赤毛のアンちゃん

赤毛の柴犬アンちゃんは2014年11月、14年5カ月の生涯を閉じました。『決してリードは放しま宣言』発信中のブログです♪

まだまだ暑い

2010-08-17 23:28:45 | 歳月


来る日もくる紐猛暑日が続きます。
今年いただいたきりんさんからの絵手紙で
ますます暑さがしみいります。

しみいるはずのあの声が聞こえません。

今年もすごい!数の穴ぼこと抜け殻
不思議と、昼を過ぎるとその声がパタリと止んで
あまりの暑さに疲れた身体を木陰に潜め・・・
(潜めるどころか、ここにもそこにも・・・)

夏が長く、名ばかりの秋を通り過ぎ
早い冬がやって来るそうです。
どうしてしまったんでしょうね・・・なにもかも。

ともあれ
”残暑お見舞い申し上げます”



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65年目の夏

2010-08-15 17:58:28 | 祈念日


今年もまた8月15日を迎えました。
65回目の終戦記念日です。

ぽつりぽつりと戦争を語り継ぐ声が多く聞かれるようになりました。
思い起したくもない忌まわしい記憶を乗り越えた戦争体験者の
怒りの声のように思えます。
”人が人でなくなるのが戦争”
歴史を正しく伝えることを忘れないように・・・

今年もこう綴ります。

いつの日か
世界中から戦争と核兵器がなくなる日が来ることを
そして日本という国が『平和大国』への道を
ひた走ることを願ってやみません。



戦没者追悼式に6000人、平和の誓い新たに
8月15日12時55分配信 読売新聞

65回目の終戦記念日を迎えた15日、政府主催の「全国戦没者追悼式」が、
天皇、皇后両陛下をお迎えし、
東京・千代田区の日本武道館で正午前から開かれた。

戦没者の遺族のほか、菅首相をはじめ各界代表ら約6000人が参列。
先の大戦で亡くなった約310万人
(軍人・軍属約230万人、一般市民約80万人)の冥福を祈り、
平和への誓いを新たにした。

天皇陛下は、式典で「全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、
心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」
と述べられた。

また、これに先立ち、菅首相が式辞で
「多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対し、
多大の損害と苦痛を与えました。
深く反省するとともに、犠牲となられた方々とそのご遺族に対し、
謹んで哀悼の意を表します」と述べた。




私が描く天描画のテーマは”こころの舞”です。
時代がどう変わろうと
見失ってはいけないものを忘れないために
描き続けたいと願っています。


『62年目の夏―青桐と折り鶴』
画集天描の世界より

2007年8月に綴った追悼の旅の記録です。
ぜひもう一度ごらんください。

特集●62年目の夏
特集●62年目の夏[1]ヒロシマへ
特集●62年目の夏[2] この地に立って その1
特集●62年目の夏[3] この地に立って その2
特集●62年目の夏[4] この地に立って その3
特集●62年目の夏[5] ヒロシマからナガサキへ
特集●62年目の夏[最終回] 平和への礎



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65年目の夏―ナガサキ

2010-08-09 12:46:43 | 祈念日


1945年8月9日午前11時2分、長崎
あの日から65年目の夏です。



長崎原爆の日
市長「核廃絶の努力踏みにじらないで」
8月9日11時30分配信 毎日新聞

被爆地・長崎は9日、65回目の「原爆の日」を迎えた。
爆心地に近い長崎市松山町の平和公園では、
長崎原爆犠牲者を慰霊する平和祈念式典が開かれ、
被爆者や遺族ら約6000人が参列。
原爆投下時刻の午前11時2分、全員で1分間黙とうし、
鎮魂と平和への思いを新たにした。
「長崎平和宣言」で田上富久・長崎市長は、
今年5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で核軍縮交渉などの
期限設定を核保有国が退けたことを強く批判。
「核保有国の指導者の皆さん、『核兵器のない世界』への努力を
踏みにじらないでください」と世界に訴えた。

田上市長は「核保有国が核軍縮に誠実に取り組まなければ、
それに反発して、新たな核保有国が現れて、
世界は核拡散の危機に直面する」と指摘。
5日に長崎を初訪問した潘基文(バン・キムン)国連事務総長が
国連加盟国に呼びかける「核兵器禁止条約」への強い支持を表明し、
核兵器廃絶への決意をアピールした。

また、被爆65年にして存在が明確になった「核密約」に触れ、
「非核三原則を形骸(けいがい)化してきた」として
過去の政府の対応に強い不信感を表明。
NPT未加盟の核保有国インドとの原子力協定交渉も
「NPT体制を空洞化させ、容認できない」と批判した。

その上で日本政府に▽非核三原則法制化への着手
▽核の傘に頼らない安全保障を実現するための
「北東アジア非核兵器地帯」構想の提案--を求め、
被爆国として国際社会で独自のリーダーシップを発揮するよう促した。

◇イスラエルと英仏代表参列…米国は出席せず

式典には、菅直人首相や各政党代表のほか、
国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長、
外国人被爆者代表として在韓被爆者2人も参列した。
各国の政府関係者も過去最多32カ国から出席し、うち15カ国は初。
核保有国の英仏、核保有が確実なイスラエルも初めて参列した。
広島の平和記念式典(8月6日)にルース駐日大使が初参列した米国は
出席しなかった。

今年は、長崎原爆の被爆者でつくる「被爆者歌う会『ひまわり』」が
式典内で合唱を初披露。
続いて、この1年間に死亡が確認された原爆死没者3114人分の名簿
3冊が奉安された。
これで死没者名簿は計153冊、
死没者数は計15万2276人になった。

被爆者代表の「平和への誓い」をした内田保信さん(81)は
「原爆は私の皮膚を焼いただけでなく、
白血球が異常に増える病気を引き起こした。
結婚して子供ができると子供の健康がとても心配だった。
私はこんな原爆を、そして核兵器を絶対に許せない」と述べ、
「日本が先頭に立って、
核兵器廃絶へ向かって全世界をリードする時だ」と訴えた。

菅首相はあいさつで
「被爆国である我が国は『核兵器のない世界』の実現に向けて
先頭に立って行動する道義的責任がある。
核兵器保有国をはじめとする各国首脳に
核軍縮・核不拡散の重要性を訴える」と述べた。

菅首相はまた、アインシュタインらが核廃絶を呼びかけた
「パグウォッシュ会議」の存在を学生時代に知り、
それが「政治を志す一つのきっかけになった」とも明かし、
長崎や広島、国連と連携し、
被爆体験談を翻訳する取り組みを進めることも表明した。
【下原知広】

平成22年長崎平和宣言



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65年目の夏―ヒロシマ

2010-08-06 13:15:02 | 祈念日


2010年8月6日
あの日から、65回目の原爆の日を迎えました。

世界中から戦争と核兵器がなくなる日が来ることを
祈念し黙祷を捧げます。

広島弁で核廃絶訴え「あっちゃいけん」
原爆忌、犠牲26万9446人
8月6日10時18分配信 産経新聞

被爆地・広島は6日、65回目の「原爆の日」を迎えた。
爆心地近くの平和記念公園(広島市中区)では「
原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)が営まれ、
菅直人首相や被爆者、遺族ら約5万5千人(市発表)が
犠牲者の冥福を祈った。
今年は国連事務総長として初めて潘基文事務総長が参列したほか、
原爆を投下したアメリカの代表としてルース駐日大使や
核保有国の英仏の代表が初めて出席。
秋葉忠利市長は平和宣言で「地獄の苦悩を乗り越え、
被爆者が発してきたメッセージは世界の行く手を照らしている」と述べ、
核兵器廃絶の一日も早い実現を訴えた。

■核保有・米英仏も初出席、菅首相「非核三原則を堅持」

式典では、この1年間に死亡が確認された広島での被爆者5501人分の
死没者名簿を、秋葉市長と遺族代表が原爆慰霊碑に奉納。
記帳開始の昭和27年以降、
名簿に記された死没者は26万9446人となった。

この後、被爆者代表や菅首相、遺族代表らが慰霊碑に献花。
原爆投下時刻の午前8時15分に「平和の鐘」が打ち鳴らされ、
参列者全員が黙祷(もくとう)した。

秋葉市長は平和宣言で初めて広島弁の表現を用い、
「こがなあいびせえこたあ、ほかの誰にもあっちゃいけん
(こんな恐ろしいことは、ほかの誰にも起きてはいけない)」と
被爆者の願いを代弁。
また、今年5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、
最終文書に「核兵器禁止条約を含め新たな法的枠組みの必要性」が
盛り込まれたことを評価。
日本政府が「非核三原則の法制化」や「核の傘からの離脱」を果たし、
「核兵器廃絶に向けて先頭に立つ」よう求めた。

一方、就任後、初めて参列した菅首相は
「非核三原則を堅持すること」を誓う、とした上で、
政府として「具体的な核軍縮・不拡散の措置を積極的に提案し、
国際社会の合意形成に貢献していく決意」と述べた。
また、あいさつの際に潘事務総長は「核兵器が存在する限り、
私たちは核の影に怯えながら暮らすことになる」と述べ、
核実験禁止など核軍縮に向けた交渉を進める必要性を強調した。

広島市の子供代表による「平和への誓い」では、
いずれも小学6年の高松樹南さん(12)と横林和宏君(12)が
「ヒロシマの願いを世界へ、未来へ、伝えていくことを誓います」と
読み上げた。

各国代表は、昨年より15カ国多い過去最多の74カ国の大使らが出席した。
初出席は核保有国の米英仏など17カ国。
同じ核保有国のロシアは11年連続で参列したが、
中国は2年連続で欠席した。

広島市によると、全国の被爆者数は今年3月末時点で22万7565人で、
前年より8004人減少。
平均年齢も76.3歳と、0.4歳高齢化している。

平和宣言



2007年8月に綴った追悼の旅の記録です。
ぜひもう一度ごらんください。


(2007年撮影)

特集●62年目の夏
特集●62年目の夏[1]ヒロシマへ
特集●62年目の夏[2] この地に立って その1
特集●62年目の夏[3] この地に立って その2
特集●62年目の夏[4] この地に立って その3
特集●62年目の夏[5] ヒロシマからナガサキへ
特集●62年目の夏[最終回] 平和への礎



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暑中お見舞い申し上げます

2010-08-01 09:51:53 | 歳月



2010年の夏

暑中お見舞い申し上げます


毎年異常気象の形が様変わりし
今年は全国的に猛暑の夏を迎え
集中豪雨や熱中症などで
大きな被害が続出しています。
まだまだ注意は怠れませんが
あと少しもう少し・・・
水分もしっかりとって無理せず
どうぞお元気でお過ごしください



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