岩木山を考える会 事務局日誌 

事務局長三浦章男の事務局日誌やイベントの案内、意見・記録の投稿

自然の息吹きに触れるということ…(その3)/たまにはコンピュータのことを少しだけ

2007-12-09 00:04:14 | Weblog
(今日の写真は鰺ヶ沢の松代地区よりも少し枯木平に寄った場所から撮したものだ。右の丸みを帯びた山が「黒森山」である。これも寄生火山の1つだ。その左が岳登山道のある尾根で、晴れているので上部には「リフト」の鉄塔が列をなしているのが見える。
 それをたどって少し下に見える雪稜は、噴火口外輪の岩稜である。さらに高みに目をやると「二の御坂」、その上が山頂である。
 山頂から続いている大きな尾根上に松代登山道があるのだ。岳登山道のある尾根と松代登山道のある尾根に挟まれた深い沢が「赤沢」である。この沢は今でも「噴気」があり、小動物の死骸があったりする。
 岩木山は孤峰・独立峰だといわれるが、北西から眺めると、南から北に向かって多くの頂を持つ「連山」なのだ。左になだらかに山稜を見せているのは、大鳴沢という深い谷を右岸に持つ烏帽子岳などであり、左端はこれまた寄生火山の「笹森山」だ。
 
      ■■「自然」に育まれ、「季節」と遊んだ少年期(3)■■
 (承前)

 早速、船造りが始まる。早いものは冬場からこつこつと造りはじめていた。
船といっても乗って楽しむものではなく、浮かべて風を利用して、走らせるおもちゃの船である。もちろん手作りで、帆掛け船あり、ヨットあり、双胴船タイプのものあり、和船ふうのものありで、風による横転と転覆をいかに防いで、しかもまっすぐ走らせるかに没頭した。
鋸や金槌を使えるのは当然で、中には鑿(のみ)や鉋(かんな)を使える子供がいた。そんな子供は板を切って釘を打ち付けて仕上がりというような、短時間で一艘の船を造ることはしなかった。
 垂木(たるき)を鉈(なた)や斧(おの)で割って、鑿で切り出し、小刀で船底を滑らかに削りだした。
 肥後守(ひごのかみ)という小刀やナイフはどの子供も持っていた。これは便利なもので鑿(のみ)や鉋(かんな)の機能まで代用するから重宝なものだった。もちろん、子供の多くは自分で刃先を砥石で研ぎ出すことが出来た。

 夏場、草刈り仕事が子供に課せられていた。切れない鎌は苦労なだけだ。いきおい、自然に鎌をもって砥石に向かう。
遊びには生傷がつきものだった。人は自然物との接触や衝突を「地肌で防御するという進化」をしなかった。肌を何かで覆うという方法をとった。
 これを文明という。「文明人」は生物的な「進化」を拒否した。何かで覆わないで行動すると傷はできる。それを野蛮な行為と今の人たちは言う。しかし、「文明」が崩壊した時に「真っ先」に死滅するのは「人」という動物である。人がこの地球に現れてから、基本的に生物的な進化は止まり、むしろ退化している。
自然と一緒に自然の中で遊ぶ子供たちにとって、手や顔、脛(すね)や腕、頭や足先に被(う)ける擦(す)り傷、切り傷、刺し傷は「勲章」であった。傷の数が、自然との関わりの多さと深さ、広さと種数を示していた。
 小刀を使う以上、手や指、腕に傷を持たない子供はいなかった。

 その頃の大人は鷹揚だったと思える。ひっかき傷や切り傷ぐらいなら「流水で洗っておけ」であり、蜂に刺されたら「小便を塗っておけ」程度が関の山だった。
 芋畑やトウモロコシ畑を荒らしても怒られたということがないし、バスにしがみついても叱られたという記憶がない。
 鳥や獣が食べる分を残して収穫することがその頃の農家の常識であったと言う。遊びの中で、腹をすかせる子供の分も含めて栽培してくれていたのだろう。

 少年の頃、私はまさに自然の息吹きに触れた毎日を生きていた。あるがままの自然という現実に浸りながら生きることに夢中で、しかもそれが楽しくて、遠い土地の「自然破壊」にまで思いを馳せることは無理だったのである。(明日に続く。)

  ■■たまにはコンピュータのことを少しだけ書こう/Mac OS X 10.5 Leopardと「VMware Fusion」■■

 どうも新しいものが好きなのか、Mac OS X 10.5 Leopardを買ってしまった。とは言っても既に1ヶ月は経つ。
 先日、今度は仮想化ソフト「VMware Fusion」 というものに手を出してしまった。Macと付き合うようになって、この類のものとして初めて使ったのは「Microsoft Virtual PC for Mac 」であった。「あなたのマックを最強の環境にパワーアップします。Virtual PC は、Windows 用アプリケーションやファイル、ネットワーク、そして周辺機器へのアクセスを可能にしてくれるアプリケーションです」という宣伝的な甘言に負けて買ってしまったが、結局「使い勝手」が悪くて、というよりは「容量」が小さくて「放棄」した。
 それ以来、「仮想化ソフト」には「眉唾」物的な思いがあって、ずっと距離を置いていたのだ。
 だが、「VMware Fusion」には隔世の感があった。まったく「Virtual PC for Mac」とは違うのである。良すぎるのだ。Mac OS X 10.5 Leopardとの相性もいいからそれに助けられているのかも知れない。
 これらの使い勝手や使い心地について、時々触れてみたいと考えている。

 そこで、今日はのSafari3.0.4のことを…
これは、あちこちのブログなどに色々と書かれている。今更なんだと言われそうだから、その中で余り、触れられていないことを書く。
 それは「速い」ということだ。驚いている。スピードテストでこれまで、大体下りが「60Mbps」上りが「35Mbps 」程度であったのだが、何とそれぞれが75~80Mbps」と「45~55Mbps 」程度になったのである。これまでも、スピードで「イライラ」を感じたことはないのだが、これだと、未来永劫に「イライラ」感と付き合うことはないだろうと思っている。
 Safariは、Apple(Macintosh)のページから無料でダウンロード出来るので、Internet Explorerや他のものを使っている人は、試しに使ってみては如何だろう。
 ただし、表記がすべて英語である。だが、文字エンコーデイングで、[日本語(Euc-jp)]を選ぶと日本語表記がかなりホローされるので、大丈夫だろう。
 次の機会には「VMware Fusion」について書いてみたい。