京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

マスク着用条例: サンフランシスコ市のスペイン風邪での実施効果

2020年04月05日 | 環境と健康

 1918年のスペイン風邪が流行したサンフランシスコの人口 は約55万人であった。この年9月 24日に市内で第一号患者が出た。当時のサンフランシスコ市保健委員会委員長のウィリアム・ハスラーは努力家でエネルギーに溢れ、自分の職務を忠実にやりぬくタフな男だった。

1906年の大震災の復興事業でもその後に起きた腺ペスト騒動でも精力的に働き、名を上げていた。ハスラーはインフルエンザの対策として市民がマスク着用をするように指導した。

 

サンフランシスコでは、インフルエンザ流行の当初から医師、看護婦そして赤十字で働く人はすべてマスクを着用していた。10月18日ハスラーは、客に接する商店従業員は営業時間内にマスクをかけるように勧告し、さらに理容師にはその着用を義務ずけた。

そして11月1日にサンフランシスコ市議会は、ハスラーの指針に従って、すべての市民にマスク着用を義務づける条例を発効した。市当局や赤十字は市民に大量のマスクを配った。ハスラーのもくろみは、「かなりの数の市民がインフルエンザに罹患し回復する事で市全体に集団免疫が形成されるまでの間、インフルエンザの拡大を阻止してくれればよい」というものであった。

マスク着用条例が実際に発効する前に大多数のサンフランシスコ市民はマスクを着用していたとされるが、インフルエンザの患者数はこの頃から急速に低下しはじめた。減ったのはインフルエンザ患者だけでなく、ジフテリア、麻疹、百日咳患者の数も減少した。マスク条例は期待以上の効果をもたらしたようにみえた。

驚くべきことに、この条例には罰則がついていた。数百人もの条例違反者が逮捕され、裁判所は逮捕者に5ドルの罰金刑を科した。11月8日に警察はダウンタウンのホテルロビーの一斉手入れを行い、マスク条例違反の「怠け者」400名を逮捕した。

しばらくしてインフルエンザの流行がおさまると、途端に人々はマスクを煩わしく思うようになった。ハスラーは再流行を危惧したが、11月21日にはマスク着用義務の解除が発表された。サンフランシスコでのインフルエンザのエピデミックは終焉したように思えた。

はたして12月に入ると第二波の流行がこの都市を襲った。12月半ばになると医師と看護婦が不足し、町はまたパニックにおちいった。ハスラーはマスクの着用率を50%にすれば、その3日後には新しい患者や死者の数は急激に低下するはずであると予測した。ところが一度廃止した不便な法律を復活することは難しく、「反マスク同盟」がマスク着用条例に反対した。

すったもんだしたあげく、それが再発効されたのは1月17日であった。ハスラーは「お金の問題(クリスマス商法)が健康の問題より優先された」と怒った。それ以降、確かに患者の数は減ったが流行のピークはすぎていた。

ハスラーの歴史的なマスク着用運動については、評価が分かれている。効果があったように見えるが、エピデミックの下降期とたまたま重なっていたとする疫学の専門家の批判がある。当時のサンフランシスコを再現し、マスク無しの実験してみるわけには行かないので、結論を出すのは困難である。

 

 我々が直面している現実は、新型コロナ感染症(COVID-19)のパンデミックである。ハスラーの「マスク着用条例の効果有り」に賭けてみる価値はあると思う。コストは少しかかるが、都市封鎖によって生ずる何兆円という被害に比べると微々たるものである。うまくいく確率は50%以上で、しかも”副作用”は何もない。国レベルでは無理だろうから、どこかの自治体でまずやってくれたら拍手喝采である。ハスラーの時代にもいた「個人の自由と憲法で保障された人民の権利」を主張する輩が若干いても、これを無視して、ひたすら市民の健康と命を救わんとする首長が一人くらいいてもいいではないか?

 

追記1

<本日京都新聞朝刊3面『欧米、マスク効果注目』ー新型コロナ無症状対策に期待>

この記事によると、チェコやスロバキアなどの欧州諸国ではマスク着用を国民に義務づけた。オーストリアも4月からスーパー内での着用を義務づけた。

 

追記2 (2020/04/17)

4月16日に神奈川県大和市は「おもいやりマスク着用条例」を公布・施行した。ただし、これには罰則はない。

 

 

参考文献

高橋 良博・高橋 浩子 (2009)『感染症流行時の心理反応に関する研究』 駒澤大学心理学論集,第11号,17-26

アルフレッド・クロスビー (2009) 『史上最悪のインフルエンザー忘れられたパッデミック』西村秀一訳(みすず書房)

 

 

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新型コロナ感染症に打ち勝つT値戦法

2020年04月05日 | 環境と健康

 

       (図1)

 

まず病原性ウィルスの感染と防御のメカニズムについて解説する。

 上の図1において横軸は身体に侵入したウィルス量(個数)を表す。一方、縦軸は侵入したウィルスが身体の細胞で増殖した人の割合(%)を示している。これは発症(感染)の割合とほぼ同じである。この図は用量反応曲線(dose-response curve)と呼ばれる。

我々の身体には自然免疫系というのがあって、NK(natural killer)細胞とかマクロファージ細胞などが、身体に入ってきた病原微生物やウィルスを捕らえて殺すべく臨戦態勢をとっている。だから、たとえ小数個のコロナウィルスが体内に入ったとしても、よほど身体が弱っていない限り、この免疫システムにより駆逐されてしまう。

 

侵入ウィルスの個数がT個をこえると、呼吸組織などの細胞に入り込んだウィルスが増殖を始める。ウィルス量に応じてそのリスクは増加する。このT値を「しきい値(threshold)」と呼ぶ。増殖感染と発病を防止するには、侵入するウィルスの量(個数)をTより小さくすればよい。すなわち、図の点線より左側に制限すればよい。しかし、問題のコロナウィルス (SARS-CoV-2)のT値が平均で何個かはまだ分かっていない(追記参照)。大事な事はこのT値が個人によって違い、またそのコンディション(体調)によって変動する事である。

増殖感染のリスクを減らすもう一つの方法は、T値そのものをグラフの右にずらすことである。すなわち体力を付けて自然免疫系を増強すれば、より多くのウィルスを封じ込める事ができる。

自然免疫という外堀をこえてウィルスが増殖し始めると、最後は獲得免疫の出番になる(下図2)。この内堀でウィルスを食い止めないと重症化リスクが高まる。この段階の初期には、軽い炎症反応や身体がだるいといったシグナルが出ることがある。ここで無理せずに、安静にする事が肝要である。ここで無理すると、重症化したり下手すると重篤化するといわれている。

 

 コロナウィルス撃退のT値戦術をまとめると以下のようになる。

外的には身体に入るウィルスを<マスクー手洗いーうがい>で減らすこと、内的には栄養をつけ睡眠をとってストレスを減らし免疫力をつけること。

 

 

追記(2020/03/09)

ノロウィルスは100個に1個が細胞に感染するが、ほとんどのウィルスは1000個から1万個に1個だけしか細胞に感染できない。1個や2個のウィルスが体内に入っても感染も発病もしない(『新型コロナウィルス超入門』水谷哲也 東京化学同人 2020)

 

追記 (2020/03/30)

風邪のコロナウィルスの場合はT値は接種実験で数千個であると言われている(『たたかう免疫:NHKスペシャル』講談社 2021)。

 

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