大切なキモチ

感じるままに、日々思ったことを書いていこうと思います。

台風7号

2010-08-31 | その他
今日は台風7号が直撃すると、
朝出勤したものの11時に帰宅命令が出て、半日お休みになった♪

出勤したあと、外回りの片付けと、デイのまわりに防風ネットを張り、

畑の作物は、塩風で枯れてしまうことを予想して、
小さいものも、取れるものは全て収穫した。

残念だけど、ゴーヤーも多分駄目になるだろうな。

10時頃はまだ空が晴れていて、嵐の前の静けさ。

バスは10時から全便運休。

10時半頃から雨が降り初めて、風も強くなりはじめた。

11時に帰る。
途中でお弁当と食糧を買ってから帰宅。

思わぬ休みにルンルンしていたけど、たまっていたことをやりながら、いつの間にか寝ていた。

起きたら外はビュービュー雨風がうなっていた。


でも、身の危険を感じる程の強さでもなかったし、
思わぬお休みにゆっくりできて良かった。

与勝エイサーまつりあやはし館4~へしきや(西)青年会

2010-08-29 | 沖縄のこと
とりをつとめたのは、へしきや青年会の西。

ハントー担ぎの挨拶から始まり、パーランクーの演舞が始まる。

へしきやでは、京太郎(チョンダラー、こっけい)のことを、ナカワチと呼び、


手踊り(ヂーヌー)やパーランクー太鼓打ち(テークチリ)の衣装も、
灰色と白をベースとした地味な色だ。


女性は黒髪に、膝下丈の着物をつけて、踊る。



パーランクーの担い手の手の上げ方、足の上げ方、パーランクーの打ち方、隊列のとりかたなど、
見ていて一糸乱れぬ演舞。

そして優雅な動きの中に、力強さもあり、
それが群舞となり、揃う所が素晴らしいなといつも思う。

そういえば、へしきやエイサーは、環境庁が認定した、
残したい日本の音風景百選に選ばれているようだ。

与勝エイサーまつりinあやはし館3~西原青年会

2010-08-29 | 沖縄のこと
与那城青年会が終わり、西原青年会の演舞。


去年のファミリーマートで行われた時に、初めてみて今回二回目。


衣装はこれまたへしきやと似ているが、
後ろの背中のタオルで作られていて、羽のようになっている所は、
各青年会で少しずつとめかたやデザインがちがっている。


あまり見ない青年会だけど、今年も見たあとになかなか好きだなと思った。

与勝エイサーまつりinあやはし館2~平安名青年会

2010-08-29 | 沖縄のこと
二番手は平安名青年会。

地謡の皆さん。


平安名のこっけい(チョンダラー役を平安名ではこう呼ぶ)が入場している時も、大きな虹が空にかかっていた。


平安名は女性の手踊りが多く、声も良く出ていて、
群舞という感が出ていて、見ていて気持ちがよい。


衣装は、へしきやと似ているようだが、ちょっとずつ違いもあるようだ。


ウークイが終わるまで、他の地域で踊る外交に出ないという、昔ながらのことを守っている平安名青年会。

いいなと思う。


9/12(日)が最後の演舞になるみたい。
また公民館に見に行けたら行こう。

与勝エイサーまつりinあやはし館1~屋慶名青年会

2010-08-29 | 沖縄のこと
今年初の、与勝地域のエイサー演舞を見に行った。

去年は海中道路入口のファミリーマートで行われたが、すごい人だったので、
今年は広い敷地でとのことだろう、あやはし館にて開催された。

17時にあやはし館に到着するも、すごい車の数でとめられないかと思うくらいだった。

駐車場ラインのひかれていない所にまで縦列駐車でいっぱいだった。

またしても開始予定時刻17時になる直前に横なぐりの雨が降ってきて、
開始時間遅れるかと思ったが、雨の中を演舞開始。

屋慶名青年会の演舞が始まった。

比嘉のエイサーの流れをくんでいるときくが、大太鼓も入り独特だなぁと思う。
去年はウークイの日に、屋慶名内にて、夜中にエイサーをみた。

演舞する環境が違ったり、昼間に見ると、
また印象が違って見えるが、足の上がる高さが高い。


途中チョンダラーの演舞もあり、会場を盛り上げてくれる。


雨が降ったりやんだりしていた関係で、虹が出てきれいだった。


いひちゃー青年エイサーまつり

2010-08-28 | 沖縄のこと
8/28(土)夜、仕事が終わったあと、うるま市石川地区のエイサーを見に出かけた。

石川は、エンサーと呼ばれていて、鐘を打ち鳴らしながら演舞するのが特徴。

世栄津の森公園で行われると書いてあったが、地図にも載ってなくて、
とりあえず近くに行ったら音が聞こえてくるだろうと思い、向かった。

その前に大雨が降り始めたので、順延かな~と思いながら向かうと、
音が聞こえて来たので、公園の前に車をとめて見に行った。

こじんまりとした円形の公園だったので、演舞が見やすかった。

途中雨が降ったりやんだりだったけど、
傘をさしたり閉じたりしながら演舞を楽しんだ。



伊波青年会は、女性が男装をして踊る男手踊りが取り入れられていて、格好良かった。

三時間近くのまつりのとりをつとめたのが、石川エンサーで、
男性のみで構成され、歴史がある分、70、80歳と思われるようなオジィさんも踊っていて、すごいなぁと思った。

今の青年会の派手さやスピード感などはなく、
一曲一曲が短くて、
念仏踊りだなぁと感じられるような格好に、素朴な踊りだったけど、
私はひきつけられる踊りだった。


22時頃終わり、最後は〆のカチャーシー大会。

素朴なエイサーも深みが感じられていいなぁと思いながら帰ってきた。

各地域毎のエイサーがあることに、本当に素晴らしいなと思うし、
その違いに面白いなあと興味が沸く。

今年は北部と北谷にもエイサーを見に行こうと思ってるので、
どんなエイサーがみられるのか楽しみだな。


読谷村&嘉手納町エイサー

2010-08-26 | 沖縄のこと
25日(水)は、読谷村高志保エイサー天国と、嘉手納町エイサーまつりに出かけた。

読谷村の高志保エイサーは15時~17時頃。


道化役のチョンダラーが、ヒージャーを連れていて笑えた。


大太鼓ウフデーク


締太鼓



各青年会が通り過ぎる合間に、子供達が道路に出てきて、
チョークでお絵描きタイム☆


チョーク懐かしい~と思いながら、
チョークどこから持ってきたんだ?と思っていると、
本部放送席から、チョークを配っているので、道路でお絵描きしたい子どもはどうぞという放送がかかった。

さすがというか、公道に堂々と書いていいのか?と思ったり、
ちびっこ達がどんどん書いていくのを見ていて、
楽しそうで、私も書きたくなった。

子ども達が落書きした道を演舞する青年会の皆様


各青年会の演舞が終了し、そのまま嘉手納町エイサーまつりに向かった。

役所の駐車場に停めて良いとのことだったので、行くと空いていた。
徒歩数分で会場の新町通りに18時頃到着。

既に始まっていた。

嘉手納地域のエイサーも初めて見たが、
大太鼓、締太鼓を中心に、
男性っぽい力強いエイサー演舞で格好良かった。

いろんな地区が出ていたが、
西浜区の青年会の演舞が格好良かった。

女性は茶髪の女の子も多く、着物の丈も膝上で、
チャラチャラした印象が残念だと思う団体が多かった。

嘉手納町は各地区で、青年会が中心ではあるものの子どもも婦人会の年齢層の方達も参加しているのが特徴的だった。

地区全体でエイサーに取り組んでいる感じがした。







まつりが終了後、裏のサンエーの前の道路で、
引き続き各団体によるガーエーが始まった。


私達がサンエー前に流れた時には、既に人がたくさんいて、ゆっくり見られるスペースがなかったので、
サンエーの二階の駐車場へ登り、上から見ることにした。

近くで見る迫力は軽減するものの、全体像が見渡せるので、
各青年会の動きがよく見えて、それはそれで良いポジションだった。


各青年会がすれ違う場所で、相手の演舞につられないように踊る様は、すごい迫力。


全て終了したのは、23時を過ぎていた。

今年のエイサーは、いろんな所を見に行くと目標を掲げていたけど、
本当にたくさんの青年会のエイサー演舞を見ることができた。

エイサーまつりは一度にいろんな青年会の演舞が見られるけど、
面白いのは、各地区で地域に密着した道ジュネーだなと思った。

一緒にまわってくれた友達に感謝。

旧盆3日目(旧暦7/15,新暦8/24;ウークイ)

2010-08-25 | 沖縄のこと
今日はご先祖様を御送りする日。
私はお仕事だったが、ご利用者さんの数がいつもの1/3しかいらっしゃらない。
さすがウークイの日だ。

仕事が終わると、職員さんたちも、
これから挨拶回りが何軒あるといいながら、サーっとはけてしまった。
私は親戚がいるわけではないので、
浜比嘉島の比嘉のエイサーを見るべく、時間まで仮眠。

時間になったので、そのまま向かった。
到着したらちょうど神屋の所で奉納エイサーをしている所だった。

石を積んで作られた石垣に囲まれた、赤瓦の神屋の庭でのエイサー演舞。
三線の地謡の人がいて、地元の方達は庭の中で腰掛けて見ていたが、
さすがに庭の中には入れず、石垣越しに背伸びをしながらエイサーを見た。


私の好きな比嘉エイサーは、どんどん体形が変わって行く所なので、
狭い神屋のなかではそれが見られず、残念。
でも、派手さはない中の神屋で行われる念仏踊りは、それもまた良いものだと思った。


神屋での踊りが終わると、
トートーメがある家を各一軒ずつエイサーをしにまわる。
それが比嘉は守られている。

ラジオへの投稿で言っていたが、
屋嘉地区はエイサーが家の前を通るまでは、
ご先祖様を御送りするウークイの行事ができないのだそうだ。
次の日仕事のある家庭はウークイが遅くなったら大変だろうと思うけど、
やっぱりそれも昔からの慣わしが守られているということなんだろうなあと、すごいなあと思った。

各字で言葉も違う沖縄。
伝統行事もそれぞれの字で異なってくる。
公民館の機能が衰えていない。
衰えていない。
地域での行事が守られている。
それぞれの地域で、過疎化に伴う危機もあるけど、
伝統が形を変えながらも守られていることを感じられて、良いなぁと思う。


比嘉のエイサーを見た後は、
沖縄市の百軒通りに向かった。

既に330号沿いには、路駐の車でいっぱい。
少し離れた所に車を止めて、百軒通りまで歩いた。
そこで友達2人と合流。

あちこちで太鼓の音や三線の音が聞こえてくる。
聞きすぎて、時に空耳のこともあるが、
人が集まっている所を目指すと、だいたいどこかのエイサー団体がいる。
さすが沖縄市、ウークイの夜♪

まずであったのが、久保田青年会。
狭いスージ道(脇道)で、演舞を行いながらの道ジュネー。
独特な演舞を行いながらのエイサー演舞に、惹かれた。

そして、諸見里青年会。
スージ道から330号の大通りに出て、再びスージ道に入って行った。


途中、お腹が空いたのでスーパーで腹ごしらえの食料を買って、再び百軒通りへ。

一番最初に現れたのは、ウンケーの日に見た園田青年会。

続いて久保田青年会。


その後、午前1時過ぎに、久保田青年会と山里青年会が百軒通りでぶつかり、ガーエー(合戦)開始♪


山里青年会は、男性のみで構成されている団体。


お互いの演舞を相手につられないように踊る。
それにしても狭い道にすごい数の人。
どんどん観衆が増えて盛り上がり熱気がすごい。


ガーエーが終わり、人がはけて、私たちも車に戻った。

帰ろうと思ったが、チャンプルー市場でエイサーやっているという情報があったので、とりあえず行ってみることにした。

到着したのが2時頃だったが、まだ演舞中だった。
全部で6団体程が集まってエイサーを披露していた。

最後に全団体が集まって、唐船ドーイ合戦。




友達を送って、家についたのは4時近くだったかな。
久しぶりにそんな時間まで起きていたので、
眠かったはずだけど、心はワクワク楽しいエイサー追っかけの一時だった。

各青年会の皆様、毎晩の演舞本当にお疲れ様でした。


旧盆2日目(旧暦7/14,新暦8/23;ナカヌヒー)

2010-08-24 | 沖縄のこと
今日はバリアフリーダイビング大会でお世話になった方と、
夕方から那覇で会う予定があった。
昨日の夜、行動を共にしていた友達と一緒に那覇に行く予定だったけど、
その友達が、たまたま沖縄に帰省中の友達と急遽会う事になり、
その友達を与那原まで一緒に迎えに行った。
私は途中で帰って、友達は飲んでそのまま友達の家に泊まっていたので、
与那原まで送りに行きがてら那覇でぶらぶらしようという事になり、昼前に家を出発。

友達の家に行き、合流。
お昼ご飯は沖縄そばが良いねとなり、
329号沿いの与那原交差点近くの「与那原屋」に入った。
久しぶりの与那原屋のそば。


お腹がいっぱいになり、与那原の友達を送ったあとに、
そのままおもろまちの方に向かおうとしていたが、
世界遺産の識名園(シチナヌウドゥン)近くを通るのでと、
友達も私も行った事がなかったので、寄ってみることにした。

入園してすぐの所に立派なガジュマルの木があって、涼を感じることができる。


琉球国王家の最大の別邸で、保養や中国からの使者をもてなす場所だった。
池を中心として、池の周りを歩けるように作られている。

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ゆっくり歩きながら庭園を散策していると、
園 の整備をされていたおじさんが、
「これなんの花か分かるね?」と話しかけてきた。

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こたえは、「ウコン」。

以前に、枯れたようなもうすぐ収穫になる頃のウコンはみたことがあったけど、花は見たことがなかった。

葉っぱを見ると、どことなく月桃に似ている感じがした。

結構歩きまわったから、かき氷が食べたいねとなった。
ちょうど出入口の所に、ぜんざいの旗がパタパタしているのが目に入り、ぜんざいが食べたくなった。

でもどうせぜんざいを食べるなら、冨士屋のぜんざいにしようと意見が一致☆

我慢をして、冨士屋のお店へ向かった。
ほどなくしてお店に到着☆
レトロな感じがとても落ち着けて良かった。

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ふつうのぜんざいにしようか迷ったけど、
お店でしか食べられないマンゴーアイスに決定☆

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削られた氷は甘くてふわふわしていた。
あ~贅沢な至福の時間。

冨士屋さんでゆっくりしたあとは、
おもろまちへ向かい、
サンエーメインプレイスで、ショッピング。

あっという間に、待ち合わせの時間になって、
待ち合わせの場所に向かった。

最近でかけることが多いけど、
ipadがあると、すぐに場所を検索できるし、
必要に応じて、ネット検索もできるし、
GPS搭載されておるのでナビにもなるし、便利だなぁとよく思う。

バリアフリーダイビング大会ぶりに再会☆
近くのホテルバイキングへ行き、2時間ほど話に花が咲いた。

那覇を出発したのが22時半過ぎで、
友達の家に到着したのが23時半過ぎ頃。

そこから各自の車に乗換えて、
ウークイ本番前日に、秘密の山で練習をしてきたチョンダラー(こっけい)が山から降りてきて、
初めて踊り手や太鼓とあわせる日に、
字の住民にお披露目するという伝統行事を守っている字区へ向かった。

本番前日の日の為、
青年会の皆さんはまだ着物は着ておらず、各自それぞれの格好で本番さながらに踊る。

0時過ぎに字に到着。
会場となる公民館前広場には、既に人がいまかいまかと待っていて、すごい人だった。

0時15分頃、こっけいが現れて、三線の音が流れ始めた。

去年も見にきて、とても面白かったが、
今年は、夏休み期間中にアルバイトをしにきた学生さんが、こっけいの新人と言っていたので、楽しみに見た。

今年もとても声が出ていたし、
みなさん楽しんで踊られていたし、
見ていて楽しかった。




家に帰ったのが1時半頃で、明日仕事もあるので、速攻眠りについた。
長い一日だったなぁ。

でも今年は見られないと思っていた字区のエイサー行事を見られて嬉しかった。

旧盆一日目(旧暦7/13:新暦8/22):ウンケー

2010-08-23 | 沖縄のこと
22日(日)は旧盆の初日、お迎え日だった。

今年の夏のエイサーは、与勝地域以外の青年会演舞や、
各地域の道ジュネーを見たいと思っていた。

そのきっかけは、金武町青年エイサーまつりの時に、
今まで与勝地域のエイサーしか見てなかったことに気が付き、
地域によって、いろんなエイサーの型が違うんだなぁと思ったことからだった。

そして、旧盆一日目。
本当は、伊江島に泊まって、
伊江島の青年会エイサーを見ようと考えていたけど、
直前まで迷って、やめた。
そのかわり、沖縄市の道ジュネーを見に行く事にした。

エイサー好きな友達に情報を聞いてみると、
mixiに、今どこどこの青年会がここで演舞中など、
生中継してくれるコミュニティがあることを教えてくれた。

そこで、園田青年会の道ジュネーを見ることにターゲットを絞った。

行く前に、具志川青年会が道ジュネーをやっていたので、車を停めて見た。


そして友達の家へ行き、合流。
友達の家付近にて、熱田青年会が道ジュネーをしていたので、見ることにした。


その後沖縄市へ園田青年会を見に出かけた。

先回りしすぎて、一時間以上前に、照屋林助さんの三線屋、てるりん館前に来てしまった。

何時に来るのかお店の人に聞いてみようと、
中に入ると、りんけんバンドのボーカルの方がいらした(あとから知った)。
そうとは知らずに、お店の人だと思って、初心者用の三線がいくら位か尋ねた私。
札を見ながらいくら位か教えて下さり、
また実際に三線を手に取ると、ひいてみる?と聞いて来られたのでお断りすると、
てぃんさぐの花や唐船ドーイなどひいて下さり、
この人上手だなぁと思って聞いていたら、
なんと、りんけんバンドのボーカルの方だった。


思わぬ楽しい時間だったな~。

てるりん館をおいとましたあと、少し待っていたけど、来る気配がなかったので、
もとの道を戻っていくと、ちょうど園田青年会の道ジュネーとぶつかることができた。


全島エイサーで園田の女性の手踊りを見て、
はじめて手踊りがきれいだと思ったが、
やっぱりしなやかで真似できないくらいきれいだった。

22時頃、一緒に見ていた友達が、今日しか会える日がないからと、
急遽会うことになったと、
今から南部の与那原に行くというので、
一度家に戻るよりそのまま高速を使った方が速いと、そのまま与那原へ出発。
30分程で到着。

帰りは329号で帰ってきた。

友達の家の近くの居酒屋さんで、一緒にゆんたくをして、
明日も那覇に出かける予定があったので、1時頃に私は先になった。