生きる力になれば

ペンネーム良寛地蔵。70代のブログです。言葉で生きる力になればと綴って15年が過ぎました。

芥川龍之介と占い

2019-07-06 23:23:22 | 日々の暮らし

芥川龍之介は古典の 宇治拾遺物語からたくさんの題材を得て短編集を作りました。 「鼻」や「こぶとりじいさん」等。 私は古典の占い師の娘の物語、「易の占い」が好きです。 旅人が宿を探していた折り、荒れ果てた大きな家があるのを見つけ、ここに泊めて下さいと訊くと、 女の声でどうぞお泊まりくださいと返事があったので皆馬から下りた。 家は大きいが人の気配がない。 女は一人でいるらしかった。 そうして、夜も開けたので朝食をとり、出て行こうとすると、女が出てきて、出て行けません、金千両を払ってから出てくださいと言うのです。 従者が笑ってそんなわけがあるか、言いがかりだと言うと、 旅人が女に聞きました。 親が千両の金を貸した旅人が10年後の何月にここに来て泊まるから、その人から千両を受けとりなさい。 それまで、物を売ってしのげと言ったので、少しずつ売りながら暮らして、今年になって売るものがなくなったまま親の言ってた日が来たのです。 旅人は聞きました。 父上は易の占いをしていましたかと。 そんなことをしていたかと思いますと答えた。 旅人は女に家の大事な柱を叩かせ、この中に金があります。 少しずつ取り出してお使いくださいと教えました。 親はすべてを与えてはすぐに使ってしまうだろうとこの日を予言していたのです。 この旅人も占い師だったのです。 何か素敵な発想の物語だと思いませんか? 人生の道案内に言葉や占いもある。 心に刻みたいと思いました。        合掌

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ダイニングメッセージ

2019-07-06 16:01:03 | 日々の暮らし

あなたは死んでいく人のメッセージをどれだけ聴きましたか? みんな何らかのメッセージを残しているものです。 それを感じたのが小学校五年の夏休み。 仲間とお寺で野球していたら一人の運動万能なお茶屋の長男、土屋君が突然大きな石碑が倒れて下敷きで亡くなりました。 あの時聴こえた声は何もなかった。 しかし、夢の中で苦しそうな声が聞こえて眠れなかった。 人は死ぬものだと知り涙が止まりませんでした。 同じ頃、港の海で1人泳いでいたら目、鼻、口を魚に突つかれたおじいさんとぶつかりました。 警察に通報しました。 豪雨にあった川に流れてくるおじいさんを竿で引っかけて警察に通報したことが2件。 目の前で屋上から飛び降りした女性の声は何か叫んでいました。 買ったばかりのコートを血まみれの彼女に被せました。 私の車の目の前で急ハンドルミスしてオートバイの人が川底に転落していった時、驚きの顔して私を見つめていました。 仕事に悩み首をつって死んだ先輩を山で見つけた事。 夜釣りをしていたら伊豆沖で遭難した釣り人を浜で見つけた事。 そのような事が何十件もありました。 誰もが体験しているものではないと言われ気づいたのです。 私の役目はダイニングメッセージ(死に際のメッセージ)を聴く事なのかと。 それから神の言葉を聴く力を感じた気がします。 浮かばれない人の声も聴きなさいと。 誰もが突然、悩み苦しみに会うものだから。 私なんかにそんな力があるのだろうか? 涙が出て来ましたこれで失礼します。        合掌

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老子の癒しの言葉

2019-07-06 04:25:20 | 日々の暮らし

人生訓の代表に孔子の「論語」がありますが、それに対比するのが 「老子」です。 老子は癒しの思想を説いた感じで私は論語よりも好きです。 例えば、孔子の論語は 「義を見て為さざるは勇なきなり」      (正しいことだと分かっていながら、やらないのは勇気がないからだ) 何か怒られているような厳しさがあります。 老子は 「敢(あ)えて主とならず客となる」 (自分から進んで行動するのではなく、いつもお客様のように控えめでいなさい) と言って前に出るとなにかと憎まれたり争うようになるので、控えめでいなさいと逆のことを言ってます。 武士や戦時中は論語、平和な時代は老子の方が受け入れやすいのではと思います。 私のような未熟者の性格としては老子の方が好きです。 そこで、老子の『水に学べ』の章より 「上善(じょうぜん)は水の如(ごと)し」 上善とは理想的な生き方のこと。 水は丸い器に入れられれば丸くなり、四角い器に入れられれば四角になる。 何事も従順で自由自在。 あるいはまた、水はすべての生き物に大きな恵みを与えながら、誰とも争うこともなく、 それでいて少しも自慢するところがない。 常に人の嫌がる低い所に位置し、そのあり方はきわめて柔軟で謙虚である。 それでいて、どんなに硬い岩でも打ち砕く力を持ち、一見、主体性がないように見えるが、その実、常に低い所へ流れようと強固な意志を持つ。 何もしないように見えながら、万物に恵みを与え、必要とあれば水蒸気となり氷となって、その姿は臨機応変、 縦横無尽の働きをする。 これを読むと、確かにその通りだと感じます。 肩の荷が下りホッとした解放感と清々しい爽快感を与えてくれます。  老子はもっと楽しく、もっとゆったりと、もっと自由に、生きてもいいのだよ。 そんなメッセージを感じます。 老子の言葉に皆様も癒されますように祈って 今日の佳き日に         合掌

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