private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

商店街人力爆走選手権 FINAL SCENE

2016-10-23 14:10:12 | 連続小説

「なんだよ、今日は自前なのか? おっかしいなあ。時田さんに伝えといたんだけどよ」
「まあねえ、フラれ男からタバコせびるのも悪いと思って。となり… いい?」
 仁志貴は、ひとり公園のベンチに座っていた。平日の昼間ということもあり人気もなく広さだけを感じさせる視界に、咥えタバコの仁美が遮るように姿を現した。
「なんだよ、慰めてくれるのかと思ったら、キビシイな」
「慰めて欲しかった? それは別にわたしじゃなくてもいいんじゃないの」
「あれえーっ、妬いてるのかな? そりゃ光栄だね」
 仁美は手に持った携帯用の吸い殻入れに灰をこぼす。
「ままならないのは、なにもあなただけじゃないわ。どこにだってある話だし、積極的に望んでいなくても、そうなってしまうこともある。そのくせ本当はね、そうなってどこか安心してる自分もいる」
 仁志貴は意外な表情をして、少しあたまをひねる。なにを言おうが言葉はそれ以上の意味を持たない。本人の感情であったり、その時の条件によって意味を持たされていく。仁志貴はベンチに前のめりに座り、次の言葉を待っている。
「それぞれなのよ。変化していくの。必要なものと、そうでないもの。自分が必要とされているなんて横柄な考えだとは思ってはいても、そう言われればすがりつきたくなってしまう。そのうえで現実的な審判がくだされていく」
 今度はベンチにふんぞりかえり、仁志貴は大きく肩を開き、足を組んだ。
「悪いなあ、オレ、高校中退だからさあ、むずかしいこと言われてもわかんねえな。わかんねえからさ、ナニ言ったって覚えれないし、気にもならない。それで、アンタがスッキリするならさ、好きなだけしゃべればいい」
「なにカッコつけちゃって。話しを聞いて欲しいのはソッチも同じなんじゃないの? 臆病なのはなにもわたしだけじゃない。まだなにも信じられていないのはアナタだけじゃないわ」
 仁美は最後の一服を大きく吸い込んで、ゆっくと吐き出していく。うすく広がる紫煙の先でキャッチボールをはじめる少年の姿があった。日のあたる場所で、白いTシャツが輝いている。
「へっ、色々とお見通しなんだな。偽装に使われたことをタテにして、下心のあるお節介するつもりだったんだけどガラじゃないしな。オレからそれ取ったら何にも残らんけどよ」
 仁美の開ける吸い殻入れに、仁志貴も吸いつくした吸殻を捨てた。素直に白状されれば少し悪い気にもなり、話題を変える。
「会長さん、ひどくなくて良かったわね」
 仁志貴は目を強く閉じて、嫌なことを思い出したとばかりに。
「まったくだ、時田さんも人が悪いぜ。オレにだって教えてくれたっていいのにさ。そうすれば… 」
「言えないでしょ。アナタ、知ってたら、あんなレース展開できたの?」
 すばやく切り返す仁美に、言葉が詰まる仁志貴。
「余計にカイトに情を持つだろうな。 …カイトも知らなかったってな」
「恵さん、おまつりが終わったら、無理矢理でも病院に引っぱってくつもりだったし、それ相応の下準備もしてたから。会長の病気が原因で悪い空気が流れるのだけは避けたかったの。会長が頑張る姿も、どこにその原動力があるかって考えれば、それを取り上げることはできないでしょ。分かってあげてよ」
「そりゃそうだろうけどよ。アノ人どんだけ自分ひとりでやれば気が済むんだって話しだろ。結果論だけどさ、それじゃあ背負い込みすぎなのに、やってみせるところがなんだかなあ、気に入らねえなあ」
 恵の相談を受け、会長の病状から適した病院と医師を探して、日々の体調の報告をしたり、まつりの終了後には診察入院ができるように手配を取っていたのは仁美であったがそれを口には出さない。
「恵さんはね、違うのよ。誰かのためにしているようで、実は本人が自主的に動くように仕向けている。本質としてはね、まわりを使うのがうまいのよ。恵さんにこうなればいいわねって、言われると、そうなるように動いてしまう。アナタだってそうでしょ?」
 仁志貴は、戒人と瑶子との関係と、人力車レースでなにができるかを話されたことを思い出していた。強要でも、お願いでもない。こうなったら面白いわねと言われただけだ。やらされたことではく、自発的にやろうとする気になるから自己責任で完遂しようと思いも高まる。
 追い打ちをかけるように仁美が挑発的な物言いをする。
「アナタは何も得るものが無いのに、どうしてあんなにガンバレたの? いくら親友のためだといえ、アナタだって、瑶子さんを本気で愛してたんでしょ? わたしには、ちょっと、答えが見つからないわ」
「実はよ、オレにもよくわかんねえんだ。何がしたかったのか、何をするつもりだったのか。カイトを助けたかったのか、ヨーコを自分のものにしたかったのか。流されただけなのかもしれない。自分の存在を示したかったのかもしれない。でも全部本当じゃなかった。なにをさせられたのか、ようやくわかった… 」
「わたしと、出会うためだったとか言いたいんでしょ。ダメよそんなベタなのは」
 指先で口を押さえられた仁志貴は、最後まで言わせろと不満顔だ。
「だってよ、カイトのやつだって、あれだけ自己演出してみせたんだぜ。オレの行動にだってなんらかの意味がなきゃさ… ちょっと、寂しすぎるだろ」
「あの瀬部くんにしては想像以上だったわね。ああいうことおおぴらにするタイプじゃないって誰もが思ってた。それだってやらされたわけじゃない。必要性に迫られたんでしょうけど、自分の考えだけで果たしてあそこまで動けたかどうかは、なかなか認められないわね」
「だろ? アンタもそう思ったろ。驚きだよ。これまでどれだけケツ叩いても動かなかったのによ。アイツ、ゴールの50メートル前にヨーコを待たせておいて、わざとCVTの緊急停止ブレーキを引いて故障を装いやがったんだぜ。転倒も持さない覚悟で自分の一番いいところを、真剣さと一途さを、本気で瑶子に伝えたんだ。ホントにコケて、流血までしたのは普段の運動不足がたたったんだろうけど、結果オーライとすれば、よりリアリティーが高まったってもんだ。あとで酔っ払わせて、無理矢理ゲロさせたんだけどよ」
 それこそリアルな例えに仁美は目を細め、横を向く。
「瑶子さんの耳には入れたくないハナシね」
「そうでもないんだぜ、ヨーコのヤツ、うすうす感ずいてるみたいだ」
「へえ、気にならないんだ。普通、ちょっと引くでしょ」
 仁志貴は意味ありげに口角を上げるのは、仁美の言葉に強がりを見てとったからだろう。
「アンタも知ってるように、アイツらあの後、残飯処理係みたいになって売れ残りを押し付けられたろ、それでふたりで取り残されちゃって、しかたないから誰もいなくなったゴール近くで、ベンチに座ってたんだよと。道路にはまつりで出たゴミが散乱していて、ひどいありさまで。そこにバナナの皮が落ちてて… でさ、アイツら偶然のように、ふたり同時に笑いだしたから、どうしたんだって聞きあうと、どっちも相手がバナナの皮に足滑らすところを想像して笑っちゃたんだって… 後からカイトに聞いたんだけどさ。アイツららしいよ」
 自分の心を見透かされた気になる仁美は、とってつけたありきたりな言葉を返す。
「なにそのエピソード。リアクションが難しいんですけど。ふたりには見えてるモノが同じってことはわかるけど、それじゃあ感情移入も難しいわ。 …それでアナタは完敗を自覚したってこと? ひどいオチね」
 仁志貴は手をあたまのうしろで組み、空を見上げた。それについては答えるつもりはないらしい。
「長年の付き合いと言うか、どのみちカイトが隠し通せるわけないし、ヨーコはそんなんだっていいんだよ。だいたいさ騙すとか、騙されたとか、男と女のあいだには普通にあることだろ。騙されたって本気で自分のことを思ってくれてるんなら、そいつはウソではなくなる。本気のウソだ」
「なにそれ、ムリヤリつなげようとしてない?」
 仁美は首をひねって手をハタハタさせた。
「あっ、わかっちゃった? なんかさあ、そろそろなびいてくれるとオレも嬉しいんだけどよ」
「アナタの胸に顔を埋めて泣きくずれられたら、わたしもずいぶんラクなんだけど、そういう性格じゃないしね。お生憎さま。それじゃあ、まさに恵さんの思うがままになっちゃいそうだし」
「あっ、そっ。それも期待してたんだけど。時田さんの影がここでは逆目に出たみたいだな」
「ゴメンね。これで埋め合わせさせてくれない?」
 仁美は勿体ぶったような仕草で、大きく脹らんだ部分のファスナーを下ろし、片方の手で大切に寄せて、レースに包まれたふたつのふくらみを外に露出した。
「おいおい、昼間の公園だぜ。ここでかよ?」
 首をかしげて、口を半開きにする仁美。
「ダメかしら、そういう気分かと思って、気を利かせたつもりなんだけど… 」
 細かい湿り気が表層からも見てとれ、手で触れれば心地よい吸着力に、一度つかむと手が馴染んでいき、もはや仁志貴は倫理に従順ではいられない。
「子どもの手前、教育上よくはないよな。でもまあ、いつかは覚えることだし… まっ、いいか」
右手にはスペイン風の噴水。ステンレスで組まれた花畑のアーチと、木で作られた機関車のオブジェ。その中でふたりが宴をはじめる。
 仁志貴の指先が輪を描いて金具の部分をなぞり、起用に起こしてから力強く押し込むと、解放され重力に従って収まりきらない物体が滴り落ちる。仁志貴は遠慮なく口をつけてきた。後頭部にしびれが走った。
「おいしい?」
「最高」
 仁志貴は、チラリと目を上げた、仁美の鎖骨が緩慢に動くと、指で包み込んだ硬質の物体を掴み、意思を伝える軟肌がくぼむ。そこでほとばしる液体が侵入してくる。
「自分に正直に生きるってさ、一番むずかしいことでしょ。できることも、できないことも含めて。いつのまにか、できることだけが正直に割り振られるようになっていった… 」
 仁美は今度は大胆に、開口部を唇で覆いこんで含んでいく。
「でっ、アナタは、どうするつもりなの?」
「なんにも変んねえだろうな。好みのオンナがいれば口説くだけだし、惚れたオンナがいれば大切にする。それだけだな。そうやって生きてきたし、これからもそうやって生きていく。オレの正直なんてもんはそんなもんだ。それがそんなに特別なことじゃないと思っている。世の中ってやつは良いことばかり強調して、見てくればっかり気にして、うまくやれてることが正しいとだと思っている。そんな姿には到底共感できねえ」
「ずいぶん単純なのね。それがアナタだから? それとも、アナタがオトコだから?」
 仁志貴は、仁美の肩に手を回す。
「ちょっと、なに勝手に触ってんのよ。 …あっ、それ… イッ… 」
 大きく躍動する喉元。動かなくなった右手、指先の圧力が弱まったと思ったら、腕にかけてなだらかにすべりおちていく快感を伴ったシビレ。頚椎を通り、脳の奥までにひびいていく。後頭部が自分の意志とは反して後傾する。口をとじる。目をかしめ、眉が下がる。二の腕の感覚がマヒして鈍くなっていく。麻酔を打たれたように、触るものすべてが間接的にしか感じられない。
「やっぱり、思った通りだ。ココがずいぶんと効くんだろ」
「ちょっと、どうして? もう、よくわからなくなってきたわ。繊細なのか大雑把なのか。複雑なのか単純なのか」
「オレなんか単純なもんだ。その分、きっとアンタがうまくやってくれるはずだ」
「なによそれ、性懲りもなく、まだ口説くつもり?」
「いったろ、イイ女がいればそうするって」
 仁美は手を取られ、上向きにさせられた。腹膜から脇の内側を通り首筋に這うようにして指先でなぞられる。足の先まで震え、二度三度と重ねるごとに波は大きくなっていく。
「アンタ、ヘタねー」
 キャッチボールを続けている子供のひとりがそう言った。髪が短くズボンを履いていたので、男同士かと思っていたが、どうやら一人は女の子だ。これまでも何度か背の低い方がボールを逸らしていた。業を煮やしたかのようにキツイ言葉を投げかけたのだ。
女にヘタだと言われて黙っていられる男はよほど忍耐強いか、自分の人生を悟った者ぐらいで、小学生ではありえない。
「なんだよー、ちゃんと真中に投げろよなー。オマエのコントロールが悪いんだろー」
 言い訳がましい男の子の発言に、仁志貴が茶々を入れる。
「真中がいいのか?」
「 …どこでもいいわ」
 軽い圧力を加えたまま、腰に向けて仁志貴の指がおりてくる。もう眼を開けていられない。椅子に座っているはずなのに身体がさまよっている。
「いろんなタマを取れるようにならなきゃダメでしょ。アンタ背が低いんだから、瞬発力つけないと。今度落としたら、公園一周ね」
 そう言って、女の子は意識して高めのボールを放った。男の子が精一杯ジャンプしてもわずかにグローブの上をかすめていった。
「取れねーよ、こんなの」
 男の子は腰に腕をやり、あからさまに不満を口にする。
「はいはい、文句言わずにボール取りに行って。そのまま、一周してらっしゃい」
 女の子の涼しげな言いように、男の子は文句を言いながらもしぶしぶ走り出した。
「けなげだねえ。女の言いなりになって。アイツ惚れてるな」
 仁美はウットリとした目を潤ませながら。
「ねえ、ニシキ。余計なこと言ってないでいいから、このまま続けてくれない?」
「 …ハイ」

 意識がなくなったのはそれほど長くはないはずだ。気づけば両手をしっかりと仁志貴に握られていた。
「大丈夫か?」
 がっくりと身体を投げ出してた。身体を持ち上げた時、これまでのイメージとかけ離れた身体が軽すぎて、ふらつくほどだった。
「疲れてたんだな。それとも安心できたのか。ビールの酔いもあったんだろ」
 仁美は大きく首を振った。
「本当に気持ち良かったのよ。アナタ、マッサージ師の資格でも持ってるの?」
「部活やってた時の顧問がさ、整体やってて、だいぶ教えてもらったんだ。いやあ、教えてもらったて言うか、ああしろ、こうしろってマッサージさせるから覚えたっていうか、覚えないとうるさくてさ、ドつかれながら覚えさせられた。おかげで、自分にもできるようになったし。どうやらそれが狙いだったらしいだけどよ。口下手な先生だったからな」
「よかたわね。将来の役に立って」
「あのさ、疲れたらさ、いつでもやってやるから遠慮なく来いよ。この商店街はまだまだ存続しそうだし。帰れる場所を持ってるって、結構大切なことだと思うぜ。できればタコスも食べてってくれると嬉しいんだけどな。将来のために」
 仁美は悟ったようにゆっくりと笑いをこぼしていった。
「なんだかね。やっぱり恵さんの思うがままだわ」
「これは時田さんのおかげだ」
「 …あのね、さっき恵さんの話しだけど、一度、直接聞いてみたことがあるの。いったいどれだけの人に関わるつもりなのかって。恵さんは、しれーっとした顔で言うのよね。自分がなにかをしようとしてるんじゃない、あなた達から私になにかさせようという強い意志を感じさせるんだって。だから、動きやすいようにちょっと背中を押してるぐらいなんだって。恵さんに言わせれば、面白いから首突っ込んでるぐらいの感覚なのよねえ」
 いささか仁美も困りげな口調になっていた。仁志貴も首を縦にゆする。
「もういいだろー」
 キャッチボールの少年が半分ほど走ったところで音をあげていた。
「ダメよー、ちゃんと走らないと。練習はウソつかなって言うでしょ。試合で結果を出すには練習がすべてなのよ」
「なんだよ、自分はラクちんしてさ、オレだけかよ」
「アナタのために協力してんでしょ」
 そんな真っ直ぐな言葉が仁美には眩しすぎた。
「なに、なに、彼女も男の子のこと、はからずもってとこなの。いいわねえ。好き以上であり、愛してる未満なところ。そういう時期とか」
「なんにせよ。オンナは演じられるけど、オトコは証拠が残るんだよな。それが問題だ」
「何のハナシしてんのよ」
 あきれたように言う仁美に、仁志貴の目は空を切る。
「ヒトミさん。もう会社は戻れないだろ。これから店に来いよ。ビールのお礼でおごるからよ」
「フフッ、今日はやめとくわ。いまの状況だと平静ではいられなさそうだし。それに… 可愛い恋敵が睨んでるわよ」
 いつのまにか公園の入口で、葉菜が腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「ありゃ、リトル恵だ… 」
 仁志貴のあたまには、一番初めに恵を見た、あの夜の商店街が彷彿していた。


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