あべまつ行脚

ひたすら美しいものに導かれ、心写りを仕舞う玉手箱

新日曜美術館 写楽の真実にせまる

2007-01-23 17:45:39 | 日本美術
「そんなこと、洒落臭ぇ~っ」ていう言葉をふと思い出し、
洒落臭いは、実は写楽臭いで、てやんでぇな感覚が滲んでいるように思えた。

なんでも写楽は1794年、彗星のごとく登場し、
たった10月(赤子が生まれてくる時と同じ)で140作程度を残して、この世から消えたらしい。
北斎の3万点あまりと、90歳までやり続けたこととまったく正反対。
ぱっと現れ、すばらしい作品を残して、ぱっといなくなった。
そういうミステリアスな存在がまた彼の人気に拍車を掛けるのだ。

多くは、役者絵で、デフォルメされた独特なタッチ、
雲英刷りの背景、色の数が少ない、つまり版木が少ない。
歌舞伎役者を間近で見ていないと描けないことを表現している。

千両役者、看板役者にとって、あらぬことを描いてもらったんじゃぁ、
さぞご機嫌も悪く、不愉快に思ったことだろう。
ご贔屓の役者の美しくない様には、
ファンとしていても黙っちゃいられなかっただろう。
せっかくの興行に勢いをつけたかった版元、芝居小屋の思惑が
あらぬ方向に行って、怒りを頂戴してしまったら、
そんな絵の寿命が続くわけもなかったことが容易に理解できた。
お上の詰まらぬお達しとやらに引っかかったのかも知れない。

番組は、現役の役者の所に行って、そういう場合はどうですか?
と聞きに行くから、意地が悪いや。
玉三郎や、菊五郎の所に行かないで、
福助の所に行ったんだから
そんでも福助は偉かった。
気にしている線を描かれたらどうなさいますか?って図々しい質問に、
ちっちゃな声で、消しゴムで消しちゃう。
そりゃきれいに描いてもらいたいですよ。
って本音をばらしてくれたのだから。

人の心情ってのは、そういうモンだろう。

似顔絵の大御所、山藤章二さんが言っていた。
「歌麿は時代と寝たが、写楽は違った。」
そのすごさを似せ絵を描く立場の人間として、
心底写楽を尊敬しているように見えた。

これを例えるなら、現代のコロッケと、美川憲一の関係を思い出した。
違うところは、
コロッケは、美川憲一をもう一度ライトに当てることをしたけれど、
写楽はきっと、一番勢いのある人をデフォルメしてしまって、
やっちゃイケナイ表現をして、引きずりおろされてしまったのだろう。

今、写楽がいたら、最高に受けるのに。
きれいなブロマイドより、ずっと面白いのに。
誰かの熱狂的ファンになったことがない私は、
密かに写楽の芸の細かさと、目線に惚れ惚れしているのだ。

ん~~写楽せぇ~とは、おぬしのことよ!
と言ってあげたい。

浮世絵列伝 別冊太陽 平凡社
これがあれば、だいたいのことが解りそう。
とりあえずはこれを教科書にして、読んでみようと思った。
年譜も付いていて、絵もきれいだし、すばらしい。

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2 コメント

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蔦屋重三郎 (とら)
2007-01-23 19:36:32
新日曜美術館としては明解な解説でよかったと思いました。
ただ「歌麿は時代と寝たが、写楽は違った」という意見は極論のように思いました。
版元がオールマイティであったこの時代、むしろ「歌麿は蔦屋から逃げられたが、写楽は蔦屋に潰された」のではないでしょうか。

ところでHPのリンク集にバナーを作ってリンクを張りましたがよろしかったでしょうか。
http://cardiacsurgery.hp.infoseek.co.jp/link.htm#link

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とら さま (あべまつ)
2007-01-23 22:22:54
コメント、面白く拝見しました。
写楽は際どいことをする前提で、姿を出せない事情もあったのかも知れないと思うのです。
実は蔦屋さんの大切な人だったのかもしれないし・・・
様々想像をさせてくれる奇々怪々な人物であることには変わらないようですね。

ところで、わざわざバナーを作って頂いた上に、リンクして下さり、本当に感激です。
こちらは細かな術を持っていないので、何もすることが出来ませんことをお許し下さいマシ。拙いところですが、ブックマークに入れさせて頂きます。
嬉しいです。
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