あずまクラブ(越前の守)です。正しい心の探究をします。

”人間は夢とロマンを持つから動物とは決定的に違う”から始めます。正しい心の探究です。

船長釈放は日本の面汚し

2010-09-26 23:20:30 | 日記
先日からニュースで中国人船長が公務執行妨害で逮捕したことが流れていました。
始めは海上保安庁の久々の快挙であると感心しました。
なぜなら、尖閣諸島は日本の領土であって領海侵犯でも逮捕できるのにできなかったからです。
海の上では侵犯したかどうか分かりにくいので中国の圧力で釈放せねばならないことが多々あったからです。
韓国も領海侵犯の中国漁船を何度拿捕しても中国政府の圧力で開放しているのです。
しかし、今度は明確に体当たりをしてきたし、証拠のビデオもあるということでしたから、
領海侵犯ではなく公務執行妨害で逮捕できたのです。
案の定、中国から漁船や船員を返せとの圧力があり、船長を除いて返還しました。
それでも、とても日中友好の国とは思われない、執拗な傍若無人な脅かし
(閣僚級の会議中止、観光中止、レアアース輸出禁止など)があり、
石原都知事曰く「やくざ国家中国」です。
さらには日本人の藤田建設写真をスパイ容疑で逮捕するまで行くと、
あら不思議、あっさり釈放してしまいました。
なんということか!
船長を藤田会社の社員と交換するカードも切らずに釈放してしまったのです。

これでは、尖閣諸島は中国領であると認めてしまったことになりました。
これは、日本にとって危機です。
次は沖縄がとられ、最終てきには日本そのものが植民地になってしまうことが予想されるからです。
そんな馬鹿なと荒唐無稽な話に聞こえる人は中国の覇権の歴史を知らない人です。
チベットや東トリキスタンが同じ手口(既成事実を積み上げて中国の領土にする)だからです。
これらの国は母国語を使うと強制収容所行きであり、若い男性は全て中国本土へ送られます。
その代わりに漢人が数倍の数で入ってきて女性と強制的に結婚させられます。
つまり先住民を根絶やしする政策を取っているのです。
もちろん反対する人はいましたが、すぐに見つかり二度と戻ってはきません。
陸地続きだから防げなかったとか、国防が弱い国だからとか、外交が下手と言えばそれまでです。
無抵抗の僧侶を追いかけて棒で殴る石を頭にぶつけるなどして制圧する映像があります。
海では漁船(本当はスパイで武器を持っている)が使われているだけです。
日中友好でパンダを送られ、人件費が安いからと中国に工場を立てて、中国政府の横暴に
逆らわず、荒立てずが裏目に出てくるのです。
なにしろ、ハワイまで中国の領土とする計画が基本にあるからです。
証明する証拠はいくらでもあります。
しかし、まさかと信じない人ばかりです。
情けないことです。
経済と国防は両輪なのです。経済だけで進んでいけると思うのは命知らずです。
国防をないがしろにすると、安心して経済活動はできません。
知らない間にポケットに白い粉を入れられて逮捕され、
工場建設のためのビデをと撮影したらスパイ容疑で逮捕され、
企業秘密は簡単に盗まれ、契約は共産政権の考えで無効にする
世界の常識をしらない国を相手にしているのです。
平和憲法で日本は守れると思っている人は、知能が低いです。
アメリカが守ってくれているのです。
でも、日本の町が消滅しないと助けにはきてくれません。
なぜなら、アメリカも軍隊を出す以上世界が納得してから良いからです。
いいですか、これが日本憲法の限界なのです。
続く
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貧乏神を寄せ付けない方法2

2010-09-23 00:26:01 | 日記
貧乏を愛する自分
1)金持には縁がないと思う。
  例えば1億円をどのように使うか?の質問には、家とか車くらいしか思いつかない人。
2)儲けた人は、何か悪い事(違法すれすれ)をしたと思う。
  あやかりたいとは思わずに、嫉妬する。
3)大金を持つと不安になる。
  なくしたら大変と思う。
4)貯金は自分のためのものと思う。
  将来が不安でたまらない。
5)人を見たら泥棒と思う。
  おれおれ詐欺にぜったいかからないぞと思い込む。
などなど。。
金持の考えは、
1)1億円があれば、なにか商売を考える。
2)他人が喜ぶにはどんな商売かを常に考える。
3)お金は天下の回りもの
4)将来が明るいと思って投資するために貯蓄する。
5)喜んでもらえればお金をいくらでも払ってくれる人と思う。
などなど。。

結局、貧しくとも平和とか、せまいながらも楽しい我が家とかは、
積極的な生き方ではないのだ。


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貧乏神を寄せ付けない方法

2010-09-21 00:03:18 | 日記
今日は大川隆法先生の法話「貧乏神を寄せ付けない方法」を聞き、知らない間に貧乏を愛する自分を発見しました。
例えば、この不景気には倹約が一番と思っていましたが、巨万の富を築き上げた人は不景気の時に投資して財閥になったそうです。利益を産んだり増やすことは、悪ではない。大勢の人が喜ぶことに投資すして儲かることは神の意志に叶ったことであるとのこと。
収入の1/3は生活を守ることに、1/3を投資(自分の健康や勉強や技術を磨くことも含む)残りの1/3はどちらにも使える自由なお金とするが良いとの教えです。

日本を元気にする政策の一つ、子供手当は一見して沢山の親が喜ぶように見えるが、親の扶養控除がなくなって、税金の負担が増えるし、将来の不安を消すために全て貯金に回ってしまいます。これは市中に金が回らなくなる方法で少しも景気は良くなりません。
不景気の後押しをするのです。お金の使い方を知らないのです。
と言う事は、民主党は貧乏神を引き込んでいることになりますね。

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あずまいきいきサロン

2010-09-09 23:30:38 | 日記
あずま町では毎月第2木曜日に「いきいきサロン」を開催している。この会は発足してから2年以上になり、鯖江市から助成金をもらって65歳以上の人達に元気で社会活動をしてもらうものであります。主に健康体操やボケ予防の勉強などもしている会です。
町内在住の方ならばどなたでも入会できます。今のところメンバーの数は15人くらいでやはり女性が多いです。
今日は「鯖江くらしを良くする会」の皆さんによる寸劇を鑑賞しました。
寸劇の内容は、一人暮らしで80歳のおばあさんが悪質な訪問販売で多額の借金をしてゆく顛末を演じるもので、最後は消費者相談所に救済を求める方法で締めくくられていた。
おばあさん役のご婦人(60代)が腰を曲げ、地元の鯖江弁を使いほとんどアドリブこなしていました。標準語でないが故に何故だかとてもおかしく腹をかかえて笑いつつも、簡単に騙されてゆく様がとても分かりやすいものでありました。
一人暮らしで高齢となると、寂しくなり、日頃の愚痴や不満を聞いてくれる訪問販売者に気を許し、借金が増える辛さを忘れ、製品の便利さについ乗ってしまうことになるようです。
若い時は大丈夫と思うが、年をとりボケだすと簡単にだまされるかもしれない。
あずま町内も高齢者が増えつつあるから、人ごとではないとしみじみ考えさせられた1日でした。

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脳死は本当の死?

2010-09-01 23:05:06 | 日記
臓器移植によって助かる人がいることは素晴らしいことである。
しかし、それは提供される側の理論である。問題は提供する側のドナーである。
移植する臓器は新鮮でないと、受け入れ側の拒絶反応が強くなる。
従って、心臓停止後の臓器では移植の成功率は低いので、心臓が動いている時の新鮮な臓器が成功しやすいのである。
心臓を強制的に停止したら殺人罪になる。そこで、心臓停止ではなく、脳の機能が回復不能となった時を死亡とすれば殺人にはならないとするのが臓器提供を進める側の考えである。
脳死の人の植物人間としての人生より、提供された人の臓器になって生きて行くのが、役に立つ人生となる。。。と本人が同意しなくても家族が説得力あるような説明をしている。(可哀想な本人)

脳死は本当の死なのか?これは医学界や法曹界のみの問題ではないのだ。
なぜ宗教界に相談しないのだ?
前回に心は永遠の生命であるとの意見を述べている。
心の世界=本当の生命を学ぶと、本当の死は霊子線が切れて肉体と魂(心)が分離した場合が本当の死である。心臓が停止しても生き返る可能性があるからお通夜があるのだ。霊子線が切れるのは約24時間だ。切れたら肉体を切り刻んでも痛みはないのである。
従って、脳死は体が自由にならないのみで、心はしっかり生きているのだ。だから脳死の段階で臓器を取り出すと、心が激痛を訴えるが、悲しいかな肉体は言うことを聞いてくれない、「止めてくれ」「痛いーっ」叫べども声にならず、メスを払いのけれども空を切るのみなのである。
臓器提供の意思があっても、まだ死んでいないのに何をするのか!とあがきもがいているのだ。この恨みは強烈強烈強烈だよ。
移植が終わり、「おれの心臓を返せ」と暴れれば、移植された人の心と戦いになる。
そこに現れるのは、二重人格である。唯物論の医学では理解できない世界である。一人を殺して、一人を延命させる行為なのだ。
本当の死がわからず、あの世を信じず、移植を優先する行為は必ず地獄に落ちるのである。臓器を提供した人、移植された人、そしてそれを手伝った人達が地獄に行くのである。
「まだ死んでいないのになぜ切り取った!」
「この激痛が分かるか?」
怒りくるった魂が心が殴りかかってくるのだ。
目には見えない怒りの波動が
移植に同意した家族、
手術した医師達、移植された人に
責めてくるのだ。

責められた人達は病気になったり事故にあったりするであろう。
そしてやがてあの世へ旅立った時に、見える形で責めてくるのである。
永遠にずーーーっと責め続けられるのだ。
これを地獄と言わずして何と言う?
もう死んだと思っていたのだ、と弁解するのみか?
だとすれば、あの世はないと否定するしかないが、、
実際にはあるのだ。

そんな結果を知ろうともしない哀れな人達である。
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