岩木山を考える会 事務局日誌 

事務局長三浦章男の事務局日誌やイベントの案内、意見・記録の投稿

たまには毛色の変わった話しでも…私のコンピュータ事情

2009-02-02 05:43:30 | Weblog
(今日の写真は、今日の記事の中に出てくる「自作コンピュータ」の主要な部品をあしらって造った「壁紙」である。これは、現在私のコンピュータの中では一番活躍しているものだ。たまに、コンピュータの話しを書こう。
 これまで数回は書いているが「コンピュータ」については少ない方だ。私はあまり話さないし書かないが、実は「コンピュータ」の自作マニアなのである。)

 この部品が収まっているところの「外観」であるケースは台湾の「リアンリ」という会社のもので、「オールアルミ製」だ。
 自作の場合、このケースというものは「お気に入り」であれば「中身の部品」が換わっても「壊れない限り」いつまでも使えるのである。この「ケース」も使い始めて数年になる。非常に「アップル」の「G5」や「Mac Pro」と似ているものである。
 何故このケースに惹かれたかというと、それは、この単純に「似ている」ことと、「アルミ」の持つ質感に重厚さを感じたからである。
 「Mac Pro」はまさに、「アルミ削りだし技術」を駆使して造られたオールアルミ製であり、それが示す質感は重厚そのものである。それに「重い」。何と18kgもある。これだと、家庭で使う普通の「デスクトップ」の域を超えている。確かに、大きな会社が使う「サーバー」としての機能を備えているものなのである。

 一般的に「既製品であるコンピュータ」に惹かれる理由の一つには、この「外観」としての「ボディ」の美しいデザインやフォルムが挙げられるだろう。
 そして、もっとも大きな理由は「OS」とそれによって動く「ソフト」のコンビネーションのよさからくる拡張性の高さや操作の軽快さであろう。
 だが、「自作マニア」として「Mac Pro」に惹かれる理由は外観だけではない。分厚く重いアルミの側板を開けて、中を覗く。そこには配線らしきものは殆どない。
 私が自作するコンピュータの内部とは雲泥の差である。私はどちらかというと「配線」をきっちりとまとめて、「雑然感」を取り除くようにしている方だと思うのだが、比べようがないほどに「ソリッドステート」なのである。
 「アップル」に言わせると一台一台「手作業で」製造しているというのだ。私は「手作り的な技術」の「日本優位性」をずっと信じてきた。だが、この信じてきたことを「ぶち壊してしまった」のが「アップル」コンピュータの機器内部に見られる職人技を思わせるような整然さであり、美しさであった。
 それに、もう一つ惹かれる理由がある。それは、「アップル」が自社製品まがいの「自作」を許さないことである。あるアメリカの会社が「アップル」のOS「リパード」で動くコンピュータを販売したところ、「アップル」は即刻「違反」だとして、訴訟に持ち込んだくらいなのである。この「訴訟」はまだ、決着をみていない。「自作マニア」としては、この「自作を許さない」ことが何にも増して魅力なのである。
 確かに、「Mac Pro」などには、他に追随を許さないほどに洗練された魅力がある。「Mac」を使っている者が「Windows」組み立てマシンを使っている者に対して『「ガレージ」で「コンピュータ」を組み立てるほどのバカ』たちと打擲するくらいなのだ。
 つまり、「アップル」コンピュータはこれ以上、何も手を加えることのない「究極のマシン」、ハイエンドのマシンであると言いたいのだ。それほどに、「外観、骨格、配置、内部仕様」に優れたものなのである。このようなマシンを自作したいと思わせるに十分かつ絶対の条件を備えている。
 
 退職後のこの数年間に、すでに10台以上の「コンピュータ」を造った。「自作」を始めた頃、その「OS」は「Windows98」や「Windows2000」の終焉期であり、「WindowsXP」が台頭してきた時代であった。
「WindowsOS」もその間に色々と変遷した。「Vista」が登場し、そして今年の1月には「Windows7」がβ版で登場した。私の自作は、この「WindowsXP」を中心に進んだ。そして、「CPU」の機能向上とともに「32bit」から「64bit」の「OS」へと変化した。「WindowsOS」以外の「OS」にも興味が湧いた。
 手軽なところで、「LinuxOS」ベースにしている「LindowsOS」を自作機にインストールしてみた。また、「Linux」本体をベースにしている「Linux」デストリビューションを投入して使ってみた。
 「Linux」からは「プログラミング」の初歩を学んだ。これは「マウスでワンクリック」だけでは動かないのだ。たとえば、新規に[ハードデスク]を増設する場合でも、「自動認識」はしてくれない。すべて、「キーボード」から「書き込んで」プログラムを構築して「指示」をしないといけないのだ。もちろん、この手間にかかる「機能」は「Windows」にもあるが、普通だと使う必要は殆どないものだ。
 そうこうしているうちに、「Apple」コンピュータのOSも、この「Linux」をベースにしていることが分かったのである。これで、「Apple」コンピュータにも興味が湧いてきたのである。

 現在使っているものは「アップル」の「Mac Pro」以外はすべて自作である。
 「自作」というと何かしら「高度な技術」でも持っているのだろうと思う人もいようが、その実、何のことはない。単なる「組み立て屋」である。
 「組み立て」は目が見えて手があって、時間さえあれば、誰にでも出来ることだろう。少年時代の「ラジオ」の組み立てよりもずっと簡単だ。
 その当時の「ラジオの組み立て」は先ず、部品を集めて揃えることから始めなければいけなかった。しかも、部品がすべてあるわけでもない。壊れたラジオから、部品を取り、使えるかどうかを調べてから使うのである。
 当時は誰も「パーツ」とは言わなかった。みんな「部品」である。そしてその数はやたらに多い。今は、「パーツ」とみんなが言う。「部品」というと怪訝そうな顔をされる。私は「化石」なのだろう。
 それに、必ず、「ハンダごて」が必要だった。抵抗などはすべてハンダで固定しなければいけなかったからだ。今の組み立てにはハンダは不要だ。それでも、長い配線は短くする時には、わざわざ「ハンダごて」を使い「自作気分」を出して、悦に入っている。(明日に続く)

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