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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

出場に遅れるのが「トチル」、早すぎるのが「早トチル」

2013-12-08 06:12:36 | 日記

◎出場に遅れるのが「トチル」、早すぎるのが「早トチル」

 昨日、神保町の古書展で、南霞濃著『チヨーフグレ』(文献研究会、一九三〇)という本を入手した。タイトルだけ見ても何の本だか検討がつかないが、「チョーフ」(符牒の隠語)を集めた本である。「はしがき」によれば、「チヨーフグレ」とは、「隠語の解釈」を意味するとあるが、「グレ」に解釈という意味があるのか否かについては不詳。楳垣実〈ウメガキ・ミノル〉の『隠語辞典』によると、「ぐれる」に「精通している」という意味があるようなので、このタイトルの意味は、本当は、「隠語通」といったあたりではないのか。
 著者の南霞濃〈ミナミ・カノウ〉は、風俗研究家の中野栄三のペンネーム、「南霞濃」は、ナカノに由来すると聞いた。かなりの珍本だが、今日では、復刻版も出ている。
 同書の「附録の二」に、「演劇・映画・興行物」関係の「特種的名称」(隠語)が紹介されていた。本日はこれを紹介してみよう。

〔演劇、映画、興行物〕
 之も花柳社会に於けるものと同じく多くは単なる用語に過ぎないのであるが、大体に於て特種的名称と思はるゝものゝみを挙げて置くことゝする。
座長 一座の統治者「座頭」〈ザガシラ〉とも云ふ。
名代〈ナダイ〉 一座の幹部のこと。
合部屋 中幹部のこと。
大部屋 青年部のこと。
師匠附き 弟子のこと。
奥役 座長の補佐役にして、一座の会計部外交部を担任するもののこと。
頭取 専ら楽屋裏にあつて俳優の出入其他の世話役を勤むるもののこと。
狂言方 専ら柏子木を担任する者のことで、芝居には非常に重要な役割の一種で、之に「留木」と「木頭」の二種がある。
たち屋 大道具、小道具を専門に取扱つてゐる者のこと。
つけ屋 衣裳方のこと、着附け専門のもの者〔ママ〕こと。
床山 「かつら」「づら」又は「頭」「山」などとも云つて、かつら着け専門者のこと。
おはやし 鳴物を取扱ふもの「はやし方」とも云ふ。
常番〈ジョウバン〉 楽屋番のこと。男衆、若衆、館内の小使等を云ふ。
世話場 貧しい家の舞台面のこと。
濡れ場 情事の場面「ラブシーン」のこと。
奈落 舞台下、又は花道の下の通路のこと。
とちる 持役〈モチヤク〉の出場〈デバ〉に遅れることを云ふ。早く出過ぎることを「早とちる」といふ。
板つき 開幕と同時に既に舞台に現れてゐる者、又は台詞〈セリフ〉を直ぐ始める者のこと。「かまぼこ」ともいふ。
走り 「先乗り」とも云つて興行地へ一座より先に乗り込んで、興行契約や其他の準備をなす者のこと。
たかもの 之は見世物のことであるが、一般興行物のことにも云ふ。
打込み 開館のこと。閉館又は終演を「打出」「カブル」などともいふ。
がた 活動写真などの独白係りで女形専門の者のこと。
かげ 画映〔ママ〕の蔭科白〈カゲゼリフ〉係のこと。
てけつ 英語のチケツトから来た語で、切符又は切符売場のこと、或は其の売場の女給をも云ふ。
もぎり 館の入口で切符の半分をモギリ取る女給のこと。
高座 寄席の舞台のこと。
前座 「真打」の前に出場する講談師、落語家を云ふ。
真打 演出者中の本格者、主演者のこと。

〔演劇、映画、興行物〕のところにある隠語は、これで全部である。
 今日では、すでに「特種的名称」ではなく、日常語と化している言葉もあれば、すでに死語になってしまっている言葉もある。「とちる」の説明が、広辞苑における説明とは異なっているのも興味深い。なお、この本の刊行時の映画は、まだ、無声映画が主流であった。

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