政治に文句を言う立場はいろいろありますが、
同じ土俵(国会議員)にいる人からの意見がありましたので後で転載します。
原発廃止して石油に依存すると、かってのアメリカと戦争したときと同じことが予想される。
と指摘されています。もっともですね。
もちろん次ぎなる相手国は中国です。シーレーンを抑えられたら、どうする?
国防がらみで原発の存在を考えねばならないのだ。
アメリカに恩を仇で返すことをした民主党だ。
台湾やアメリカなどから多くの支援が届くのに、
中国と韓国のみに特使を派遣してお礼をする。(管はやはり朝鮮人なのだ)
2つの国は日本悪しとの教育をしている国なのだ。
アメリカは中国からの圧力は自業自得として見放すよ。
民主党を応援したマスコミ選挙民も自業自得だが、
原発しかない、国防を訴えていた人は、とばっちりを食うことになる。
将来(結果)を悪くしないためには、
現在の政策(原因)を間違えないようにしなくてはならない。
善因善果、悪因悪果の法則は絶対的である。宇宙の法則である。
うまく逃れたつもりでも、あの世に帰ってからきっちり清算されるのだ。
宇宙(人間)を作られた神様から逃れることなど絶対に不可能なのだ。
生きている間に清算する方がとてもとても安く付きます。
一般のブロガーみたいに、犬の遠吠えにならないようにお願いしたいものです。
【転載】します。
西村真悟の時事通信 4月26日号
やはり、書いておくべきだろう No.625 平成23年 4月26日(火)
原子力発電のことである。
今、福島第一原子力発電所の周辺では、数千頭の牛馬豚が殺処分されている。
政府は酪農農家に家畜とともに退避することを許さず、
牛や馬は、一ヶ月以上放置されて食料を与えられず、餓死したり、
自分で食料を調達するようになっている(これを野生化と言って政府とマスコミは危険視している)。
これを殺すという。自活している牛馬は立派ではないか。
かつて南極観測の越冬隊が、確か昭和三十三年か四年に、
どうしても樺太犬を連れて帰ることができず、南極大陸の昭和基地に放置したことがあった。
そして、一年近く経って再び南極観測隊が昭和基地に行くと、
タロとジロという樺太犬は、頑張って生きていた。
彼らは、観測隊のヘリの音が分かって、喜んで雪原を飛び跳ねて人間がきてくれたことを喜んでいた。
日本中が感動した。タロとジロという模型飛行機が売られていたのを想い出す。
福島原発周辺で自活している馬・牛・犬・猫・カナリヤ・文鳥は、立派ではないか。
何故、この度は樺太犬の太郎と次郎のように「生きていてよかった、これからは生かしてやろう」とならないのか。
平素は、土管に犬が詰まったり、煙突の上に猫が乗って降りられなくなったりしたとき、
消防隊が出動してその猫犬を助ける場面がニュースになったりする。
どうして、この度は、そうならず、殺すのか。生物を、人間と同じほ乳類を、みだりに殺すな。
何故殺すのか。菅、枝野、答えろ。
以上のことを思いながら、これから本論に入る。
福島第一原子力発電所。この危険度レベル7は虚偽発表で、実は安全ではないのか。
これが、第一の問題提起だ。
その上で注意喚起したいのは、次の彼らの素性である。
菅、仙石、枝野、そして、彼らを支える社会党から民主党に移った党事務局員の連中と総評系労働組合。
これらは、もともと反原発闘争をしていた連中だ。
特に、菅と仙石は、反政府的運動家、活動家としての経歴をもっている。
さらに彼らは、世界組織であるインターナショナル運動即ちコミンテルンに繋がり、その思想のもとで青春時代に学園闘争をやりまくった経験を持つ。つまり、彼らは、世界的な西側における「反原発運動」と、西側の核だけを阻止する為の「反核平和運動」に繋がる連中である。
そこで、欧米に発する世界的な反捕鯨運動の進め方、特にシーシェパードなどの手段を選ばぬ反対運動戦略を思い浮かべた上で、仮に、反原発を世界的に展開しようとする戦略家なら、マグニチュード9・0の巨大地震に遭遇した福島第一原子力発電所事故を如何に利用するか、このことに思いを巡らせて欲しい。
私が、反原発運動家で、シーシェパード的発想をすれば、福島原発の危険度を煽り、その周辺住民を極度の不安に陥れて共同体を破壊し、世界の原発を持つ国の住民を同じように不安がらせ、そこから原発を追放し一掃する世界的運動へつなげる。
さて、菅、仙石、枝野と民主党および支援組織特に労働組合の素性は、この世界的原発禁止運動の謀略に取り込まれる要素が、ため息が出るほど十二分に揃っているではないか。
つまり、菅とその内閣は、運動家としてのつながりの中で、「総理の地位にある世界的反原発運動家」となり、福島原発事故を、世界の原発廃絶に拡大していくためのテコとして利用し始めたのではないか。
ひょっとすると、「反原発を推進した日本の菅総理大臣、貴方は人類の未来を明るくしたのでノーベル平和賞を授与されるであろう、その為に、我々も頑張るから、連帯しよう」、との呼びかけに我が国の空きカンが、既に頷いているのではないか。
少なくとも、現在までの菅内閣の原発事故に対する対応は、風評被害の徒な拡大も含め、原発反対派からは拍手喝采ものであることは確かである。
彼らは、原発事故が深刻であれば深刻なほど喜ぶ連中だからだ。そして、それを喜ばせている菅総理と彼の内閣は、既に世界的な反原発運動の一員となっており、その運動戦略のもとに動いているのではないか。
そこで、はじめの第一の問題提起に戻る。即ち、福島原発は安全なのではないか。
放射線防御学、放射線影響学というのがある。
これらは、医療におけるレントゲンの影響を調べることから始まって、広島や長崎への原子爆弾使用を決定的な契機として始まった学問である。
この私は、この学問は全く知らん。無知である。
しかし、この学問の専門家は知っている。
札幌医科大学教授の高田 純氏は、四月十日の昼、福島第一原発の正門の前に防御服を着ることなく立って、ここは安全ですと語っていた。次に、東京大学医学部の稻恭宏博士は、福島原発は安全と言い切っている。また、福井青山学院大学教授は、低線量率放射線は、健康にほとんど影響ないと言い、稻博士はかえって健康によい、と言っている。
さらに、地上より放射能が三百倍以上多い、宇宙空間で長期間滞在した宇宙飛行士は、放射能から何ら悪影響を受けておらず、かえって宇宙に行く前より健康になっている、と報告されている。
つまり、繰り返す。福島原発は安全ではないか。
さて、反原発運動の経歴を持つ菅総理が言い切らないことを、最後に断言しておく。
我が国の存立のために、原発による発電はこれからますます必要だ。
原発を廃止し全て化石燃料に切り替えて、現在と同じような国家的活動、経済的活動ができる、と考えるのはエネルギー政策的にも、歴史から学ぶ国家戦略からみても、非現実的だ。
かつて、我が国はアメリカと戦争した。何故戦争を決意したのか。
アメリカが我が国への石油の供給を止めたからだ。
仮に、我が国が全て化石燃料による発電に戻ったとしよう。
我が国に、その膨大な化石燃料があるのか。無い。
そうであれば、仮に将来、我が国への化石燃料供給を止める国が現れたとするならば、我が国は、また戦争に追い詰められるではないか。
その時、日本国民は、経済活動不能によって数千万人が失業し、
餓死者もでる苦境に唯々諾々と耐え続けることはできない。
化石燃料に頼るこのような脆弱な国家に陥ることを回避するのが、真の政治家の務めなのだ。
やはり、我が国には、原子力による発電が必要だ。(了)
同じ土俵(国会議員)にいる人からの意見がありましたので後で転載します。
原発廃止して石油に依存すると、かってのアメリカと戦争したときと同じことが予想される。
と指摘されています。もっともですね。
もちろん次ぎなる相手国は中国です。シーレーンを抑えられたら、どうする?
国防がらみで原発の存在を考えねばならないのだ。
アメリカに恩を仇で返すことをした民主党だ。
台湾やアメリカなどから多くの支援が届くのに、
中国と韓国のみに特使を派遣してお礼をする。(管はやはり朝鮮人なのだ)
2つの国は日本悪しとの教育をしている国なのだ。
アメリカは中国からの圧力は自業自得として見放すよ。
民主党を応援したマスコミ選挙民も自業自得だが、
原発しかない、国防を訴えていた人は、とばっちりを食うことになる。
将来(結果)を悪くしないためには、
現在の政策(原因)を間違えないようにしなくてはならない。
善因善果、悪因悪果の法則は絶対的である。宇宙の法則である。
うまく逃れたつもりでも、あの世に帰ってからきっちり清算されるのだ。
宇宙(人間)を作られた神様から逃れることなど絶対に不可能なのだ。
生きている間に清算する方がとてもとても安く付きます。
一般のブロガーみたいに、犬の遠吠えにならないようにお願いしたいものです。
【転載】します。
西村真悟の時事通信 4月26日号
やはり、書いておくべきだろう No.625 平成23年 4月26日(火)
原子力発電のことである。
今、福島第一原子力発電所の周辺では、数千頭の牛馬豚が殺処分されている。
政府は酪農農家に家畜とともに退避することを許さず、
牛や馬は、一ヶ月以上放置されて食料を与えられず、餓死したり、
自分で食料を調達するようになっている(これを野生化と言って政府とマスコミは危険視している)。
これを殺すという。自活している牛馬は立派ではないか。
かつて南極観測の越冬隊が、確か昭和三十三年か四年に、
どうしても樺太犬を連れて帰ることができず、南極大陸の昭和基地に放置したことがあった。
そして、一年近く経って再び南極観測隊が昭和基地に行くと、
タロとジロという樺太犬は、頑張って生きていた。
彼らは、観測隊のヘリの音が分かって、喜んで雪原を飛び跳ねて人間がきてくれたことを喜んでいた。
日本中が感動した。タロとジロという模型飛行機が売られていたのを想い出す。
福島原発周辺で自活している馬・牛・犬・猫・カナリヤ・文鳥は、立派ではないか。
何故、この度は樺太犬の太郎と次郎のように「生きていてよかった、これからは生かしてやろう」とならないのか。
平素は、土管に犬が詰まったり、煙突の上に猫が乗って降りられなくなったりしたとき、
消防隊が出動してその猫犬を助ける場面がニュースになったりする。
どうして、この度は、そうならず、殺すのか。生物を、人間と同じほ乳類を、みだりに殺すな。
何故殺すのか。菅、枝野、答えろ。
以上のことを思いながら、これから本論に入る。
福島第一原子力発電所。この危険度レベル7は虚偽発表で、実は安全ではないのか。
これが、第一の問題提起だ。
その上で注意喚起したいのは、次の彼らの素性である。
菅、仙石、枝野、そして、彼らを支える社会党から民主党に移った党事務局員の連中と総評系労働組合。
これらは、もともと反原発闘争をしていた連中だ。
特に、菅と仙石は、反政府的運動家、活動家としての経歴をもっている。
さらに彼らは、世界組織であるインターナショナル運動即ちコミンテルンに繋がり、その思想のもとで青春時代に学園闘争をやりまくった経験を持つ。つまり、彼らは、世界的な西側における「反原発運動」と、西側の核だけを阻止する為の「反核平和運動」に繋がる連中である。
そこで、欧米に発する世界的な反捕鯨運動の進め方、特にシーシェパードなどの手段を選ばぬ反対運動戦略を思い浮かべた上で、仮に、反原発を世界的に展開しようとする戦略家なら、マグニチュード9・0の巨大地震に遭遇した福島第一原子力発電所事故を如何に利用するか、このことに思いを巡らせて欲しい。
私が、反原発運動家で、シーシェパード的発想をすれば、福島原発の危険度を煽り、その周辺住民を極度の不安に陥れて共同体を破壊し、世界の原発を持つ国の住民を同じように不安がらせ、そこから原発を追放し一掃する世界的運動へつなげる。
さて、菅、仙石、枝野と民主党および支援組織特に労働組合の素性は、この世界的原発禁止運動の謀略に取り込まれる要素が、ため息が出るほど十二分に揃っているではないか。
つまり、菅とその内閣は、運動家としてのつながりの中で、「総理の地位にある世界的反原発運動家」となり、福島原発事故を、世界の原発廃絶に拡大していくためのテコとして利用し始めたのではないか。
ひょっとすると、「反原発を推進した日本の菅総理大臣、貴方は人類の未来を明るくしたのでノーベル平和賞を授与されるであろう、その為に、我々も頑張るから、連帯しよう」、との呼びかけに我が国の空きカンが、既に頷いているのではないか。
少なくとも、現在までの菅内閣の原発事故に対する対応は、風評被害の徒な拡大も含め、原発反対派からは拍手喝采ものであることは確かである。
彼らは、原発事故が深刻であれば深刻なほど喜ぶ連中だからだ。そして、それを喜ばせている菅総理と彼の内閣は、既に世界的な反原発運動の一員となっており、その運動戦略のもとに動いているのではないか。
そこで、はじめの第一の問題提起に戻る。即ち、福島原発は安全なのではないか。
放射線防御学、放射線影響学というのがある。
これらは、医療におけるレントゲンの影響を調べることから始まって、広島や長崎への原子爆弾使用を決定的な契機として始まった学問である。
この私は、この学問は全く知らん。無知である。
しかし、この学問の専門家は知っている。
札幌医科大学教授の高田 純氏は、四月十日の昼、福島第一原発の正門の前に防御服を着ることなく立って、ここは安全ですと語っていた。次に、東京大学医学部の稻恭宏博士は、福島原発は安全と言い切っている。また、福井青山学院大学教授は、低線量率放射線は、健康にほとんど影響ないと言い、稻博士はかえって健康によい、と言っている。
さらに、地上より放射能が三百倍以上多い、宇宙空間で長期間滞在した宇宙飛行士は、放射能から何ら悪影響を受けておらず、かえって宇宙に行く前より健康になっている、と報告されている。
つまり、繰り返す。福島原発は安全ではないか。
さて、反原発運動の経歴を持つ菅総理が言い切らないことを、最後に断言しておく。
我が国の存立のために、原発による発電はこれからますます必要だ。
原発を廃止し全て化石燃料に切り替えて、現在と同じような国家的活動、経済的活動ができる、と考えるのはエネルギー政策的にも、歴史から学ぶ国家戦略からみても、非現実的だ。
かつて、我が国はアメリカと戦争した。何故戦争を決意したのか。
アメリカが我が国への石油の供給を止めたからだ。
仮に、我が国が全て化石燃料による発電に戻ったとしよう。
我が国に、その膨大な化石燃料があるのか。無い。
そうであれば、仮に将来、我が国への化石燃料供給を止める国が現れたとするならば、我が国は、また戦争に追い詰められるではないか。
その時、日本国民は、経済活動不能によって数千万人が失業し、
餓死者もでる苦境に唯々諾々と耐え続けることはできない。
化石燃料に頼るこのような脆弱な国家に陥ることを回避するのが、真の政治家の務めなのだ。
やはり、我が国には、原子力による発電が必要だ。(了)