映像:病弱な智恵子が里で静養中、高村光太郎と智恵子はよくこの小高い丘から
実家の方角を二人で眺めたという。(2008.04.26)
詩碑の丘。高村光太郎がここから妻智恵子の実家の屋並を眺め歌った詩が好きで、
学生の頃、弘前公園の本丸からよくまねっこし、『あれが岩木山、あの光るのが
岩木川、ここはあなたの生まれたふるさと…』と詠んだものだ。初恋の人がいた。
解説:智恵子は福島県の醸造元の長女として生まれた。大正期、日本女子大学校
に入るほどの才女でもあった智恵子は高村光太郎と運命の出会いをするが、実家
の没落と共に歯車が狂った智恵子は文字通り、「智恵子抄」の人になってしまった。
『智恵子抄』の好きなフレーズを光太郎&智恵子、ブログを見ている貴方に捧ぐ。
~樹下の二人~:智恵子抄
『・・・あれが阿多多羅山、あの光るのが阿武隈川。
ここはあなたの生れたふるさと、
あの小さな白壁の点点があなたのうちの酒庫。
それでは足をのびのびと投げ出して、
このがらんと晴れ渡つた北国の木の香に満ちた空気を吸はう。
あなたそのもののやうなこのひいやりと快い、
すんなりと弾力ある雰囲気に肌を洗はう。
私は又あした遠く去る、
あの無頼の都、混沌たる愛憎の渦の中へ、
私の恐れる、しかも執着深いあの人間喜劇のただ中へ。
ここはあなたの生れたふるさと、
この不思議な別箇の肉身を生んだ天地。
まだ松風が吹いてゐます、
もう一度この冬のはじめの物寂しいパノラマの地理を教へて下さい。
あれが阿多多羅山、 あの光るのが阿武隈川。』
~あどけない話~ :智恵子抄
『智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。』
この詩集を手に取ってから四十年も経て、今詩碑の丘に佇み、詩を朗読し、
彼(か)の時代と少しも変わっていない己を複雑に感ずる。芸術は永遠、色褪
せヤしない。寧ろ空白の時間をどうやって埋めようかと今は時間を惜しむ。
時はどうでもいいものは忘却させるが大切なものは更に鮮明にする不思議。
参照#高村光太郎 (無垢の愛) 探訪紀行