◎条件を変へれば、これはあなたのことです
きだ みのるの『気違ひ部落周游紀行』(吾妻書房、一九四八年四月)を紹介している。本日は、その十三回目で、「67 むすび」の最後の部分を紹介する。
条件を変へれば、これはあなたのことです。
げにや我々の親愛なるシン、ギダ、ピカ、サダ、ヨシ、三平、コイチ等、諸々の英雄豪傑の面々は異つた服装と体の中で日常に銀座を歩き、タクシーを飛ばし、官庁で捺印し、事務所【オフイス】で執務してゐるばかりでなく、なほ我々の心の中に巣を喰つてゐないとは云へないであらう。
この言葉に対してなほ懐疑的な微笑を送る向〈ムキ〉には、フランク=ハリスがそのmy life and loveの中で述べてゐる次の一節を私と共に読むようお奨めしたい。
この著名なイギリスの新聞人が南アフリカ黒人地帯に獅子猟に行つたときのことである。彼は一群の土人をその酋長と共に撮影し、現像し、印画して、それらの土人たちに見せたことがある。土人たちは酋長や仲間の姿は容易に識別することが出来た。しかるに夫子〈フウシ〉自身の姿を指してこれは誰れかと本人に訊ねると、
――はてこれは誰れだんべえ、一向に見ねえ顔だ、と誰れも答へるのであつた。
――おまへの姿だよ、と指摘しても、
――馬鹿べえこいてらあ、と断固否定ずるのだ。
フランク=ハリスは驚きをもつて、この心態を実証するとともに大要次のやうに附言してゐる。
「自分を自分と認識するためには、ある程度の知的発達を必要とするもののやうに思はれる」と。