Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

053-そして研究室へ(前後編3)

2012-11-23 22:32:23 | 伝恋‐あらすじ

 僕はといえば自分でも驚くほどに冷静だった。この事実をどこかで予感しながら、『周知活動』と称して自分で作った嘘をばらまいていたことの方がよほど馬鹿げていた。
「でも、全てを終わらせることはできなかった。」
 僕がつぶやく。その言葉の半分は自分にそして残りをウケイ先生に向けて。
「…クライアントが残っていたんだ。それがヨミだ。ヤエコとは全く異なる原因だが、ヨミもまた人の『身体』が必要な病に冒されていた。彼女の出自はちょっとした有力者の家でね。大事な娘をなんとか救おうと手を尽くす内にどこかでこの『ムスビ研究所』に辿り着き、そして私にいきあたった。そして、この闇を知り、人身売買のエージェントとなった組織とつるんで私を脅した。ヨミの家と組織の利害が一致したのだ。やつらは彼らで居なくなった臓器のレシピエント二人を探していたから」
「…その二人が」
「それがアノンとシルシだ。その二人なら、もとから存在しないはずの人間だ。そもそもレシピエントとして連れてこられたのだから目的に叶う利用をするつもりにでも思っていたのかも知れない。かくしてヨミはシルシ、アキラ、君達に続いて私の最後の患者になったのだ。しかし、ヨミは賢明な子だった。そして優しい子だった。自分のために誰かが何かが犠牲になることを嫌い、自分の運命を受け入れる代わりに家を飛び出した。そして全てを知った上で、自らの命を救うはずのレシピエントであるアノンを自分自身でかくまうことにしたのだ。そしてもしかのときは自分自身の命を人質にしてアノンの身を守ろうと覚悟していた…」
 そこまで言うとウケイ先生は立ち上がり僕達に背中を向けた。
「ウケイ先生?」
 アキラが見上げる後ろ姿でウケイ先生は眼鏡を外して深くため息をついた。
「まだまだ聞きたいことが…」
 僕が引きとめようと立ち上がると、ウケイ先生は眼鏡をかけ直し、僕達に振り向いた。
「シルシ、時間がない。話は一旦終わりだ」
 そう言うとウケイ先生はおもむろに歩き出した。
「どこに行くんですか?」
「ここの装置の前の住人、そしてさらに前の住人に会いに行くのさ」
 ウケイ先生はそう言うと、半ば迷路のようになっている植物の水槽で囲まれた一角に向かう。 そして床にある極くわずかなへこみに馴れた手つきで指を差し入れると、
床がハッチのように静かに開いて地下へと続く階段が現れた。
「地下…だよね?」
 アキラと僕はただ呆然とその光景を見守っていた。この棟に地下フロアがあるなんて聞いたことがない。他の階段でもエレベーターでもその存在をうかがわせるものはなかったはずだ。しかしウケイ先生は僕らに背を向けたまま何も言わずに青白く染まった非常階段を降りていく。ひっそりと鳴らす足音がより深い反響に馴染んでいくのはそこが地下であることをよく表していた。階段はすぐに終わると、円柱をめぐるように半周の薄暗い鉄の廊下が続き、そしてウケイ先生の足が止まる。彼の前には大きく分厚い黒い扉が行く手を遮っていた。薄暗い廊下にあっても周囲を囲んでいる白みの壁とは明らかに異質なのが分かる。脇に埋め込まれている緑色の光を放っている小さなパネルをウケイ先生はすこし腰をかがめて覗くと空気圧が少し抜ける音がして、真っ白な光が漏れて広がった。
「…さあ、入るんだ」

…つづき

人気ブログランキングへ

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 053-そして研究室へ(前中編2) | トップ | 053-そして研究室へ(後前編4) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

伝恋‐あらすじ」カテゴリの最新記事