ビター☆チョコ

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墨攻

2007-02-09 | 洋画【は】行

紀元前370年頃、中国は戦乱の時代だった。
10万の兵を率いた趙国の巷淹中(アン・ソンギ)が、わずか4千人の小国、梁国に責め込もうとしていた。
梁王(ワン・チーエン)は墨家に援軍を請うのだが、墨家からの援軍は来ず
降伏を決めようとしていたそのとき、ひとりの墨家、革離(アンディ・ラウ)が梁城に到着した。
革離はたった1本の矢を放っただけで趙国の先遣隊を退けてしまう。

まずは、軽く予習が必要です。
墨家とは、墨子によって興った「兼愛」「非攻」を説く思想集団だそうです。
そしてこの時代の中国が、燕、趙、梁に分裂していて、のちに秦に統一されていくのだということも
頭に入れておいたほうが、スムーズに理解できると思います。

墨家は、できるだけ犠牲者を出さずに、血を流すことなく争いを鎮めようとする集団です。
自分からは仕掛けない。
徹底的に守るのです。
でも守りに徹すれば徹するほど、攻め込んできた敵を殺すことになってしまうのです。
墨家が自分の能力を発揮すればするほど、自分たちが理想とする「兼愛」「非攻」からはかけ離れた結果になってしまうのです。

人間って悲しいもので
生きるか死ぬか。殺すか殺されるか。
その二つに一つしかないとき、正義も理想も吹き飛んでしまって
ただ自分が生き残ることにしか集中できなくなってしまうのです。
そのジレンマの中で革離は悩み続けます。

人間の悲しさ、そして権力を持った人間のいやらしさ
そして観ている私の正義感のあやふやさ。
なんかそんな嫌らしい気持がどろどろと渦巻いているような時間でした。

革離の働きによって梁国が勝ってるときは、梁国の味方につき、
梁国の王様が革離のカリスマ性を疎んじて革離を追放してしまうと、とたんに梁国が憎くなります。
そんな内戦状態の梁国に、再び趙軍が攻め込んでくると
今度は「趙軍、がんばれ~」の自分がいます。
正義もなにもあったもんじゃありません。
結局、自分が思うところの正義というのは、
「その時に、誰に一番感情移入ができるのか」ということなのかもしれません。

「兼愛」「非攻」を唱えた墨家も消滅し、
2000年たった今でも、争いは世界のどこかで続いています。
頭では分かってるのです。戦争が良くないってことは。
分かっていても、なくならずに延々と続くむなしさ、
そんなむなしさが胸に残りました。

勉強不足なもので、理解するのに少しばかり時間が必要でした。
でも。。。勉強不足を棚に上げて言えば
もう少し墨家の背景とか、説明のようなものが欲しかったような気もします。
革離がなぜ墨家の反対を押し切って、単身梁国にやってきたのか。
そういう革離の心の中をもう少し見せて欲しかったような。。。
逸悦とのとってつけたような恋愛物語を削ってでも(爆)見せて欲しかったような気がします。