◎火じろは保温にも調理にも使える便利なもの
きだ みのるの『気違ひ部落周游紀行』(吾妻書房、一九四八年四月)を紹介している。本日は、その九回目で、「45 部落にも他と変りなく虚栄の市のあるといふこと」の一部を引いてみることにする。文中、傍点が施されている箇所は、下線で代用した。
あなたは、火じろとこの辺で呼ばれてゐるゐろりで火を燃やしたことがありますか。これは便利なものだ。何でも、枯木でも枯葉でも、煙さへ我慢したら生木でも生葉でも何でも燃して、保温用なり調理用に使へる。それに自在釣〈ジザイカギ〉といふ便利至極なものがあつて、調理の温度を高くも低くも加減出来る。
しかしこれには一つの不便がある。ギリシャの女嫌ひの詩人は天下に軽きものは灰よりなく、灰以上に軽いのは女だけであると云つてゐる。いや実際のところ、火じろで一度火を焚いてごらんなさい。女のことはいざ知らず、灰の軽さは身に泌みて体験出来る。そこいら中灰だらけになつて、一日のうち何度掃き出したり雑巾がけをしなくてはならないか解らない。これは私のやうに独居してゐる者にとつて厄介でなくはない。
私は里に降りて、何とか灰の立たない方策を訊ねるつもりで、火じろをいつもきれいにしてゐるヒロインおさと姐のところに行つた。彼女は私にかう云ふのである。
――さうだんべえな。灰が立つのは仕方はねえや。杉つ葉〈スギッパ〉や枯つこ(枝のこと)を燃したんぢやな。
それから彼女は眼をつぶつて如何にも会心的に語をつづける。そのとき彼女のポーズは斜〈シャ〉に構え、ひんとひぞつたると元禄の時代の作者が表現したものに類する。
――さう云つちや何だがよ。おらがぢやよ、口幅【はば】つてえが、杉の葉や枯つこなんざや燃したこたあねえのよ。年中日蔭に積んだまきやもやを燃してら。だもんで灰も立ちはしねえわな。
哀れなおさと姐! 彼女は何にも誇るものはないのだ。亭主のクロニイ勇士の芸術的資性は彼女の理解の外にあるし、家は部落で一番小さいものの一つだし、誇示の本能を満すものは灰の立たない薪ともやしかないのだ。
「もや」は、薪にする小枝や葉のこと。「ひんとひぞつたる」は不詳だが、「ひんと」は「ピンと」、「ひぞつたる」は「乾反ったる」か。