アンダンテのだんだんと日記

ごたごたした生活の中から、ひとつずつ「いいこと」を探して、だんだんと優雅な生活を目指す日記

本番前日録音リハ、転覆注意報

2014年02月28日 | ピアノ
ついに明日がイロモノオフ~

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…結局、レッスン行く暇なかった。練習する暇もそんなにはなかった(けどこれは想定内)。

せめて録音練習しよう。ってことで。

チャイコフスキー四季より
六月「舟歌」
十一月「トロイカ」
(ちょっと音色や響きが不自然なのは、消音ピアノだから)

結局、トロイカは転覆がデフォという結論になりました。

ということで、転覆したときにささっと立て直して再度走り出すということを目標にしたいと思います。

自分では頭の中でそのへん切りつないで聞いているので(おぃ)
わりと楽しく弾けます(^^;;

いいのか。

よくなくても、もう明日だから。

ところで、気がついたら時間が短くなっていて、この録音だと7分40秒くらい。でも、時間を申請しなおすとそれがプレッシャーになるような気がするので、成り行きに任せようかと(ごめん)

あぁでも、ともかく明日は楽しみ~
だって、私のは二部の最初にささっと終わっちゃって、あとは聞くだけだもん♪

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理想の先生の条件!?

2014年02月25日 | ピアノ
とりあえず、考えているのはピアノの先生のこと(ピアノでなくても話は似ていると思うけれど)。

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理想のピアノの先生の条件というものを勝手に並べるならば:
・ピアノを弾くことについて、および音楽そのものについて造詣が深く
・かつ、それを伝える技術において優れていて
・なにより、お人柄が私の好みであること(^^;;

という感じでしょうか。いやほんと、好き勝手いってますが。何様~

でも、大人再開ピアノ(こじろうが個人レッスンに移ると同時に習い始めた)のときの先生って、まさにそんな先生だったと思うんです。

弱小ヤマハ教室で、この曜日この時間、といって指定しただけで出てきた先生として、アリエナイこの恵まれた出会い。

弱小ヤマハ教室にもピアノの先生はあまたあれど、この先生を越える人は見渡す限りいませんでした(単純に、演奏技術を比べてもね)。

この先生には、八年間習いました。

なにしろ、子どものころには、バイエルとブルグミュラー25番を終えただけの、しかもそれをツマラナク弾くことしかしなかった私に、最低限、「大人ピアノ」が楽しめるピアノの技術と表現の基本を教えてくれたのだからすごいことです。しかも、私は基礎練習一切せず、単に次々弾きたい曲を持っていくだけだったのに。

でも、八年目のときには、先生も、私も、お互いに、「なんかこのままではいかん」という悶々としたものを抱えていたと思います。何がいけないんだろう…

結局、私は、ヤマハ教室を辞め、Mixi経由でいろんなピアノサークルへ、さすらいの旅に出たわけですが。

この「旅」は、当たりだったと思います。ピアノがもっとずっと楽しくなったし、それにうまくもなったみたい(Shigさんと、スケルツオさんが言ったんだから間違いないよ!!)

先生に何か欠点があったからではない、説明しにくい体験を、なんといったらいいか…

と思っていたところ、今日、電車の中で読んできた本「街場のマンガ論」(内田樹)。(*)
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「正しいプログラムへの居着き」は間違っていない(「正しい」に決まっている)。けれども、そこに居着いては技術の向上が停止する。
「正しいこと」を「正しいから止める」ということは論理的には人間にはできない。そこで、「同じ一つの正しいことを別の言葉で言う二人の師」が要請される。
彼らは「同じ一つの正しいこと」を教えるのだが、使う言葉が違う。言い方が違う。それゆえ、教えられる方は「だから、何が言いたいんですか?」と困惑する。
けれども、これは困惑してよいのである。(中略) このような揺らぎに身を委ねるとき、私たちは「正しさへの居着き」から解き放たれる。
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ヤマハを辞めてから、ヨーコ先生、しぶかう先生、中川P先生と複数の先生にレッスンを受ける機会があったこと、あと、特に大きな影響を受けたと思うのが、akira先生の公開レッスン。それから、お金は払ってないけれど(^^;; オショーズにミニレッスン受けたり、あと、レッスンじゃないけれどいろんなサークルで聞く演奏ね…それらが合わさって、解放されて、ピアノはもっとおもしろいものになった。

人生って、楽しい。

(*) 上記引用のどこがマンガ論なのかと思うかもしれませんが、これは「バガボンド」について書かれた章の一部です。

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さくらの季節に向けてアンサンブル・レッスン

2014年02月21日 | バイオリン
昨日はサロンエスプリでアンサンブル(デュオ)レッスンでした。

   にほんブログ村 クラシックブログ ヴァイオリンへ←「さくら」いい曲です。特に編曲が。

メントリもめっちゃやばいから見てもらいたくはあるのですが、いちおう、雪で延びたため初回合わせが3/9予定でしょ、だからもう一回行けるかなって。アンサンブルレッスンは、都合が合ったが吉日、やってもらうに限ります。

まぁ、メントリと違って、不安のない鉄板曲なんだけどね。

森山直太朗「さくら」

前に、中川先生クラス発表会でやったことあります。そのときに比べれば、私もだいぶヨユーがありますから。えっへん。

パートナーさんは、私よりさらに初心者ですが、非常に練習熱心な方で、練習に練習を重ねて音程もきちっと合わせてきますから、私も練習しておかないとね(と、いいながらけっこうドロナワだったけど)。

先生がきーちゃんさんのレッスンをしている間に、二人でまず合わせてみますと…ほとんど問題なし。これはもう、今度やる「ばんたの」の中で一番の安牌ではないでしょうか。

レッスンでも、一回合わせてみたところで、先生が「これは大丈夫そうですね~」…でしょ??

そういえば、最近では、いろんなアンサンブルをやっているけど、だいたいが無理目曲ばかりやっているので、こんなにゆったりとアンサンブルを聴く余裕がある曲をやったためしはなかったんですよね。しかも、この曲のアレンジがとてもよくできていて、ぜんぜん「技術不足の都合により、めっさ簡単な曲を選びました」的な残念感がなく、十分楽しめる曲です。

それで、レッスンでは「さらに上質」を求めて、いろいろと。
・弓の上げ下げが揃うように調整したり
・ボリュームのバランスを考えたり
・冒頭部分、ガチガチ弾かないでふんわりと
・伴奏のときは、ビブラートがんばる!! (←これ課題)
・そして、決して走らない

パートナーさんも、決してテンポでたらめな人ではないんですけど、緊張して焦るとダダダダッと押し気味になりがち。ちょうど聞かせどころだったりすると、ごくわずか「走る」だけでかなりの残念感が漂うので、極力ふっくらとね。

この曲は、旋律を弾く人、伴奏を弾く人が入れ替わってつながっていきます。ボリュームのバランスもよく、お互いの音符が思ったポイントにぴたっとハマると、ほんときれいです。

白玉(全音符や二分音符)で伴奏するときに、ただ棒のように弾いても、不協和音じゃあるまいしそんなに悪目立ちするわけじゃないんですが、相手の音をよく聞きながら、「よりそうように」ごく微妙な強弱、ビブラートをかけていくとこれはめっさ気持ちいい!! ビブラートがいまいち不安定なのが難だけども。

ちなみに、この、低音で「よりそうように」はこの間のメントリアンサンブルレッスンで習ったんです(^^)

でも、この曲なら、同じ趣旨のことが、メントリより断然余裕もってできますからね。アンサンブルは楽しい!!

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結局、中庸が吉かと

2014年02月19日 | 生活
昔の(またろうが赤ん坊だったころ)常識に従えば、アレルギー予防のために、怪しいもの(卵、牛乳など)の離乳食はできるだけ遅めにするのがいいって話だったんですよね。

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さらには、妊娠中や授乳中にそういうのを避けるという話もあって、まじめでストイックな人ほど「○○断ち」をしていることがありました。

で、私はまじめでもストイックでもないので、なんでも普通に食べてましたが…

10年以上経って常識も変わると、あれは意味がなかったということになり、あまつさえ、離乳食に入れるのを遅らせたことにより、アレルギーを助長したかもしれないってことになるのは、なんだか切ない。

私が、くだんの記事
食物アレルギー そば・ピーナツ 母親9割が離乳食で与えず 環境省調査
を読んだとき、どういう違和感を持ったのかっていうのは、なんだか、説明しにくいんだけど、

…うん。もちろん、常識が変わったんなら、それは大いに広報してほしいと思うし、現状が旧来の常識に従ってしまっている実態も、調査で明らかにするのはいいと思うよ。でもね…

まず、見出しにくるのが、「母親…与えず」。記事中も、「母親の年齢が高いほど離乳食の開始時期が遅い傾向にあった。」「中でも、そばは88%、ピーナツは95%が1歳を超えても食べさせていなかった。」などと続く。

そしてそれを、専門家コメントで「食べさせる時期を遅らせても食物アレルギーの予防効果はない」「摂取開始時期が遅い方がアレルギーとなりやすいことが示されている。」とばっさり切る。

母親の無知蒙昧か怠惰が望ましくない現状を引き起こしたといわんがばかり。専門家コメントで切るべきは、その心得を世間に流布した過去の専門家じゃないんですか??
(そのほか、母乳だったら母親に決まってるけど、離乳食だったら母親って決まってないだろうが!! というツッコミも入れたいがそれはさておくとする)

上記の私の反応を、妙に防衛的、妄想的だと思う人もいるかもしれないとは思うけれど、子どものあれこれを何でも母親のせいにされてきた黒歴史がどうしようもなくそうさせるんです。別に私のオリジナルではなく、不出来だったり病気を持っていたり何かしらツッコミどころのある子を持った母親が広く持っているトラウマだと思います。「まぁ、かわいそう」みたいな(以下略)

それでね、改めて思うことは、何か新常識が言われたときに、それにあんまり素直についていくのはやめよう、というか、極端に従うのはやめよう、ってこと。

何かばっかりたくさん食べるとか、逆に、何か絶対食べないとか、もちろん食に関してだけでなく生活全般についてだけど、極端なこと、不自然なことを奨められて、それに従うのは危険だと思う。常識が変わったときに裏切られるから。自分の内なる「あたりまえ」からあまり大きく逸脱してまで何かガンバル、のはやめておこうってこと。もっとも、自然や本能から遠ざかっている「自分」の感覚がどこまで信頼できるのかって問題はあるんだけど。

幸い、我が家の離乳食については、保育園でやってもらってた部分も大きいし、自分でもあまりまじめじゃなかったから、どっち向きにも極端でない線でおさまっていた。(けどねぇ、そもそもピーナツってわざわざ離乳食に入れなくないですか?)


(参考:離乳食の開始時期)
授乳・離乳の新ガイドラインの表1、表2を見ると、時代の変遷がわかって興味深い。

昭和60年といえば、私が子どものころ(←嘘)。平成7年といえばまさに私の子育て期にあたる(こっちはほんとう)が、ずいぶん後シフトしているのがわかる。そしてさらにその10年後には、その傾向が強まっている。

私が赤ん坊のころの数字も見てみたい。母から聞いた話によると、そのころは「より早く」がよしとされる時代(高度成長期?)だったので、「もう○○まで食べさせている」が母親同士の微妙な自慢のようなものだったりしたとか。それも困るわねぇ。

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アレルギーの不思議、昔の常識は非常識!?

2014年02月18日 | 生活
アレルギーの仕組みって、結局のところどうもぴんと来ないんだけど、

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たとえば、平気なつもりでも触れてるうちにアレルギー症状が出ちゃうってあるでしょ。
ブタクサがいっぱい生えてる地域に引っ越した人が、最初数年は平気だったのが、ブタクサのアレルギーになっちゃったり、
稲の品種改良の研究を始めた人が、しばらくしたら稲科植物のアレルギーになっちゃって断念したり。

そういうふうに、大丈夫にみえても、一定量超えたところから、ダメということがある。その一方で、

「減感作療法」っていうのがあって、
大丈夫な量から始めて、徐々に増やしていって、慣らすことにより、アレルギーを治しちゃう
ってことができたりするわけでしょ。

だから、大丈夫なくらい、触れ続けてると、いったいアレルギーがひどくなるのか治るのか、どっちなんや!!

ってとこからしてさっぱりわかんない。

私は子どものころ、猫の毛とカビのアレルギーで、小児喘息に悩まされていたんだけど、そのときに減感作療法に通ってた、らしいんです。らしいというのは、自分では覚えてないから(幼児だった)だけど、遠くの大きな病院まで定期的に通って、大病院だからめっさ待つわ、そのあげくに子どもが嫌がる注射して帰らなきゃいけないんだから、金銭的負担だけじゃなくてものすごい負担だったことは容易に想像つきます。

それで、大人になってから聞いた話にゃ、「減感作療法って、花粉はわりと効くんだけど、カビとか猫の毛とかダメらしいよ」なんていうんだからもう脱力するしかない。もっとも、その「大人になって」聞いたのももう20世紀のことだったから、また常識は変わっているかもしれない。それこそ猫の目のように変わるのでは、素人にはとてもじゃないけど追いかけられない。

その調子で食物アレルギーについての「常識」も近年変わったらしい。私がそれを知ったのはつい数日前にみたこの記事からだけど
食物アレルギー そば・ピーナツ 母親9割が離乳食で与えず 環境省調査

なんか違和感のある記事だがそのことはさておき、事実関係をざっと調べてみると、どうやら2005年くらいに世界の潮流に変化があったらしい。

離乳食のあり方と食物アレルギーの考え方 ←これが一番わかりやすかった

私が子どもを産んだころに受けた離乳食指導の中には「アレルゲンになりそうなものはなるべく後で」的な常識があったのです。それは上記の環境省調査でも、ものすごく浸透していることが見て取れますね。

ところが、「遅くすることで、食物アレルギーが起きやすくなる」ってことがいろんな研究からわかってきた。

「敵じゃない。消化していいもの」という認識を作りやすい時期ってのがあって、その時期に(早すぎず遅すぎず)食べ始めることが大事、ということらしい。
「小麦が主食となる国で小麦アレルギーを防ぐための勧告」
> 小麦導入は、早すぎて(4 か月未満) も、遅すぎても(7 か月以上) いけない。
というのが現時点での常識だそうですよオクサマ。(小麦以外でも、まぁそんな考え方で行け、と)

ともかく、私が上記記事を読んだのとほぼ同時期に、たまたま昔お世話になった保育園の園長先生とお話しする機会があってそのときに聞いたのだけど、「昔」(10年前とか)は給食で除去食が必要な子は10人くらい(園児100人中)いたのが、近年では1人とかそんなもんだそうで。それがローカルな事情にすぎないのか、全国的にそうなのか知らないけれど、仮にローカルな事情としても、ご近所のお医者さん対応が変わったとか何か要因があるのかもしれない。

ネットで調べた範囲だと、またろうが幼いころはわりと厳格な除去食が流行りだったのが、今は徐々に慣らしていくほうが主流なのかな?


この新しい常識は、この先もうずっと変わらないのだろうか。あるいは、私の目の黒いうちにまた変わっているのだろうか?

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