静 夜 思

挙頭望西峰 傾杯忘憂酒

袴田被告への無罪確定が日本の司法制度に突きつけたこと

2024-10-09 07:08:01 | 時評
 本件が初めてではないが、改めてこれまでの経緯から、日本の司法制度全体に関わる大きな論点が浮かび上がる。それは明治以来つみあげられてきた司法制度への根本的な問いかけだ。
 【1】 <人質司法>と揶揄される、長期の拘束による自白強要のしきたり
 【2】 <再審請求手続き>を第三者機関ではなく検察が一方的に判断する仕組み
 【3】 <冤罪の可能性と死刑制度存続>の矛盾

* 【1】は、明治の開国時、日本が法整備に範を仰いだ欧米諸国と最も顕著な違いの一つだ。江戸時代まで続いた権力支配者が一方的に取り調べ自白させる流れそのままであり、
  (検察>弁護)のチカラ関係を生んできた。 反捕鯨活動のリーダーの日本引き渡し反対理由に欧米はこれを挙げており、このしきたり故に日本政府は正面から反論できない。
   これは「内政干渉」だとか「国の事情」などという理屈にならない突っ張りで通せるシロモノではなく、デンマーク政府が身柄を引きわた渡さない背景は西欧共通の価値観ゆえだ。


* 【2】は単に再審請求が認められるまでが長すぎる異常だけでなく、『警察・検察の取り調べ&証拠立件に虚偽/過ちはなかったのか?』という検証プロセスを明確に定めていない事が
   冤罪を認めたくない(お上の面子=権威主義)と合わさり、歪んだ権力支配を生んでいる

* ”冤罪は必ず起きる。人間は過ちを犯すものだ” という謙虚さを司法執行に携わる警察&検察は忘れてはならない。これは【2】の冤罪を認めたくない(お上の面子=権威主義)を
  第三者機関が客観的に検証し、覆す仕組みを作って初めて減らすことが出来よう。法の支配が執行権力による支配であってはならない


   だが仮に第三者機関ができて冤罪審理が円滑にできるようにしても、「死」を刑罰として宣告する精神的苦痛は被告の人権を著しく損なう。精神障害に陥った袴田さんが実例だ。
  そこで、死刑を廃止のうえ無期懲役刑に転換し、第三者機関が冤罪の疑義を抱いた事案を再審理するルールにすれば、権威主義の犠牲者は減らせるだろう

★ 「死刑制度存続」への根強い国民感情をどうするか?  「被害者遺族の復讐・怨嗟の情」と「司法制度全般の改革による人権擁護の推進」は峻別すべきだと私は考える。
  死刑が執行されたからといって遺族の感情が救われるわけではない。死刑は個人的な憂さ晴らしにもなりはしない、それは誰よりも遺族自身が知っている。
   願わくば、遺族の側から死刑制度廃止への声が高まるよう、私は祈る。
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