阿部ブログ

日々思うこと

スマートグリッドと社会インフラ構造改革

2010年11月11日 | 日記
スマートグリッド構想発祥の地である米国において、スマートグリッドの標準化作業を行なっている国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology : NIST)が、2010年1月に「NIST Framework and Roadmap for Smart Grid Interoperability Standards , Release 1.0」を発表し、スマートグリッドを次のように定義している。
「21世紀の次世代電力網(スマートグリッド)とは、さまざまな情報通信分野の技術やサービスを送電インフラに付加し、統合したものである。電力の流れや通信、そして制御能力が双方向に作用させることで、数々の新しい機能やアプリケーションを実現することが可能となる」。

従来、電力は電力会社の発電施設から需要家に向けての一方通行であるが、今後は、需用家による自家発電、及び国家の意思として再生可能エネルギーの大規模導入が加速している事から、電力網に双方向性を持たせ、需要と供給のバランスを取ることでエネルギーの有効利用と最適化を図ると言うものである。

このスマートグリッド構想の背景にあるのは、米国内の送電網老朽化であることは、前掲の記事で述べている通りであるがスマートグリッドは、米国だけではなく大西洋の対岸、欧州においても推進されている。ただし、欧州には欧州特有の問題が存在する。それが顕在化したのはロシアのウクライナ向けガス供給停止である。このロシア・ウクライナ紛争により、改めてEUはエネルギー安全保障の重要性を再認識した。この他、北海油田の枯渇による域内でのエネルギー自給率の低下、老朽化する石炭火力発電所と相次ぐ原子力発電所の閉鎖、そしてロシアへのエネルギー依存率が高い東欧諸国のEU加盟などにより、エネルギー安全保障上の観点から再生エネルギーの大規模導入やEU域内の全系統を連携させ、全体最適化を行なえるEU版スマートグリッド「SmartGrids」が構想されている。

このSmartGridsは、2006年「European Technology Platform SmartGrids」として発表され、2007年に「European Technology Platform SmartGrids -STRATEGIC RESEARCH AGENDA FOR EUROPE’S ELECTRICITY NETWORKS OF THE FUTURE-」によって具体的な研究開発の方向性が示された。これによれば2020年以降には、柔軟性、経済性、信頼性、アクセス性を備えた低炭素社会の基盤となる戦略的エネルギー技術として具体化され、欧州横断ネットワークやインテリジェントな配電ネットワークなど情報通信技術を活用して開発される。

EUにおけるスマートグリッドは、自由化された世界最大の統一的電力・ガス市場を形成しつつある現在のエネルギー・ネットワークに、いかに再生可能エネルギーの大規模導入を行いつつ、エネルギー効率を向上させ安定供給を図るのかが最大の課題となっている。その意味でスマートグリッドは、EUのエネルギー網の核となる「欧州横断エネルギー・ネットワーク」(TEN-E)を実現する中核技術であると言える。

このTEN-Eの開発目的は、エネルギー資源の合理的生産・輸送・配給・配電、利用と再生可能エネルギー資源の発展・接続の促進によるエネルギー・コストの削減とエネルギー源の多様化に貢献し、域内エネルギー市場の効率的運用と発展を奨励、島など発展の遅れた地域の開発と孤立解消を促進し、経済・社会的結束を強化、域外諸国との関係強化などによりエネルギー安定供給を強化、再生可能エネルギーを取込み、エネルギー輸送にともなる環境リスクを軽減するとともに持続的な成長と環境保護に貢献する、と定義されておりEUにおけるスマートグリッドのあり姿を的確に表現している。

また再生可能エネルギーについては、ヨーロッパだけではなくアフリカなどで発電したグリーン電力をEU域内に送電する「地中海プロジェクト」がドイツ企業を中心に考えられている。この地中海プロジェクトは、グリーン電力を直流超伝導送電で行う事を想定している。この直流超伝導送電については、今年3月2日、中部大学の超伝導・持続可能エネルギーセンターが世界で初めて200メートル超えの超伝導直流送電実験に成功したと報じられた。直流超伝導伝送は、電力損失がほとんどない最も効率的な送電方法であるが、技術が確立していないため「地中海プロジェクト」自体の実現性を疑う声があったが、今回の実証実験の成功で弾みがつくだろう。この技術開発が今後進展して実用化されると、将来的には、国家間・大陸間をまたぐ「スーパーグリッド」がその姿を徐々に現すのではないだろうか。

グーグルの村上憲郎名誉会長によれば、スマートグリッドの本質は、電力網とインターネットなど情報通信網が、物理的にではなく論理的に融合される点にあるとし、インターネットの自然な延長線上にスマートグリッドはあり、人とマシン、マシンとマシンが繋がる世界であると、三井業際研究所・次世代情報通信技術調査研究委員会のヒアリングの際に語った。また、現在電力網に接続しているものは、将来的にはすべてスマートグリッドに接続することになるとし、スマートグリッドの情報網はインターネットなので、それらの機器もインターネットに接続することになるとの見解を示した。村上氏のマシンとマシンが繋がる世界が到来するとの指摘は重要である。即ち社会インフラのシステムとデバイスが相互に接続する世界の登場を意味する。

2008年9月以降の世界同時不況を受け先進国及び発展途上国も含めた世界各国政府は、積極的に交通、電力、通信、上下水道など社会インフラへの莫大な投資を行っているが、これは単なる景気対策や単純な社会インフラ再構築ではないと感じている。地球環境保全も視野に入れつつ、最新の情報通信技術を全面的に取り入れたインテリジェントな社会インフラを整備することにより、持続可能な低炭素社会への転換を志向する重要な取組みが世界でなされている。その一端がスマートグリッドで、特に欧米諸国では、社会インフラの老巧・劣化が進行しており、この分野への再投資が早急に必要なこともあり、これを期に社会インフラのリニューアルとスマート化を一気呵成に成し遂げようとしている。インフラのスマート化とは、情報通信技術を使ってリアルタイムで様々なサービスの供給と需要を最適化し、かつ効率化することを指す。

この社会インフラのスマート化の本質は、インターネットや様々なコンピューティング・リソースを核とするサイバースペース(仮想空間)と、電力網などリアルスペース(実世界)のシステムへ、コンピュータネットワークからのアクセスが可能となることだ。その意味するところは、スマート化した社会インフラのシステムが相互に接続し、かつそれらシステムに接続された膨大なセンサー群が、そのデータをシームレスに交換し、高速処理・分析が可能となる、ということであり、これは、電力、水道、ガス、通信、航空、港湾、道路、トンネル、鉄道、橋梁、ダム、パイプラインなど全土を覆う社会インフラのシステム全体を統合化した「System of Systems」の到来を予見させるものだ。技術革新ならぬ、社会のあり姿や人間のライフスタイルそれ自体を変えうる、社会革新基盤システムの登場である。

一方、発展途上にある新興諸国における社会インフラへの投資は、その規模と数、及びその投資額で先進国を遥かに凌駕している。90年代からの経済グローバル化の進展により、急激な経済成長がもたらされた新興国では、深刻な電力・食料・水不足、慢性的な交通渋滞と環境汚染など、様々な社会問題が顕在化しており、その解決のために、中国、インドなど成長著しい国々で、今後も莫大な社会インフラに対する需要が見込まれている。

今後、新規に社会インフラを構築するこれらの国々では、スマートグリッド的な最先端の情報通信技術を全面的に取入れたシステムの導入を行う事ができる。アラブ首長国連邦(UAE)のオール電化都市「マスダール」などは将にこの典型である。
すなわちこれら新興国では、最先端の駆使する事により欧米先進国とは異なる社会発展の形態をとる可能性があるということだ。段階的にではなく、一挙に地球に優しく賢い社会システムへの転換が行われうる。賢い社会システムとは、多様なインフラ・システムが情報通信技術により融合・一体化し、限りある資源・エネルギーからの便益を最適化する社会を言う。我々や次の世代はそれを眼にする鳥羽口に立っているのではないだろうか。

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