礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

映画『キングコング』のテーマは「美女と野獣」

2015-05-24 05:05:22 | コラムと名言

◎映画『キングコング』のテーマは「美女と野獣」

 本年三月三〇日のコラム「キングコングは、なかなか登場しない」で、私は、次のように書いた。
 
 港を出港した船は、目的地のスカル島を目指す。この島は、スマトラ島の西南に位置しているが、海図には載っていないという設定である。この間、数週間の航海。この数週間の長さと退屈さとを、映画は、色々な場面をつなぐことで、観客に示す。「女優」アン・ダーロウ(フェイ・レイ)と、船員ジョン・ドリスコル(ブルース・キャボット)とが、徐々に惹かれあってゆく様子を見せたり、甲板でジャガイモの皮をむく中国人コックと、「女優」とが会話(雑談)する場面を入れたり。
 いよいよ、目的地に近づいてくると、カメラ・テストがおこなわれる。そう、この航海は、スカル島において、ある「記録映画」を撮影するためのものだったのである。しかし、「女優」アン・ダーロウは、その「記録映画」の内容を知らされていない。もちろん、「キングコング」の存在も。
 薄手のコスチュームを身にまとって、船べりに立った「女優」は、いろいろな演技を要求される。これを撮影するカメラは、何と「手回し」である。「女優」が、何か得体の知れないものを目にし、恐怖にかられて絶叫するシーン。もちろん「カメラ・テスト」という設定だが、すでにアン・ダーロウも、これから起こるであろう「何か」を予感している。その「予感」は、当然、映画の観客にも伝わる。心憎い演出である。

 この文章を私は、あてにならない記憶と、インターネット情報とを組み合わせて書いた。しかし、何となく気になったので、これを書いた数日後、DVDで『キングコング』(一九三三)の最初のほうを見てみた。
 実際の映画では、「数週間の航海」が、上の要約とは、まったく違った形で描かれていた。このほかにも、短い文章の中で、いくつか重要な思いちがいを犯していた。これには驚いた。記憶というものが、いかにいい加減なものであるかを実感した。
 すぐに記事を訂正すべきであったが、ついつい遅くなって、本日に到ってしまったことをお詫びしたい。
 では、実際の映画ではどうなっているか。
 早朝のニューヨーク港。いよいよ出航である。一瞬、エンパイア・ステート・ビルの遠景が挿入される。もちろん、これは伏線である。
 前夜、興行師カール・デナムに見出された「女優」アン・ダーロウ(フェイ・レイ)は、興奮を抑えきれず、甲板に姿をあらわす。ここで、航海士ジョン・ドリスコル(ブルース・キャボット)から、作業のジャマになると怒鳴りつけられるが、めげる様子はない。やがて、タグボートが離れてゆく。
 このあと、出航からすでに数週間が経過して、すでに、目的地に近づいているという場面に飛ぶ。大胆な展開だが、意外と不自然さが感じられない。なお、この時点で、デナム以外に、目的地を知る者はいない。
 甲板で、中国人コックがジャガイモの皮をむいている。コックは、小さいサルを飼っている。これは、あとで巨大なサルが登場する伏線なのであろう。そのコックと、とりとめもない雑談を続ける女優。
 そこに、航海士ジョンがやってきて、女優に今日の予定などを聞く。女優は、午後、カメラテストがあると返す。中国人コックは、そのままジャガイモの皮をむき続けているが、画面からは消える。航海士は、女優に向かって、「航海に女はいらない」などとイジワルを言うが、実は好意を寄せているようでもある(「反動形成」というヤツである)。
 話の流れで、女優は、コックの飼っているサルに向かって話しかける。ちょうどそこに、デナムがやってくる。デナムは、「まるで美女と野獣だ」と言うが、これは、女優とサルの組み合わせを見て、そのように評したのである。ところが、航海士は、女優と自分のことを言われたのかと思って、「野獣とはひどいじゃないか」と、デナムに抗議する。
 女優が甲板を去ったあと、航海士は、デナムに対し、いまだに目的地を知らされていないのはどういうわけだと問いただす。女優アンのことが心配だともいう。デナムは、野獣が美女にメロメロになったのかとからかう。ここで観客は、この映画のテーマが、「美女と野獣」であることに気づくわけである。それにしても、このあたりの場面設定とセリフは絶妙である。
 水夫がやってきて、船長がデナムを呼んでいると伝える。
 続いて船長室の場面へ。船長はデナムに、南緯二度、東経九〇度の地点に到ったことを告げる。この時点まで着たら、目的地を教えるという約束になっていたようだ。デナムは、一枚の地図を取り出し、船長や航海士に、海図には載っていない「ある島」の位置を伝え、さらに、その島には、「コング」と呼ばれるものが生息しているらしいことを伝える。
 さらに場面が変わって、カメラテストのシーン。薄手のコスチュームを身にまとって、甲板に登場した女優は、デナムから、いろいろな演技を要求される。これを撮影するのもデナム。カメラは、何と「手回し」である。それを航海士とコックが見学する。
 女優が、何か得体の知れないものを目にし、恐怖にかられて絶叫するシーン。女優も、これから起こるであろう「何か」を予感しているかのようである。観客のほうは、すでに、この得体の知れないものは、「コング」と呼ばれる野獣であろうと推測できるわけである。
 ――すなわち、中国人コックがジャガイモの皮をむいている場面から、カメラテストの場面までのすべてが、一日のこととして描かれている。そして、数週間に及ぶ航海の描写を、この一日によって済ませているわけでもある。しかも、ここで、次々と伏線があらわれる。「すごい脚本だ」と感心せずにはいられなかった。

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