あべまつ行脚

ひたすら美しいものに導かれ、心写りを仕舞う玉手箱

狩野山雪という人は・・・

2009-02-03 21:34:12 | 日本美術
そこで、よせばいいのに、手元にある美術本をめくって
山雪ワールドに迷い込むことにした。

山雪。

その前に、義父山楽のことを少し。
山楽の師は、あの永徳だ。
信長が上杉謙信に贈った洛中楽外図屏風を描いた。
秀吉に二頭の唐獅子を描いた。
信長の命を受けて、安土城で一世一代の仕事をした永徳は
城の壁一面にこの世の桃源郷が煌めかせたはずだ。
しかし、過労死?突然48歳で死んでしまう。
その大画面迫力を京都でご覧になった方も多いと思う。
永徳は、本当は大画面の圧倒的絵画よりも、
繊細な花鳥図が得意だったのではないかと思う。
突然の師の継承者は山楽しかなかった。
山楽が秀吉によって永徳の弟子となり、
画力も充分だったので、その重責を担った。
ところが、秀吉が亡くなり、豊臣家が滅ぶ。
このときから、不遇な時代を迎えることとなる。
江戸開幕という大きな流れが
狩野派の生き残り作戦を講ずることとなった。
探幽は御用絵師として江戸に、
山楽は豊臣家の御用を引き続き受けることに。
後に豊臣家は滅び、九条家からの取り計らいで
何とか生き延びる。
山楽、その画力は妙心寺展で公開された
「龍虎図屏風」で証明されよう。
永徳が亡くなった年に、肥前で山雪が生まれた。
父、千賀道元とともに、大阪に出てくる。
16の時に父が亡くなり、その時に山楽に弟子入りする。
後に山楽の長女竹に婿入りし、山楽の養子となる。
山楽との仕事をこなしつつ、画力を磨いていた。
山楽亡き後は、この山雪が京狩野を継ぐことになる。

当時、京都では禅宗、儒教、漢学が盛んだった。
山雪もそういった文化人との交流があって、
自身も勉学に勤しんだようだ。
山雪の父の名は道元だ。
禅を学ぶなら、道元「正法眼蔵」だろうと思って不思議じゃない。
妙心寺系の臨済禅、黄檗禅の寺の名前を見ると
京都学問文化の拠点ともいえるような所ばかりで、驚く。
萬福寺、南禅寺、建長寺、東福寺、天龍寺、相国寺、
建仁寺・・・・・
大徳寺はあの利休との縁が深い。
またそこには一休さんがいた。
話が飛ぶが、大徳寺の真珠庵に襖絵を描いた、
曽我派、式部直庵の存在。
後に曽我簫白が自ら曽我蛇足10世を名乗り、
山雪の雅号、蛇足軒をかたり、
山雪のまたの雅号松柏(しょうはく)をもじり、
などしたのだとしたら、山雪に傾倒した、簫白、という図も
書けなくはないだろうと妄想する。
反対に山雪も曽我蛇足という絵師を知ったのではないだろうか?
自分の雅号に蛇足軒を使っているのだから。

この手の話は辻惟雄先生にすがる。
「奇想の系譜」で私の浅はかな妄想は既に
語られており、改めてこの本の凄さを思う。

山雪は当初、琳派ファンも惹かれる
まばゆいばかりの絵を描いている。
妙心寺塔頭の天球院に初お目見え。
「籬(まがき)に草花図襖」 寛永8年1631
鈴木其一はこの朝顔を見ただろうか?
長谷川等伯から影響はなかったか?
宗達はこれを見ただろうか?
本当にしっとりと美しい姿。
通称「朝顔の間」山雪初めての大仕事。

その同じ天球院に「梅に山鳥図襖」「寒梅図襖」も描く。
後の「老梅図襖」の芽吹きを感じるが、
あそこまでおどろおどろしくはない。
15年後、あの「老梅図襖」が異様な
うねりをもって現れる間、山雪に何が起こったのだろうか?

道元の「正法眼蔵」という禅の教えを
今は簡単に検索できる世の中だ。
カツカツ見ていくと、
なんと53段に「梅花」という題が見つかった。
ちょっと長文の中を拝借。

 老梅樹、はなはだ無端なり。
 雪裏の梅花只一枝なり。
 人中天上の老梅樹あり、老梅樹中に人間天堂を樹功せり。
 百千花を人天花と稱ず。
 萬億花は佛祖花なり。
 雪裏の梅花まさしく如来の眼晴となりと
 正伝し、承當す。

 春を画図するように、楊梅桃花を画すべからず。
 まさに春を画すべし。

などと、梅花、老梅樹について、
延々ととうとうと講じているのだ。
驚いた。
釈迦入滅の時に、雪中に梅花一枝が咲いたという例を挙げ、
老いた老梅が一枝の花を咲かせた現象に
心から感動し、これこそが森羅万象を現すのだ、
と高らかに切々と訴えている文章にぶつかった。
つまり、
山雪は、もしかしたら、単なる老梅樹を描いたのではなく
道元の教えを基にして、
自然界の全てを描こうとした。
単なる梅ではなく、釈迦如来に捧げる老梅樹を!
「老梅図襖」 妙心寺天祥院 1647

山雪は他にもとんでもない屏風を描く。
「雪汀水禽図屏風」
これが日本のものか?と思うほど、
異様な気配が満ちている。
波頭が濃密にせめぎあっている。
波間を飛ぶ千鳥たちの連なりは
光悦と宗達の鶴を思い出す。
侵食した岩と変に打ちひしがれた松に遊ぶ鴎たちも
異次元を飛んでいるようだ。
それも、月明かりに照らされて。

蕭白が好きそうな、
「盤谷図」
右のほうには中国の鋭くそそり立つ岩だらけの山間、
左には怪しいまでの荒々しい波頭。
墨画で、厳しいキュウキュウとした緊張感が
溢れている。

山雪という人は、本当にすごい表現力を持った絵師だ。
今のところ、これ以上の突っ込みはできないとしても、
京都狩野を背負った、
不遇の道のりを全身全霊で
禅の教えとともに、天職をまっとうした
破格な絵師であることに違いはない。

参考文献
 奇想の図譜 辻 惟雄 
 日本の美術 No,208 桃山絵画 武田恒夫
 日本の美術 No,258 曽我蕭白 狩野博幸
 別冊太陽 狩野派決定版
 別冊太陽 桃山絵画の美

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20 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (すぴか)
2009-02-03 23:11:49
こんばんは。
おお山雪!素晴しいですね。私はやっと
5日に見に行くことにしました。
参考文献、家に殆どあること思い出しました。
でも、あべまつさんのおかげで、とりあえず
見に行けそうです。

どんなことになりますやら、、、
返信する
すぴか さま (あべまつ)
2009-02-04 14:31:20
こんにちは。

山雪、ただ者じゃありませんね。
禅が日本美術に影響した様々が
もっと沢山隠れていように思いました。

この一文がすぴかさんの鑑賞に余計な色を付けなければいいのですが、感想をぜひお聞かせ下さいませ。
返信する
京狩野 (もか)
2009-02-04 18:34:51
こんにちは。やっと観に行ってきました。

山雪さん、恐るべし!ですね。
浅はかな我が見識では、狩野派=粉本主義の優等生、という感じだったのですけれど、大間違いでした。
私の中では、やっと元信。山雪さんへの道のりはまだ遠そうです。

ところで、参考文献の『狩野派決定版』はお薦め本でしょうか?
返信する
もか さま (あべまつ)
2009-02-04 22:37:46
こんばんは。

私も狩野派は御用絵師軍団だから、
型どおりのエリート集団と思ってました。
でも、最近その型破りが見えてきて、
面白く思い始めたところです。
別冊太陽の「狩野派決定版」は
狩野派の名画がいつでも追っかけられるので、重宝してます。
ちなみに、山雪の「老梅図襖」と「雪汀水禽図屏風」は見開きで、監修者山下祐二氏の山雪の位置がわかるようです。
執筆者も強者勢揃いで読み応えもあります。
返信する
素晴らしい! (ogawama)
2009-02-05 23:01:23
うむ~、勉強になりましたっ。
山雪は山楽の婿さんだったのですね。
あのいびつな梅が禅、と思うとなんだかぞくぞくします。
「雪汀水禽図屏風」など見たいです~。
返信する
ogawama さま (あべまつ)
2009-02-06 13:24:03
こんにちは。

にわか仕上げの記事なので、
抜けていて、勘違いもあると思いますが、
山雪好きになってくれたら嬉しいです!
あの時代も様々海外からの影響もあり、
面白い時代だったようです。
迫力ありますよねぇ~~~
「雪汀水禽図屏風」
私もいつか絶対眼にしたいと思います。
返信する
平常展の山雪 (meme)
2009-02-06 21:15:01
こんばんは。
1/27~3/1まで平常展の桃山江戸絵画のコーナーに山雪の「林和靖・山水図」三幅対が展示されています。
他の狩野派2人の掛軸と横並びしてますが、
一目瞭然で力量の違いが感じられます。

もし、まだのようでしたら是非ご覧になってみてくださいませ。
返信する
meme さま (あべまつ)
2009-02-06 22:19:44
こんばんは。

嬉しい情報ありがとうございます。
なかなか自由な時間が得られず、ジリジリしていますが、東博のHPで確認できました。
上野なら、なんとか行かれるでしょう。
朝鮮王朝絵画展でも山雪が紹介されていて、
朝鮮通信使との交流もあったようです。
儒学と京都五山、禅など、底無し沼状態・・・
手に負えません。
でも、山雪への思いは、山積です♪
返信する
Unknown (いしい)
2009-02-09 21:12:34
あべまつさんに刺激されて私も妙心寺展を見に行ってきました。山雪を見てきましたよ。恥ずかしながら、今までこの人のことをあまり知らなかったのですが、なんだかすごい人と出会った感じです。ものすごい迫力ですね。老梅のはみ出し具合が計算され尽くしているように思います。あれ以上でもいけないし、あれ以下でもだめ。見事なものです。解説に「垂直と水平」という言葉がありました。なるほどそういわれてみると幹は垂直だし、岩は水平、でも不自然さを感じません。不思議な絵です。山楽の龍虎図屏風はいろいろな音が聞こえて来るような気がしますが山雪の老梅は静です。師弟なのに表現がずいぶん違うものですね。
さて、今回の妙心寺展で私がもっともやられてしまったのは白隠です。あの自画像には参りました。同じ禅でも道元の世界とはずいぶん違います。思わず白隠に関する本を買ってしまいました。白隠ワールドを少し散歩してみようと思います。
あべまつさんのおかげで、楽しみが一つ増えました。

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いしい さま (あべまつ)
2009-02-09 22:18:59
こんばんは。

妙心寺展楽しまれて、なによりです。
山雪の絵は本当に静寂ですね。
だから、引き込まれます。
現れている画面は、奇怪なのに、自然界を圧倒している神のようでもあります。
正法眼蔵の梅花のところで、
老梅花は百億花を眷属にするという表現がありました。そこまで言うのかと驚きました。
白隠、癒されますよ。
民衆に愛される方法を知っていたのだと思います。仙崖もお気に召すかと。
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