Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

053-そして研究室へ(前中編2)

2012-11-22 22:17:50 | 伝承軌道上の恋の歌

「この研究所の所長でありシルシの父親である太一には二人の子供がいた。奥さんも彼と同じく研究者だったが、実験中の事故が元で早くに死んでしまった。太一は大いに嘆いたが、悲劇はそれだけではなかった。彼女の忘れ形見である二人の子供にも重大な遺伝子病を患っていたのだ。それは我々にとってまるで未知のもので、症状が出始めると見た目にこそ分からないが急激な内臓疾患を伴い死に至る。処置が遅れた長男は三歳で死んだ。その彼らの症状が我々の研究によってもたられたものである疑いが出たのはまだ少し後のことだったが、それはまた別の話だ。その時生まれたばかりの妹ヤエコも心配されたが幸い息災に見えた。しかし、太一が恐れていたことは現実となった。ヤエコがちょうど十歳の時、兄と同じ兆候を見せ始めたのだ。対処はしたが、それには過酷な処置が必要だった。定期的な透析や血液の入れ替えが必要だったのだ。生かすことは可能だが、しかしこれではいずれ死んでしまう。大規模な臓器移植をしなければならない。それでも生き延びられるかは分からなかったが、ヤエコの体力が持つ年頃までどうにか持ちこたえて最後の望みにつなげるしかなかった。このことを太一はごく限られたものにしか打ち明けなかった。未知の疾患に対する彼の研究者としての功名心もしくは自尊心のようなものだったのかも知れない。長男が死んでから我を忘れたように太一は研究に没頭していたからね」
「ウケイ先生、そのヤエコちゃんのお兄さんって…」
「シルシ…と言った」
 ウケイ先生が答えたのはたったの一言だった。しかし、これから彼によって語られる事の顛末を予感させるには充分だった。
「ここで研究所そして太一はもう一つこの大きな秘密を抱えていた。もともと彼は臓器移植に関しても造詣が深かったが、何より彼の独自のルートによる上質で新鮮な臓器を提供することでこの研究所は業界でも一目置かれていた。一体どこからそれらを手に入れることができるのか?ES細胞幹による臓器生成を完成させてると囁かれたりもした。事実、私達の研究はそのためのものだったから。しかし、それは深い深い闇だった。彼の息子が死んでいく少し前、すぐに太一は亡き息子と同じくらいの、どこか異国情緒を感じさせる男の子を連れてきた。聞けば身寄りのない子供を引き取って養子に迎えたのだという。これで妻やヤエコも寂しくはないだろうと」
「…その子が『シルシ』君…」アキラがうつむいたままつぶやく。
「その通りだ。彼はどこから引き取ったのか?そして何故?知る由もなかったが、あえて深く聞くことははばかられたのだ。彼は過酷な運命を持て余したが、部下とは言え親友の一人のつもりであった私自身もそうだった。全く知らなかったといえば嘘になる。しかし、関わらなかったのだ。あの太一が死んだあの事故が起こるまでは。そして私は衝撃的な真実を知った。彼は異国の闇社会より人身売買で買われた人間から取り出された臓器を手に入れていたのだ…」
「…そんな…」
 アキラが小刻みに震えている。
「でも、それならなぜ僕は無事だったんでしょう?」
「正確な時期は定かではないが、太一の闇を知った奥さんがそれをやめさせたからだ。シルシのために死ぬ目的で連れてこられた異邦からの遺児はそのために助かり、亡き妻の意向に従い彼を養子にした。戸籍どころか書類上は存在すらしない子のために自分の息子と偽ってね…シルシ、君はそのことに薄々気づいていた。そうだろう?」
「ええ。首元の番号も僕の顔立ちもあまりに両親やヤエコとは違っていましたから…」
 そして僕の顔はどこかアノンと同じだ。今ならそう言える。
「話を戻そう。しかし、太一は恐れていた。ヤエコがいつか息子と同じ病気を併発するかと…果たして恐れていたことが起こった時、太一は再び悪魔の手先となって材料となる女の子を手に入れた。家族で一人残った娘のヤエコのために、ね」
「それがアノン…ですか?」僕は聞いた。
「いや違う。アノンはその前から、『シルシ』より前に『ここ』で生まれた。アノンではない、別に女の子がいたのだ」
 そこでアキラはハッとして思わず声をあげた。
「それがあの事故で死んだ女の子…!」
「そうだ。その子はヤエコの手術の直前になって逃げ出したんだ。太一は血眼になって探したさ。彼女が逃げられるのはヤエコの命にも、そして彼のみならず研究所自体にも危ういことだったから」
「じゃあ、その女の子を轢いたのって…殺したのって…」
「ああ、その事実を永遠に闇に葬るためだ」
「…そんな」
 アキラはあまりのことに言葉を失っていた。

…つづき

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