ドイツの諺に「1本の毛にも影がある」どのような細い毛1本1本にもかならず影がある。 どんな人にも意地もあり、感情があるのだから、どのような立場の人にもきちんとした礼をつくさないと、しっぺ返しをされるという意味です。 なるほどと思いました。 そのような境遇にいる人には心強い言葉だと思います。 回りに心配りしないといけません。 気づきになれば 明日から8月夏盛りになります。お体御自愛ください。 合掌
私たちは 巨大な 宇宙の楽団だ 一人一人の 心の叫びが 一つになって 宇宙に奏でている。 私たちは 夜空に輝く 星空の楽団だ 星たちと 一緒になって 歌い 踊り 舞うのだ 宇宙の舞台を 歓喜のうずに するのだ さあ出番は近いぞ 始まりだ。 暑さに負けるな! 宇宙の楽団に 合掌
これからは猛暑が続きますので、熱中症に気をつけてください。 昔も暑かったんだろうなという句を紹介します。 「暑き日を 海に入れたり 最上川」 (芭蕉) 山形の最上川のかなたに、赤い太陽が沈んでゆく。 暑い一日を川が海へ流しこんでくれた。 おかげで少し涼しくなってきたことだ。 燃えるような暑い太陽を川が海へ流してくれたとは随分スケールが大きいなと感心してしまいました。 最上川だからいえる 言葉なんでしょうね。 皆様の近くの大河を 入れて涼んで下さい。 「暑き日を 海に入れたり 〇〇〇〇〇」 合掌
なんでも欲しいものが手に入れば、幸福で悔いのない人生を送れると思っていませんか。 太閤秀吉は、大阪城内に黄金の茶室を造り、天下の名器、財宝を集め、美女をはべらせ 威勢を張っていましたが、聚楽第(じゅらくだい)の湯殿や便所にまで、隠し堀を引いて舟を浮かべ、いつ襲われても脱出できるようにしていたという。 辞世は『露(つゆ)とおち露と消えにし我が身かな難波(なにわ)のことも夢のまた夢』。 少年時代は裸でどこにも寝転んで自由気ままに過ごしていた、それを考えると人間の生きる目的はほかにあると述べているようです。 なんでも夢を叶えても、いつか崩壊するという不安があったのでしょう。 仏教は人生は、ただ一瞬の稲光り、朝露のようにはかないものである。 楽しみといっても夢幻でしかない。 この世の別れとなれば、妻子も財宝もなにひとつあてになるものはない。 独りでこの世を去らね ばならぬからである。 と説いています。 人は夢を追い、夢に酔うことを幸福と信じてしまいがちです。 真の幸福とは何か考えてみるのもいいの ではと思いました。 良寛が竹林で拾った欠けたお椀を幸せそうにお粥を入れて使っていた。 幸せとは心の中にある。 そう感じてならないのです。 私は布の切れ端さえも 捨てれない古い人間です。 それでお守り袋や物入れ袋を作ったりしています。 布切れが生き返った気がします。 これが元祖お布施(布の切れ端を頂く)です。 合掌
大和物語(1000年頃の実録)に次のような話がありました。 ある夫婦が生活の苦しさから逃れるために、互いに成功したら再会する約束をして別れたのです。 のち妻は宮仕え先の女主人におさまり、昔夫と暮らした土地を訪れました。 そこにみすぼらしい男を見つけ、車の近くに呼び寄せました。 間違いなく夫であったが男は何も言わずに立ち去ったという話です。 何か切ないですね。 しかし、私の記憶ではその後がありました。 男は大きな老舗の帳簿係りになりその店の主に抜擢されました。 それで妻を迎えに行ったら驚いた妻は泣いて喜んだという。 めでたい結末の実録物語です。 諦めない二人の約束に 勇気をもらいましょう。 合掌