たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

キュウリ、ナス、トマト等、夏野菜の苗、植え付け

2024年04月25日 20時25分13秒 | 畑日誌(見様見真似の野菜作り)

当地、昨日は1日中、かなりまとまった雨が降り続いたが、
今日は、打って変わって快晴、
最高気温も、27℃前後になり、真夏の暑さだ。
このところずっと、ぐずついた天気が続いたこともあり、
キュウリ、ナス、トマト等、夏野菜の苗、植え付けも出来ずにいたが、
もう、4月25日、
今日、やるっきゃないか・・・、
午後になって、Go To 畑! と相成った。

(1)キュウリ、ナス、トマト、ミニトマト、ゴーヤ、シシトウの苗、植え付け、
   先日、下準備しておいた畝に、牛糞混入、元肥施し、
   マルチングシートを張り、植え付け、
   肥料の空き袋を利用し、防風囲い。

  

 

(2)キヌサヤ、初収穫、
   超生育悪しの今年のキヌサヤだが、やっと実をつけ始めた。

先日来、2回、3回と、イノシシに荒らされたジャガイモの畝、
イノシシ対策に金銭を費やす気も無し、余裕も無し、
応急対策、有り合わせのネットで覆って、様子を見ているが、
その後、出没していないようで、今のところ被害無し。
その内、ネット等、メチャクチャにして、
ジャガイモを穿り返す作戦計画?を立てているのかも?

全身汗だく、
頻繁休憩、水分補給、
今年初めての「熱中症注意畑仕事」となった。
約3時間掛かってしまい、
足、腰、痛!、痛! だが、
1件落着、
やれ、やれ、


猫額庭主役脇役入れ替わり

2024年04月25日 20時06分17秒 | 暮らしの記録

4月25日、
あっという間に4月も下旬、
大型連休直前となってしまった。
つい先日まで、サクラ、さくら、桜・・・、だったが、
花の命は短くて・・・・、
季節は巡り、主役脇役が、次々と入れ替わっていく。
放ったらかしの我が家の猫額庭でも、
見て!、見て!、とばかり、
雑草の間から顔を出して咲く花が有り、
「花の写真を撮るだけ係」の爺さん、うっかりしていられない。

シラン(紫蘭)が、開花し始めており・・・、

 


爺さんの備忘録的花図鑑「シラン(紫蘭)」
👇️
こちら


玄関の真ん前から、あっちこっちに蔓延り出したイモカタバミが一斉に咲いて・・、

 

ジュウニヒトエも、勝手に、あっちこっちで咲きほこり・・、

手の掛からない多年草、
季節が来れば、健気に、ちゃんと咲いてくれて、
毎年、爺さんのブログネタにもなってくれる。


ヒュウガミズキ(日向水木)

2024年04月24日 17時13分21秒 | 爺さんの備忘録的花図鑑

これまでやたら撮ってきた写真は、構わず外付けHDに放り込んで有るが、かなり大量に溜まってきている。時々は、その気になって、不要無用写真を大胆に削除しながら、散歩、旅行、山行・・・等のファイルに仕訳分類整理を進めているところだが、懐かしい写真を見掛けると手が止まってしまうことがしょっちゅうで、そんな古い写真を引っ張り出して、ブログネタにしているという次第である。


草花にも超疎い爺さん、ブログを始めた頃までは、我が家の庭に咲く花であろうが、道端、空き地、畑地、川原等で蔓延っている野草であろうが、公園や植物園等で鑑賞出来る草木であろうが、まるで関心も興味も無しで、見ても、花名も知らず、分からず、覚えられずで、ほとんど珍紛漢紛だった気がする。数多のブログを拝見するようになってから、その無知ぶりを痛感、初めて、花名等を知ろうという気になったものだったが、教えてもらっても、自分で調べても そのそばから忘れてしまう老脳、出来る限り、写真を撮ってきて、ブログ・カテゴリー「爺さんの備忘録的花図鑑」に書き込むことで、少しづつだが、分かる草花が増えてきたように実感している。草花に詳しい人からは、「なーんだ、そんな花も知らなかったの?」と笑われそうだが、爺さんにとっては、新情報、新知識、後日、また忘れてしまった時等に、確認したりするのに役に立つ存在になっている。花名を調べたり、知ったところで、ナンボになる分けでも無しだが、脳トレ、ボケ防止の一助になるかも知れない等と、勝手に思い込みながら・・・。

相互フォロワー登録している方のブログを拝見していて思い出した「ヒュウガミズキ」
「ブログ内検索」してみると、数年前から撮っていたことが分かった。

5年前、2019年3月14日、神奈川県の「城山カタクリの里」を訪れた時、
園内で撮っていた「ヒュウガミズキ」

2020年3月9日、散歩・ウオーキングの途中、
公園で見掛け、撮っていた「ヒュウガミズキ」

 

2021年3月16日、散歩・ウオーキングの途中、
公園で見掛け、撮っていた「ヒュウガミズキ」

昨年、2023年3月20日、散歩・ウオーキングの途中、
公園で見掛け、撮っていた「ヒュウガミズキ」

 


ヒュウガミズキ(日向水木)

マンサク科、トサミズキ属、広葉、落葉、低木、
   「トサミズキ(土佐水木)」とよく似ており、見分けが難しいが、
   枝、葉、花、すべてが、「トサミズキ」より小さい。
   また、「トサミズキ」の花の萼や果実等は細かな毛で覆われるが、
   「ヒュウガミズキ」には、毛が無い。
原産地・分布 日本、
樹高 2m~3m、
花色 黄色、
開花時期 3月頃~4月頃
花言葉 「思いやり」「信頼」「神秘」


 


「港の灯(Harbor Lights、ハーバー・ライト)」(再)

2024年04月24日 08時48分41秒 | 懐かしいあの曲

gooブログの「アクセス解析」の「アクセスされたページ」欄を、時々覗くことがある。「アクセス数」を気にしてでのことではなく、すっかり忘れてしまっているような、随分前に書き込んだ古い記事にアクセスが有ったりするのを、楽しみにチェックしている風なのだ。
そんな記事に目に止まった瞬間、「エッ、こんな記事にアクセス?」と驚くと同時に、「そう言えば・・・・」、記憶が蘇り、つい、自分もクリックし、改めて読み返してみたりしているのだ。
「gooブログ」「記憶力がまるで無くなっている爺さんの自分のための記憶補助ツール」と決め込んでいる爺さんには、「アクセス解析」もまた、便利で有難いツール、大いに活用しているという次第。
先日、6年前に、ブログ・カテゴリー「懐かしいあの曲」に書き留めていた記事、「港の灯」にアクセスが有ったことに気が付いた。
「おお!、懐かしい!」・・、早速、コピペ、リメイクすることにした。
そんな古い記事を、クリックひとつで引っ張り出して読んだり、加筆、訂正、修正、コピペ、リメイク等が出来るのも、ブログのメリット。従来の紙ベースの日記、日誌、備忘録、懐古録、雑記録の類では、絶対考えられないことであり、ブログを始める前までは、想像も出来なかったことである。今、出来ることは、やってみる・・、長生きした分、その時代を少しでも享受したいものだ等と、つぶやきながら・・・。


「港の灯(Harbor Lights、ハーバー・ライト)」(再)

ビリー・ヴォーン(Billy Vaughn)楽団演奏の「港の灯(Harbor Lights、ハーバー・ライト)」を、最初に聞いたのは、記憶曖昧だが、若い頃、昭和30年代~40年代、ラジオからだったような気がする。当時も今も、特別、音楽に傾注していたわけでもなく、音楽は、なんとなく聴いている類であるが、あの頃、「港の灯」で、ビリー・ヴォーン サウンドに魅せられてしまい、たちまち、ビリー・ヴォーンの信者?になってしまったのだと思う。当時、熱に浮かされて、何枚かのドーナツ盤レコードやLPレコードを買ったりし、しょっちゅう聴いていたものだが、溝が擦り減り、雑音混じりになっても未だに捨てること出来ず、八十路過ぎても尚、時々針を落としている始末である。

         


「浪路はるかに」「峠の幌馬車」「白い夜霧のブルース」・・・等々、どれもこれも、好きな曲ばかりだが、やはり、「港の灯」が、一番先に思い浮かぶ。

今更になってネットで調べてみると
「港の灯(Harbor Lights、ハーバー・ライト)」は、元々、1937年(昭和12年)に、ヒュー・ウイリアムズが作曲、ジミー・ケネディーが作詞で楽譜が発表され、最初、アメリカの歌手、フランク・ランクフォードが歌い、続いて、イギリスの歌手、ヴェラ・リンが歌い、ヒットした楽曲だったのだそうだ。
その後、パット・ブーンエルヴィス・プレスリー等、数多の歌手や楽団がカバーし、当時、日本でも、良く聞かれるようになったようだ。
なかでも、ザ・プタラーズ(THE PLATTERS)の「港の灯(Harbor Lights、ハーバー・ライト)」が、最もヒットしたことから、「港の灯」と言えば、「ザ・プラターズ」というイメージが出来上がっていたようにも思う。

ビリー・ヴォーン楽団演奏の「港の灯」(YouTubeから共有)

ザ・プラターズの「港の灯」 (YouTubeから共有)

スチールギター演奏の「港の灯」 (YouTubeから共有)


アマリリス、全開?

2024年04月23日 16時21分27秒 | 暮らしの記録

当地、今日は終日、雨雲が低く垂れ込めて、
時々、小雨がぱらつくような天気で、
最高気温も、18℃前後だったようだが、
先日、咲き始めたアマリリスが、全開?。
「花の写真を撮るだけ係」の爺さんの出番となった。
アマリリスの場合、「満開」と言うよりは、「全開」と言った方が
ふさわしいような気がする。

4月4日

4月17日

 

4月20日、パカーン!

今日、4月23日、パカーン!、パカーン!


「チム・チム・チェリー(Chim Chim Cher-ee)」(再)

2024年04月23日 09時30分06秒 | 懐かしいあの曲

gooブログの「アクセス解析」の「アクセスされたページ」欄を、時々覗くことがある。「アクセス数」を気にしてでのことではなく、すっかり忘れてしまっているような、随分前に書き込んだ古い記事にアクセスが有ったりするのを、楽しみにチェックしている風なのだ。
そんな記事に目に止まった瞬間、「エッ、こんな記事にアクセス?」と驚くと同時に、「そう言えば・・・・」、記憶が蘇り、つい、自分もクリックし、改めて読み返してみたりしているのだ。
「gooブログ」「記憶力がまるで無くなっている爺さんの自分のための記憶補助ツール」と決め込んでいる爺さんには、「アクセス解析」もまた、便利で有難いツール、大いに活用しているという次第。
先日、6年前に、ブログ・カテゴリー「懐かしいあの曲」に書き留めていた記事、「チム・チム・チェリー」にアクセスが有ったことに気が付いた。
「おお!、懐かしい!」・・、早速、コピペ、リメイクすることにした。
そんな古い記事を、クリックひとつで引っ張り出して読んだり、加筆、訂正、修正、コピペ、リメイク等が出来るのも、ブログのメリット。従来の紙ベースの日記、日誌、備忘録、懐古録、雑記録の類では、絶対考えられないことであり、ブログを始める前までは、想像も出来なかったことである。今、出来ることは、やってみる・・、長生きした分、その時代を少しでも享受したいものだ等と、つぶやきながら・・・。


「チム・チム・チェリー(Chim Chim Cher-ee)」(再)

今更になってネットで調べてみると
「チム・チム・チェリー(Chim Chim Cher-ee)」は、1964年(昭和39年)に公開された、監督 ロバート・スティーブンソン(実写)、ハミルトン・S・ラスク(アニメーション)、出演 ジュリー・アンドリュース、実写とアニメーションの合成という手法が取られた、ウオルト・ディズニーのミュージカル映画「メリー・ポピンズ(Mary Poppins)」の中で使われた十数曲の楽曲のひとつだった。
主役のメリー・ポピンズ役だったジュリー・アンドリュースは、後に 「サウンド・オブ・ミュージック」等に主演し、大スターとなったが、彼女が初出演した映画でもあった。
映画の方は、何時、どこで観たのか、ストーリーの内容はどうだったのか等、記憶曖昧になってしまっているが、「チム・チム・チェリー」だけは、当時、多くの楽団や歌手にもカバーされ、ラジオ等からよく流れていたこともあり、脳裏に焼き付いているような気がする。

映画「メリーポピンズ」は、1910年のロンドンを舞台に、魔法が使えるベビーシッター メリー・ポピンズが巻き起こす、ちょっとコミカルな夢とファンタジーの世界を描くミュージカルで、主人公メリー・ポピンズの親友バートが、煙突掃除屋として健気に働く様子が描かれている。

「チム・チム・チェリー」とは、「煙突(えんとつ)」は、英語で「チムニー(chimney)」。「チム」は、煙突の「チムニー」から。「チェリー(Cher-ee)」は、韻を踏んで語調を整えるための無意味な言葉なのだそうだ。
イギリスには、「煙突掃除人に会うと幸せになれる」という古い言い伝えが有り、それを、歌詞に反映したもののようだ。「煙突掃除屋はこの上なく幸運、この世でこんな幸せな奴はいない」

映画「メリー・ポピンズ」
(ネットから拝借画像)

「チム・チム・チェリー」 (YouTubeから共有)

「チム・チム・チェリー」・倍賞千恵子  (YouTubeから共有)


雨上がり散歩・ウオーキング

2024年04月22日 16時06分36秒 | 散歩・ウオーキング

当地、今日の天気予報は、「雨のち曇」で、
朝の内は、かなりまとまった雨が降っていたが、
午後には、薄日も射してきて、まずまずの天気になった。
  歩け!、歩け!、
やおら重い腰を上げ、まずは、図書館へ行き、
ついでに、ちょこっと、近くを歩いてきた。
なんやかんやで、ここ数日、休んでしまった(サボってしまった)散歩・ウオーキング、
  君の名は?花に尋ねつ爺散歩、
  胸を張れ腹へっこめろ腰伸ばせ、
スマホの歩数計で、約7,400歩。

コバンソウ

君の名は?

ペチコートスイセン

アケビの花

フジ

モミジの花


葉室麟著 「春雷」

2024年04月22日 11時34分00秒 | 読書記

図書館から借りていた、葉室麟著 「春雷(しゅんらい)」(祥伝社文庫)を、読み終えた。
本書は、著者創作の架空の小藩、九州豊後の「羽根藩(うねはん)」を題材にして描かれた長編時代小説「羽根藩シリーズ」第3弾の作品である。先日、すでに、第1弾「蜩ノ記」、第2弾「潮鳴り」を読んでいるが、さらに、第4弾「秋霜」、第5弾「草笛物語」が有り、引き続き読んでみたいと思っているところだ。


読んでも読んでも、そのそばから忘れてしまう老脳。
読んだことの有る本を、うっかりまた借りてくるような失態を繰り返さないためにも、
その都度、備忘録として、ブログ・カテゴリー「読書記」に、書き留め置くことにしている。


▢目次
(一)~(三十)
解説 「”鬼”の生きざまを通して”正義”を問う快作 作家 澤田瞳子

▢主な登場人物
多聞隼人(たもんはやと、鬼隼人)、吉村庄助、半平、
佐野七右衛門(さのしちえもん、人食い七右衛門)、
千々岩臥雲(ちぢいわがうん、大蛇(おろち))、
楓(かえで)、弥々、
太吉・おりう、善太、幸(こう
玄鬼坊(げんきぼう)、鉄五郎、
三浦兼清(みうらかねきよ、羽根藩藩主)、飯沢長左衛門(羽根藩元筆頭家老)、

塩谷勘右衛門(羽根藩筆頭家老)、石田弥五郎(羽根藩郡奉行)、飯沢清右衛門(羽根藩次席家老)、
白木立斎(しらきりっさい
播磨屋弥右衛門(博多の豪商)


▢あらすじ等
本書は、著者創造の架空の小藩豊後羽根藩を舞台にした長編時代小説「羽根藩シリーズ」の第3弾の作品ではあるが、第1弾、第2弾の作品とは、時代も登場人物も異なり、継続性は薄く、単独の小説として読める作品だと思われる。
本書の主人公は、浪人の身から、莫大な借金の返済が出来ていない羽根藩に召し抱えられ、藩の家老にまで出世した多聞隼人。
秘めた大願成就?を果たすために、藩政を壟断(ろうだん)する新参者隼人は、鬼隼人と呼ばれ、藩の旧態勢力にとっては邪魔者であり、これを陥れ、排除しようと、断行する黒菱沼干拓工事の妨害したり、刺客を放ったり、百姓一揆を煽ったり・・・、二重三重に謀略の糸が張りめぐらせる。
一方で、欅屋敷に住む佳人楓(かえで)と隼人との関係は?
白金屋太吉が女房おりうを隼人の屋敷に送り込んだ理由とは?
15年前、浪人隼人が、羽根藩に召し抱えられた出来事の真相は?
謎が絡まって、圧倒的なサスペンスが満喫出来る。
常識的な手段では、成し遂げることが出来ないことを成すために、鬼隼人、人食い七右衛門、大蛇臥雲の三悪人は、覚悟を決め、壮絶なクライマックスを迎える。
隼人が言う。
   「わたしは、悪人とはおのれで何ひとつなさず、何も作らず、ひとの悪しきを謗り、
   自らを正しいとする者のことだと思っている」

美辞麗句を並べながら、具体的な政策を示さない旧態勢力と、金も名誉も求めず、真意を理解されることも求めず、ひたすら己の信じる正義を貫こうとした隼人の生き様、
著者は、本書で、真の悪とは何かを問い掛けているのではないかとも思う。
   「世のひとのためにーーーーー、その思いで多聞様は生きられた方なのです」
   楓もまた目に涙を浮かべてうなずいた。そのとき、遠い雷鳴が聞こえた。
   おりうの目から涙があふれた。

   蒼穹を、春雷がふるわせている。
で終っている。

 


「爺さんの備忘録的花図鑑」・「ナ」

2024年04月21日 20時28分32秒 | 爺さんの備忘録的花図鑑

「爺さんの備忘録的花図鑑」

「ナ」

◯ナガミヒナゲシ(長実雛芥子)      ⇨ 2020.05.28
◯ナズナ(薺)              ⇨ 2022.09.30
◯ナツズイセン(夏水仙)         ⇨ 2018.08.06
◯ナツツバキ(夏椿)           ⇨ 2020.06.25
◯ナツトウダイ(夏灯台)         ⇨ 2022.03.29
◯ナルコユリ(鳴子百合)         ⇨ 2024.05.09


 


古い写真から蘇る思い出の山旅・その47

2024年04月21日 14時42分33秒 | 山歩記

古い写真から蘇る思い出の山旅・その47
「大持山(おおもちやま)」(再)

かれこれ26年前、1998年4月29日、大型連休の前半だったと思われるが、好天に促されて、ドライブを兼ね、妻と二人で、埼玉県の「大持山」を、訪ねたことが有った。
その頃はまだ、バカチョンカメラ(小型フィルムカメラ)しか持っていなかった頃で、撮った写真は、プリントし、アルバムに貼ってあり、「OCNブログ人」で、ブログを始めたばかりの頃に、一度、スキャナーで取り込み、ブログ・カテゴリー「山歩記」に、書き込んだことがあった。
昨日食べた夕食さえも、一瞬思い出せない老脳、山歩きの記憶等も、どんどん曖昧になりつつあるが、写真や当時のメモ等を見ると、あの日、あの場所の情景まで炙り出されてくるから不思議である。昔のことを懐かしがるのは、老人の最も老人たるところだ等と自嘲しながら、順次、コピペ、リメイクすることにしている。


歩行ルート・歩程等

大鳩園キャンプ場駐車場→白岩渓流園キャンプ場→白岩→鳥首峠登山口 →鳥首峠(標高953m)→
横倉山山頂(標高1,197m)→大持山山頂(標高1,294.1m)→妻坂峠→
山中(標高542m)→大鳩園キャンプ場駐車場

(標準歩行所要時間=約6時間)

(昭文社の「山と高原地図」から拝借)

自宅を早朝に出発し、大場戸(おおばと)の大鳩園キャンプ場駐車場(有料)に到着したのは、7時頃だったようだ。
到着時間が早かったこともあり、すんなり駐車出来たが、直ぐにも満車になりそうな駐車場だったような気がする。
7時30分頃、大鳩園キャンプ場駐車場を出発、しばらく車道を進むが、
白岩集落の奥に、砕石場が有り、ダンプカーと行き合った。

8時頃、鳥首峠登山口から登山道へ、
途中のやや薄暗い杉林や草地には、シャガ、ニリンソウ等が群生しており、
キケマン、チゴユリ、ムラサキケマン、マムシグサ、タチツボスミレ等も、見られた。

 

  

10時頃、鳥首峠、
あちらこちらに、カタクリが咲いており・・、

鳥首峠からは、小さなアップダウンのある尾根歩きとなる。
目指す、大持山方面を望む、

12時頃、大持山山頂(標高1,294.1m)着。
まずまずの展望、数人のハイカーも休憩中。
子持山山頂まで往復約1時間30分とされているが、
パスして下山することにした。

展望の良い、鳥首峠・妻坂峠への分岐まで戻り、昼食タイムとした。
子持山、武川山、武甲山、奥武蔵の山々を眺望しながら・・、

蕨山を望む

14時頃、妻坂峠着、小休憩、
秩父と入間、武蔵野とを結ぶ由緒有る峠、
眺望良く、甲武信岳が眺められる。
親子の団体が賑やかに、秩父方面へ下って行った。

妻坂峠からは、江戸時代、商人や巡礼者も踏んだ道とされている、よく整備された、
つづら折りの林道を下る。
14時30分頃、山中、
山中集落とされているが、民家は見当たらす、ホウチャクソウの群生地が有り・・。

15時頃、大鳩園キャンプ場駐車場に帰還、
帰途、渋滞が予想されたが、予定通り、17時頃には、家に着いたようだ。
それまで、秩父方面の山歩きには縁が無く、両神山、四阿屋山くらいしかしていなかったと思うが、あの日、思い立って「大持山」を訪ね、秩父の山をぐんと近くに感じたような気がしたものだ。今になっては、「大持山」もまた、遠い思い出の山となってしまったが・・・。

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