◎山口名刺を刷ったのは銀座八丁目の露店の印刷屋
雑誌『座談』第二巻第三号(一九四八年三月発行)から、「帝銀毒殺事件楽屋話」と題する新聞記者七名による座談会の記録を紹介している。本日は、その四回目。
座談会に出席した記者七名の名前は、冒頭で明記されているが、個々の発言については、名前ではなくA~Gのアルファベットが用いられている。このうち、発言者名が推定できるものについては、アルファベットの下に、〔 〕で、社名と氏名を入れておいた。
問 題 の 名 刺
記者 仙台へは皆さんおいでになつたんですか。
F〔朝日新聞・堀長隆〕 いや、いつた者はまだ帰つて来ないでせう。
記者 仙台方面のことはどうですか。
D 昨日あたり偉ら方の話を聴きますと、当局としてはあれ〔名刺の線〕が本筋ぢやないか、といふ話をしてましたがね?
F 僕の所は返さうかなんて言つてるよ。
E〔読売新聞・井形忠夫〕 うちなんかも写真が返つて来た。
D うちは仙台が早くてね、各社より六、七時間早かつた。
E 松井の名刺の線でね。
A だから、松井蔚〈シゲル〉が記憶を喚び返して判つた人間と、「山口二郎」の名刺を刷りにいつた人間の人相が一致してたら、きつと指名手配になつてたらうと思ふんです。
D 刷ったといふのは銀座八丁目の露店の印刷屋でしたけれども、これも各社が殺到したんです。その自宅へね。ところが、ちやうど細君がお産の最中で、午前二時ごろ訪ねていつたら、主人が憤慨しちやつて、私は刷つたおぼえはない。「山口浅次」だか「友次」だかの二つは刷つたけれども「山口二郎」なんていふのは刷らない。当局の言つてるのは出鱈目だ から、かへつてくれと追返された記者もゐたさうですよ。
F 僕がいつたのは十時半頃だつたけど、奥さんが産気づいてね、買物袋をさげて買ひにいかうとしてたところだつた。愚痴を言つてたよ。あれが新聞に出てから全然お客さんが寄りつかん、といつてね。(笑声)
F 山口二郎の名刺は二枚しか出てないんだ。その一枚は僕の所〔朝日新聞〕へ握つちやつたし、あとの一枚は富塚が仙台へ持つていつたから、どうしても譲つてくれと言はれたよ。
G 新聞社に一足先きに証拠物件を握られちやつて、あとで貸してくれと言つたやうなことが相当あつたらしいな。
F 本部の口が固いといふのは、そのためもあるでせう。
B〔毎日新聞・三谷博〕 情報網、通信網は新聞に敵はん〈カナワン〉と言つてるもの。
G 新聞のはうが先きにやつちやふからな。【以下、次回】
帝銀事件の前に、同様の手口の事件(未遂)が二件、起きている。そこで使われたのが、それぞれ、「松井蔚」名刺、「山口二郎」名刺であった。このうち、松井蔚の名刺はホンモノで、本人は、仙台市に在住していた。
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