『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編』(新潮社)

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 今年の上半期、出版業界で大きな話題を集めたのが、村上春樹の最新作『騎士団長殺し』(新潮社)だ。発売時には大きな話題となり、ベストセラーランキングでも上位に入っている同作だが、業界内での評価は違うようだ。

『騎士団長殺し』は、村上春樹にとって『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)以来4年ぶりの長編小説。発行元の新潮社は、初版で異例となる100万部を刷ると、発売前にさらに30万部の増刷をかけ、計130万部を用意した。これについて、書店関係者は語る。

「これだけ大量に刷るというのは、もちろん『売れる』という自信があったからでしょうが、背景には近年の書籍の売上傾向もあると思います。ここ最近、出版界ではごくごく少数の本が爆発的に売れる状況が完全に定着しており、一度勢いがつくと、いつまででも売れ続けます。村上春樹レベルになると、新作が出るだけでニュースになりますので、ロケットスタートを狙ったのでしょう。売る側の書店としても、『村上春樹の新作が○万部到達!』というのがニュースになれば、普段はあまり書店に立ち寄らないような人が来店してくれることが期待できます。『売れているから読んでみよう』という人が必ずいますから」

 こうした販売戦略が実り、大手出版取次・日販(日本出版販売)が発表した2017年上半期ベストセラーランキングで、『騎士団長殺し』は総合2位、文芸書ランキングでは1位にランクインした。しかし、業界内ではあるウワサがささやかれているという。大手出版社社員が語る。

「上半期ランキング1位の『九十歳。何がめでたい』(佐藤愛子著/小学館)が累計90万部ですから、2位の『騎士団長殺し』は、それ以下。しかも『九十歳。何がめでたい』は昨年8月発売なので、さらに割り引かなくてはいけません。『騎士団長殺し』は、我々が伝え聞いたところでは60~70万部しか売れていないようです。ほかの業界の方には、『本なんて紙とインクだけでしょ』『本なんて腐らないんだから』などと言われますが、印刷・製本には莫大な費用がかかりますし、売れ残った何十万部の本をストックしておくのはこれまた費用がかかりますし、税金の問題もあるので、返本は程なく断裁に回されることになります。ハードカバー本の断裁にも当然莫大な費用がかかりますので、“本当に”130万部刷ったのだとすれば、断裁率は5割近く。これでは出版社は大赤字だと思います」

 コンスタントに数十万部を売り上げる作家など、日本には片手で数えるほどしか存在しないが、それでも判断を見誤ると赤字とは……。出版業界とは、なんとも因果な商売のようだ。