんです」
 リサは左手首を大岩に見せた。
「なるほど。よく見ると、傷があるな」
「でも、タトゥーを入れたおかげで、ちょっと見ただけでは、傷痕がわからなくなりました。それで、私も過去を吹っ切ることができたんです」
(高校のころ、リストカットをして病院に担ぎ込まれただと? どこかで聞いたことがある話だな)
 大岩はふと思った。そして、先日、いなべ市で秋田のことを探っていたときに聞いた話だと思い出した。
「俺の知ってる子も、リストカットしていたそうだがな。三重県のいなべに住んでいた子だけど」
 大岩はマットの上で身体を洗ってもらっているとき、先日聞いたことを、何の気なしに言った。すると、リサは一瞬硬直した。大岩はリサの変化を見逃さなかった。
「あんた、ひょっとして、秋田裕子か?」
 大岩も、まさかそんな偶然があるはずないと思った。しかし、そう思って見ると、顔つきに何となく秋田の面影がある。リサの表情はますますこわばった。これは間違いないと、大岩は直感した。
「お客様、私のこと、ご存じなんですか?」
「それじゃあ、やっぱり秋田の妹か?」
「兄のお知り合いなのですね?」
 リサは驚いて客に確認した。まさか兄を知っている人に会えるとは思わなかった。そして、無性に兄に会いたかった。大岩は秋田のことを言ってしまったのはまずかったかと反省した。しかし、妹から何か情報を得られるかもしれない。
「もし、兄のこと知ってたら、ぜひ教えてください。二年前に行方不明になって、とても心配してるんです」
 勤務中にもかかわらず、リサは大岩にすがった。
「いや、俺も学生時代のちょっとした知り合いで、会ったのは何年も前だから、今はどうしているか、知らないんだ。卒業してから、ずっと会っていないんでね」
 大岩は適当にごまかしておくことにした。もう死んだとは言えない。死んだと言えば、なぜ死んだのかと問われることになる。
「ご存じないのですね。ごめんなさい。今はお客様にサービスしなければならないのに、こんなことを言ってしまって。すみませんでした」
 リサは気持ちを切り替え、接待を続けた。最近リサも明るく積極的になり、精神的にも成長した。だから、意志の力で動揺を抑え、仕事を続けることができた。以前のリサなら、ここで仕事を放棄してしまいかねなかった。これもタトゥーで忌まわしい傷を目立たなくしたことにより、気持ちを吹っ切ることができたからだった。
 リサは無事五〇分のサービスを終えることができた。
 大岩に名刺を渡すと、 「兄貴のことで力になれず、すまなかった。でも、これからときどき会いに来る」 と言ってくれた。実際大岩はリサを気に入っていた。リサもそつなく、 「今日はありがとうございました。こんな私でもよろしかったら、以後ごひいきにお願いします」 と対応した。
客は力になれないと言ったが、ひょっとしたら兄の消息を知る手がかりをつかめるかもしれない。また来てくれたら、少しずつでも話を引き出そう、とリサは考えた。

「先日、鈴鹿の竜ヶ岳に登ってきました」

  

 ミクは山が好きな北村に竜ヶ岳の話をした。
「へえ、竜ですか。どんなルートで行ったのかい?」
「宇賀渓からホタガ谷を通り、登頂して、石榑峠(いしぐれとうげ)へ下りました」
「なるほど。僕もそのルートで登ったことがある。けっこうきつかったのですが。竜は展望がいいから、その苦労は頂上で報われましたけどね」
「はい。でも、その日は天気がいまいちで、下山時には雷雨に遭って、怖かったです」
 その日は天気予報でも午後に雷雨があると言っていたが、三浦が非番だったので、強行した。この機を逃すと、なかなか三浦は休みを取れない。二人とも山は十分経験を積んでおり、雷雨にも落ち着いて対処できた。雷の気配を感じたのは下山の途中、深い笹の草原から灌木帯に入ったころだった。雷が鳴った場合、少しでも低いところに避難しなければならない。二人は石榑峠から小峠への舗装道を下へ下へと急いだ。雷鳴はだんだんと近づいてきた。途中で雨が降り始めたので、レインスーツを羽織った。樹林帯に入り、一安心はしたものの、もし近くの木に落雷すれば、側撃を受ける恐れがある。二人は高い木から十分な距離をとり、姿勢を低くした。しかし、耳元でつんざくような雷鳴に、美奈は肝を冷やした。
「それで彼氏の胸元に飛びついたのですか?」
「そんな。彼氏なんていえる人、いませんわ」
「そんなことないでしょう。女性一人で山に行くだなんて。正直に白状しなさい」
「実は、怖いお兄さんが一緒だったんです」
 ミクはぺろりと舌を出した。三浦のことを怖いと言ったのは申し訳ないが、ある意味刑事なら、犯罪者にとっては、怖いお兄さんと言えるかもしれない。
「怖いお兄さんか。それじゃあ、僕なんか下手にミクさんに手出しできませんね。やはりミクさんとは、ここだけの関係にしといたほうがよさそうです」
 北村は愉快そうに笑った。ミクは 「怖いお兄さん」 と表現したが、交際相手が暴力団員とはとても思えなかった。事の真偽はわからないが、やくざは登山をしないと聞いたことがある。見栄を重んじるやくざは、汗だくになる登山よりも、ゴルフなど、もっとスマートなスポーツを好みそうだ。倶利伽羅紋紋(くりからもんもん)を入れたお兄さん方が、パーティーを組んで登山をしている場面を想像すると、いかにも恐ろしかった。
 北村としては、店の外でもミクと個人的に付き合ってみたいという気持ちは強いものの、マスコミ等に見つかった場合が怖かった。北村も我が身がかわいいのだ。しかし北村はさばさばしていて、客としてミクは好意を抱いていた。ミクにとっても楽しい九〇分だった。今回北村は初めて、ダブルで九〇分の時間をとった。

 美奈は今日の裕子の様子が少しおかしいと感じていた。北村を接待する前はそんなことはなかったので、そのあとの客と何かあったのではないかと思った。その日は恵と美貴は盆休みを取っていたので、二人だけで話をしようと思い、勤務終了後、美奈はいつものファミレスに裕子を誘った。
「今日、裕子さんの様子、ちょっと変だったけど、何かあったんですか? お客さんのプライバシーのこともあるので、あまり無理には聞かないけど」
 オーダーしたパスタが届いてから、美奈は単刀直入に尋ねた。
「気付いていたのですね、美奈さん」
 それだけ言うと、裕子はしばらく沈黙した。美奈は急かさず、裕子がしゃべり出すのをじっと待った。話したくなければ、それでもいいと思っていた。客のプライバシーに関係することなら、無理に聞き出すこともない。
「美奈さんだったら信頼できるから、話してもいいと思います」
 長い沈黙のあと、裕子が口を開いた。実際には二、三分だったろうが、美奈には実際よりずっと長い沈黙に思われた。
「ここで聞いたことは、裕子さんの許可がなければ、誰にも言わないわ。たとえメグさんや美貴さんにでも」
 美奈は口外しないことを約束した。
「秘密というほどのことではないんですが、実は今日みえたお客さんが、私の兄のことを知ってるようなんです。美奈さんのお客さんが有名な作家の先生だということも知ってました」
「私のお客様のことも? それで、お兄さんのことはわかったんですか?」
「いいえ、会ったのは何年か前だから、今はわからないとのことでした。学生時代の知り合いと言ってましたけど、兄は大学に行っていないから、高校時代の友人かもしれないです」
「そうですか。それは残念でしたね。お兄さん、消息わかるとよかったんですが」
「でも、考えてみると、高校時代の友人にしては、少し年上のような感じがするんです。兄は今二六歳なんですが、その人はどう見ても三〇歳以上の感じでしたから。それに、あとで気付いたのですが、私がリスカして病院に担ぎ込まれたのは、兄が高校を卒業したあとなんです。卒業してから兄とずっと会っていないと言っていましたが、それだと私のリスカのことも知らないはずです。だから高校時代というより、兄が家出してからの、最近の知り合いなのかもしれません。おおやまさんと名乗っていましたが、たぶん偽名でしょうね」
 おおやま(大山?)という姓を訊いて、美奈は大岩康之を連想した。そのときは単に事件の関係者の名前が浮かんだだけだった。しかし、すぐに美奈ははっとした。
 人が偽名を使う場合、自分の本名に似た名前を使うことが多いという。繁藤安志も安藤茂と名乗っていた。ひょっとしたら、その人は大岩じゃないのかしら? 北村先生を知っていたということは、北村先生を尾行してオアシスまでやってきたのでは? 北村先生の作品と同じ名前の登場人物が次々と殺されているので、その一人の大岩が、自己防衛のために北村先生に目をつけた、ということは十分考えられる。徳山久美、山下和男、佐藤義男と何らかのつながりがあり、そのグループに裕子さんのお兄さんもいる?
「美奈さん、どうしたんですか?」
 急に考え込んでしまった美奈を見て、裕子は心配そうに尋ねた。
「裕子さん、これは単なる私の妄想かもしれないけど、今考えたことを話します。全然見当違いかもしれないから、そのつもりで聞いてくださいね」
「はい」
 深刻そうな表情の美奈を見て、何か重要なことに気付いたのではないかと思い、裕子はゴクリと唾を飲んだ。裕子は美奈の推理と、さくらが描いた似顔絵が、二件の殺人事件を解決に導いたことを知っている。
「裕子さんも北村先生の作品の登場人物と同じ名前の人が次々と殺されている、という事件のことは知っていますね」
「はい。テレビなんかでも見たことがあります。お客さんのプライベートな話をしてはいけないけど、おおやまさんが、美奈さんのお客さんがその北村先生だと言ったので、びっくりしました」
「私、そのおおやまと名乗った人は、ひょっとしたら大岩さんじゃないかと思ったんです。作中で予言されている大岩康之さんです」
 美奈はファミレスの他の客に聞かれないよう、声を潜めていった。
「そういえば、おおやまと大岩、似てますね」
「私もそう思ったことから、憶測したことなんですが。大岩さんなら、事件のことが気になり、北村先生を監視していたことはあり得ると思うんです。それで、北村先生が出かけたから尾行したら、お店に来たので、大岩さんもこの際遊んでいこうとお店に入り、偶然裕子さんのお客となった」
「大岩さんは殺された人たちの仲間で、ひょっとしたら兄もその仲間になっているのかもしれないですね」
「間違っているかもしれませんが、私はそう考えたんです。徳山久美さんの背中には鳳凰のタトゥーがあったそうですから、もし大岩さんがその仲間なら、その影響でタトゥーがある裕子さんを選んだのかもしれません。指名のないお客さんに私たちタトゥーがあるコンパニオンを紹介するとき、沢村さんはいきなりタトゥーを見て、お客さんを驚かさないように、タトゥーがある娘(こ)でもいいですか、と確認しますから」
「私も美奈さんが言ってること、当たっているんじゃないかと思います。おおやまと名乗った人は、たぶんその大岩さんだと思います。そして今の兄も知っている。でも、どうして今は知らないと言ったんでしょうか」
「秋田さんはまだ北村先生の作品に名前は出ていないから、無事だといいのですが。でも、私はちょっと不安なんです。こんなこと言っては裕子さんに申し訳ないのですが」
「いいえ、私もなぜか得体が知れない不安を感じるのです」
 二人はしばらく沈黙した。重苦しい沈黙だった。裕子は兄が何かよくないグループに入っているんじゃないか、と考えた。だからこそ、おおやまはあまり兄のことを話したがらなかったのではないか。そして、美奈はさらにわるいことを考えていた。
 この事件は恨みを残した怨念霊が関係している。その怨念霊に、秋田を当てはめたのだ。ということは、もう秋田は生きていないということになる。美奈は心の中で、千尋に尋ねた。
「その可能性はあります。でも、そのお客さんに霊の気配は感じられませんでした。美奈さんが北村先生を接待していた同じ時間におおやまさんが来ていたとのことですが、もしそのような悪想念を抱いた霊がおおやまさんに憑いていれば、私がその気配を逃すことはありません。でも、何も感じませんでした。少なくとも、さっきのおおやまさんには人を害するほどの悪想念を持った霊は憑いていません」
 千尋は美奈の心に話しかけた。今は大岩に裕子の兄かもしれない人の霊は憑いていない。ということは、誰か他の人に憑依している。それは殺人事件の犯人だろうか。もし大岩が連続殺人事件に関係しているなら、裕子が危険になるかもしれない。美奈は裕子の身が案じられた。
「裕子さん、ひょっとしたら、そのおおやまさんという人は、連続殺人事件に何らかの関係があるかもしれません。このままでは、裕子さんが危険に晒されるかもしれないわ。お客さんのプライバシーの問題もあるけど、何なら私がよく知っている刑事さんに相談してみましょうか? その刑事さんならプライバシーなんかにも配慮してくれますから」
 美奈は千尋の生前の誕生日である八月一〇日に、興味半分で事件に首を突っ込んだりしない、と千尋に約束したので、事件のことは三浦に任せようと思った。
 裕子は即答できなかった。兄のことがわかるのが恐ろしくもある。兄が何かわるいことに関わっているのではないか? いや、最悪の場合、もう生きていないのではないか?
 しばらく考えた末、裕子は 「お願いします。その刑事さんに会わせてください」 と返事をした。その刑事が美奈の彼氏なのか、という好奇心も手伝った。



『幻影2 荒原の墓標』第20回

2014-05-30 11:10:45 | 小説
 最近、フィリピンの女性の方とメル友になり、英語でメールのやりとりをしています
 しかし長いこと英語を使っていなかったので、かなり忘れてしまいました
 これを機に、英語をもう一度勉強し直してみます

 今回は『幻影2 荒原の墓標』第20回です。


            

「裕子のお兄さんって、まだ行方がわからないの?」 と恵が尋ねた。仕事が終わった後、いつものファミレスで、四人が集まっていた。四人は軽い食事と飲み放題のドリンクを注文した。オアシスでは休憩時に軽く夕食をとるのだが、深夜になると、おなかが空く。
「はい。一応警察には家出人として届けてあるんですが、まだわからないんです。私もあまり実家に戻らないんで、いけないんですが。父も母も、兄から全く連絡がないんで、心配してるんです。せめて私には戻ってこいと言うんですけど、ソープレディーやってること、まだ話してないし、目立つところにタトゥーを入れちゃったんで、帰りづらいです。涼しくなって、長袖着てても不自然じゃなくなったら、一度帰ります」
「やっぱりなかなかソープで働いてる、なんて言いにくいもんね。私もたまには岡崎の親のとこ帰るけど、ソープのこともタトゥーのことも内緒にしてる」
「あたしはソープで仕事してること、親にばれちゃって、もう帰ってくるなと言われているんだけど。さくらも胸のタトゥーやソープのこと、ばれちゃってたんだよね。タトゥーアーティストになるときも、けっこういろいろ言われたって聞いてるよ」
 美貴がさくらのことを噂した。
「でも、今ではご両親は一定の理解は示してみえるそうですよ。卑美子先生に会って、卑美子先生になら預けても大丈夫だと納得されたそうです。だけどさくらさん、腕にも脚にもいっぱいタトゥー入れちゃったんで、ご両親もびっくりしています。まあ、タトゥーアーティストになった以上はしかたないと諦めているそうですけど。でも、美貴さんのご両親、もう帰ってくるなと言っても、きっと心配してみえますよ。たまには帰ってあげるといいですよ」
「そういう美奈は、繁藤の事件で派手に報道されて、大変だったね。お寺からは勘当されちゃったし」
 その騒動があったとき、間近で接していた恵が言った。
「はい。でも、お姉ちゃんがいろいろお兄ちゃんに取りなしてくれていて、今では少し怒りも静まっているそうですが」
「美奈のお姉さん、本当に美奈のこと、思っていてくれるんだね」
「はい。私には葵さんと二人の姉がいますから」
 美奈は真美と共に、葵のことも実の姉のように慕っている。美奈にはもう一人姉がいたが、美奈が生まれる前に、肺炎で夭逝している。
「私の兄は、ちょっとぐれちゃってたところもありましたが、私には優しい兄でした。私がいじめを受けて、不登校になったり、リスカしたりしてたときは、いつも励ましてくれてました。もっとも、当時の私にはその励ましがかえって負担になることもあったんですが」
 裕子がオアシスに入店したのは、美奈より一ヶ月ちょっと後の、一昨年(おととし)の四月だった。オアシスでは後輩だが、年齢は美奈より一歳年上だ。両親に内緒でそれまで勤めていた会社を辞め、オアシスに入店した。以前の食料品を扱っていた会社では、真剣に結婚を考えていた営業課の男性から別れを告げられ、半ば自棄(やけ)になっていた。原因は裕子の左前腕にある、多数のリストカットの傷痕にあるようだった。以前の会社が名古屋駅の近くで、通勤に便利な本陣駅近くのアパートに住んでいたが、名古屋のソープ街がそこからまっすぐ南に行ったところにあったので、その中の一つのオアシスに面接に行った。その後、ずっと勤めている。オアシスでの成績は中位から下位に甘んじていたとはいえ、以前の会社より収入はよかった。今では成績も上がり、収入はぐっと増えている。
 裕子がオアシスに勤めて三ヶ月ほど経ってから、三重県いなべ市の両親から、兄が家出をして戻ってこない、という連絡が入った。それまで兄は定職を持たず、ニートのような形で、家でぶらぶらしていた。全く職に就かなかったわけではないが、就職してもすぐに仕事に飽きたり、上司と衝突したりして辞めてしまった。家出をする少し前から、職には就いていなかった。
「お兄さん、早く帰ってくるといいね。きっとそのうち、ひょっこり帰ってくるよ」 と恵が裕子を励ました。
「はい。でも、もう兄は戻ってこないような気がするんです」
「裕子、だめよ、そんなこと言っちゃ。お兄さんはきっと帰ってくる。そう信じようよ」
 美貴もピザをつまみながら、裕子に言った。
「でも、私にも全然電話もかけてこないんです。こちらから兄の携帯に電話しても、もうその電話番号は使われていないというメッセージばかりで」
「そうですか。それは心配ですね。何とか連絡がつくといいのですが」 と美奈も心配そうに言った。
 その夜は裕子の兄の話が中心になった。みんなはきっとそのうち戻ってくるよ、と裕子を励ましていたが、美奈は一抹の不安を感じていた。それは美奈の勘だった。最近美奈の勘はよく当たる。しかしそのことは決して口に出してはいけないと思った。

 美奈が自宅に戻ると、三浦が来ていた。二人はお互いの家のスペアキーを預かっている。今夜は三浦が美奈の家に行くとメールが入っていた。美奈は三浦に裕子の兄のことを話した。すると三浦は、家出人の場合は、いちおう手配はしても、切羽詰まった自殺の恐れや事件性がなければ、なかなか警察も熱心に捜してくれないということを話した。
 いなべ市は県警が違うので、口を出すのも難しいが、三重県警の知り合いを通じて、状況を聞いてみると約束してくれた。
 いなべ市といえば、鈴鹿山脈の御池岳(おいけだけ)、藤原岳、竜ヶ岳(りゅうがだけ)などがある。鈴鹿山脈の最高峰である標高一二四七メートルの御池岳の山頂は、滋賀県側にある。美奈が以前秋に御池岳に白船峠(しらふねとうげ)から登ったとき、山頂付近に、猛毒があるトリカブトの花が咲き乱れていた。猛毒とはいえ、変わった形をした青紫の花は美しかった。
三浦は最近、山下和男の事件で休みなしで動いているので、今度の非番には、たまには鈴鹿に登ろうという話になった。美奈は久しぶりに竜ヶ岳に登ってみたいと希望した。

 大岩康之は秋田宏明について知っていることを整理した。実家は三重県いなべ市で、そこには両親が住んでいる。妹は名古屋に勤めており、アパートを借りて、一人で住んでいるということだ。もし秋田の復讐ということなら、最初に考えられることは両親、そして妹だ。それから、親しい友人。大岩はまずその線から探っていこうと考えた。
 ただ、犯人は大岩たちのことを熟知しているようなので、気をつけなければならない。こういうことは専門の興信所や私立探偵にでも任せたいことなのだが、すねに傷を持つ身としては、それは危険だと考えた。秋田のことを調べる過程で、大岩たちの悪事に気付かれれば、それこそ恐るべき恐喝者に豹変する可能性がないとはいえない。
 大岩はいなべ市に行ってみることにした。まずは104の番号案内で秋田姓を探し、片っ端から電話をかけてみるつもりだ。いなべ市で秋田姓なら、そんなにたくさんはいないだろう。
 以前、大岩が 「いなべ市といえば、学生時代に宇賀渓(うがけい)にキャンプに行ったことがある」 と秋田に言ったら、「宇賀渓は旧大安町(だいあんちよう)だが、俺は員弁町(いなべちよう)のほうだ」 と応えたことがある。だから、いなべ市といっても、旧員弁町の部分に限定できる。
 そして宏明という男が家族にいれば、そこを訪ねてみる。もちろんこっそりと様子を探るのである。
 大岩はさっそく公衆電話から、104でいなべ市内の秋田姓の電話番号を訊いてみた。大岩は手がかりを残さないように、自分の携帯電話は使わず、自宅から離れた公衆電話を使用した。公衆電話では、一件につき、一〇〇円の手数料がかかるので、テレカを何枚も用意した。予想したとおり、旧員弁町には秋田姓は少なかったので、全員に電話をかけても、大した作業ではない。最近はプライバシーがやかましくなり、電話番号を電話帳に登載しない家庭も増えてきたが、まずは104に尋ねてみる。もし登録していなければ、次の手を考える。
 三件目で手応えがあった。
「私は大山という者ですが、宏明さんはご在宅でしょうか?」 と尋ねると、母親らしい女性が出て、 「今は宏明はおりませんが、どういったご用でしょうか?」 と応えた。
「私は高校時代からの、宏明君の友人で、よく一緒に藤原岳や竜ヶ岳に登りました。三年ほど前から、転勤で東京に行っていたため、宏明君とはしばらく会っていませんでしたが、最近またこちらに戻ってきたので、一度お会いしたいと思いまして」
 秋田は以前、自分は山が好きで、友人とよく鈴鹿の山に登ったと話していたので、大岩はそう言ってみた。それが奏功し、母親は大岩のことを信用したようだった。
「それが、宏明は二年ほど前に家を出て行き、その後行方がわからなくなっているんです。連絡も全くなくて。お宅様、もしかして宏明のことで、何かご存じないでしょうか?」
 母親は逆にそう尋ねてきた。これは間違いなく秋田宏明の家だと大岩は確信を持った。
「あ、いや、私もしばらく東京にいて、宏明君とは連絡を取り合わなかったので。申し訳ないのですが、私にも宏明君の最近のことがわからないのです。私はてっきりお宅に見えるとばかり思い、一度会いたいと電話をしたのですが……。そうですか。それはすみませんでした」
 大岩は目的さえ達することができれば、長電話は禁物だと思い、電話を切った。電話番号がわかれば、パソコンの検索ソフトで住所を調べることができる。

 翌日、大岩はさっそく自分の自動車でいなべ市を訪れた。かつらやメガネなどで、顔の印象を変えている。市役所の近くのスーパーマーケットに車を駐車した。大きなスーパーで、多くの車が駐車しており、大岩の車が印象に残ることはない。大岩の車は黒いストリームなので、目立つ車ではない。
 眼前に鈴鹿山脈の藤原岳と竜ヶ岳が大きくそびえ立っている。春先に咲く福寿草が特に有名で、花の名山と言われる藤原岳は、セメントの原料となる石灰岩でできている。そのため石灰岩を採掘され、山頂近くまで、山肌が無残に削り取られている。自然保護には無関心の大岩でも、その藤原岳のむごたらしい山容を見て、ひどいと思った。
 竜ヶ岳の左には、さらに釈迦ヶ岳(しゃかがだけ)、御在所岳(ございしょだけ)、鎌ヶ岳、入道ヶ岳など、鈴鹿中部の名山が連なる。武平峠(ぶへいとうげ)を挟んで並び立つ、御在所岳、鎌ヶ岳の鋭鋒の勇姿は、見る者を圧倒する。北東の方角は多度の山並みが続いている。

  山肌を削り取られた藤原岳
  御在所岳(右)と鎌ヶ岳

 こんな山の景色を見て育ったので、秋田は山好きになったのだな、と大岩は考えた。
 いなべ市は、市役所の北側は田畑が多く、人家はまばらだが、南の方は住宅密集地となっている。
 大岩は目的の家まで歩いて行った。そのあたりは、比較的新しい住宅が多い。少し中心街を離れると、古い家並みが続き、田畑も点在している。視界が開けたところからは、鈴鹿の山並みが迫っている。秋田の家は三岐(さんぎ)鉄道北勢(ほくせい)線の楚原(そはら)駅の近くで、木造建築のやや古い、大きな和風の造りだった。敷地はかなり広い。
 彼は近くで立ち話をしていた三人の主婦たちに、 「あの、すみません。秋田さんの娘さん、裕子さんのことで、ちょっと伺いたいことがあるんですが」 と話しかけた。妹の名前は裕子ということを、秋田から聞いていた。
「秋田さんの娘さんのこと?」
 一人の女性が訝しげに大岩を睨んだ。
「実は、わたくし、興信所の者で、裕子さんの結婚のことで調べているんです。だから、秋田さんには内密でお訊きしたいんですが」
「あら、そうなの。ユウちゃんのね。そういえば、もう二二、三歳ぐらいで、結婚の話が出ても不思議じゃないわね」
 主婦たちは結婚の調査ということで、興味を示した。
「でも、ユウちゃん、今は就職して名古屋の方に行ってるみたいよ。私たちもしばらくユウちゃんには会ってないのよ」
「はい。存じてます。本人については、名古屋の方でもういろいろ調べています。勤務も真面目で、職場での評判もよく、本人については、申し分ないと思っています。今日は主にご家族についてお伺いしたいと思いまして」
「そうなの。ユウちゃんはひところ、具合が悪かったようなこと聞いてたけど、もうよくなったのね。子供のころは、優しいいい子だったのに、高校生のとき、自殺未遂で病院に担ぎ込まれたこともあったようですけど、今はよくなったのね。よかったわ」
「自分で自分の手首を切っていたんだって? でもほんと、元気になってよかった」
 大きな都会に比べ、まだ地域のつながりが強い土地柄なので、彼女たちは裕子が職場で評判もよく、うまくやっているということを聞き、自分たちの家族が褒められたように喜んだ。それでいて、裕子にとって不利益になることをしゃべっていることには気付いていなかった。
「それで、ご家族のことをお伺いします。依頼者は、裕子さんのことはもちろん気に入っているのですが、やはりご家族のことも知りたがっておりますので」
「ユウちゃんの相手って、どんな人なんですか?」
 主婦の一人が、興味深げに尋ねた。
「いえ、残念ながら、依頼者のことは話せないのです。わたくしどもには守秘義務がございますからね。ただ、家柄のいい立派な男性だとだけ申し上げておきます」
 もともと詐欺師としても活動して、話術に長けている大岩は、主婦たちの歓心を買おうと出任せを並べた。
「それはそれは。よかったですわ。秋田さんの家柄も、このへんでは由緒ある、格式が高い家柄なんですよ。秋田さん、息子さんが家出して、苦労されているんで、ユウちゃんがいいところにお嫁に行けそう、ということは嬉しいですね」
「あら、だめよ、家出しているだなんて言っちゃあ。せっかくのいい話が壊れては大変だから。ヒロちゃんだって、妹思いの優しい子なんだから。やはり、こんな田舎ではいい仕事がないんで、名古屋か大阪か、四日市のような大きな町で働いているんじゃないかしら」
 主婦たちは思い思いにしゃべりだした。裕子の不利になることは言わないように、とお互い牽制しながらも、結局自分たちの好奇心を満たしていた。
「お父様やお母様のご様子はいかがですか? やはり近所の方の評判が最も信頼できる情報ですから。ご近所の評判がよければ、わたくしどもも自信を持ってこの縁談はお薦めですよ、と報告できます」
 大岩は主婦たちから、家族の情報をいろいろ聞き出した。父親の康宏は公認会計士をやっており、四日市市に事務所を持っている。何年か前までは、準大手の監査法人に在籍していたとのことである。この地方ではけっこう名士として名が通っている家柄だという。
 大岩はほかにも何人かの近所の人たちに聞き込みをかけた。大岩は結婚の調査については、くれぐれも秋田の家族には内密に、と頼んでおいた。また、宏明の友人を装って、同年代ぐらいの男に宏明のことを尋ねたりもした。しかし、怪しい男が秋田の家族のことを嗅ぎ回っているということは、じきに秋田の家族の耳に入ることになるだろう。

 大岩は名古屋に戻り、その日一日のことを武内に報告した。場所は名古屋駅近くのシティーホテルの一室だった。安いビジネスホテルでは、防音が不十分で、万一話の内容が外に漏れるといけないので、高級そうなシティーホテルにしたのだった。先に大岩が部屋を取り、遅れて武内がやってきた。部屋の番号は大岩が携帯電話で指示をした。
「おまえはよくまあそこまで調べたものだなあ。さすが俺たちの参謀格だがや。これまでの計画は、おまえと山下が主になって立てとったでな」
 武内は大岩の手腕に感心した。武内は自らのことを強力犯(ごうりきはん)専門と卑下していた。しかし、実際のダーティーな仕事は佐藤義男が担当していた。
「ああ、いろいろ聞き回って来たが、今のところは復讐を企てとるようなやつはわからんかった。やつの親父は復讐で人を殺すような感じじゃないようだし、秋田が死んだということも知らんのじゃないか? いつかは帰ってくると思っとるようだ」
「確かに秋田の死体はまだ発見されとらんし、あいつが死んだことを知っとるのは、俺たちの仲間だけだろうな」
「あいつの死体は、長野県の南木曽の方に埋めてきたで、そう簡単には見つからんだろう。かなり山奥の荒れ地に埋めてきたでな」
「それならいったい誰が仲間を殺しとるんだ? 偶然にしてはちょっとできすぎとる。やっぱりあの小説家じゃないのか?」
 武内が怯えた。
「常識的に考えれば、やつが一番の容疑者だろうが、犯人なら、わざわざあんな殺人予告などするはずがない。俺が犯人だと宣伝しとるようなもんだ。それに、警察もよく調べた上で、犯人ではないと断定している」
「そこがわからんとこだ。しかし、なぜわざわざ小説に俺たちの殺人予告などが出るんだ? まるで俺たちを恐怖のどん底に落とそうとしとるみたいだがや。今度はおまえが殺されるぞ、と」
「意外とそれが狙いかもしれん。北村は誰かに利用されとるんじゃないか? 今度は北村を見張ってみるか」
 大岩はすでに北村が住んでいる昭和区のアパートの場所を確認していた。北村は現在自家用車を所有しておらず、移動は主に地下鉄など公共交通機関を使う。取材などで車が必要な場合は、レンタカーを利用している。アパートは地下鉄御器所(ごきそ)駅に近い便利な場所にある。それで尾行には車を使わないことにした。


ショートショート

2014-05-27 12:46:02 | 小説
 今回は初めて私のショートショートを公開します。
 この作品は、去年ある出版社から『わたしの相棒』というテーマで依頼されて、短編集に掲載される予定でしたが、結局その話はボツになりました。
 その本自体も出版されなかったようです。
 原稿用紙4枚で書くように指示され、短い中にも読み応えがあるよう、工夫しました。



     相棒

  私は興信所の所長をやっている。所長といっても、従業員は私一人だ。所長兼雑役でもある。けれども、私には二人の相棒がいる。正規の所員ではないが、時々私に力を貸してくれる。
 私の興信所は、浮気調査や身元調査、尋ね人の捜索などで力を発揮し、業界でも屈指の業績をあげている。
 早速新しい依頼者がやってきた。仕事は人捜しだ。取引先の会社の社長に、三〇〇〇万円貸してあるのだが、返済期限を目前にして、姿をくらましてしまった。その社長の会社は倒産、担保にとってあったはずの建物は、二重に抵当に入っており、すでに差し押さえられてしまっていた。このままでは、クライアントの会社まで連鎖的に倒産してしまう。そうなる前に、何とかその行方不明になった社長を捜しだしてほしいという。
 「ところで、お宅の興信所には何人ぐらいのスタッフがみえるのですか?」
 クライアントは質問した。うちの事務所があまりにも小さいので、不安を覚えたのだろうか。
 「うちは私一人です。ほかには正規のスタッフはおりません」
 「それで大丈夫なのですか? 私としては、一日も早くその社長を見つけていただきたいのですが。うちの会社の命運がかかっていますので」
 「心配ご無用です。うちには優秀な機材をそろえていますし、私も経験豊富です。必ず一週間以内に捜しだしてみせます」
「しかし、やはり不安ですな。料金だけ支払い、見つかりませんでした、と言われた日には、かないませんからな。ところで、どんな方法で行方不明となった社長を捜すのですか?」
「捜査方法は企業秘密です」
 「それじゃあ信用できませんね。私も三〇〇〇万円戻るかどうかの瀬戸際で、非常に厳しい状態です。やはり、もっと大きな、信頼が置ける興信所に依頼するべきでしょうか」
クライアントは、私の興信所に今ひとつ信頼が置けないようだ。しかしうちの興信所は、ほぼ一〇〇パーセントの成功率を誇っている。私には絶対見つけ出せるという自信があった。
 「いいでしょう。それでしたら、前金は一切いただきません。その社長さんを見つけて、三〇〇〇万円が戻ったら、五パーセント、一五〇万円を成功報酬としていただく、ということでどうですか? もし見つからなければ、びた一文いただきません。もちろん捜査にかかる諸経費も請求しません」
 完全な後払いによる成功報酬ということで、クライアントは納得した。契約は成立し、私は早速契約書を作成した。
 もし見つからなければ、完全なただ働き。私にとっては、圧倒的に不利な条件だ。しかしそれでも、絶対にその社長を見つけ出すという自信があった。
 そして約束どおり、四日後、雲隠れした社長を見つけ出した。私はクライアントに報告した。クライアントは早速その社長に会い、借金を返してもらえるよう談判した。
 私の相棒は守護霊なのだ。守護霊の力により、どんな依頼であろうと必ず結果を出すことができる。
 しかし、その社長はほとんど無一文で、借金を返済するどころではなかった。クライアントも資金繰りに詰まり、連鎖倒産してしまった。
 金が戻ったら、五パーセントをもらうという契約だったが、結局報酬はもらえなかった。
 私の二人の相棒のもう一人というのは、貧乏神だったのだ。捜査には守護霊以上の絶大な神通力で協力してくれるが、最後はいつも大損してしまう。守護霊がいるので、何とか生活していくことはできるのだが。

『幻影2 荒原の墓標』第19回

2014-05-23 13:05:11 | 小説
 昨日は古いWindowsXP用のRPGが、Windows7で作動するかどうか、ちょっと試してみました。
 動作しなければ、捨てるつもりでしたが、Windows7でもプレイできました
 かなり古いゲームでしたが、懐かしくてつい時間を忘れてしまいました
 執筆しなければならないのに。

 今回は『幻影2 荒原の墓標』19回目の掲載です。
 


            

「今度は佐藤が殺(や)られたか。しかし、あの格闘術の達人の佐藤まであっさりやられるとは。相手はどんな化けもんなんだ? 残るは俺とおまえの二人だけになってしまったな」
大岩康之が言った。ここは名古屋市熱田区の鰻料理をメインとする日本料理店だ。前もって個室を予約してあった。二人はお給仕さんを遠ざけて、小声で話した。名古屋名物のひつまぶしを注文したのに、いやな話題なので、せっかくの料理が味気ないものになってしまった。
「あれだけ注意するよう、お互い言い合っていたんだがな。いったい誰がやったんだ? まさか小説家の野郎が犯人では?」
 武内雅俊(まさとし)が応じた。
「いや、テレビや新聞の報道では、北村とかいう小説家にはアリバイがあり、犯人ではないそうだ。それに佐藤は格闘技をやってただけあって、おまえに負けないほどの腕っ節だ。作家ごときにあっさり殺られるとは、とても思えん」
「しかし、小説の話通りに仲間が殺されていくというのは、どういうことだ?」
「おまえは小説の中では名前が挙がっていないで、まだいいが、次の標的は俺なんだぜ。俺は刃物で心臓をひと突き、ということになっている」
 次の予告は自分なので、大岩は怯えた。
「今回の作品では俺の名前は出てないが、次ので出てくるかもしれんがや」
 武内も不安げに言った。最初に徳山久美が殺害されたときは、彼らの仲間は、作家北村弘樹の小説に同姓同名の人物が登場するということが報道されても、それは単なる偶然だと思っていた。しかし山下だけは事件のあと、『鳳凰殺人事件』を読み、登場人物の背中に鳳凰のいれずみがあることまで一致しているので、これは単なる偶然ではないと推測した。そして新たに刊行された『荒原の墓標』には、自分を含め、仲間三人の名前が出ていることを発見し、山下は震撼した。山下に言われ、佐藤、大岩、武内の三人も北村の二作を読んでみた。しかし武内の名前はなかったので、やはりこれは偶然だろう、と強いて考えることにした。ところが、作品通りに、山下が殺害されてしまったのだった。
「それに、直接俺の名前は出とらんが、武内宿禰(たけのうちのすくね)の墓とかいうものがあった。武内宿禰というのがどういうやつかは知らんが、ひょっとしたら、それは俺の墓を意味しているんじゃないか? ということは、やはり俺も死ぬっていうことじゃないんか?」
 武内は思わず身震いをした。
「その北村とかいう作家を痛めつけて、吐かせてやろうか? ひょっとしたらやつは秋田の知り合いで、俺たちに復讐をしようとしとるんじゃないか?」
「やめとけ。北村は警察が真っ先に調べているそうだが、事件とは関係ないという話だ。警察も馬鹿じゃない。もし北村が事件に関係しとるんなら、無罪放免するはずがない」
 大岩は怯えてはいるが、武内より冷静だった。
「俺たち六人は闇サイトで知り合い、いろいろな犯罪に手を染めてきた。しかしその中で秋田の野郎がもう抜けたいとこきやがったんで、焼きを入れてやった。殺すつもりはなかったんだが、結局死んでしまった」
 大岩は声を潜めて言った。思い出したことを訥々(とつとつ)と語るような口調だった。その犯罪グループは、狡知に長けた大岩、山下が参謀格で、格闘技をやっていた佐藤や元暴力団員の武内が荒っぽい仕事をやってきた。
「まあ、あまり張り詰めとってもいかん。おまえも一杯やりゃあ」
 武内は大岩にビールを勧めた。大岩は一気にビールを飲んでから、話を続けた。
「最初の久美の事件は、犯人が捕まったが、山下と佐藤の犯人はまだわからんそうだ」
「山下と佐藤は同じやつが犯人なのか? 警察は連携して捜査しとるという話も聞いたがな。だが、復讐なら、なんで久美と野郎二人の犯人が違うんだ? それとも、今度の犯人は、久美のときの山岡とかいうやつの仲間なんか?」
 武内が疑問を大岩にぶつけた。
「そのへんも警察が調べとるが、山岡は山下たちのことは全然知らんと言っとるそうだ。久美のことも、突然人を殺したいという衝動が湧き起こって、誰でもよかったで、目についたやつを殺したという。それがたまたま久美だったそうだ。久美もとんだとばっちりを食って、運が悪いやつだ」
「おまえもよく調べとるな」 と武内は感心した。
「そりゃ当然だろ。俺たちの命がかかっとるかもしれんのだからな」
「ただ、事件のことであまり動き回って、警察に目をつけられるのもまずいぞ。俺たちだって、叩けば埃が出る身だでな」
「ああ、それについては、十分注意しているよ」
 二人はそれからしばらく相談していたが、どうするべきか、方針を立てることができなかった。ただ、お互いこれまで以上に注意しよう、特に夜の一人歩きはなるべく避ける、そして連絡を密にするということを確認し合った。以前は自分たちの関係が知られるのはまずいので、あまり会わないようにしようと言っていたが、次々と仲間が殺されていくので、そうも言ってはいられなくなった。
「今ちょっと思ったことだが、俺としては、やはり秋田のことが気になる。秋田のことをちょっと調べてみようと思う」と大岩がふと思いついて、切り出した。
「確かにこれが復讐なら、秋田の線が一番大きいな。あいつの身内か友人か。しかし、調べるといっても、どうするんだ? 興信所にでも頼むのか?」
「いや、それは危険だ。もし俺たちがやってきたことが興信所や私立探偵に知られると、まずいことになる。下手すれば、逆に恐喝されかねんぞ。興信所も信用できんところもあるというからな。これは俺がやる」
「大丈夫か? 危なくないのか?」
「このままいっても殺されるんなら、逆にこっちから反撃してやるさ。場合によっては、おまえにも協力してもらうぞ」
「そうだな。このまま殺されるのを待つよりはましか。よし、俺も協力させてもらおう。しかし、どうやって調べるんだ?」
「やはり秋田の周辺からになるだろうな。とりあえず、秋田の家族や友人を探ってみよう」

 闇サイトで知り合った六人、秋田宏明(ひろあき)、徳山久美、山下和男、佐藤義男、大岩康之、武内雅俊は、詐欺カンパニーのようなものを作り、あくどく稼いでいた。主にお年寄りなど、社会的弱者を食い物にしていた。女性で人当たりがいい徳山久美がお年寄りに近づき、信用させた上で、巧妙にその資産を奪い取った。また、いろいろな情報を集め、夜間に宝石店などに忍び込み、盗みなどもやった。
 しかし一年ほど前、宝石店に忍び込んだとき、警備員を一人、殺害してしまった。殺す予定ではなかったが、警備員に見つかってしまったため、気を失わせるつもりで殴ったのが、不運にも死なせてしまったのだった。元プロの格闘家だった佐藤の拳は、刃物に匹敵する凶器でもあった。
 この事件は、繁藤の事件を担当した神宮署の浅川警部たちが扱っているが、未解決のままだった。
 この事件での思いもかけない殺人で、秋田は震えた。警備員に直接手をかけたのは秋田ではなかったとはいえ、自分たちのチームが犯した犯罪に、秋田は罪悪感を感じていた。それでなくても、気のよいお年寄りたちをだますことに、嫌気がさしていたところだった。それで、もう仲間を抜けたいと申し出た。
 他のメンバーは、秋田が抜けたあと、自分たちがしてきたことをしゃべられてはまずいので、慰留した。久美は 「私なんか、もう堅気に戻れないように決意するために、背中に鳳凰のいれずみまで入れたのだから、男のあなたがそんな弱気でどうするの?」 と迫った。秋田は久美にほのかな思いを寄せていた。それでも、もう悪事を続けることに嫌気がさしていたので、頑として組織から抜けると主張した。それで制裁を受け、命を落としたのだった。
 




『幻影2 荒原の墓標』第18回

2014-05-16 17:51:15 | 小説
 今日は宅急便で荷物が届く予定だったので、ずっと家から出られませんでした。
 何時ごろ届くかわからず、外出中に配達されており、不在票が入っていた、でもいけませんし。
 しかし今日は天気はまあまあでしたが、強風で、山歩きはちょっとどうかな、という感じでした。
 品物は午後3時ごろ届きました。
 ビックカメラのポイントが、まもなく7000点以上無効になるというので、デジカメのバッテリーを2個、予備として買いました。webで発注しました。
 現在、予備を含めて2個使っていますが、最近、2個とも持ちがわるくなってきたので、また新しいものを買おうと思っていたところだったので、ポイントで買いました。
 今回は一度、安いサードパーティーのものを試してみようと思い、ケンコーの互換バッテリーを買いました。
 ついでに、ビックカメラで文具のコーナーを見ていたら、PILOTのDr.Gripがあったので、それもついでに注文しました。シャープペンシルはよく使います。

 今回は『幻影2 荒原の墓標』第18回です。作中に彩花が登場していますが、『ミッキ』に登場する彩花です。『幻影』と『ミッキ』は世界観を共有しており、次回作の『ミッキ』続編には、『幻影』シリーズの鳥居刑事が登場する予定です。


            

 八月の初め、美奈は出勤前に、亜希子が経営するアクセサリーショップのメビウスの輪に寄ったら、そこで河村彩花という、赤いフレームのメガネをかけた高校生に出会った。彩花は、亜希子から美奈のタトゥーのことや小説を書いていることを聞いて、ぜひ一度会いたいと思っていたと言った。少し前に、美奈は亜希子から 「かわいいファンができたよ」 と聞いていた。美奈は商店街にあるクレープの店に彩花を連れて行き、店前のテーブルでクレープを食べながら、彩花と話をした。
 彩花は亜希子から、タトゥー雑誌に載っていた美奈の写真を見せてもらい、とても美しいと思ったと打ち明けた。また、小説を書いていることも聞き、自分自身も将来作家になることを夢見ていると言った。美奈は彩花に、今書いている小説の概要を簡略に語った。
 彩花と話していたら、あっという間に一時間が過ぎてしまった。もうオアシスに出勤しなければならない時間だったので、二人は携帯の電話番号やメールアドレスを交換して別れた。そしてまた時間があるときに、ゆっくり話をしようと約束した。彩花は美奈より五歳年下の高校生だが、何となく自分に似ていると感じた。また会って話をすることが楽しみだった。
オアシスで恵に会うと、美奈は 「今日、メビウスでかわいい私のファンに会いました」 と話した。恵もメビウスの輪でボディピアスやTシャツなどを買ったりしている。
 
 その翌日の朝、春日井市内の庄内川の河川敷に駐車してあった車の中から、男性の遺体が発見された。発見者は近くに住む和田亨(とおる)という七〇代の男性だった。七〇代とはいえ、まだ矍鑠(かくしやく)としている。
 飼っているミニチュアダックスのモコは、朝早くからワンワン鳴いて散歩の要求をする。和田がモコと早朝の散歩で歩いているとき、河川敷に赤いフォルクスワーゲンのゴルフが駐まっていた。その車は昨夜寝る前に、モコと散歩したときにも見かけた。和田は車には疎くても、VWのエンブレムがドイツの有名な自動車メーカーであることは知っている。その外車が一晩駐まったままになっていることに、不審を抱いた。車の運転席では、男性が眠っているようだった。最初は車の中で仮眠でも取っているのかと思ったが、昨夜も同じ場所に駐まっていたので、仮眠にしては変だと思い、よく見てみると、どうも様子がおかしい。全く生気がないのだ。顔色も黒っぽく変色している。さらに見てみると、髪に固まった血液のようなものがこびりついている。和田はこれ以上見ているのが恐ろしくなった。
 和田は堤防の上の道を歩いていた女性を見かけると、 「大変だ、車の中で人が死んでいる」 と訴えた。モコが女性に向かって、ワンワンと吠えた。和田はモコを制した。その女性は、若い人ならともかく、そのような人品卑しからぬ老人が冗談など言うこともないだろうと思いながらも、自分がそれを確認するのが怖かった。
「お願いします、わしは携帯電話を持っとりませんし、とても交番まで歩いて知らせに行くほどの元気もないので、代わりに警察に連絡してはもらえないでしょうか? 最近は公衆電話も少なくなりまして」
 女性は関わりになるのはいやだし、とんでもないと思ったが、目の前の老人を無視して行ってしまえるほどの度胸もなかった。それでやむなく携帯電話を取りだし、一一〇をプッシュした。
「私は詳しいこと、わからないので、おじいさん、電話してください」
 女性は電話がつながる前に、和田に携帯電話を渡した。
 電話がつながると、和田は 「もしもし、ひゃ、一一〇番ですか?」 と確認した。八〇年近く生きてきて、多少のことでは動じないつもりなのに、いざとなると、言葉が円滑に出なかった。
「はい。こちら本部通信司令室です。何がありましたか?」
「あ、あ、あの……。く、車の中で人が死んでるようです」
「眠っているのではないのですか? 確認されたのですか?」
「ドアがロックされているので、確認したわけではないが、あれはどう見ても生きているとは思えん。頭に血がこびりついているし」
「そうですか。頭部に血がこびりついているのなら、事件の可能性がありそうですね。そちらの場所は? あなたの名前は?」
 受理台の警察官は手際よく通報者に質問した。
「すまんが、あんたもちょっと待っててくれんかね? すぐ警察が来るそうだ」
 和田は通話が終わると、携帯電話を貸してくれた女性に依頼した。
「冗談じゃないわ。これ以上掛かり合いになるのはごめんだわ」
通話を終えると、女性は携帯電話を返してもらい、名前も告げずに、その場から立ち去ってしまった。
 待つほどもなく、巡回中のパトカーが通報を受け、現場に駆けつけた。

「おう、トシか。やっとかめ(久しぶり)だな」
 三浦が詰めている小幡署に、篠木署の鳥居から電話があった。
「ああ、鳥居さんですか。どうされたんですか?」
「今おみゃあが担当しとる事件は、北村弘樹の小説に出る登場人物と同じ名前(なみゃあ)の被害者(ぎゃーしゃ)だったんだな」
「はい。以前鳥居さんと担当した徳山久美に続いて、今度は山下和男ですが、それが……。まさか、また?」
「おう、そのまさかがまた起こってまったんだがや。今度は佐藤義男。話の通り、車の中で頭を鈍器のようなもので割られ、死んどったがや」
「またですか? それで、北村先生は?」
「すぐ署員が自宅に駆けつけて事情を聞いたんだが、当のセンセはかなりうろたえとった。センセ自身が、いったいどうなっているんだ、と慌てとったがな。
 昨夜は自宅で一人だったが、ちょうど犯行時刻に当たるころ、東京の出版社の担当編集者から電話があり、話をしとったという。徳山久美のとき、アリバイを証明した飯田という編集者だ。携帯ではなく、固定電話でな。それは警視庁に依頼して、相手側にも確認してまった(もらった)。その編集者は、また同じような事件が起こってまったんで、びっくりしとったそうだ。確かに、突然用事を思い出して電話したんで、北村は事前に備えをしておくことはできんかったようだ。自宅近くで殺して、電話のあと遺体を運んだと考えれば、時間的に犯行は不可能ではないが、ちょっと無理がある。センセが電話をしとったころ、車が河川敷にあったことは近くの人が確認しとるしな。センセとギャーシャとの面識もないようだし。まあ、交友関係はこれからじっくり調べるが、おそらくセンセは事件とは無関係だろう。
 まだすぐ合同捜査、ということにはならんが、必要があれば、そっちとも連絡を取りながらやってくことになるで、またよろしく頼んだぞ」
 そのあと、三浦は春日井の事件について、鳥居から詳しく聞かされた。
 被害者の佐藤は、あまり名前を知られてはいなかったが、プロの格闘技の選手だった。現役中は剛健(ごうたけし)というリングネームを使っていた。格闘技のセンスはあったものの、凶暴な性格で、後輩に対する過度なしごきで重傷を負わせたため、所属していたジムから解雇されていた。その件で佐藤は業務上過失傷害罪で起訴され、執行猶予付きの判決を受けていた。
「ついにまた起こってしまったか」
 三浦はそのことを恐れていた。捜査会議でも、その危惧について提案していたのだが、真剣に取り上げられることはなかった。当の北村弘樹も、あの小説は全くの創作であり、登場人物の名も、実在人物とは関係がない、架空のものだと主張していた。誰かからこういう名前にしたらどうか、という示唆を受けたこともないという。
 三浦は残る大岩康之を保護する必要があると考えた。だが、その大岩康之が、どこの誰なのか、全くわからない。これまで、山下和男の人間関係を調べた範囲では、徳山久美も佐藤義男も、大岩康之も浮かんでこなかった。
 しかし、これだけ北村弘樹の作品通りに殺人事件が起きたのだから、万一のことを考えなくてはならない。三浦はその日の捜査会議で、大岩康之のことを再度提案した。“矢田川河川敷殺人事件”捜査本部で指揮を執る倉田警部も、篠木署から佐藤義男の事件のことを知らされており、捜査方針に山下の交友関係を再度の調査、特に佐藤との接点、その周辺に大岩が存在しているかの捜査、そしてもし見つかれば、大岩の監視、保護も付け加えた。場合によっては、篠木署との協力、合同も視野に入れている。

 美奈はその夜も恵、美貴、裕子とファミレスで話をしていた。そして恵、裕子を自宅まで送ってから、北区の三浦のアパートに寄った。三浦から今夜はうちに寄ってほしいとメールが入っていた。
 最近は三浦が美奈の高蔵寺の団地に来たり、美奈が三浦のアパートに寄ったりする。一緒に住もう、と三浦が美奈に告げて以来、お互いの家に行き来することが多くなった。公休日には、美奈の手料理を振る舞うこともある。三浦のアパートまで、夜中の空いた道なら、美奈たちがよく行くファミレスから二〇分もかからない。実際は恵や裕子を送っていくので、少し寄り道になるのだが。三浦の部屋は独身男性の部屋としては、きちんと片付いている。ときどき美奈も掃除を手伝っている。
 美奈は夜遅い訪問を詫びた。
「いや、遅いのはお互い様ですよ。その上、僕のほうは時間が不規則だし。事件からまもなく一ヶ月、まだなかなか手がかりがつかめません。今日も手がかりなしですよ」
「刑事さんのお仕事も大変ですものね」
「死んだ親父に憧れて、この仕事に就きましたが、大変なばかりです」
 三浦は缶ビールを一本だけ開けて、自身と美奈のコップに注いだ。車を運転する美奈にもビールを勧めたということは、今夜は泊まってほしいという暗黙の意思表示であった。警察官が飲酒運転をさせるわけにはいかない。
「実は昨日、春日井でまた事件が起こりましてね。今回も北村先生の作品通りなんですよ。鳥居さんから聞いた話では、北村先生は『荒原の墓標』は創作であり、登場人物も全く架空の人物なので、なぜあんな事件が次々に起こるのか、先生自身が非常に驚いている、ということだそうです。その名前を誰かから暗示されて作中に使用した、ということもないそうです」
「また小説の通りの事件が起こったのですね?」
「誰かが、先生の小説を真似て殺人を起こしているとしか、考えられませんよ。しかしなぜそんなことをする必要があるのか……」
 三浦は一気にビールを飲み干した。
「実は、こんなことを言っても信じてもらえないかもしれませんが、私の守護霊の千尋さんが、この事件は北村先生に憑依している悪霊が起こしている、と言うんです。第二の事件が起きたとき、作品通り、第三、第四の事件が起きる、と言っていました。そして、とうとう第三の事件が起きてしまいました。今まで捜査を混乱させてはいけないと思って、黙っていたのですが。さっき三浦さんが、登場人物の名前について、誰かに示唆された可能性にも言及されましたが、その悪霊から暗示を受けた、ということになります」
 美奈は三浦と知り合うきっかけとなった千尋の遺体遺棄事件で、千尋の霊と交流していることを打ち明けた。三浦と事件の話をしているとき、千尋からの霊界通信があり、その通りに実行したら、犯人からの自供を得られた。それ以来、三浦は美奈と千尋が交流していることを認めざるを得なかった。
「えっ? この一連の事件は、悪霊が起こしたんですか?」
「はい。ただ、その悪霊は、常時北村先生に憑いているんじゃなく、先生に作品を書かせるときだけに憑依し、それ以外は姿をくらませているので、千尋さんにも手に負えないそうなんです。今はたぶん、事件の犯人に憑依しているのじゃないか、ということです」
「千尋さんの力で、その霊が憑依している犯人はわからないでしょうか?」
「それが、その霊はかなり強い霊力を持っていて、普段は自分の気配も消しているので、千尋さんでもわからないそうです」
「そうですか。千尋さんの力でも、犯人には手出しできないのですね。やはり犯人は警察の手で探すしかないようですね」
 三浦は悔しそうに歯がみした。
 そのとき、 「大丈夫ですよ。いくら霊が関与しているといっても、犯行を行ったのは人間ですので、必ず手がかりを残しています。この事件も遠からず解決します。ただ、怨念を持った霊を浄化することが一番の問題ですが」 という千尋の声が美奈の脳裏に響いた。美奈はそれを三浦に伝えた。
「そうですか。守護霊の千尋さんにそう言ってもらえれば、心強いですね。でも、霊の浄化は警察では手に負えません。霊能者にでも頼むしかないですが、霊能者といっても、警察では相手にしてもらえないですね」
「はい。浄霊に関しては、場合によっては千尋さんと私で何とかできるかもしれません」
「でも、くれぐれも危険なことはしないでください」
 三浦は美奈に神霊の世界にはあまり踏み込まないように、釘を刺した。