Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

054-脱出

2012-11-27 22:49:16 | 伝承軌道上の恋の歌

 それから何時間経ったのかは分からない。やがて目覚めた僕達は眠るヨミの生命維持装置とともに時を過ごした。ここでは遥か高い天井の光が白い壁に反射して影すら落とさない。だから人と物が白くぼやけて見えて思考を留めさせてくれない。今はただヨミのために働く鋼鉄のチューブの這いまわったこの部屋で僕は彼女を忌避するように部屋の隅で膝を抱えた。ちょうど対角線上の向こうで眠るアノン。そしてそのベッドに腰をかけてアノンの様子を見守っているアキラ。ここはアノンの育った場所でもあり、彼女にとっては長い間囚われ続けた監獄のようなものだろう。今はまだ目覚めない方がいいのかも知れない。アキラはアノンの頬に優しく触れる。まるでそこから何かを伝えるように。アノンに落とした眼差しが、僕に不思議なほど落ち着いて見えた。
「なあ、アキラ…?」
 部屋の端と端にいてもお互いに通じるくらいに静かで、声が響く。
「ん?」
「思い出した。先生は僕が気を失う前にこう言ったんだ。『ここから逃げるんだ』と」
「…良かった。ウケイ先生はしかたなくこうしただけなんだ…」
「しかし…どうやって逃げれば」
 できることは全てやった。
 しびれてふるえる両手とうっ血した拳がこれまでの徒労を物語っている。
「ねえ、シルシ君、事故の時の女の子のこと聞いていい?」
 アキラは視線をアノンに落としたまま僕に聞いた。ウケイ先生は言葉を濁したが、その答えはもはや明らかだ。アキラはただそれを僕に言わせたがっている。
「…彼女は…マキはヤエコの臓器提供者=レシピエントの女の子だったんだ。かつての僕やアノンたちと同じ、な」
 するとアキラは僕の方に向き直る。
「その子がなんであのスクランブル交差点にいたんだろ?」
「…そんなこと今はどうだっていいだろう?」
 僕にはアキラの試すような問いかけも落ち着き払った態度も気に食わない。
「いいから考えて」
「…それは自分の命が危ないと知ってここから脱出したからに決まってる」
「そう。それだよ!ウケイ先生はそれを言ったんだよ」
「しかし、何の手がかりも…」
 思いつくことは全部やった。アキラだって見てたはずだ。
「ウケイ先生を信じるの。その女の子、マキができたことが今ボクたちにもできるんだ。そしてシルシくんやアノンちゃんと彼女には同じ所があるんだよ」
「僕達の境遇は似てる…のはさっき言った通りだ。でもそれがどうしたっていうんだ?」
「ううん、似てるじゃなくて同じ」
「どう表現しようが違いはないさ」
「違うの、シルシくん。同じ」
「ああ、確かにそうさ。だからなんだって言うんだ。それがそんなに重要か?」
 僕は思わず声を荒らげる。なのに、アキラは優しく微笑んでこういった。
「今ここに彼女そのものがあるんだ。マキはまだ生きてる。誰かの身体を借りて…」

…つづき

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