龍の声

龍の声は、天の声

「貞観政要④」

2014-05-24 08:57:27 | 日本

◎諫言を容れる

・魏徴
「明君は広く臣下の進言に耳を傾け、暗君は寵臣の言葉しか信じないものです。聖天子の堯・舜も垣根を払って賢者を求め、広く人々の意見を聞いて政治に活かしました。ですから堯・舜の治世では恩沢があまねく万人に及び、巧言を弄する者どもに惑わされなかったのです」

・魏徴
「国が危殆に瀕したときはすぐれた人材を登用しその意見によく耳を傾けますが、国の基盤が固まってしまえば必ず心に緩みが生じます。そうなると臣下も保身に走り、君主に過ちがあっても諌めようとしません。こうして国勢は日ごとに下降線をたどり、ついには滅亡に至るのです。国が安泰なときこそ心を引き締めて政治に当たらなければなりません」

・太宗
「私は弓の奥義を極めたと思っていたが、先日手に入れた良弓を弓作りの名人に見せたところ芯が歪んでまっすぐ飛ばない弓だと言われた。群雄を倒してきた弓についてさえ理解がじゅうぶんでなかった。まして政治に関しては天子となって日も浅いので弓以上に理解不じゅうぶんのはずだ」
そうして高級官僚に命じて交替で宮中に宿直させてともに語り合い、人民の生活実態や政治の得失を知るように努めたのである。

・太宗
「閣僚として登用しているそちたちの責任はこのうえなく重い。私の詔勅がもし適切でなければ遠慮なく意見を申し述べるべきだ。しかし近頃私の意に逆らうまいと指示したことをそのまま受け入れるだけでいっこうに諫言してくる者がいない。まことに嘆かわしいことだ。ただ署名して下部に流すだけならバカでもできる。わざわざ人材を選りすぐってそれらのポストに据える必要はない。重ねて言うが、今後詔勅に適性を欠く点があればどんどん意見を述べてほしい。私の叱責を恐れて知っていながら口を閉ざすなど許されない」

・太宗
「国を治める心構えは病気の治療と同じである。快方に向かっているときこそいっそう用心して看護しなければならない。つい油断して医師の指示を破れば命取りになる。天下が安定に向かっているときこそ最も慎重にしなければならない。安心と気を緩めれば必ず国を滅ぼすことになる。天下の安危は天子の私にかかっている。だからつねに慎重を旨とし、たとえ称賛されてもまだ不じゅうぶんだと自戒する。しかし私一人の努力だけではいかんともしがたい。そこでそちたちを私の耳目としてきた。どうかこれからも心を一つにして政治に当たってほしい。これは危ういと気づくことがあれば隠さず申し述べよ。君臣の間に疑惑が生じ、お互いが心に思っていることを言い出せないようなことにでもなれば国を治める最悪の害となるだろう」

・太宗
「日の出の勢いにあった天子にも日暮れがくるように決まって滅亡の途をたどっている。その原因は臣下に耳目を塞がれて政治の実態を知ることができなくなるからだ。忠臣が口を閉ざし、諂い者が幅をきかせ、しかも君主自らの過ちに気づかない。これが国を滅ぼす原因なのだ。人民は天子が立派な政治を行なえば明君と仰ぐが、無道な政治を行なえばそんな天子など捨てて顧みない。畏れるべきは人民である」

・太宗
「孔子が子路に向かって『国が危機に陥っているのに誰も救おうとしない。これではなんのための臣下だ』といっているが、まことに君臣の義として臣下なら主君の過ちを正さなければならない。そちたちは己の信じるところをはばからず直言して政治の誤りを正してほしい。私の意に逆らったからといってみだりに罰しないことをあらためて申し渡しておく。ところで近頃朝廷で政務を決裁する際ときどき法令違反に気づくことがある。『この程度のこと』とあえて見逃しているのであろうが、天下の大事はすべてこのような小事に起因している。捨て置けば大事となったときには手のつけようがなくなり国家が危機に陥るのだ」

・太宗
「自分の姿を映そうとすれば鏡を用いなければならない。君主が自らの過ちを知ろうとすれば必ず忠臣の諫言によらなければならない。もし君主が暴虐を尽くし臣下が誰一人諌めようとしなくなったら国を滅亡させてしまうだろう。国を失えば臣下もその家を全うすることができなくなる。政治の実態をよく見届けて人民を苦しめていることがあれば遠慮なく苦言を呈してほしい」

・太宗
「どんな明君でも奸臣を任用すれば立派な政治を行なうことはできない。またどんな賢臣でも暗君に仕えればりっぱな政治を行なうことはできない。君主と臣下は水魚のようなもので、呼吸が合えば国内は平和に治まる。私はご覧のとおり愚か者だが幸いにもそちたちがよく過ちを正してくれる。どうか今後とも天下の泰平を実現するため、遠慮なく直言してほしい」

・太宗
「昔から天子には己の感情のままに振る舞う者が多かった。機嫌のよいときは功績のない者にまで賞を与え、怒りに駆られたときは平気で罪の無い者まで殺した。天下の大乱はすべてこれが起因である。私は日夜そのことを思い出している。どうか気づいたことがあれば遠慮なく申し述べてほしい。またそちたちも部下の諫言は喜んで受け入れるがよい。部下の意見が自分の意見と違っているからといって拒否してはならない。部下の諫言を容れられない者が、どうして上司を諫言できようぞ」

・魏徴
「古人も『信頼されていないのに諫言すれば粗探しする奴と思われる。しかし信頼されているのに諫言しないのは給料泥棒だ』と言っています。しかし、沈黙を守る者にも理由があるのです。意志の弱い者は心で思っていても口に出せません。平素お側に仕えたことがない者は信頼のないことを恐れてめったなことは口に出ません。地位に恋恋としている者はせっかくの地位を失うのではと積極的に発言しようとしません。皆が皆ひたすら沈黙を守っていいなりになっているのはそのためです」

・魏徴
「先日、温彦博を通じて陛下から『人の疑惑を招かないよう気をつけよ』と賜りましたが、まことにけしからん仰せです。私は今まで君臣は一心同体であると聞いておりますが、うわべを取り繕って人の疑惑を招かぬようにせよなどという話を聞いたことがありません。君臣こぞってそのような心がけで政治にあたっているとすればわが国も先が見えたと言わざるをえません」

・魏徴
「良臣とは自らが人々の称賛に包まれるだけでなく、主君も明君の誉れを得しめ、ともに子々孫々まで繁栄します。忠臣とは自らは誅殺の憂き目に遭うだけでなく、主君も極悪非道に陥り国も家も滅びただ『かつて一人の忠臣がいた』という評判だけが残ります」

・劉キ
「臣下が上書したとき少しでもあやふやなことがあれば、陛下はその者を呼びつけて厳しく叱責なさいます。上書した者はただ恥じ入るばかりです。これではあえて諫言しようとする者などいなくなるでしょう」
魏徴「古来、上書とは手厳しいものです。手厳しくなければ主君の心を動かすことはできません。手厳しさは己のためにする非難に似ています」

・魏徴
「宰相は陛下の名代というべき立場です。どの事業に関しても『知らない』では済まされません。事業には予算が絡んでいます。陛下のなさることが道理にかなっているのならその完成を図るべきであり、もし道理に外れたことであれば取り掛かっていても陛下に中止を進言するべきです。これこそ君が臣を使い、臣が君に仕える道です」


◎公平な裁判

・太宗
「賞と罰こそは国家の重大事である。功ある者を賞し、罪ある者を罰する。これが適正に行なわれれば功なき者は退き、悪為す者は後を絶つ。それ故賞罰はあくまでも慎重に行なわれなければならない。血縁があるからと功臣と同じ恩賞を与えるわけにはいかない」

・太宗
「国政に臨み、法を適用するにあたって、ひいきがあってはならない。隋討伐の旗を挙げてから今日まで武勲を立てた者は多い。ここで一人罪を許せば彼らに対してすべて法を曲げなければならない。断固として許さないのはそのためである」

・太宗
「死んだ者は生き返らない。だから法の適用はなるべく緩やかにすべきだ。ところが今の法官は古人が『棺桶を売る者は毎年疫病が流行するのを臨む。他人が憎いからではない。棺桶がたくさん売れるからだ』と語ったように、やたらと苛酷な取り調べを行なって己の成績を上げることばかり考えている。彼らに公平で妥当な裁判をさせるにはどうすればよいか」

・王珪
「まず、公平で人柄の良い人物を法官に任じ、その裁きが適切なものなら俸禄を増して黄金を下賜することです」

・太宗
「昔判決を下すにあたって、必ず三公以下の重臣にその是非をただした。現在であれば大尉、使徒、司空の三公・従三品の九卿がこれにあたる。そこで今後は死刑に相当する罪は中書、門下両省の四品以上の高官および六部の長官ならびに九卿の合議によって決定することにしたい。こうすれば無実の罪に泣く者は後を絶つだろう」
こうして四年経ったがその間死刑に処せられたのはわずか二十九人。刑の執行はほとんど見られなくなった。

・戴冑
「長孫無忌殿が帯刀したまま参内したことと、監門校尉がそれをうっかり見逃したことは過失という点ではまったく同じです。そもそも臣下が天子に対して『間違いました』では通りません。法律にも『天子に湯薬、飲食、舟船を奉る際、誤って規定に反したものは死刑に処す』とあります。陛下がもし無忌殿の勲功を考慮されて減刑のご処置をされるのであればもはや我ら司法官の関与するところではありません。しかし、法によって処断されるのであれば無忌殿の減刑には納得できません。校尉が罪を犯したのは無忌殿に原因があります。法に照らせば無忌殿のほうが罪が重いのです。また過失という点ではまったく同じです。ところが一方は死刑、一方は死刑を免れるでは著しく公平を欠いたご処置かと思います」

・戴冑
「法は国家の大いなる信義を天下に公布したものです。これに対し、陛下の言はその時々の喜怒の感情を現したものにすぎません。陛下はいっときの怒りにかられて死刑を布告しましたが、後にその非をお気づきになり、犯人の処罰を法の手に委ねました。とりもなおさず小さな怒りを抑えて大いなる信義を守ることであります。今、怒りに任せて法を曲げるようなことがあれば陛下のために惜しみても余りあることと言わなければなりません」

・魏徴
「かつて隋に仕えていたとき盗難事件が起こりました。煬帝はさっそく盗賊の逮捕を命じて疑わしい者をすべて引っ捕えて激しい拷問を加えました。拷問に耐えかねて罪に伏した者が二千余人、そのすべてが死刑の判決を受けました。しかし張元済が疑問を抱き、念のために数名を自ら取り調べました。すると彼らは厳しい取り調べに耐えかねて偽りの自白をしていたのです。そこですべての容疑者についても再審査をしたところ白黒はっきりしないのはわずか9人で、他はすべて無罪であることが判明しました。しかし役人は誰一人この事実を申し述べて煬帝の判決を覆そうとしませんでした。無実の二千人は残らず死刑になりました」

・皇后
「昔、斉の景公も愛馬を死なされたとき係の役人を殺そうとしました。それをみて宰相の晏嬰が景公に願い出て景公の代わりに役人の罪状を数え上げました。『そなたは3つの罪を犯した。第一に主君の愛馬の世話を任されながらむざむざ殺してしまった。第二にたかが一頭の馬のために主君に人一人を殺させて主君に人民の恨みを集める。第三にそのことを諸侯が知ったらわが国を軽んじるようになる』。これを聞いた景公はその役人を許しました。この話は陛下もご存知でしょう」

・太宗
「甲を作る者は矢に射抜かれないような強固な甲をつくろうとする。矢を作る者は強固な甲でも射抜く鋭い矢をつくろうとする。どちらも己の職分に忠実であろうとしているからだ。しかし法官は人の罪を暴くことで栄達し声望も上がるものだ。法の執行がとかく苛酷なものになりはしまいかと心配でならない」

・太宗
「国の法令は単純明快であるべきだ。一つの罪を数カ条にわたって記載してはならない。そこに付け込む輩も現れるだろう。手心を加えてやろうとすれば微罪の条項を適用し、重罪に陥れようとすれば重罪の条項を適用する。また、しばしば法令を変更するのは世道人心の不安を招くから、一度定めた法令はやたりに変えてはならない。法令を制定する際にはよく実態を調査し規定漏れの生じないよう注意することだ」








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