縞木綿のきもの

2016年05月11日 | はたおと ‥織りものがたり
 
 二年に一度の春に開かれる手織り教室の作品展に、はじめて出品しました。未熟ながら、柄織りのブックカバースヌードノッティングの椅子敷き、そしてことしの一月に織り上げた縞木綿の着尺を単衣のきものに仕立て、会場の一隅に並べていただきました。

 足を運んでくれた母や友人たちと、300点もの作品をゆっくりと見ながら楽しい時をすごしました。中には、思わず手にとり「譲っていただけないかしら」とおもうものや、今後の参考にさせていただいた作品が多数あり、よい刺激をたくさん受けました。お世話になった先生や先輩たちに、感謝のきもちでいっぱいです。

 作品展のあと、手もとにもどってきた木綿のきものを着て、いそいそと日本橋へ出かけました。少々蒸し暑い日だったから、さりげなく緯吉野を織り出した九寸名古屋帯にモダンな色づかいの帯締めを合わせ、すっきりとした装いに。ふらりと立ち寄ったお店の店員さんに「涼しげですね」とほめられて、すっかりいい気分に ^^

 でも、織りが未熟なせいで着心地はいまひとつ。織っているときから縞が立ちすぎたかな‥と気になったけれど、袖をとおしてみるとこれが案外、強すぎず、弱すぎもせずの、なかなかよい塩梅の縞で、着姿もちょっぴりスレンダーに見える(気がする!)のです。

 最初のきものにしては上出来かな。 出番の多い一枚になる予感です。

風の姿で‥ 〜山折哲雄先生のお話から〜

2016年03月25日 | 雪月花のつぼ ‥美との邂逅
 横浜能楽堂にて「生と死のドラマ」というテーマの狂言「野老(ところ)」と能「芭蕉」を鑑賞しました。公演前に宗教学者の山折哲雄先生から、日本古来の死生観についての興味深いお話がありました。

 記紀万葉の時代、人は死ぬと風葬され、のちに肉体から魂が遊離して風とともに遠くへ運ばれてゆき、ときにその魂は何ものかに憑いて(憑依して)物狂いとなり、現世に再現する‥と考えられていたそうです。室町期に能を大成した世阿弥にとって、この物狂いが重要なテーマであったことは周知のとおりで、風(笛の音)とともに、こころを残して死んだもの(シテ)が生きた人の姿を借りて(憑いて)旅の僧(ワキ)の前に現れ、哀しい物語りをしつつ狂おしく舞い、やがて僧の読経などによって成仏し消えてゆくという、いわゆる能のステレオタイプ(夢幻能)が完成しました。このことは、いまを生きるわたしたち日本人の死生観につながっているのですが、山折先生は「そこにはいつでも、風が吹いている」と言います。

 古くからわたしたち日本人は、目に見えない何ものかを風に感じてきました。たとえば平安期の歌人・藤原敏行の「秋来ぬと目には さやかに見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」(『古今集』)、宮澤賢治の『風の又三郎』、最近では「千の風になって」(♪わたしののお墓の前で泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません 千の風に 千の風になって あの大きな空を吹きわたっています‥)、さらには、桜吹雪、葉擦れの音、風になびくすすきの姿に、もの思いする‥と、枚挙にいとまがありません。わたしたちは、風に“何か”を感じずにはいられないのです。

 20世紀初頭にヨーロッパのユングやフロイトが考えたように、世阿弥は物狂いのシテ(=クライアント)と旅の僧(=カウンセラー)という関係を、すでに600年も前に考え深めていたこと。そして最古の体系的な能の理論書『風姿花伝』を編んだこと‥それはまさに、「風の姿で、能の真髄である花を伝える」ためだったこと。山折先生のお言葉が、わたしのこころに重く深く沈みました。


 でも、たとえ風が吹かなくても‥

 さまざまなこと思い出す桜かな(芭蕉)
 なにごとの おはしますかは知らねども 恭(かたじけ)なさに 涙こぼるる(西行)

益子の帯留め

2016年03月16日 | きもの日和
  

縁あって入手した濱田庄司(陶芸家、人間国宝)の帯留めです。

2011年秋に訪れた汐留ミュージアムの「濱田庄司スタイル」展にて、大阪グランドホテルのオープン記念品として制作されたという濱田の帯留の数々を見たとき、ひとつでいいからほしいな‥と、ためつすがめつ眺めたことでした。

益子焼特有のとろりとした飴釉と、濱田のあの大きな体躯から想像できない愛らしい赤絵と。どの帯にのせよう?と考えてすぐに思いついたのが、葛布の帯です。

閑かで、どこかなつかしい“工藝的なるもの”に魅かれます。

 

はたおと

2015年12月07日 | はたおと ‥織りものがたり
 

機織りの高等科最後の課題、縞木綿の着尺を織っています。

春に縞の設計をして糸を染めることから始まった着尺制作。経糸を機にかけるまでおよそ半年、十月からようやくシャトル(投げ杼)をもち、緯糸を打ち込み始めました。

ごく淡い朱鷺色(ときいろ)の縞に、浅葱色の縞を添わせて。

カラ‥ トン、トントン、カラ‥ トン、トントン、‥‥ あとはもう、できるだけ同じリズムで、無心にひたすら、平織りです。

着尺の長さは、13メートル。
長い長い、道のりです。

 

雪が育むきもの

2015年11月13日 | きもの日和
 

雪中に糸となし、雪中に織り、
雪水に洒ぎ、雪上に晒す
雪ありて縮あり
されば越後縮は雪と人と気力
相半ばして名産の名あり
魚沼郡の雪は縮の親といふべし

(鈴木牧之著 『北越雪譜』 より)


※ 写真は塩沢の真綿紬

 手織教室の研修旅行に参加し、新潟の塩沢、十日町、小千谷を訪ねました。十数年前に『北越雪譜』のこの一文に出合って以来の、越後の織の里を訪ねたいという願いがかないました。

 越後の織の里はどこも雪深い町。そのきびしい風土からじつに美しい布が生まれることを、じっさいに見て、肌で感じることができ、感激もひとしおです。主人のきものが訪問先の織物工場の証紙の付いた塩沢紬だったことを思い出し、残布(上の写真)を持参して織り子さんのお名前を調べていただくことに。二週間後、織元から丁寧なお返事が届きました。紬、お召、夏塩沢など、何でも織れてたいへん丁寧な仕事をされる現役の女性とのこと。その方のお顔や、毎日根気よく機に向かっておられるお姿などを想像しながら、ますますこのきものを大事にしたいとおもうのです。

 旅で学んだことひとつひとつを、これからのお稽古と機に向かう姿勢に活かしたい。
 


塩沢の星野織物さん。
訪問当日は貴重なお時間とたくさんのご教示を賜りました。有難うございました。