アンダンテのだんだんと日記

ごたごたした生活の中から、ひとつずつ「いいこと」を探して、だんだんと優雅な生活を目指す日記

「さよなら、カルト村。」を読んで

2018年07月13日 | 生活
昨日、本屋で見かけて衝動買いした漫画「さよなら、カルト村。」(高田かや)

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なぜ買ったかというと、この著者は、カルト村で生まれて育ち、高校卒業くらいの年齢のときに自らの意思で村を出たという…これがどのくらい困難なことか想像もできない(o_o) 両親もこの「村」の人だとか…それで、そういう生粋の(?)カルト村育ちの人がいったいどういう巡り合わせがあればそこから抜け出せるのか、どうしても知りたくなったから。

ここでは「カルト村」と書いているけどヤマギシズムのことです。ヤマギシズムなら、販売車にたまたま出合ったときにパンとか買ったことあるから知ってる(わりとおいしかった)。

農業を基盤にしたコミューンで、村のものはすべて共有ということですが、そこを選んで自分から入った大人にとってはともかく、そこで生まれ育つというのはどういうことなのか。

まず、大人と子供は別々に生活し、子供の集団には世話係がつきます。親に会うのは年数回。小学校・中学校の間は地域の(一般の)公立校に通いますが、部活などは禁止で、朝夕は労働をします。お小遣いなどはなく、食事は昼・夜の二回(朝食なし)、漫画は禁止でテレビは「にほん昔話」のみ(なぜ??) 体罰は当たり前にある。

常識的に考えると虐待でしょという感じだけれど、中学生時代の著者は、なにしろこの境遇しか知らないので、ここから抜け出したいとかそういうふうには考えていません。小学生のときはひもじい思いをしてたいへんだったけれど、中学生になってからは、ロビーに菓子パン(賞味期限切れ品を家畜用に寄付されたもの)や季節の果物がいくらでも置いてあって、お腹いっぱい食べられるようになったそうです。

著者の一番の不満は、本が自由に読めないことでした。

「音楽を聞くこと」「男女交際」「一般の本を読むこと」が禁止事項で、中学校へは行くけれど図書室に行ってはいけなかったのです。

身体的・物質的な制限を別として、精神的な囲い込みというかカルトならではの部分はやはりこれ、音楽や読書というインプットを絶つことが鍵なんですかね。それと、毎日日記を書いて提出するのが義務なのですが、それで評価される(○☆がついて返却され発表される)ことを単調な日常の中のささやかな楽しみに、世話係に忖度してそれに沿った日記を書き続ける…というのはかなりな洗脳システムかと。

ある朝、学校の先生から図書室で課題について調べるように言われていたことを思い出し、「先生にいわれたので今日、学校の図書室に行ってもいいですか?」と聞いたら、

「あなた今なんて言った? 今日もう学校行かないでいいからあっちの部屋へ行ってな」と「個別ミーティング(通称「コベ」、懲罰的な隔離)」に突入し、「いえ、ダメなら使用しません、聞いただけです」といってもとりつくしまもなし、学校には行かせてもらえず、そのまま二週間。途中「反抗しようと思ったわけではなく」みたいな言い訳は全部アウトで、「幼年部の世話に行かされているということは」と世話係の意図を想像して「幼年部の子供たちを見ているととても素直で…私も…」などの路線に切り替えようやく釈放。

いや怖いよね。「学校」は子供にとって唯一、外界との接点なわけでここを遮断して長期にわたるとかほんとに怖いわ。

しかしこんな状況でも著者は、ここから抜け出したいと思ったわけではなかったんです。まぁそういうものなんでしょうね。

ただ、ほかの子と違っていた部分は「本」にこだわりがあったことで、中学校の先生に直訴してこっそり本を読む手立てをつけ、学校図書室の本を読み漁っていたというのが実はその後に向けての重要な伏線だったのかもしれません。

結局、中学校卒業後もこの村の「高等部」に進みます。「高等部」といっても高校の勉強をするのではなくて、今までと違って村内で丸一日労働になるだけなのですが、だから何も…自分なりに考える材料になるものとか、入ってこないですよね。このままだとそのまま一生を村で終えてもおかしくなさそうですが。

転機になったのは、結局のところ村そのものの変化のようです。オウムの事件をきっかけにカルトに向けられる目が厳しくなったこと、子供の扱い(朝食なしや体罰)について批判を受けるようになったこと、脱税事件(村の中で金銭のやりとりはないのだが帳簿上は給料が払われていて、でもその給料が村管理になっているのでそれが贈与とみなされた)で大規模に報道されたことなど。

それで村でも、希望者は高校に通えるようにするとか、休日を作ったり、村の人数が増えすぎた分を減らそうとしたり、いろんな話が出てきました。

村の高等部を卒業するとき、当然ミーティングみたいなものがあります。そこで進路を考えさせられる中で村に残ろうとする機運が高まるようにもっていかれるのですが、そのときはすでに筆者の頭の中では「村を出よう」という気持ちが固まっていたようです。休日ができて考える時間が増えたこともプラスに作用したかもしれません。

そういう気持ちになったのは、自分が一番望むこと…というのをとことん考えたときに、「子供のあいだ、親といっしょに暮らしたかった」ということだったということに気づき、つまりこの村は自分が一番ほしいものをかなえられない場所。自分にとっては理想郷でない。と思い至ったからでした。
(この漫画を、筆者は村を断罪する調子で描いているのではありません。よいことも、つらいこともあったという感じでたんたんと描いていて、全体としてはわりと肯定的であるようにも見えますが、あくまでも自分にとっての理想郷ではないということです)

ただし、本人の中でそのような気持ちが固まっても、実際問題、中卒でしかない筆者がいきなり村の外へ出て一般の暮らしをすることは、経済的にも無理があったはずですが、このとき、村の中でやや年配のいわばベテラン村民を外へ出そうという流れがあり、筆者の高等部卒業と同時に両親といっしょに外で生活することができたのです。学歴がないので職探しは困難でしたが、逆に、村出身の経歴に興味を持ち、よく働くだろうということで雇ってくれたところがあり、なんとか生活が軌道に乗ったのでした。

ということで、まとめると
・外との接点(学校)、外からの情報・教養(本)が鍵。
・ものを考えられる余裕が必要。
・脱カルトには経済的なサポートが必要。
(あと、もちろんですがカルトといってもオウムほど無茶苦茶ではないというところが)


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