private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over11.21

2019-05-19 07:12:09 | 連続小説

  おれが葬式の話しなんかを持ち出したもんだから、こんなことが現実となってしまうんだなんて贖罪のしかたをすれば、まるで自分の一挙手、一踏足で、世界が変化していくだなんて大きな勘違いだと、笑われそうなものだけど、弱い人間ほど往々にしてそういうところに陥りやすい。
 つまりそいつは、そう考えた方が楽だって、おれが逃げているだけで、そんな実のない後悔など誰も望んでいないし、単なる独り善がりでしかない、、、 だって、おれが本当に詫びなきゃいけないことは、別にあるんだから。
 時折、目をハンカチで抑えるしぐさをしていても、本当の涙は出ていない。あくまで周囲を納得させるためのしぐさで、それがいま、キョーコさんがしなければならない役割だってだけだ。線香の煙が目に染みたって、いまはありがたいぐらいなんじゃないだろうか。
 いくらキョーコさんが永島さんと長く付き合っていたからって、しょせんは恋人とか、彼氏、彼女といった、本人同士だけで通じ合う呼称であり、公にはなんの拘束力ももたず、二人の関係が、両親にどこまで知らされていたのかわからないけど、永島さんの両親から見れば、せいぜい友人の中のごく親しいひとりぐらいの認識か、もしくはそこまでも到達していなかったのかもしれない。
 それが、キョーコさんがこうして、おれたちと同じ場所で、いち友人関係のグループの中で、立ったまま葬儀を向かえている理由のひとつで、とはいえ親族席に呼ばれたら、それはこの先も、永島さんとの関わり合いを拘束させられるってことになり、おたがい誰もそんな痕跡を望んじゃいない。
 そんな多くの思惑が絡まるこの場の重たさに、おれは息苦しさもあって抜け出すことにした。理由はなんでもよかった。気分が悪い、頭が痛い、腰が痛い、、、 これはいつもか、、、 あたりさわりのないところで、トイレに行きたいってことに決めたけど、別に誰にも気づかれることなく抜け出せた、、、 おれのこの場での存在感なんて、こんなもんだ、、、
 永島さんとの最後のお別れなる行事に、なんの意味も見出せず、いつまでも参加している気分にはなれなかった。どうせおれには送る言葉なんか何もなく、ただ、その場にいるだけの人間で、同じ職場で働いていた、それだけの理由で、ひとりでも多くの人に見送ってもらいたいという、本人の意向かどうかもわからない、建前重視の行為の一翼を担っているだけなんだから、、、 いまさら永島さんが、おれからのお別れの言葉を待っているとも思えない、、、
 そもそも、おれは葬儀に出るつもりもなかったのに、ごていねいにマサトが夏休みだってのに学生服着て朝から迎えに来るもんだから、母親に問い詰められて、そこでマサトもようやく自分の失態にきづいたらしく、しどろもどろで受けこたえた挙句にそうそうにゲロしてしまい、バイトのこともばれてしまった、、、 このタイミングで、、、 絶句。
 父親は、苦虫を噛み潰したような顔をして、、、 虫、噛んだ人、見たことないけど、ニガいんだろうな、、、 『おまえってヤツは、本当に… 』と言葉を失っていた。その続きは聞きたくなかったから、失ってていいけど。
 母親は、それなのにかわらず平常運転だった。なんだか前からうすうす気づいているような感じもあったし、『お給料出たら、なに買ってくれるのかしら』と、とぼけた顔して、しゃあしゃあと言ってのけた。ある意味、母親のほうが怖い、、、 給料って、いつもらえるんだっけ。
 さて、このまま帰っても誰もなんとも思わないだろうし、一応の義理は果たしたつもりはあった。明日、誰かに途中で帰ったことを問われても、まあ、それらしき理由を言っておけば、本当かどうかって判断ではなく、しかたなく帰ったおれを、良識ある社会人として受け入れてはもらえるはずだ。誰も気付いていなけりゃ、それはそれで自分の関心度の低さに気が楽ではある、、、 今だって、抜け出しても気にとめれらてないんだから、そんな心配は無用のはずだ。
 トイレで小用をすませ、ハンカチを手に出てくると、「ホシノくん」と呼び止められた。バイト先関係でおれをホシノくんと呼ぶ人はキョーコさんしかいない。トイレの前で顔を合わすのも変な感じだけど、この前は洗濯機の前だったから、なにかと生活感が濃い。
 彼女は何かを話したがっていた。それはやはり、同じ感情下にある者でなければ成り立たないからだと、、、 自分では、そう思っていよう、、、
 ついさっきまで、キョーコさんは大切な彼氏を失い、悲しみの渦中にあり、それであって気丈に立ち振る舞い、周りの人を感心させる役回りを演じていたんだけど。
「ちょっと、気分が悪いから、休んでくるって言って、抜けてきちゃった。もう、あれ以上はもう無理だったから。先に抜け出してたホシノくんならわかるでしょ」
 そう言われて、すぐに「はい」と答えるのはヤボというか、自信過剰というか、だからおれは、あいまいにうなずくにとどめた。それより、よくひとりで抜け出せたもんだ。普通なら、誰かが一緒に気遣っても良さそうだが、女子大生のおねえさんは来ていないし、スタンドのオトコ連中に、それほど気が利くヤツラはいない、、、 どちらにしろ女性トイレまでは付き合えない。
 おれたちは葬儀の隅に設置されていたベンチに腰掛けた。鉄のパイプとプラスチックの板で作られた、ありがちなベンチは、なんの優しさもなくおれ達を迎え入れる。
 キョーコさんは自販機でコーヒーを買ってくれた。何が良いかって聞かれて、夏だし、暑いから、本当はコーラが飲みたかったけど、なんだか、この場の雰囲気に似つかわしくないような気がして、コーヒーが無難に思えたから、、、 これが大人の男性の対応だ、、、 キョーコさんも同じコーヒーを買っていた、、、 さすが大人の女性、、、 本当にコーヒーを飲みたかったかも知れんけど。
「なんだか、悲しさより、スッキリしちゃって。これ、言葉にしちゃうと、すっごく冷たい言いかたに聞こえると思うけど、本心だから良い子ぶった言い訳はしない。わたしたちはもうそこまできてたし、なにか劇的なことが起きなければ、これは変わらないと思っていた。なにも変わらずそのまま暮らしていければ、それはそれでもよかったってのかもしれないけど、わたしたちにはその未来図は見えてこなかった… 」
 キョーコさんは、おれに向かって話しているようであり、キョーコさんだけに見えている永島さんに話しかけているようでもある。かたちどおりうなずいてみたけど、たぶん視界に入っていない。
「 …こうならなければならない、それなりの理由があって、アイツはきっと、こうなってしまっても、わたしより、あのクルマの方が気がかりなんだと思う。これはね、嫉妬とかじゃなく、アイツがこの世に未練があるとすれば、まだまだ走れるあのクルマを置き去りにすることじゃないかな? 自分が一番いい時を過ごせた、あのクルマとの出来事だけが、アイツの心に残っている」
 キョーコさんは、葬儀場にはにつかわない穏やかな笑顔をしていた。気になるのは、ガレージに残したままの『ニーナナ』って呼ばれている、あのクルマのことなんだ。永島さんのいい時期はあのクルマだけじゃなくって、キョーコさんとの時間も含まれているはずなのに、そう言いきってしまうことに決別の意思が強くにじみ出ている。
「わたしはね、それでいいと思ってる。変に未練がましくされたほうがキツイから。別にね良かった時期を否定するつもりはない。でもそれはいつまでも同じ時期が続くかどうか、続けなければいけないという支配と、区切りをつける罪悪感。人の人生なんて。良いか、悪いかの話じゃなくてね、そんなものに心を揺らされているだけなの」
 彼女は永島さんの中に自分への未練が残っていないことを望んだ。実際にどうだったかなんてわからないけど、言葉に出してお願いするより、そうであったと信じられる方がよっぽどいいはずだ。ふんぎる時は誰にだって必要だ。そのタイミングを見誤って失敗する人は少なくない。
 それにしてもクルマって、運転手が、、、 ドライバーって言わないとカッコ悪いか、、、 死ぬぐらいの事故したんなら、それなりの壊れ方をしているはずだろ。
「アイツね。自分のクルマで走ってないの。今回はスポンサーの依頼で、そのクルマのテスト走行で呼ばれてたの。そして事故を起こした… そう、きっと起こしたのよ。自分で」
 収まるところは必ずあるし、そうしなければならない雰囲気に押し流されることもある。無理に反発すれば、その場にはいられなくなるし、居座りつづければ互いが傷つき合う。ふたりは、そんなストーリーを感じ取っていた。その結論を誰がくだすのか、それだけが問題だった。
 おれの無神経な後押しが、こんな結果を招いてしまったと言えば、あまりにも自分の存在を大きくしすぎだろうか。自分の行動で世界が変わるなんて誰もが考えがちで、それは孤独な妄想と変わりないって、わかってはいるけど、どうしても後味の悪さは引きずってしまう、、、 これ、今回の最初に言ったな、、、
 だって、キョーコさんにはできなかったんだから。献身が彼女に課せられた役目だったから。永島さんにもできなかった。自分のわがままを背負ってくれる人がいたから。そのバランスを崩してしまったのは、おれだったんじゃないかって、、、
「自分のせいじゃないかって、いま思ってるでしょ? ホシノくん。そんなこと考えないで。きっかけだったかもしれないけど、それだけのことよ。でも、“ありがと” …変だけど、それが一番ホシノくんに言いたい言葉かもしれない」
 いつもとは違うアップにした髪型で、きれいに整えられた襟元に目が行ってしまう。うすく赤味がかり蛍光灯の下で発色して、とても色っぽかった、、、 
 こんな場所で、このタイミングで不謹慎なんだろうけど、そう見えてしまう若き血潮に逆らえないし、別のことを考えて気を紛らわすのはかえって彼女に失礼だと思ったから、おれは健全な18歳のままでいることにした。


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