private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over07.31

2019-02-24 06:44:25 | 連続小説

 オチアイさんは右のマブタをヒクつかせていた。本人にその意識はないみたいで、それは、なれないことをしようと少し緊張して、本当は言いたくないんだろうななんて、勝手に決めつけてしまう。
 自分の知らないところで、自分のクセを冷静に観察されるなんてのはイヤなもんだ。どうもおれは人の話し、、、 特にカタイ話は、、、 には集中できないタイプで、それが女性が相手だと、ムネとかフトモモにすぐ目をそらしてしまう、、、 それはクセとは言わない、、、
「オレもそういうタイプじゃないから、えらそうなこと言うつもりはないけどよ。なんかタツヤのヤツ、気にかけてるぞ。オマエのこと」
 タツヤって、ああ、永島さんか。オチアイさんと同じ年だっけ。えっ、おれってそんなに気にされてるの。おれはただ、仲間とか、グループとか、取り巻きだったり、そういうのが体質に合わないだけなんだけど、、、 それが和を乱す元なんだろうけどね。
「そういう感じだ。自分に興味があること以外は関わろうとしない。でもな、そういうのが通用するのは高校までなんじゃないのか。何にだって年齢制限がある。そこを越えれば孤立している変人でしかないからな。別にそれがイカンとは言わんけし、オレもそれほど誉められたもんじゃない。オマエがもし、就職して社会人になるつもりなら、少しは改めた方がいいじゃないのか。学生時代のバイトってのはよ、そういうことになれる場でもあるんだ」
 オチアイさんの言うことはいちいちごもっともで、おれなんかが言い返す言葉なんてものはなく、ただ曖昧にうなずくことしかできない、、、 そう曖昧に。
 オチアイさんはおれを見て、自分を映している。自分が言われてきたこと、そう思ってもできなかったこと、それを言わなきゃいけない自分。そういう数々の理不尽さをわかってるからこそ、そのひとことひとことに顔をしかめている。おれに向けて言っているようで、自分自身に言い含めているようにも見えた、、、、 気がした。
 おれたちにはいつの時も、成長にあわせて名称が与えられて束ねられる、、、 そりゃ好むも、好まざるも含めてなんだけど、、、 もう小学生なんだから、こんどは中学生なんだから、そして遂には社会人なんだからとか。
 それがいつのまにか兵隊なんだから、囚人なんだから、奴隷なんだからとなんら変わらなくなっていく、、、 こんなふうに屁理屈だから、オチアイさんにまで迷惑かけているんだな。
 あるべき姿、それらしい振る舞い、その場に即した発言。決まりごとが強くなるたびに、そうすることに反発するのも同時に求められている。良いことだって、悪いことだって、いつも表裏一体にあるんだから。
 おれも、さっきだってツヨシに対してえらそうに講釈をたれてたし、そのうちきっと、こうすればいい、ああしろ、それじゃダメだ、こうでなくてはいけない、なんて言い出すんだ。
 年の差が経験の差で、それが活かされるなんてなんの根拠もなく、そういう思い込みだけで偉そうにおとなぶった意見を言う。そんなヤツラがイヤだから、関わらないようにしてたし、自分もそうならないように生きてきたはずなのに、、、 いつのまにか取り込まれていく。
 だいたい自分が言われれば耳にタコだとか、大きなお世話だとか、そんな言葉が一向に身に染みないのはわかってるってのに、同じことを押しつけている。言葉と経験が重なり合わなければ、なんの教訓にもならないし、そんな日が来るのは年寄りになってからだ、、、 年寄りの話なんか誰も耳を貸さない、、、
「やっぱりガラじゃないな、こんなこと言うの。オレがオマエと仕事してるから、タツヤからはオマエのこと気にかけてくれって頼まれててさ。アイツはそういう男なんだよ。みんなで仲良く和気あいあいと仕事ができる雰囲気を大事にする。それを迷惑だとは思わないでやってくれ。せめてな… 」
 オチアイさんはそれだけ言うと、車内をクリーニングするためにクルマに乗り込んだ。ひとり放り出されたおれは、余計にその場を離れづらくなっていた。ひとりよがりな態度はまわりにも迷惑をかけてしまう。だからっていま以上に上手に振る舞える自信もない半端なおれには、クルマを仕上げるオチアイさんの姿が威風堂々に見えた。
 改めてクルマの仕上がり具合を比べてみた。そうかメルセデスって呼んだほうがしっくりくるようだ。モノがつくりだしてきた仮想は、人々に語り継がれ、いつの間にか伝統になり、そして文化になっていくんだって。
 歴史ってやつはそうやって作られる。おれが年寄りになった頃には、クラウンにもそんな文化ができあがるんだろうか、、、 おれがつくりだしたのは、周囲のバランスを崩すぐらいだ。
「暑い中、大変ね」
 その場に文字通り立ちつくすしかなかったおれの耳に、テレビから女優のセリフが聞えてきたのかと聞き違えるほどの美声が飛び込んできたんで思わず周りを見回す。こんなところにテレビがあるわけはない、、、 ラジオと間違えないところが現代っ子だ。
「新人くんは、忙しそうだね」
 会社の制服に身を包んだ女性。スタンドの中ではそぐわない格好だ。
「お仕事、多いんでしょ。みんなからいろいろ言いつけられるだろうし。それで休憩しろって言われても無理よねえ。タツヤも事務所で涼んでばかりいないで、外に出て働けばいいのよ」
 某国営放送の天気予報の女性アナウンサーのように、確実な情報がよどみなく語られる。とはいえ、その言葉に素直にハイとも答えられず、苦笑いしながら首をひねるしかできない自分に首をひねってほとんど90度近くになる。あげくに、もうお帰りですか。なんて、当り障りのないことしか言えなくて、、、 ほとんどレレレのおじさん。
「お昼に会社抜けてきてるから、すぐに戻らないといけないの。タツヤの稼ぎだけじゃ、生活できないから」
 はあ、そうですか。キョーコさんは歩きながら話を続けるもんだから、都合上おれもそのあとをついて歩いた、、、 ナツメマサコに従う孫悟空のように、、、 なんだか、あんまり聞いちゃいけないような内部事情をサラッと言われて、それとも、ここは深く考えず、笑うところなんだろうかと思っていたら、気をつかわれたように言われた。
「ああ、ごめんなさい。あまり深く考えなくていいから。タツヤも本当は、あんなふうに人を束ねてくタイプじゃないんだけど、行きがかり上そうなっちゃてるから、しかたないんだけど。本当は、ひとりで自分のやりたいことしてたいのに。ちょうど、あなたみたいに… 」
 笑わなくてよかった、、、 どうやらおれの周りと関わらないようにする生き方は、傍から見れば、単に独善的としかみられないようで、これじゃあなにが自由で、なにが束縛なんだかわかったもんじゃない。
 それにしても、どうしておれなんかにそんな内部的なことを話すんだ。オチアイさんといい、入りたての新人で、仲間の輪にも入りきれず、毎日いいつけられる仕事を無難にこなすことしか考えてないようなおれなんだけど。
 だいたいおれがなにしようが、ほっておいたって毒にも薬にもならない人間なはずだけど。なんて考えてたら、またしても読み取られていたようだ。おれはそんなに、、、 単純、、、 だよね。
「アナタにこんなこと話して、不思議と、思ってる?」
 大通りの信号を待つタイミングで、クルリと振り向いて意味深な笑顔をみせた、、、 なんだか、心がくるしい、、、
 そこに一台の自転車がおれたちの脇を通り過ぎていった。
「 …しょうがないでしょ。もう、何度も言わせないで」
「だってえ、こんなんじゃ、みんな… 」
 自転車を漕ぐ母親は、補助イスにすわるツヨシと同じくらいの年齢の女の子をたしなめていた。女の子は小さな顔にすこし大きいと思われるメガネをかけていた。それが、おれが触れたふたりの人生のすべてだった、、、 この先、出逢ったとしても覚えちゃいない。
 映像を巻き戻しておれは彼女たちのやりとりを再現してみた。『目が悪いだからしょうがないでしょ。もう、何度も言わせないで』『だってえ、こんなんじゃ、みんなに笑われちゃうよ。メガネなんていやだよう』、、、 とかね。
 子どもには子どもだけに成立する世界がある。大人には踏み入ることはできない。そんなコミュニティがいくつも交差するように存在している、、、 このスタンドの中だって、、、 ひとつの世界の中に、多くの世界が孤立しているって気づかないまま、誰も合いいることはできないんだから。
「『仕方ないでしょ。テレビばっかり見てるから、目が悪くなったのよ』なんて、母親は殺し文句を言うんでしょうね。子どもに手をかけたくないとき、アニメや教育番組をつけっ放しにして放置したのは誰かなんて、そんなことは子どもにはわかりはしない」
 キョーコさんはわざとおどけた顔をして、おれの妄想の続きを語っていた。これはもう以心伝心としか言いようがない、、、 そうしておきたい気持ちが強いから、、、
「相手の気持ちを想うのは大切だけど、思うようにはいかない。優しくすれば感謝されるわけでもない。そして、思わぬ行動が相手を不幸にしてしまうこともある。それは、時が支配して、人には、ままならないものね。アナタもそうだったでしょ?」
 おれがそうだったなんて言われても、そりゃ、そう感じる時だってままあったって言えるぐらいで。だけどそういうのって連帯感だけが大切なんだ。オチアイさんといい、誰かに言いたいだけの時もある。それがたまたまおれだっただけだ。言いやすいのには理由がある。先進的なのは必ずしも本人の望むところってわけでもない、、、
 あっ、おれ、ホシノっていいます。と、アナタって呼ばれるのが落ち着かなくて、なんとなく自己紹介っていうか、名前ぐらいは伝えてみた。こちらだけがキョーコって、、、 漢字は知らない、、、 いう彼女の名前を知っているのも収まりがよくない。
 朝比奈にアナタって呼ばれてたときは、また別の感情が現れて心地よかったけど、やはり他人の彼女という先入観が、影響を及ぼしているのかまではわからないので、それは家に帰ってフトンに入ってから考えてみようと思う、、、 『アナタ』で盛り上がれるのはおれぐらいのもんなんだろうか、、、 そんなこと思いながら、目線はチャッカリ、キョーコさんの白いカッターシャツの胸元に伸びていた、、、 だからカタイ話しは、、、


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