阿部ブログ

日々思うこと

センサとインフラモニタリング

2017年02月04日 | 雑感
センサとは、人間の五感に相当する感覚や自然界における物理的現象、及び化学的性質などの情報をデバイスによって読み取り、機械が認識できるように電気的信号に変換する装置のことである。センサは、半導体デバイスを基盤として技術開発が進められており、IoTやビッグデータ解析の入力となるデータ取得の入り口として、その重要性は増している。特にリアル空間に実装されるセンサは、気候変動など自然災害、インフラモニタリング、健康促進など、地球的課題解決に資する重要な技術要素である。

このように重要な技術要素であるセンサを、社会全体に張り巡ら、冒頭に述べた地球的課題を解決しようとする取組みが展開されている。これは、「Trillion Sensors Universe」と呼ばれ、2012年、起業家Dr. Janusz Bryzek氏が提唱した構想で、社会に1兆個を超えるセンサのネットワークを張り巡らせ医療・ヘルスケア/流通・物流/農業/社会インフラなど広い範囲にセンシングされたビッグデータを解析して、安全・安心な社会を実現することをめざしている。

Trillion Sensors Universeのような構想が提唱される背景には、センサの低価格化と小型化、通信コストの低減などがある。従来のM2M(Machine to Machine)におけるモノのネットワーク化の対象は、センサや通信モジュールの物理的制約やコストが影響し、高価な機器や産業機械など大型機器が中心であったが、近年の技術開発の成果により、スマートフォンなど小型の機器、厳しい自然環境やノイズが激しい工場など、様々な場所に設置できるようになり、センサの適用範囲が拡大し、様々なセンサが開発され社会実装されるようになっている。

今後のセンサ開発の方向性は、高感度化、低消費電力化、防水・防塵化、小型化であり、センシングしたデータを送信する無線通信の大容量化なども重要視されている。特にセンサの小型化は所謂、微小化であり、半導体微細加工技術やマイクロマシニング技術を駆使したμレベルでのセンサ開発が欧米で精力的に進められている。2010年以降、細胞や生体高分子をセンサプラットフォームとするバイオセンサの研究が活発化しており、生体分子や細胞と電子デバイスを融合したハイブリッドセンサ(センシングは生体分子、信号処理は電子デバイス)なども研究も盛んである。これらバイオ系センサは、マーケットが不明確であるため基礎研究の域を超えることが出来ずにいるのが現状である。

急速に劣化するインフラの維持管理においてアセットマネジメントを適切に運用する必要性から、劣化予測技術の向上のためにセンサを用いたモニタリングシステムやロボットなどの技術開発が進められ、インフラ長寿命化とライフサイクルコスト低減を目指した取組が進められている。中でもセンサの設置による遠隔監視などの研究開発が進展しており、加速度センサ、圧力センサ、超音波センサ、赤外線センサなどが利用されている。

我が国におけるインフラモニタリングの事例としては、劣化した橋梁の損傷進展の検知を目的としたモニタリングや、鉄道橋については、電車の運行の安全性を判断するために加速度センサやひずみセンサなどによるモニタリングが実施されている。トンネルについては、地すべりや膨張性地山など変状の懸念がある場合や、塩害等で鉄筋腐食の懸念がある場合において、化学系センサによるモニタリングが行われている例がある。また、走行しながらトンネル覆工の表面を連続的に撮影するトンネル覆工検査車等を用い、画像で覆工の状態の検査、診断を行っている事例がある。法面については、地すべり危険箇所にセンサと無線通信機器、GPS受信機を設置しており、崩落防止用アンカーやネット等にセンサーを併設したモニタリング事例がある。

米国においては、シルバー橋崩落死傷事故(1967年)や、マイアナス橋崩落事故(1983年)など、「荒廃するアメリカ(1981年)」に著されたように、第二次世界大戦前のニューディール政策により大量に建設された社会インフラで数多くの事故が発生して社会問題化した。これらの事故を受け、米連邦政府は、社会インフラへの維持管理を推進するために、NBIP(National Bridge Inspection Program)を1971年に導入し、橋梁の点検検査規準、台帳を整備した。またPONTIS(橋梁の点検検査結果のデータベース化と、健全度評価・劣化予測を行う橋梁マネジメントソフトウェア)によるアセットマネジメントへの取り組みが、1990年以降行われている。このような取り組みおよびモニタリングの試行にも関わらずミネアポリス橋梁(I-35W)の崩落で9人が死亡し、104名が負傷・行方不明となる重大事故が発生した。

橋梁崩落は、目視検査によるPONTISの劣化予測精度の課題が顕在化したとの反省を踏まえ、米国連邦運輸省(USDOT)の機関の一つである連邦道路管理局(FHWA)のR&D部門で2006年から20年間を目途としてLTBPP(Long Term Bridge Performance Program)を立ち上げ、橋梁に関する科学的に質の高いデータを、高度なセンサ技術を駆使して収集している。また、2008年からNIST(National Institute of Standards and Technology)によるモニタリングシステムの研究開発が進められている。
英国では、建設後100年近く経過した、「世界で最も老朽化した地下鉄」であるロンドン地下鉄において、トンネル内の覆工の劣化や地下水圧による経年変化を監視するためにセンサや無線通信を用いたモニタリングが2006年から行われている。その他にも、欧州では、複数の社会インフラにおいてセンサーを用いたモニタリングが行われており、その多くが予防保全の導入によって維持管理コストを低減することを目指している。下記に、海外のインフラモニタリングの事例を掲載する。

近年、インフラメンテナンスの実証実験などでは、光ファイバーやMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)、ICタグ、データ転送技術等のモニタリング技術が用いられるようになっている。最近特に注目されているセンサがAE(Acoustic Emissio)センサである。このセンサは、材料が変形または亀裂が発生する際に、材料から発生された弾性波(超音波領域:数10kHz~数MHz)を捉えて、亀裂・欠陥等の動的進展を感知するセンサであり、インフラモニタリングの精度を高めると期待されている。
また、今後の展開が期待されるセンサとして、科学技術振興機構(JST)が進める 「戦略的創造研究推進事業(Exploratory Research for Advanced Technology; ERATO)の染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクトで開発された有機エレクトロニクスデバイスを、インフラ分野にも応用しようとする動きがある。

このデバイスは、世界最軽量 (3g/m2) かつ最薄 (2µm) の高性能有機トランジスタ集積回路を、1.2µm厚のポリエチレンテレフタレート基板上に作製したもので、超フレキシブルで高耐久な回路の実装に成功している。このデバイスの厚さは、一般家庭にあるプラスチック・ラップの5分の1の薄さで、標準的なオフィス用紙の5分の1の軽さ。デバイス上には有機トランジスタの集積回路によるタッチセンサが構成され、非常に柔軟なセンサとなっている。このデバイスを引き伸ばしても、電気的・機械的特性の劣化がなく、233%まで伸長させることが可能。人間の皮膚の伸長は75%と言われているので、非常に柔軟なデバイスであることがわかる。この有機エレクトロデバイスをインフラ分野に適用しようする取組が検討されている。使い方としては、コンクリートなどインフラ構成物に貼り付けて直接センシングする考えで、電気の使用も最小化できるために、長寿命なセンサとして利活用可能だと考えられている。

最近、米国メリーランド大学の研究者が最低でも20年、平均30年の寿命を持つモニタリング用センサを開発し、スピンアウト企業からインフラモニタリング用センサとして提供が開始されている。我が国においてもセンサの耐久性向上のための研究開発を推進する必要があるが、MEMSセンサであれば、周辺回路を構成する電子部品を含めた集積化を行い、劣化要因の一つである湿気から回路を隔離したパッケージ化によって耐環境性能を向上させる可能性がある。国内のセンサメーカーでは、バリア付き高機能フィルム材料を利用したフィルム埋込み型センサーの開発などを精力的に進めている。今後、厳しい自然環境下での運用が可能な様々なセンサーシステムを早期に開発・製品化する必要がある。

しかし、センサ自体が大量生産により低コストになっても、システム運用に必要な制御系設備や設置費用、保守管理費用等も低コスト化しなければ、システム全体としてのコストは下がらない。低コスト化の技術として、センサ機器システムの集積化技術等、製造技術の革新が必要である。特に定置型のモニタリング技術のうち振動を測定する加速度センサは、測定周波数範囲の拡張、高分解能化、低消費電力化、MEMS技術等による小型軽量化が重要である。多数個で長期間監視モニタリングを実現させるには、広域設置を容易とするマルチホップネットワーク技術、エネルギーハーベスティング技術、蓄電技術、センサ内での一次信号処理によるデータ量圧縮、消費電力の低減、通信タイミングの最適化などの研究開発も必要である。
広範囲の常時モニタリング技術に有利な光ファイバセンサは、高精度でひずみを連続的にモニタリングするセンサと地震・災害時に安全性を評価するセンサでは基本的に光ファイバーの仕様が異なる。このため、各々のニーズにマッチングしたセンシング技術の高度化が必要で、併せて画像処理・解析技術、高精度にひずみを計測するレーザーセンサ、設置環境から腐食を予測する技術等の新しい技術の開発も重要である。

インフラに設置した様々なセンサや点検等から得られる大量のセンシングデータからインフラの状態を総合的な診断を行うには、急速に発展するICTの活用が必須である。2010年以降、大量のデータを用いて解析を行うビッグデータが注目されているが、インフラ分野への適用も期待される技術である。インフラに設置されたセンサからのデータや目視等の点検などから得られる複数種類のデータからインフラの状態情報を抽出するためは、蓄積されたデータの統計処理、構造シミュレーション、データマイニングといった解析技術の活用が重要である。下記に、分析レベルと主要な分析手法等を掲載する。

ビッグデータ解析によって得られたインフラの状態情報は、インフラの総合診断に活用され、「診断情報」としてインフラの寿命・余寿命予測、健全性指標、ライフサイクルコスト低減指針などの重要な情報を出力する。診断情報」は、インフラ管理者が運用するアセットマネジメントシステムで利用され、インフラ維持管理に活用されることになる。また、地震や台風といった災害時においても「インフラ健全性」といった情報を活用でき、自治体などの防災管理者を通して地域住民や利用者に対しての「安全・安心」情報の発信といった社会への貢献も期待できると考えられる。

インフラ分野におけるロボット開発は、1980年代の遠隔操作式水中調査ロボットや建築物の外壁タイル剥離検知システムなどが開発され、約30年の歴史を有している。しかし、DARPAのロボットチャレンジや、自動運転、ドローン、福島原発事故向けロボットなどが注目されるようになり、改めてインフラ分野におけるロボットが精力的に行われるようになっている。インフラ分野におけるロボットには、高所・狭所・有害環境下などの人が容易に行けないところでの複数のセンサによるセンシングと点検などの手段として期待されるが、インフラ健全性を把握するセンサ技術の開発と、目的とする測定箇所にロボットを誘導する操作性が要求され、産業用ロボットとは異なり高い技術レベルが要求されるため、普及は進んでいない。

普及を阻むもう一つの原因として、インフラには同じ構造のものがきわめて少ない点にある。投入されるロボットもそれぞれの構造・形状に向けたカスタマイズが必要になるパターンが多く、投入箇所の状況が把握できていないなど、インフラ維持管理のニーズとロボット技術のシーズのマッチングが困難である。しかし、インフラ分野におけるニーズとしてロボットに期待される技術分野だけでも、移動パターン(空中、水中、悪路、壁面、管内など)、作業条件(限界作業時間、遠隔操作性能、耐候性、防爆性など)、センシング(位置・方向検知、対象部分との離隔自動計測機能、微調整機能など)の他多岐にわたる。今後、深刻となるインフラ点検の高齢化と人材不足要員を補う一つの対策としてロボット技術導入の位置づけは極めて大きいものがある。

センサの課題として一番に挙げられるのが、電源の問題である。電源が電力網から安定的に供給される場合には問題無いが、電力インフラから離れて自律的にセンサが長期間駆動する環境にある場合には、蓄電池の長寿命化や、エネルギーハーベスト技術と組み合わせるなどの工夫が必要である。これを改善するために、センサを微小化し極微小の電力で駆動するセンサの開発が進められている。また、センサは設置した後、何もしなく良いわけではない。特に精密なセンシングデータを取得するセンサについては、定期的に校正作業を行う必要がある。その為、校正を担当する要員がセンサ設置場所に容易にアクセスできる必要がある。特に重要で見過ごされがちなのが時刻同期である。

センサのデータは、設置されている位置情報と精確な時刻が合わさって、初めて意味のあるデータとなる。位置情報に関しては地図情報や屋外であれば、GPS(Global Positioning System;全地球測位システム)から取得可能である。精確な時刻を得るにもGPSが活用できる。GPS衛星には、3000万年に1秒の誤差と言うセシウム原子時計が搭載されており、GPS波から取得が可能である。しかし、屋内や地下、GPS信号の受信が難しい環境下にあるセンサの時刻同期が課題となっている。センサの時刻同期を解決する為に、チップスケール原子時計(Chip-Scale Atomic Clock;CSAC)が開発されている。この小型原子時計は、DARPAによって当初軍事用として開発され、2011 年に米国企業より民生品の販売が開始されている。チップスケール原子時計は組込み基板にも搭載可能な数センチ角サイズで、従来の水晶発振器(クオーツ)より時刻精度を格段に向上させることが可能で、ネットワークが途絶された環境下でも時刻精度の維持が可能である。

センシングデータに、高精度な時空間インデックス(時間情報および空間情報)を付与することで、実空間情報のデータ取得が可能となり、ファクトリーオートメーションやインフラモニタリング、分散するクラウド間の同期処理などの分野で必要とされる技術である。また、リアル空間とサイバー空間が融合するIoT/CSPを実現する上でも、マシンタイムレベルでの超高精度時刻同期は必要不可欠な技術である。