private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over08.11

2019-03-03 13:53:56 | 連続小説

「そうだった、ホシノくん。そう聞いてたけど、なんだかそう呼ぶキッカケがなくて。でも “アナタ”っていうのも、たしかに変だった。オバサンの言うことだからだから、気にしないでちょうだい」
 そんなオバサンだなんて、やめてください。憂いを持った微笑みで彼女はそう言ってきた。最接近したキョーコさんからは、いい香りが漂ってきて、得も言われぬ気持が昂ぶってくる。香水とかでなくもっと自然な、そして女性特有の香りだと思う。
 おれが永島さんだったらクルマなんかかまうより、絶対にキョーコさんかまうな。そんな顔されたらおれ、、、 夜まで欲望が抑えきれない、、、 抑えとけ。
「ホシノくんは、なんだか、タツヤに似てる。もう少し若かった頃の、ちょうどホシノぐらいの歳の頃。だから、タツヤも、ホシノくんのように… ってね… 」
 おれのように、ナニ? 丁度、大型トラックが走り抜けて、肝心なところが良く聞こえなかった。こういうの前にも聞いたような気がして、時系列が正しく並んでないような、どうにも腑に落ちない感じ。自分が一体、どこの世界にいて、どこで生きているのか、時おりわからなくなってしまう。ツヨシが言ってたことって、こういうことなのか、、、 子どもの言うこと真に受けている、、、
 そんな言葉を放り投げられても、とても受け止める余地も、裁量もないおれはただ、キョーコさんの目を見ることしかできない。その鳶色の瞳の中には宇宙が拡がっているくらいに、さまざまな闇と光が混ざり込んでいた。
 キョーコさんは、そんなシーンにありがちな、遠くを見て、次の言葉を選んでいる姿だ。いったいその先に、その瞳で何が見えるんだろう。おれも一緒になってその先を見てみたけど、、、 おれにはキョーコさんの陥っている深みの底は見えない、、、 あるのはでっかい、入道雲だけ。
「あっ、いけない。もう行かなくちゃ、ホシノくん。タツヤのことお願いするから。よろしくね」
 そう言ってキョーコさんは軽く手を振って、笑顔で青に変わった歩道を小走りに行ってしまった。白いシャツの下には同色の下着が薄っすらと透けていた。勤めている会社で、こんな女性が隣の席にいたら、仕事にならんな、、、 おれなんか、、、
 キョーコさんたら、それはないでしょ。おれにいったい、このおれに、永島さんのなにをお願いされればいいんだか。捨てゼリフなら、もう少し色気でもあれば、おれも喜んで受け取れるんだけど、、、 捨てゼリフじゃないし、、、 ただでさえ欲望を抑えきれないくせに。
 どうも最近、こうやって軽くひっかけられては、何らかの解答を出さなければならない状況が続くけど、、、 厄年か? いや、厄月か、、、 だいたいさ、おれが永島さんの若い頃に似ているってのはいいでしょ。ありがちな例えだ。おれを気にかける理由にもなるし、おれが永島さんに近寄りがたい気持ちも理解してくれてたうえで、同じ姿を見ている気になったのも、それが、どうにもぎこちなくて、見るに耐えなかったんだろうな、なんて、、、 おれもわかったような気になっていた。
 それはいいとしてだ。永島さんがおれのように? おれのように、どうだってんだろうか? おれのアタマではなんとも理解しがたく。普通は逆だろ、、、 言い間違い? 某国営放送のアナウンサーだって言い間違えることはあるしな、、、 聞き間違い? 耳はいいほうだけど、、、 記憶力はそれほどでもない、、、 ほとんどない。
 なんだか、後姿のキョーコさんの足取りは重そうに見えた。さっきの笑顔がよけいにそれを引きたてている。彼氏の働き先に差し入れをして、みんなの喜ぶ姿を見て引きあげるという状況にはそぐわない。好きでやってるなら、意気揚々と足取りも軽く会社に戻ればいいはずなのに、そんな様子は微塵も感じられない。
 彼女が実際そうだったのか、おれが勝手にそう思い込んでいたから、キョーコさんに映し込んでいたのか。そんな自分では答えが出せない疑問が、ひとつひとつカラダにのしかかってくる。それが重さの原因なんだろうか、、、 そんな物質的なハナシではない、、、 それほど彼女の後姿は、おれに多くのものを突き付けてきた、、、 おれとしては突き付ける方がいいんだけどな、、、 妄想が止まらない。
 スタンドに戻ると車内で清掃を続けるオチアイさんは、おれの方をちらりと見て、そしてまた仕事を続けはじめた。こうなることを予感していたような身の動きだ。それを見るとおれが事務所に行かないことを見越して仕組まれたんだろうか。それで救われるのはおれではなくキョーコさんのほうだ、、、 オチアイさんも、いろいろと気をつかって、そんなキャラじゃないから気苦労が絶えないはずだ。
 誰もがなんらかの問題を背負っている。オモテに出そうとも、内にしまっておこうとも同じことだ。おれのこの先は、知らなかったことや、知らなくていいことの中に、こうして飲み込まれて、いずれは知らなかったからなんて、ラクな逃げ場はなくなっていく。
 キョーコさんに言われて、それを知るのが遅かったのか、もしくは知らないほうがよかったのか。彼女は彼女なりに、永島さんのムリを少しでも緩和したかったのかもしれないけど、おれがなにか助けになるなんてのは、それこそムリな話しだ。彼女もまた、自分に与えられた配役を、自分を押し殺してまで必死になって全うしようとしていると、みるしかないんだろうか。
 永島さんといい、オチアイさんといい、キョーコさんもそうだけど、これじゃあ大人になるっていうのは、持たなくてもいい荷物をあえて持つっていうか、なにか重荷をせおっていなきゃ、生きていちゃいけないようなもんじゃないかって、おれはまた、ションベン臭い疑問を持ってしまう。
 この件については次の次の休みの日にでも考えようと、先送りのお題を増やす一方で、何ひとつ解決の糸口さえつかめていない。つまりは棚上げ前提として深入りしないようにして、そのあいだに誰かがなんとかしてくれるって、わが国の政治家のような心境になっていた、、、 おっ、この政治ネタはどうだろうか、、、 ありきたりか。
 そんな自分にあきれつつ事務所に向かって行ったら、突然に永島さんが扉を開けて出て行くのが見えた。えっ、さっそく永島さんと絡むのか? なんて矢継ぎ早な展開なんだ。みんな舞台のそでで待機しているわけじゃないだろうな、、、 主人公だからかな、、、 大体、一人称の小説って、いったい誰に向かって話してるんだろうかって、それを言っちゃおしまいだな。
 コッチに来るのか? これまで逃げの一手だったおれは、後ろめたさからか心臓が、ギュッギュッと収縮した。先送りのしわ寄せは、突然、巨大になって圧し掛かってくる。だからその都度に解決していかなきゃいけないわけで、、、 それができればこうはなってないわけで、、、
 永島さんはずいぶんと急いでいたようで、まわりに意識がいっておらず、おれの存在にも気付いていならしく、そのまま足早にスタンドの裏口へと向かって行ってしまった。
 キョーコさんのことで、何か言われるのか、キョーコさんにお願いされたからって、すぐに答えがでるだなんて思えないし、と構えていたおれが拍子抜けしていると、あとを追うようにマサトが出てきたので、おれは永島さんがどうしたのか聞いてみた。
 そうはいっても、興味あるようには思われないように、あくまでもたまたま見たからってぐらいの感じで。マサトはおれに何か他の話をしようとしていたみたいだけど、おれの質問に答えることを優先してくれた。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
 と、思い出すような素振りで口にした。たぶん、話していたと思うよマサト。おれが興味のない話だったから、適当に聞き流していたんだろうな。そうである自信は120パーセントぐらいあったけど、さあ? なんてとぼけてみる。
「そっか。おまえ、まだ知らなかったんだな。先輩さ、スタンドの裏にあるガレージでクルマ、組んでるんだ」
 あっ、そう、クルマ組んでるの。はあ? 組む? 組めないでしょう。自動車工場じゃあるまいし。ひとりでどうやって組み立てるっていうんだ。
「えっ? ああ、ちがうよ。組んでるっていうのは、チューンナップしてるってことで、レース仕様に改造したり、修理したりして組み立ててるんだよ。だから、先輩。早朝とか、昼休みとか、休憩時間も、あと仕事終わってからね。寸暇を惜しんで、クルマの面倒みてるってわけ。徹夜でやってることも多いみたい。だからさ、キョーコさんが着替え運んだり、お弁当とか持ってきたりして、まあそのついでにオレ達に差し入れをね。やさしいよなあ。彼氏想いっていうか。いつかおれもそんな… 」
 マサトの暴走する妄想には興味ないので聞かない、、、 こうして、マサトからの情報が欠落していく、、、 
 なるほど、そういう美談的な側面があったわけだ。おれも、さっきのキョーコさんの話をきいてなければ、彼女の永島さんへの行為を、そうやって感じてたりして、マサトのようにほだされていたにちがいない、、、 なにしろ、話しを聞いてないから。
 おれがあの時に変な気分になったのは、やはり彼女が誰に向かって、何を言いたかったのか良くわかっていなかったためで、いまとなれば、それが痛いほどに絡み付いてくる。
 キョーコさんはおれに若い時の永島さんを見ていた。そして少し疲れた様子で仕事に行かなければならないことを告げた。そんな彼女を置き去りにして永島さんは、何をしようとしているんだ。時間を惜しんで、彼女を働かせてまでしてクルマを組み上げて、そうまでして何を手に入れるつもりなのか。
 若輩者として言わせてもらえるなら、それじゃあ手にするモノより、無くしていくモノの方が多いはずだって、、、 失くしたモノの大切さに気付くのは、ずいぶんあとになってからか、気付かないまま、いつのまにか一人ぼっちになっていることか。


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