Renewal再掲:道の駅「高千穂」オブジェ天鈿女命 2003.09.20 南九州温泉探査
宮崎県に来てしまい、宿(ユースホステル)には戻らないと連絡してしまった。
今夜はこの地で眠らねば。寝ぐら探しで、やっと道の駅『高千穂』を見つけた。
さすが神々の神話の里、道の駅モニュメントは神楽面だ。今宵この場所で爆睡
車中泊:今から20年前は車中泊という言葉は無かった。そして今では車中泊は
道の駅では認められていない。「道の駅で仮眠」、が正しい表現となる。
参照#① この日探査参拝した「雨の岩戸神社」
② 南九州・天孫降臨の神峰「高千穂峰」
③ 北日本活動時利用「道の駅」&「温泉」
Renewal再掲:九州日奈久温泉地を形成する伝統工芸のオープン工房 2008.05.17
映像:日奈久温泉の名物の竹細工。路地を歩くと親子の竹細工職人がオープンで作業
をしていた。伝統を守る親子職人、又物語を発見 ‥・ 日奈久オンパク発見!
名湯とは何か?源泉に浸かりながら考える。都会のど真ん中でボーリングした施設が
源泉で、泉質が良ければ、それでいいのか?日奈久温泉でその答の一つが見つかった。
温泉を中心に、街並みが形成、夫々の物語がある。勿論、商売繁盛が大事だがそれだ
けではない。歴史と人々の暮らしがそこ根付いている ‥・名湯といわれる所以である。
参照#①この軒先に吊るされた種田山頭火の木板「あるけば あるけば 木の葉る」
②放浪の俳人・種田山頭火を訪ねて、西の果て日奈久温泉に来てしまった。
③日奈久温泉センター「ばんぺい湯」
あしかり旅館(源泉名:モール泉) 【大分県(別府)温泉 探査紀行 2022.06.04】
源泉名が『モール泉』という温泉旅館を訪問した。調査メンバーの調べでは今日の宿
の途中経路上にある。途中大分市郊外の巨大コンビートを眺望。九州の経済・景況が
豊かなのはこの様な巨大コンビナートに支えられていることを実感しながら辿り着く。
【Data】重曹泉 52.3℃ ph8.4 80ℓ/m 源泉:モール泉(源泉名としてつけられた)
知見:専門的な知見から言えば、 「モール泉」という泉質は存在しない。温泉法上の
分析から言えば『重曹泉(ナトリウムー炭酸水素塩泉) 』しかしこの旅館の様に
源泉名を、『モール泉』と命名するのは問題はない。普通は地名を源泉名にす
るのだが、特に決まりがない。大分市内にはこの様な黒い重曹泉が多いそうだ。
未湯:あらかじめ電話をかけての訪問だったが、湯船にはお湯が張られていなかった。
何か事情があるのだろう。日帰り入浴も受け付けている筈なのにやはりコロナ
のせいなのか。残念だ。それでも女将さんは湯船と分析表だけは見せてくれた。
※現地まで行って貴重な源泉入湯カウントを果たせなかった。こういう時もある。
参照#大分県(別府)温泉探査 紀行
やよい天狗 【大分県(別府)温泉探査 紀行2022.06.04】
竹瓦温泉の界隈、やよい商店街にある天狗みこし。毎年4月
の別府温泉祭りに「やよい天狗みこし」として竹瓦温泉界隈の
火災厄除けとして御祀り、別府温泉祭りの名物となっている。
参照#①天狗が素材の秘湯「北温泉」 ②大分県(別府)温泉探査
やまびこ旅館は筑後川の源流である田の原川を挟んで本館と仙人風呂が対峙。
それを結ぶのが出逢い橋である。橋の名の通り、仙人風呂へ行き交う泊り客
はこの橋で出逢うことになる。名湯の里でホッコリ湯上りの気分が交差する。
八千代座見学の帰り、豊前街道を山鹿温泉さくら湯方面に下ると
右側に不思議な門を発見した。確認すると金剛乗寺の石門だった。
めがね橋構造の門は珍しい。形が円から縁結びのパワースポット。
宗派:真言宗 本尊:薬師如来 開祖:空海
札所:九州四十九院薬師霊場32番札所
山鹿温泉さくら湯で身体を浄め、豊前街道を漫ろ歩きをすると坂を上り切った
右奥に立派な建物が見えてくる。八千代座だ。商工の街で景気が良かったころ
街の旦那衆がお金を出し合って建築した。その後衰退したが平成13年に大修理。
記録:国重要文化財で日本最古級現役の劇場は秋田県康楽園、香川県旧金毘羅
大芝居、愛媛県内子座などが、いまも様々な舞台公演を受け継いでいる。
指定:国指定重要文化財
今回最大の期待温泉地山鹿温泉へ行く前にチョイと寄り湯。宮原温泉という懐かしく
なる語韻の長命館。二つある温泉旅館の内、元湯館は廃業したそうで道々に「赤湯」
「白湯」と派手な幟の温泉宿。玄関ではマスコットオウムのリボンが出迎えてくれた。
啼声:ギャー、お~いオイ・・・他、物真似多数 分類:オウム目オウム科
注意:オウムの籠には「噛むので注意」と張り紙。
旧制五高(熊本大学)の教授時代、同僚と逗留した小天温泉の宿。
その離れ側に設置された夏目漱石の歌碑。実際にモデルともなっ
たこの地のエピソードを素に小説「草枕」の構想を練り書き上げた。
句文:『 かんてらや 師走の宿に
寝つかれず 』(漱石)
解説:一人残してきた新妻のことを気遣う複雑な心情を詠み込む。
参照:① 夏目漱石(則天去私)探訪紀行
② 前田家 別邸(熊本県玉名市 小天温泉)
映像:2018年九州温泉探はいよいよ佳境に。二日目、夏目漱石の足跡を辿る。
旧小天(おあま)村湯ノ浦地区の前田案山子は細川藩の槍指南であったが後に
農民運動に身を挺した。温泉が湧くこの地に別邸を立てて屋敷の一部を温泉宿
として開放。熊本市に近い温泉地で旧制五高(熊本大学)の先生方も来たという。
解説:旧制五高(熊本大学)の先生(教授)であった夏目漱石(金之助)は夏休
みに別邸離れに逗留。その時のエピーソードを題材に小説「草枕」を書
き上げた。作中の風呂場の美女(草枕の那美)は前田案山子の娘前田卓だ。
草枕:夏目漱石の小説で「小天温泉」を舞台にして「非人情」や「芸術論」を
展開するが、筆者はこの温泉の湯船での漱石の混浴?体験記載に注目す。
参照#夏目漱石「草枕の湯」(熊本県小天温泉)
映像:竹鉢に咲く花は「京のてまり」という品種朝顔
四国巡礼四十九番札所浄土寺境内は光で溢れていた。
その境内の一角に艶やかな朝顔が咲いていた。巡礼
者には優しいお持て成し。お蔭今日一日が清々しい。
花言葉:はかない恋、固い絆、愛情
参照:四国巡礼 浄土寺(愛媛県)
参照:鄙びた温泉地(山田温泉)共同浴場に咲く朝顔
西日本四国の誇るべき施設は数多くあれど。心と身体が癒される場所は
ここ道後温泉本館だ。観光客が先ず佇むのは入浴するしないは別として
この施設の正面に立ち建物に感動して、記念撮影をする。旅の記憶場所。
参照:十年前の筆者道後温泉前広場マドンナ記念写真
小説「坂上の雲」は松山市を舞台に秋山兄弟、正岡子規が織りなす壮大な歴史大河
だが、松山城を思う時、お城に向かう坂道は雲上へと続き、お城は当時の明治政府
や、松山出身で多いに活躍した人物群像そのものとも思える。雲の上に聳える名城。
城郭:連郭式平山城 城主:加藤氏~松平氏 現存天守閣:連立式層塔型三重三階
地下一階 遺構:現存天守、門、櫓、石垣、堀、井戸、塀、土塁など
石高:伊予松山藩20万~15万石 家紋:下り藤~三葉葵(~星梅鉢) 築城年:1602年
指定:重要文化財(大天守、野原櫓・乾櫓・隠門続櫓など櫓6棟、戸無門・隠門・紫
竹門・一ノ門など門7棟、筋鉄門東塀など塀7棟)、国史跡、日本百名城(指定81番)
観察:城の壁の漆喰が黒いのは関ヶ原で活躍した戦国武将が築城した城の特徴である。
熊本城(加藤清正)、松本城(小笠原貞明)、松江城(堀尾忠氏)等が有名である。
姫路城は白壁だが太平洋戦争中は黒く染めた網で城の主要な部分を覆い隠した。
句碑:この松山城の景観を俳人正岡子規が詠っている。その句碑が城内にある。
『 松山や 秋より高き 天守閣 』(子規)
参照:同じく現存天守閣を有する弘前城(筆者故郷)
高知県が生んだ偉人:坂本龍馬。余りにも有名な人物なので説明不要だ。
筆者がこの偉人の足跡を最初に意識したのが鹿児島県霧島温泉郷を訪問
した時。日本で最初の新婚旅行をした人物として霧島神宮に足跡がある。
参照:霧島神宮(鹿児島県霧島市)