礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

緑十字機不時着、上原文雄憲兵大尉の証言

2016-12-18 06:29:15 | コラムと名言

◎緑十字機不時着、上原文雄憲兵大尉の証言

 本年の八月二〇日、「緑十字機、鮫島海岸に不時着(1945・8・20)」というコラムを書き、それ以降しばらく、「緑十字機」事件について、あるいは、岡部英一さんの『緑十字機の記録』(岡部英一、二〇一五)について、紹介をおこなった。
 岡部英一さんは、同書巻末の「参照・引用文献一覧」の中に、上原文雄『ある憲兵の一生――「秘録浜松憲兵隊長の手記」』(三崎書房、一九七二)という本を挙げていた。
 何となく、この本のことが気になっていたが、先日、某書店の古書目録でこの本を見つけ、早速、注文した。
 読んでみると、非常に興味深く、史料としての価値も高いように思った。紹介したい箇所は、いろいろあるが、本日は、とりあえず、「悲愁敗戦」の章の「日本降伏特使機の不時着」の節(全文)を紹介してみたい。

 日本降伏特使機の不時着
 八月十八日の夕刻であったと記憶する。飛行場司令部から電話があって
「川辺虎四郎中将以下の降伏特使の飛行機か浜松海岸に不時着し、只今から救援に赴くから憲兵も同乗して行ってほしい」ということであった。
 飛行隊から差廻しの大型自動車で不時着地点に急行すると、操縦者の須藤海軍大尉が駈けよって来て、フィリッピンから台北に来て、
「台北飛行場で給油し木更津に向う途中、どうしたわけか、燃料が切れたので、浜松飛行場に着陸しようと方向を変えたが、海岸線に着いたところで燃料が尽きたので、安全の場所と思って沼地を探して着陸したが、藺草【いぐさ】田の上で幸い飛行機の損傷も軽く、全員生命に異状なく、あそこに集まっている」
 という。機体のそばに行くと、川辺中将のほか陸海軍将校数名と、背広姿の通訳が一名居り、通訳官は着陸の振動で額に軽い裂傷を負って仮包帯の白い鉢巻きをしていた。
 そこで一行を飛行隊のバスに収容して、浜松飛行学校跡の将校宿舎に輸送して休息してもらい、負傷の手当や食事をとってもらったが、何よりも早くこの事を中央に知らせなければならない。
 須藤大尉と私は、直ちに浜松中央電話局に自動車で飛び、宿直員を起して東京へ電話を継ぐことを依頼した。
 ところが逓信線の東海道線は故障中、富山か長野経由なら通じるという。
「とにかく 一刻も早く通じる方を」
 というわけで、やっと通じたので、須藤大尉は海軍省にこの事故の状況を報告し、明朝浜松飛行場まで出迎えの飛行機を要求した。特使から陛下のお耳にも達するよう、侍従武官室にも知らせてほしいとのことで、宮内省を呼んでもらった。宮内省に侍従武官室を呼んでほしいと言うと、何かごたごたしていてしばらく時間がかかった。最初に軍人らしい声で、
「侍従武官に何の用事ですか?」
 と問うので、これは宮内省内もまだ混乱しているなと直感し、
「私は浜松の憲兵分隊長上原大尉であるが、川辺中将から侍従武官長を経て上聞に達しなければならない用件があるので、侍従武官室に取次いでほしい」
 と言うと又暫らくごたごたしていたが、
「侍従武官室のものですが」
 と重味のある声がしたので
「本夕、川辺中将の一行が、フィリッピンからの帰途、浜松海岸に不時着したが、一行は全員無事であることを陛下に言上してほしいと、川辺特使の伝言であります」
 と告げた。更に陸軍省にもと、何回も呼んでもらったが陸軍省が出ないというので、憲兵司令部を呼んで貰って、当直将校にこの趣きを告げ、陸軍省にも報告してほしいと依頼し、再び飛行隊に戻って電話の旨を復命した。
 特使一行は寝ることなく、降伏文書の翻訳中であった。憲兵も徹夜警護にあたることにした。
 小用の為に出て来た随行の中佐に、お茶を出して降伏条件を聞いてみた。
「想像以上に厳しいものであるぞ、月末には占領軍が三浦半島に上陸する」
 と話してくれた。
 翌朝になっても東京から何の返信もない。飛行隊幹部と一行と打合せの結果、三国から戻って来ていた輪送機が一機あり、それが整備も完全であるというので、立川まで空輸することに決まった。操縦者は宇野少佐である。宇野少佐は緊張した顔で機上の人となって、飛行場司令と私に
「それでは行って参ります」
 とあいさつして飛び立った。飛び立つと間もなく東京方面から輸送機一機が飛来したが、宇野機の発航を見て、宇野機を護るように二機並んで東の空へ去った。

 この箇所は、岡部英一さんの『緑十字機の記録』に、その全文が引用されているが、「川辺虎四郎中将」という誤記が「河辺虎四郎中将」と修正されているなど、原文そのままではない。しかし、上に挙げたのは、誤記、事実誤認も含めて、原文通りである。【この話、続く】

*このブログの人気記事 2016・12・18(4・5・10位にかなり珍しいものが)

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