龍の声

龍の声は、天の声

「真説 楠木正成の生涯

2017-07-31 07:41:44 | 日本

「真説 楠木正成の生涯」家村和幸著


◎叱るよりも誉める

楠木正成が部下を諫めるときは、かりにもその悪しきことを言わず、無礼な悪口を吐かなかった。その部下の過去のよかったことや、誉れを指折り語ってから、最後に一言こう付け加えた。
「これゆえに、正成はそなたに頼んだのである。今回のような過失は、それまでの良きことがあればこそ、恥と去れよ。気持ちを引き締めて、今後は無いようにせよ。」
このように言って、10日、20日、あるいは100日の間、対面しないでおれば、その者の情けの深さを思い、わが身にとって何とも恥ずかしく、また誠にかたじけないとだけ思うことから、再び過ちを犯す者は少なく、正成を恨む者もいない。
人の上に立つ者は、皆かりそめにも、自分の腹が立ったからといって、人に恥をかかせること、無礼な悪口は言わないものである。心得ておくべし。


◎正成は、観音経を長年信仰し、読誦を続けていた。


◎腹を立てるのは愚人の為すところである。

どんな場合にも、賢い人は腹を立て、起こることがない。腹を立てるのは、愚人の為すところである。
なぜかというと、
人が無道をすれば、我はそれに与(くみ)しないまでのことだからである。
人が何らの過ちも無いのに、過ちを犯したと言うのであれば、詳細にわたり弁明するまでのことだからである。
忘れがたいほどに深い恨みがあれば、その人に参会しないまでのことだからである。
そして、人が危害を加えたなら、我も報復するまでのことだからである。
ただ腹を立てたところで、何の効果があろうか。
こうしたことから、道に適っている人は、怒らずにその事を為すのを以てよしとするのである。
内心から腹を立てるのは、全て物の意をわきまえていない人の為すことではないか。


◎短慮は失うものが多い。

思慮が足りなければ、過失が多くなる。

一つには、後悔が残る。
二つには、物狂おしい。
三つには、その愚が顕れる。
四つには、智ある人が親しまず。
五つには、他人に仇の思いをなす。
六つには、器量・才能をだめにしてしまう。
七つには、病が生じる。
八つには、争いが多い。
九つには、苦労が多い。
十には、衆悪を発するということである。

人たる者は十分承知しておくべきことである。


◎楠木の最後

正成は、正氏に向かって、「人間は死ぬ間際に何を思うかによって、来世の生の善悪が決まるという。九界(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上・声聞・緑覚・菩薩)のいずれかに生まれたいか?」と問うた。
正氏は明るく笑いながら、「七度までも人間に生まれ、朝敵を滅ぼしたいものです。」と答えると、正成は嬉しそうに「罪深い思い出はあるが、私の願いも同じだ。では、さらば。再び人に生まれてこの本懐を遂げよう。」と約束し、兄弟差し違えて倒れた。
大楠公・楠木正成、享年43歳。
一族16人、部下等50余人が一斉に腹を切った。












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「葉隠とは」

2017-07-30 06:55:32 | 日本

◎武士道というは死ぬ事と見附けたり

武士道に根本は、死ぬことにつきると会得した。死ぬか生きるか、二つに一つという場合に、死をうらぶというだけのことである。。別段、難しいことではない。腹をすえて進むまでである。
「目的をとげずに死ぬのは犬死だ」などというのは、上方風の思いあがった武士道である。二つに一つという場合に、絶対見通しを誤らぬなどということは、できることではない。


◎招待をうけるときの心得

すべて、その座のようすを前もって思い浮かべ、のみこんでいくことが大切である。それには酒の飲み方などが第一に重要である。
席を立つタイミングが難しいもので、飽かれもせず、早すぎもせぬようにすることが望ましい。
酒の席は公の場であるから、よくよく気をつけて失態のないようにせねばならない。


◎人の見習い方

手本の作り方は、礼儀作法一式については誰、勇気は誰、もののいいかたは誰、身持ちの正しいのは誰、律儀な点は誰、いち早く覚悟を決める点では誰等々というように、人々のそれぞれに持っている第一の長所ばかりを選び、それを学ぶようにすれば立派な手本ができるものである。
長所を見つけては、それを学ぶようにすれば、どのような人でも、よい手本、師匠となるものである。


◎名人も人なり、我も人なり

孔子は十五歳ほどの年少で学問の道に志を立てたところが聖人なのである。いろいろと修行を積むことによって聖人になられたのではない。


◎人材を得る方法

何事によらず、それを愛するもののところに、ものは集まってくるのである。たとえば花に趣味を持てば、その人のところには、今まで一種類の花もなかったものが次々とあつまり、なかには世にも珍しい花もでてくるのである。人材を得るのもそれと同じこと、ただひたすらに、立派な人材を愛し尊重することによって、自然とすぐれた人を集めることができるものである。


◎慈悲心と勇猛心

僧は慈悲を表面にして、内心にはあくまで勇気を貯えていなければ仏法の道を成就することはできない。また武士は勇気を表面にして内心には腹の破れるほどの慈悲の心を持っていなければ、武士としての務めを果たすことはできない。
従って僧は武士に交わってその勇を学び、武士は僧によって慈悲心を学ぶのである。












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「島津の退き口 島津豊久、運命の烏頭坂」

2017-07-29 04:58:16 | 日本

1600年、天下分け目の関ケ原

この大戦で島津豊久が戦死した。この地「烏頭坂」(現在は岐阜県大垣市上石津町)は、わが故郷である。
猛将島津豊久候を偲びたい。

小早川秀秋の寝返りを機に、形勢は一気に逆転。大谷吉継隊が壊滅、宇喜多秀家隊、小西行長隊も敗走、笹尾山で粘っていた石田三成もついに支えきれず、三成は伊吹山へと遁走します。慶長5年(1600)9月15日関ケ原、午後2時過ぎ頃のことでした。
もはや戦場で、西軍として隊伍を整えているのは島津義弘隊のみ。これを見た東軍諸隊が手柄稼ぎに島津隊に向かってきたところ、先陣の島津豊久の指揮で、敵を引き付けて鉄砲隊が銃撃しますが、すぐに敵味方が入り乱れ、それ以上の鉄砲の斉射はできなくなりました。
ある者は鉄砲をかつぎ、ある者は鉄砲を捨てて、乱戦の中に斬り込んでいきます。長野勘左衛門という者は、真っ先に敵中に突進し、敵の首級をとって「今日の太刀初め」と川上忠兄〈ただよし〉に見せると、再び斬り込んで討死しました。

島津隊の備えは、先鋒が島津豊久、先鋒右備〈みぎぞなえ〉が山田有栄〈ありなが〉、その後ろに島津義弘本陣がありました。しかし、この乱戦で、1500の島津隊は兵数が半減したといわれます。

「薩州勢五千召列候らはば、今日の合戦には勝つものを(薩摩勢が五千もいれば、今日の合戦には勝ったであろうに)」。義弘がそう二、三度、悔しげに口にしたと『薩藩旧記雑録』の「覚書」(筆者未詳)に記されています。
しかし、敵勢が続々と迫る今、このままでは島津隊が全滅するのは火をみるよりも明らかでした。義弘の視野の先には、前進してきた徳川家康本陣の旗印もあったことでしょう。

義弘は問います。「敵は何方〈いずかた〉が猛勢か」「東よりの敵、もってのほか猛勢」。即座に義弘は下知しました。「その猛勢の中に相掛けよ(その猛勢の中に突撃せよ)」

後退せず、全員死兵となって向かってくる敵勢の中に突進し、これを突き破れという「敵中突破」の決断でした。一見、無謀とも思えますが、敵の多くは逃走する敵の首を取ることに気をとられ、まさか自分たちに手向かってくるとは思わず、戦場心理に通じた義弘ならではの敵の意表を衝く一手であったかもしれません。

また、敵の弱い所ではなく「猛勢の中に相掛けよ」という命令に、薩摩人らしさを感じます。寡兵ながらも強敵にぶつかり、仮に全滅しても、勇敢な薩摩武士の誇りは保たれるでしょう。そしてもしこれを突き破ることができれば、島津の強さはいよいよ喧伝されるのです。「武士としての誉れになるか否か」が、彼らの行動基準の一つであったでしょう。

そしてもう一つ、義弘以外の家臣たちが念頭に置いていたのは、「何があっても殿さんだけは、薩摩に帰って頂く」ということです。大将さえ無事に脱出できるのであれば、島津の名誉は保たれ、たとえ自分たちが死んでも、義弘は必ず他日、それに報いてくれる。そんな強い信頼感が、義弘と、豊久を筆頭とする麾下の者たちとの間にありました。

島津隊は「鋒矢〈ほうし〉の陣」の陣形をとります。先手、第二陣の次に島津豊久、中陣、遊勢の次に長寿院盛淳、さらに旗本隊、島津義弘、後詰めという陣形でした。そして地を蹴り、咆哮を上げて、島津隊が疾走を始めます。

まず島津隊の前に現われたのは、福島正則隊でした。東軍一の勇将・正則は、島津隊の形相に只ならぬものを感じます。「こやつらは死を決しておる。下手に手を出し、怪我をしては割に合わぬ」。正則は無用の手出しはしませんでしたが、養子の正之が横槍を入れ、豊久に撃退されたともいいます。
島津隊の向かう先は陣馬野。金の七本骨の扇に日の丸の大馬印を掲げる徳川家康本陣でした。凄まじい勢いで向かってくる島津勢に、徳川本陣は驚くとともに、色めき立ちます。島津勢は徳川本陣に肉迫すると、それを掠めるように方向を南に転じました。息を呑んでいた家康は我に返ったように追撃を命じ、本多忠勝隊、井伊直政隊、松平忠吉隊が追います。


◎運命の烏頭坂

東軍諸隊が追いすがる中、島津隊は敵を蹴散らし、数を減らしながらも、伊勢街道を目指しました。ここから先は史料によって諸説あり、出来事が前後している可能性があります。

本多忠勝隊が猛追をかけると、島津隊の中から後尾の十人ほどが反転、全員が鉄砲で迎撃しました。この戦法を薩摩では「捨てがまり」と呼びます。本隊が逃げる時間を稼ぐべく、殿軍が全員死ぬまで敵と戦い、これを食い止めるという恐るべき戦法でした。本多忠勝はこの時、愛馬・三国黒が撃たれ、地に投げ出されています。

しかし、それでも東軍は追撃の手を緩めません。たまらず義弘の周囲が「如何〈いかが〉なさせらるべきか(いかがいたしましょうや)」と問うと、義弘が応える前に家老の長寿院淳盛が「合戦なさるべき衆はそれがしに御付き候え(戦おうという者は、わしについて来い)」と叫び、馬を返します。家老自らの「捨てがまり」でした。

「御大将、おそれながら陣羽織をお貸しくだされ」。義弘は長寿院が自分の身代わりとなろうとしていることを察し、目を潤ませながら羽織を与えます。長寿院は石田三成から与えられた扇をひらひらさせて軍勢をまとめると、「島津兵庫頭、死に狂いなり」と叫び、敵に三度突撃をかけた末に討死しました(「井上主膳覚書」)。

その後、島津隊は散り散りになり、島津豊久は義弘とはぐれてしまいます。同じく義弘とはぐれた帖佐〈ちょうさ〉彦左衛門が豊久に、「殿様はいずれに」と問うと、豊久は「わからぬ」と涙を流し、「如何にもならせたまふらん(どうなさっているのだろう)」と案じました(「帖佐彦左衛門覚書」)。
幸い、ほどなく豊久らは義弘と合流することができました。ところが義弘は、これ以上、退却するのは無理と観念し、討死する覚悟を固めています。これを説得したのが豊久でした。「殿は御家の浮沈を担う大切なお体、必ずや落ち延びてくだされ」と何度も諌めた末、自ら殿軍を務める決断を下すのです。
この豊久が馬を返し、敵に向かった場所が烏頭坂〈うとうざか〉。現在、豊久の顕彰碑の建つあたりといわれます。豊久は一説に13人で、迫りくる井伊直政・松平忠吉隊の前に立ちはだかりました。豊久の「捨てがまり」です。

豊久の最期の様子はよくわかりません。一説に複数の槍で突き上げられ、宙を三度舞い、猩々緋〈しょうじょうひ〉の陣羽織がぼろぼろになったという伝承もあります。一方で、追撃をかけた井伊直政も、また松平忠吉も負傷して、追撃を断念したともいわれます。

いずれにせよ、豊久をはじめとする島津隊の男たちの命を捨てた「捨てがまり」が、島津義弘を救いました。そして、いざとなればここまでの奮戦を見せる薩摩武士に、徳川家康はじめ諸将は、改めて畏怖の念を覚えたことでしょう。

家康が関ケ原後、島津を処罰できなかったのも、豊久らの奮戦を見せられていたからでした。薩摩に下手に手出しをすれば、徳川は思わぬ大火傷をする…。家康にすれば島津を滅ぼさないことは苦渋の決断であったかもしれませんが、結果的にそれが幕末まで続く雄藩・薩摩藩の礎になったわけで、その源流は豊久ら戦国の薩摩武士にあったといえそうです(辰)











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「会話力向上の第一歩は聞き役に徹すること]

2017-07-28 08:29:41 | 日本

和気香子さんが「会話力向上の第一歩は聞き役に徹すること」について掲載している。
以下、要約し記す。



コミュニケーションが大切だということは、ほとんどのビジネスマンが理解されていると思いますが、「分かっているけど難しいよね」と言う人も多いのではないでしょうか?

職場でよく見かけるのは、2人の間で山ほどの言葉がやり取りされているのに、本当に大切なことは話されていない、もしくは伝わっていない状況です。
かつて私のコーチングの師匠は、こう言っていました。

「コミュニケーションは“言葉のキャッチボール”とよく言われますが、キャッチボールが行われていることは滅多にありません。実際には、雪合戦が行われています。つまり、いかに向こうが投げてきた球を避けながら攻撃の球を投げるかを競っているような状況です」
確かにその通りだな、とうなずかされることがよくあります。
気の利いたことを言う必要はありません

キャッチボールのようなコミュニケーションで建設的な対話ができたら、仕事の質もスピードも変わるような気がしませんか?
相手と「キャッチボールのコミュニケーション」をするのは、実は簡単です。
なにか気の利いたことを言う必要はまったくありません。逆に、何も語らず、口を閉じて、相手の言うことに耳を傾ければいいだけです。
もしかしたら、聞くことに徹するのは「難しい」と感じられるかもしれません。相手が自分の考えていることと違うことを言ったりすると、ついつい反論したり、アドバイスしたくなったりするものです。
でも、ほんの5分間でもいいので、試してみてください。相手はいろいろなこと、それも、それまで聞いたことがないような話もしてくれるかもしれません。


◎深い話をしてもらうための3つのコツ

「聞く」には、いくつかコツがあります。
1つ目は、評価、判断、アドバイスをしないことです。自分の価値観はいったん置いておいて、相手の価値観の世界に身を置いてみるのです。「そういう考えもあるんだね~」と。

2つ目は、リアクションです。やっぱり笑顔は大切です。相手が笑顔だと、ついつい話したくなりますよね。そして、「うんうん」「そうだよね」「いいね!」といった肯定的な相槌も効果があります。

そして3つ目は、話の内容を深めて、広げるための簡単な問いかけをすることです。例えば、「具体的にはどういうこと?」で話を掘り下げ、「他には?」で話を広げます。この2つの問いかけを使うと、話がどんどん展開していきます。
以上の3つのコツに気をつけて、5分だけでも話を聞いてみてください。驚くほど深い内容の話が聞けるようになるはずです。


◎一緒に働いている人の胸のうちは?

普段一緒に働いている人を理解するためには、やはりコミュニケーションが欠かせません。もしも飲み会などで話をする機会があったら、ふだんできない話を積極的にして、その人をもっと理解してみましょう。

具体的にどんな話をしてもらったらいいか思いつかない場合には、「仕事で楽しい、充実していると思ったこと」や「キツかった、しんどかった、乗り越えた経験」等について聞いてみると、「あ、この人、そんな考えを持って仕事に臨んでいたのか!」など、その人が大切にしているものが分かり、関係性が深まったりします。

そして、そんな話が聞けると、もっと相手のことを知りたいと感じるようになりますし、相手もその気持ちを感じることで、より親しみを覚えてくれるかもしれません。

ぜひ試してみてください。そして、その結果、自分の内面に起こったことや変化、相手に起こった変化などについて考えてみてください。













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「タイで優雅な年金生活の夢が破綻」

2017-07-27 07:52:48 | 日本

東南アジアは日本人高齢者の移住先として人気だが、中でも世界的な観光地としても知られるタイは「イスラム教国で、シンガポールに次ぎ物価の高いマレーシアや、治安の悪いフィリピンに比べ、日本と同じ、仏教国という意味でも根強い人気がある」(大手旅行会社関係者)という。
◎優雅な年金生活を夢見たものの・・・・?

物価が安く、日本から近く、さらに一年中温暖な気候に恵まれ、日本食にも事欠かない、と、“優雅なタイでの隠居暮らし”を夢見てリタイア後、タイに移住して来る人は後を絶たない。
しかし、「タイは物価が安く、日本より優雅な生活ができる」という空想の夢物語は、数年前のお話。今、タイでは物価が高騰し国民生活を直撃、大きな問題となっている。


特にバンコクは深刻で、想像以上に激しい物価高騰で年金生活者の日本人高齢者は生活難に陥り、「リタイアリッチ」の夢は「リタイアプア」の現実に取って代わった。

日本を去らざる得ない理由があったり、リタイアリッチを豪語して日本を去った手前、今更日本にも帰れず、夢打ち砕かれ、身寄りのない異国で孤独死するケースも珍しくなくなってきた。

そもそも物価高騰の最大の原因は、2012年、インラック政権(当時)が実施した最低賃金の引き上げ。人件費高騰に伴い、物価も急上昇した。また、日本人の場合、昨今の円安傾向が状況をさらに悪化させている。
例えば、バンコクでラーメンを注文した場合、数年前であれば200バーツ(約700円)ぐらいだったのが、今では300から400バーツ(約1000円から約1300円)と、2倍近くにまで跳ね上がっている。

バンコクでもお馴染みの和風居酒屋や和食レストランでも、お酒が入ると1人当たり平均、2000~3000バーツ(約7000円から約1万円)もする。
日本では“飲食店の二極化”で激安傾向がさらに進む中、「日本より高くなってしまった」(日本人リタイア高齢者、日系企業駐在員)というのが実情だ。

まして、タイでは消費税(7%)に加えてサービス料(10%)が課せられる店も多く、物価の高騰を肌で感じざるを得ない。
ましてや、リタイアプアにはラーメンや日本食は高嶺の花。激安の屋台街に繰り出しても、屋台も麺類などが20~30バーツ(約70円から約100円)だったのが、今では50バーツ(約170円)に値上げされている。
もし計画通り年末までにバンコクの主要道路で露天が撤去されれば、日本人の貧困高齢者の生活は一層困窮することになる。


◎日本より高くなった家賃

食だけでなく家賃もまたしかり。先進国と比較すれば格安とはいえ、年々上昇傾向にある。
日本人居住区でマンションを借りると、3万~4万バーツ(約10万円から約13万円)が相場。東京の都心でもこの家賃だと、見つかる物件は多く、日本の地方や一部地域より高くなっているともいえる。

タイに移住する高齢者の中にも、企業年金と国民年金の両方を受給し、物価が高騰した今でも、比較的余裕を持ちながら暮らす日本人はいる。
しかし、日系スーパーで買い物をすれば、「日本では、1袋400円のみかんが800円(10個入)、1個90円のりんごが200円、1匹100円の秋刀魚やいわしが500円、豆腐や納豆も1パックが300円ほどで、1回の買い物に毎回最低1万円はかかる。物価安で日本より優雅に、とタイに来たが、日本より苦しい台所事情に直面している」(70代の大手商社リタイア夫婦)という。

まして、タイに移住するリタイア高齢者の約半数は、老後破綻した年金生活者とみられている。年金が少なく日本での生活苦から抜け出すため、日本を脱出してきた人たちだ。

彼らは首都バンコクでの「リタイアリッチ」の夢を諦めざるを得ず、チェンマイやチェンライといった地方都市に"脱出"し始めている。生活環境はバンコクより劣るが、飲食や住居などの出費は、大分安くつく。
特に今、タイで日本人のリタイアプアが多く住む地域は、チェンマイだ。そのため、日本の高齢化と同じように、チェンマイで日本人の高齢化、"老人ホーム化"が進んでいる。

タイの外国人退職移住者対象のリタイアメントビザは、申請条件が、80万バーツ(約270万円)以上の銀行預金残高、あるいは、年金受給が6万5000バーツ(月々、約21万5000円)。

しかし、チャンマイには、リタイアメントビザの申請条件に達せず、取得していない人もいる。彼らは、家具や家電付きのサービスアパートを、5000~6000バーツ(約1万7000円から2万円、月々)ほどで借り、食費を最小限に切り詰め、3万円以下の生活費で暮らしている。その人たちの多くが、年金支給額6万~8万円の日本での低所得者だ。

しかし、タイの大卒初任給は約4万円なので、日本人のリタイアプアはタイでは貧困層でなく、中間富裕層になる。
そんなチェンマイには、日本人が貧困、単身という同じ境遇の中、肩寄せあって暮らす老人ホームのようなアパートが散在している。日本人観光客も訪れる夜店の近くにある7階建てのアパートは、日本の公営アパートを想像するような建物。

しかし、日本ではいまだに、貧困層の高齢者にタイを含めた東南アジアへ、日本から脱出するようアドバイスするフィナンシャルプランナーなどがいる。
「今やタイは年金に頼る高齢者の移住先ではなくなりつつある。今後はリタイア高齢者は淘汰されるだろう」とタイのバンコクに長年住む日本人経営者は言う。実際、東南アジアでの移住、ロングステイの取得条件は年々、厳しくなっている。

直近11年間、日本人の移住先で最も人気の高いマレーシアでもロングステイ用ビザ(MM2H、50歳以上)の取得条件は、「①1100万円の資産証明(不動産含まず)、②約500万円をマレーシア国内の銀行に定期預金、③月額約32万円の収入証明(手取り)」とハードルは高くなる一方だ。

さらに、数か月から半年単位の海外滞在では家賃の安さは享受できないどころか、異国の地では、「言葉も食事も違う」「医療・介護制度は未整備」「治安も非常に悪い」。高齢者には向いていないように思う。

今や中高年のお金持ちの「南の国でリッチに、リフレッシュしたい」ための移住で、年金生活者が「物価が安く、ワンランクアップの東南アジアでの優雅な暮らし」のための時代ではなくなった。

現状を把握していないか、自らのビジネス、あるいは個人的な利害関係か、年金貧困者に東南アジアへの移住を勧める専門家は信用できない。











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「朝鮮戦争が再開したとき在日や左翼がどう動くのか」

2017-07-26 07:57:41 | 日本

現実に起こる可能性は極めて高い。 
以下は余命三年時事日記に投稿された読者の文章です。
 


①国内テロの多発。便衣兵による公共の場所はもちろん、前回は共産党員自ら警察署を襲っています。
 
各地の警察署の襲撃。党員による警官殺害の多発。
北海道の中国共産党購入別荘をアジトに便衣兵が集結、テロ。
沖縄デモの過激化。東京では・・・国会議事堂や皇居が襲われる。
地方も議会や役所が襲われる。
 
②デジタル攻撃
LINEが国家転覆ツールとして、利用される。
「嘘のニュースを流す」→世相の混乱
「勝手に電話され、課金される」→資金を奪う
「LINEから携帯が嘘の警戒警報を鳴らす」→本当に大切な警報への不信を誘う。
「LINEから携帯の破壊」→パニック誘発後、テロを実行。警察や消防車を呼べない状況が発生。
ほかyahooの会員情報、○○銀行など個人情報がテロリストへ流出。
小さいところでは長野県栄村役場の村民の皆さんの情報はどの家に誰が住んでいることも把握されている。
納税による資産状況の把握。便衣兵による押し入り強盗の多発。
 
③倒閣・世論かく乱
捏造スキャンダルによる内閣攻撃 首相・稲田氏など←今ココ
警察の威信を落とすため、警視庁長官へも捏造スキャンダルをしかける。
自衛隊へも同じく。
共産党のデマにより、自殺に追い込まれる人が多発。
警察の信用、政府の信用を損なうようなネットデマ、社会をかく乱する捏造デマが流れる→
東日本大震災の被災地で「強盗や性犯罪が多発している」が流れたように。
 
④共産党議員の参戦
地方の共産党議員は、議会で合法的に「平和宣言」、
「隣国を助けるための条例」施行に動く。
市長村で難民を受け入れるよう、議会や職員に市民ネットワークなどの下部組織を通じて圧力をかける。
募金活動(資金は国に寄付せず、共産党で管理)。
国会議員は「便衣兵に襲撃された」と通報する人達をヘイトスピーチだと攻撃する。犯罪者の人権を振りかざす。
国単位でも難民流入の活動。
 
⑤隣国への支援物資を募る人たちが現れ、現地に輸送せず北朝鮮に輸送。
詐欺行為を働く。
 
⑥ゆかいな仲間たちや石破がこういうことを主張します→「こんなときに隣国を助けないでどうするんだ、これだから自民党は」レンホーはじめ民進党も「多様性の共存」として、難民流入をはかる。
 
⑥労働組合によるメーデーの過激化。
各地でデモ以外、近隣ビルへの襲撃・略奪。
 
⑦日教組の過激化。
授業で勝手に「隣国を助けよう」と訴える教師続出。
自衛官の子供を教師がいじめることが再発。
日教組デモの多発。「隣国を助けよう+○○shine」
なんでも反対の先鋭化。
 
⑧大学の研究室をアジトとする大学襲撃が多発。
 
⑨自殺に見せかけて殺害される人が急増。
 
⑩中小企業へ潜入し、内部告発を多発、裁判に持ち込み資金を確保(青林堂事件参照)、保守の撹乱。←今ココ
 
⑪朝日新聞が、朝鮮戦争で殺害されている韓国民、特に子供の写真を共同通信やハンギョレ新聞からもらって、それを紙面に掲載。同情を誘う。
 
捏造ステーションやサンモニでも「セーブザチルドレン」や「共に生きよう」と銘打ち、
難民救助、日本へ引き入れようと張り切って報道する。
 
⑫最後に、避難民のキャンプは済州島に作られます(私の願望)。
キャンプではEUの難民キャンプに勝る犯罪→暴行・泥棒・焼き討ち・性的暴行・売春が跋扈し、国連の方から視察に来た人などは「この世の地獄である、このようなものは見たことがない。日本は難民を受け入れるべき」とコメントし、反日メディアで同情を誘うように報道。
避難民の心の安寧をはかるため、反日教が一層旋風を起こす。
朝鮮戦争はなぜか日本のせいにされ、手作りの慰安婦像をお祈りするようになる。
キャンプ民は日本をさらに憎悪している訳ですが、捏造ステーションや朝日新聞はそういったことは一切伝えず、キャンプ民の哀れな様子のみを報道し、日本国民の同情を誘い、
「セイブザチルドレン」運動を展開します。

以上、私が思う、日本共産党が目指していることです。
 http://quasi-stellar.appspot.com/articles/23/NY23b651e3.html から抜粋、引用しました










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「憲法改正により日中戦争を未然に防ぐことが可能になる」

2017-07-25 06:39:40 | 日本

尾藤克之さんの質問にたいして、ケントギルバードさんが答えている。
以下、要約し記す。


◎ケント氏は、最初にアメリカの国益に対する考え方を理解すべきとしている。

「まずは、トランプ政権のアメリカの国益に対する考え方を理解しなければいけません。アメリカの国益には、死活的国益(核心的利益)と戦略的国益、そして周辺的国益があります。中国がアメリカ本土に向けて弾道ミサイルを発射すれば、アメリカは死活的国益を守ろうと反撃することから米中戦争になる可能性が高くなります。」

「内容によっては、大規模な全面戦争になる可能性もあります。日本とは直接関係がないかというと、在日米軍基地も確実に攻撃対象となるため、集団的自衛権を発動して、米軍を後方支援する必要が生じます。」


◎これは、「護憲派」がよくいう「アメリカの戦争に日本が巻き込まれた」状態といえるかもしれない。では戦略的国益とはどのようなものか。

「戦略的国益に影響が出る戦争とは、アジアの同盟国を守るための戦争です。かつてアメリカは、ジミー・カーター政権下の1979年1月1日に、中華人民共和国と国交を樹立し、対日戦の同志だった中華民国(国民党政権)とは断交しました。中国大陸の支配権は1949年から共産党に移っていたので、目の前の現実を受け入れたことになります。」

「しかも、1954年12月2日に調印した米台軍事同盟である『米華相互防衛条約』も、1979年12月16日に失効し、在台米軍は完全撤退することになりました。」


◎アメリカは台湾を見捨てたことになるのか。

「『台湾関係法』を整備して、米軍の駐留は終了するものの、台湾軍への武器の売却や、沖縄など在日米軍の力で、自由主義陣営である台湾を、中国の手から守れるようにしたのです。また、『アメリカが同盟国を見捨てれば戦略的国益に影響が出るので好ましくないから、それはできない』とする考えがあります。」

「日本が直接当事者になる自衛戦争では、敵地攻撃能力を含めた軍事力を強化するという意味で、将来的には憲法改正が必要となります。ただし、現時点では米軍と自衛隊の組み合わせが威力を発揮します。このことは、中国も理解しているので、現状では戦争が起きる可能性は相当低いように思います。」


◎では、改めて確認したい。在日米軍基地が沖縄に集中した理由とは。

「アジアの同盟国を守るために、地政学上有利な位置に沖縄があるからです。台湾は沖縄と同等か、それ以上の地政学的価値があります。もしボルトン氏の提言(台湾に再び米軍基地を設置して、沖縄の戦力の一部を移すべき)が実現すれば、沖縄の基地負担を減らしつつ、南シナ海や尖閣諸島周辺での動きを効果的に牽制できます。」

「中国は、負ける可能性が圧倒的に高い米中戦争へと発展する妨害を、仕掛けるとは思えません。『日本に勝てる条件は、絶対に米国が出てこないこと。〈中略〉尖閣周辺などで想定される小規模な戦争だ。中国は小さい戦争なら米国は出てこないとみている』(村井氏・東京国際大学教授)の意見なども参考になるでしょう。」


◎では、私たちはなにをしなければいけないのだろうか。

「正確に、日本の現状を理解することが必要ではないでしょうか。日本の領土の最北端は、択捉島のカモイワッカ岬のはずです。大半の人は、この問題認識を忘れています。竹島、尖閣諸島、日本最南端に位置する沖ノ鳥島の保全は盤石でしょうか。各々が問題意識をもち議論を深めることが必要です。」











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「日韓関係はがらりと変わる」

2017-07-24 06:09:30 | 日本

武藤正敏元駐韓大使が「日韓関係はがらりと変わる」と題して掲載している。
以下、要約し記す。



「韓国人に生まれなくてよかった」という“挑発的”なタイトルの著書で話題の武藤正敏・元駐韓大使が7月初め、松江市内で講演した。島根県日韓親善協会の創立50周年を記念した特別講演に招かれた武藤氏は、「文在寅政権誕生後の朝鮮半島情勢と日韓関係」と題し、文政権の危うさを指摘しつつも韓国民に温かいまなざしを注ぎ、さまざまな角度から両国の関係について語った。講演の主な内容は次の通り。
 

◎これからの韓国が心配
 
韓国は1960年代、アジア最貧国の一つだった。今や先進国入りし、これだけの国を作り上げたが、これからどうなるのか、非常に心配。それは、文在寅(ムンジェイン)大統領の考え方、やろうとしていることと、私が「韓国はこうあるべきだ」と考えていることに、ずいぶん大きな違いがあるからだ。
 
韓国大統領選で、文氏を支持したのは、北朝鮮の問題についてあまり関心のない若い人たち。だから、文氏は北朝鮮問題について、決して白紙委任されたわけではなかった。だが、当選後は今までの保守政党の政権とは全く違うことをやっている。
 
北朝鮮は弾道ミサイルの発射を繰り返している。北朝鮮が「大陸間弾道弾だ」と主張したミサイルについては米国務省も同様の認識を示したようだ。核弾頭を小型化してミサイルに搭載できるようになり、それを実戦配備すればもう後戻りはできなくなる。そうなると、韓国は北朝鮮からどのような言いがかりをつけられるか。日本も難しい局面を迎えるかもしれない。そういう状況が、文政権時に起きるのではないかと、心配している。
 

◎力落ちると徹底的に叩かれる韓国大統領
 
文大統領は、選挙公約で格差の解消や雇用対策、政経癒着の改革を訴えたが、政権の支持率が高い間は、誰も反対しない。財閥企業も協力するようなことを言う。
 
しかし、韓国の大統領は、力が落ちてきたら徹底的に叩かれる。朴槿恵(パククネ)氏も力のあるうちは、崔順実(チェスンシル)事件など表に出てこなかった。昨年の総選挙で負けると、こうしたあら探しをされる。
 
文政権を取り巻く国際環境も非常に難しい。米国は北朝鮮の問題で韓国の頭越しに中国と手を組もうとしている。日本とは慰安婦の問題、中国とはTHAAD配備をめぐる問題でいろいろガタガタとしている。
 
◎慰安婦合意を振り出しに戻そうとする文政権
 
日韓関係について、文大統領は慰安婦問題と日韓関係全体を分け、「前向きの関係を作ろう」と言っている。これは正しく、そうあるべきだと思うが、そういうふうにいくかどうかは疑問だ。
 
慰安婦問題について、日韓首脳が電話会談した際、文大統領は「韓国の大多数の人々は情緒的に受け入れられない」と言い、さらに訪米前の米報道機関とのインタビューでは「日本は法的な責任を認めて謝罪すべきだ」と言った。
 
これまで互いに折り合わなかったのを、“ふんわり”とした形で折り合ったのが(安倍首相と朴大統領による)「慰安婦合意」だったのに、これをまた振り出しに戻そうとしている。
 
今までは、韓国の国民感情が「日本はけしからん」と盛り上がると、日本側がなんとか抑えて日韓関係をうまく収めようと日本が譲る場面が多かった。だが、今の日本は嫌韓感情が高まっており、日本から譲って日韓関係をまとめようと主張する人は、ほとんどいない。
 
ちなみに、過去の韓国大統領は慰安婦が騒ぐと「ごもっともです」と言っていたが、朴氏は先頭に立って慰安婦を説得した。それで慰安婦関係者の約9割が納得していたのだが、文氏は「慰安婦の方々が合意を受け入れない」と言う。
 

◎竹島問題、日本がどうしようと「けしからん」
 
島根県に来て、竹島問題に触れないわけにはいかない。これは、歴史問題にしてしまったところがいけない。盧武鉉(ノムヒョン)大統領が「日本の朝鮮半島侵略の第一歩が竹島だ」という位置づけにしたことによって、日本がどうしようと、「けしからん」という感情になってしまった。
 
「歴史的にも法的にも日本固有の領土だ」という日本の主張には、地図などが存在し、きちっとした根拠がある。戦後のサンフランシスコ講和条約締結交渉の際、韓国は「カイロ宣言によって竹島は日本の領土から離れた」と訴えたが、米国はこの主張を否定した。
 
安保の面でもそうだ。朝鮮半島有事の際は、在日米軍の主要基地を国連軍に使用させ、兵站(へいたん)調達の便宜を図るなど、朝鮮半島の平和と安全に日本が直接関わっている。
 
こうしたことを、韓国人は理解しようとしない。

 
◎「対話」重視の北朝鮮政策、大丈夫か
 
文政権の北朝鮮政策は、「対話重視」で、人事をみてもすべて「対話」にシフトしている。秘書室長は、主体思想(北朝鮮の国家指針)に共感しているし、国家情報院長は「北朝鮮の金正日・元最高指導者が唯一、名前と顔を一致できていた韓国の行政官」といわれている。
 
経済の問題では、「漢江の奇跡」を果たした朴正煕(パク・チョンヒ)大統領に対し、文氏自身は「『大同江の奇跡』を」と言っている。大同江は平壌(ピョンヤン)を流れる北朝鮮の河川。南北の経済一体化で、世界に影響を及ぼす朝鮮半島全体の経済圏を作ろうということだが、(文氏の中心的な支持層である)若者たちは「統一問題」をどう考えているか。
 
建前上は、統一を支持するが、本音は「あの貧しい国を助けるために、自分たちがどれだけ負担しなければいけないのか」だ。
 
南北の経済を一体化させるという、理念は素晴らしいが、文氏が強く支持されている今、若者たちの本音は誰も言わない。それだけに、「本当に大丈夫か」と心配になる。
 

◎平昌五輪でも現実離れした提言する文政権
 
平昌五輪について。文大統領は「南北合同チーム」に言及した。五輪担当大臣に当たる韓国の文化体育観光部長官も、北朝鮮でもスキー競技の一部種目を一部開催し、南北共催にしようと言っていた。
 
これによって、南北の和解も進むし、北朝鮮が世界に開かれる。理念としては素晴らしいが、現実的に可能か。北朝鮮に、各国がトップアスリートを送り込めるか。IOCとして責任を持てるか。
 
選手だけでなく、各国の応援団や観光客も入ってくる。北朝鮮にとっても、体制維持に大きな問題が生じるが、こういうことを平気で言うのが、文政権。現実離れしていて、心配だ。
 

◎意識の違い表面化した米韓首脳会談
 
文大統領は、北朝鮮の問題について「朝鮮半島の問題だから、自分たちが主導権を握って対話を通じて解決する」と強く主張している。
 
大統領直属の文正任(ムン・ジョンイン)・統一外交安保特別補佐官は、米国で「北朝鮮への挑発を止めれば、軍事演習や戦略兵器配備の縮減ができる」と発言し、米国で非常に強い反発が起こった。
 
補佐官は、北朝鮮の主張を言っているわけで、文大統領は慌てて「これは個人的な意見で、政府の公式見解ではない」と打ち消した。
 
だが、「軍事演習の縮小」などは文大統領自身が選挙中に主張していたことで、決して補佐官の個人的意見ではない。それだけに文政権は危なっかしい。
 
今回の米韓首脳会談で、こうした対立点は表に出なかったが、米国のマクマスター国家安全保障問題担当大統領補佐官は「北朝鮮の脅威によって、韓国が人質に取られている」と言うなど、米側が北朝鮮に対する圧力を緩めるという意思はまったくなく、韓国との意識の違いがかなり表われている。
 

◎一般国民は良好、政治家とマスコミが問題
 
一般国民の間では、日韓関係は非常に良い。一部には確信的な反日活動家がおり、大使館の前で毎日デモがある。私は、この人たちのことを「それによって生計を立てている人たち」だと言ったことがあるが、メディア関係者から「大使がそんなことを言ってはいけない」とたしなめられた。しかし、私はこれが一部に過ぎず、大多数の人たちはいい感情を持っていることを知ってもらいたくて、そう発言した。
 
しかし、マスコミや政治家はかなり異なる。マスコミは、互いに横並びで見ていて、自分たちだけが突出して親日的な報道をして叩かれるのが嫌だから、日本を叩いている。だから、日本に対して国民全体がいい感情を抱いている、となると、報道も変わってくる。
 
政治家は、政治が対立と抗争の歴史だから、大統領が日韓関係を進めようとすると、それに対する反対が必ず出てきて、日本を叩く。だから政治家の反日はなかなか治らない。
 
日本人の嫌韓感情には、2つのタイプがある。1つは「韓国人が反日だからけしからん」というタイプ。もう1つは「自分たちは、日韓関係をよくしようとずいぶん一生懸命頑張ってきたのに、韓国人はいつまでたっても日本の歴史問題を批判する。いい加減にしろ」というもの。
 

◎日韓関係進むか否かは大統領次第
 
私は日韓関係について、「中長期的には改善している」と認識している。日韓関係は、良くなる時も悪くなる時も速く、浮き沈みも激しい。悪くなる時は、常に「歴史」と「政治」の問題が原因。良くなるのは、人的、文化的な交流によって親近感が増す時。
 
昔は、日韓の関係が悪くなると、両国の議員連盟が間に入って仲介したこともずいぶんあったが、今はだんだんそれが難しくなり、首脳同士の関係が左右するようになっている。
 
一般的に、韓国の大統領が「日韓関係を前に進めよう」という信念を持っている時は、うまくいっている。例えば、朴正煕大統領は国交正常化を実現し、全斗煥(チョンドファン)大統領は初めて国賓として来日した。金大中(キム・デジュン)大統領は日本文化を開放した。彼は、日本について「血と涙を流しながら民主主義国家になった」と評価していた。
 
李明博(イ・ミョンバク)大統領の前半期はよかったが、竹島問題が日本の教科書でより強く扱われるようになることを知ったとたんにがらりと変わり、一気に日本に対して厳しくなった。
 
それから朴槿恵大統領。最初はあちこちで“告げ口外交”を展開していたが、日韓関係はちゃんとしないといけないと思うようになり、慰安婦問題では合意に至った。
 
韓国の大統領が日本との歴史問題にこだわっている時には、日韓関係はなかなかうまくいかない。だが、日韓関係をなんとかしなければいけないと考えたとたんに、がらりと変わる。だから、日韓関係については、短期的によくなった、悪くなったと一喜一憂するのではなく、中長期的に見て、よくしていこうと考えるのが、より現実的だ。
 










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「黒ショウガとは」

2017-07-23 06:54:12 | 日本

◎黒ショウガの由来

黒ショウガはもともとラオスやタイ北部に自生していたショウガ科の植物。
今から約1000年も前からタイの方ではお茶などとして飲まれ、活力源として親しまれてきました。
タイでは“クラチャイダム”と呼ぶそうですが、日本では見た目が生姜そっくりで切った断面が黒紫色をしている事から黒ショウガまたはブラックジンジャーと呼んでいます。

近年では、カンボジアや沖縄でも育てられていますが、タイの気候が黒ショウガに合っているのか、タイ産のアルギニン成分保有量が他の国の黒しょうがよりも多く、品質が良いとも言われています。


◎黒ショウガの主な効果

黒ショウガには抗酸化作用が強く、活性酸素の抑制を行うポリフェノールが含まれています。
実はこの活性酸素、ウイルスや病原菌から体をガードしてくれるバリアの一つなのですが、増えすぎてしまうと老化や様々な病気の原因になってしまうと言われています。

活性酸素が発生する原因は「ストレス」「紫外線」「たばこ」「電磁波」などです。
活性酸素が大量に発生してしまうと必要な細胞を攻撃してしまいます。
そこで活躍するのが抗酸化作用をもつポリフェノール。
活性酸素を抑制し、老化や病気の予防をしてくれます♪

またミネラル・アミノ酸も黒ショウガには豊富に含まれています。
ミネラルは現代人が不足しがちな鉄分や亜鉛などが含まれ、滋養強壮や疲労回復、貧血予防にもなります。
そしてアミノ酸は私たちの体を構成している重要な成分です。肌の弾力を保つコラーゲンも筋肉をつけるためのタンパク質もアミノ酸が主成分です。
若々しい肌・肉体を維持する作用も黒ショウガには備わっています。

黒ショウガの有効成分アルギニンの含有量はマカの約2倍!血流が改善しエネルギー消費量が増え、ダイエットに効果抜群です!クルクミンなどによりコレステロール値が低下したり、抗酸化作用によりアンチエイジング効果などがあります。
黒ショウガには血流改善やコレステロール減少など様々な健康効果があり、ダイエットやアンチエイジング、冷え性に効くということで今注目を集めています。

冷え症なので痩せにくいという方にピッタリ!黒ショウガの血流改善効果でむくみやお腹のハリなども解消。アルギニンの血管を拡張・血流を促進する作用や動脈硬化の抑制といった効果があります。黒ショウガは冷え性の方のダイエットにとっても相性が良いのです。


◎黒ショウガを摂取する方法

黒ショウガは日本では大変めずらしいハーブです。
普通のスーパーなどではなかなか手に入りません。
脂肪燃焼やアンチエイジングでブームになっている黒ショウガを摂取する方法として一番簡単な方法はサプリメントでの摂取です。
最近では黒ショウガのダイエット人気もあり、ドラッグストアなどでも見かけるようになりました。


◎黒ショウガの購入方法

黒ショウガはドラッグストアやスーパーでは販売していないので、通販のみで購入できます。黒ショウガで血行循環を良くして冷え性を改善し、効果的にダイエットしましょう!








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「中国ガン・台湾人医師の処方箋」

2017-07-22 07:25:59 | 日本


林建良さんが「中国ガン・台湾人医師の処方箋」と題して掲載している。
以下、要約し記す。



中国ガンを退治しなければ、真っ先に飲み込まれるのは日本と台湾である。中国人の深い怨念を考えると、台湾よりも日本の方が深刻になりそうだ。日本が本気に中国ガンを退治しようとするなら、台湾と連携しなければならない。中国は台湾を「核心的利益」としている限り、台湾は中国ガンの核心に挿し込む鋭い刃物となるからだ。
 

◎「核心的利益」発言は「色レイ而内ジン」の現し
 
論語陽貨篇に「色レイ而内ジン」とう言葉がある。本当は軟弱なのに、強い態度に出るとの意味だ。「強がり」に近い意味だが、その論語の続きの言葉は「譬諸小人、其猶穿兪之盗也與」のだから、「強がり」以上の軽蔑の意味が含まれている。肝玉もないのに人を恐喝したりする盗賊のような人間を指している。これは中国の態度そのものだ。
 
中国の恐喝の常套手段は「核心的利益」と勝手に決めつけながら、戦争を仄めかすことである。これはチンピラと同じ、「手を出したら刺すぞ」と虚勢を張る態度なのだ。しかしその強硬な態度とは裏腹に、中国には内心では「核心的利益」に絡む争いを恐れていると理解すべきだ。台湾に絡む事態を恐れていなければ、その「色レイ而内ジン」の言葉を使う必要もない。「北京は中国の核心的利益だ」と言う必要もないように。
 
「核心的利益」という言葉は対外的には「手を出すな」という恐喝の効果と、対内的には「強い態度で臨んでいる」というアリバイ作りの狙いがあると同時に台湾に対して「独立するな」との警告も含めている。
 

◎台湾の法理的独立は中国分裂の起爆剤になる。
 
実際、中国が一番恐れているのは台湾の「事実上独立」(de facto)
から「法理上独立」(de jure)に移行するのであろう。なぜなら、台湾の法理的独立が中国の分裂を促す最大の起爆剤になるからだ。
 
台湾の法理的独立に対して、中国は必ず武力を使って阻止すると宣言してきた。だから台湾の法理的独立は戦争を意味する。当然その瞬間、中国の経済は崩壊してしまう。ところが中国が台湾に武力侵攻をしなければ、張子の虎であることを宣言することに等しく、中国内部の分離勢力は必ず刃向ってくる。その時、政権内部の批判も噴出しやがて分裂につながる熾烈な権力闘争に発展するのであろう。
 
分り易く言えば、台湾の法理的独立宣言について、中国は恫喝以外に有効な手立てを持っていないのだ。台湾が捨て身になる覚悟さえあれば、中国を崩壊させる力を持っている。重要なのは、中国もそのことをよく知っていることだ。その中国と台湾とのチキンレースは今でも展開している。
 

◎現実味のある中国民主化運動支援
 
しかし、中国がもっと恐れなければいけないのは台湾の独立宣言ではなく、台湾が中国の民主化運動を積極的に支援することだろう。
 
台湾が民主主義をもって中国に圧力をかければ、独立宣言と同様な破壊力を持つ。なぜなら、中国人も現在の共産党独裁体制に不満を抱き、言論の自由、民主化と人権尊重を求めているからである。
 
中国人のほとんどが台湾は中国の一部と信じ込んでいる。台湾が独立宣言をすれば、中国人のほとんどが中国政府を支持して台湾を叩くのであろう。つまり、台湾が法理的独立する際、中国人民とも戦わなければならない。
 
しかし、台湾が中国の民主化運動を積極的に支援して中国の変化を促す場合は、共産党政権を敵に回すが、中国人民を敵に回すことはない。結果として中国人民と共同戦線を張り、共産党政権と戦うことになるのだ。これが恐らく中国政府にとって一番嫌なシナリオではなかろうか。
 

◎民主化運動を支援する実績のある国民党
 
台湾は蒋介石の時代から、国民党と共産党の内戦の延長として、中国の民主化運動を支援してきた実績がある。台湾に逃げ込んだ蒋介石政権が「自由中国」を名乗っているが、共産党と同様な独裁政権だった。民主化運動支援とは共産党政権を転覆させる手段だけであり、中国を本気に民主化させるつもりなどなかった。蒋介石の捕らぬ狸の皮算用は当然中国人に信用されず、何の効果もなかった。
 
2000年、国民党政権に代わって民進党政権になると、独立派であるはずの陳水扁が早々と独立色を封印し、中国に媚びるようになった。その後の8年間の政権の下、中国への善意の印として民主化運動支援をもトーンダウンさせ、李登輝政権以来、アメリカに拠点を置く中国民主化運動団体「北京の春」への資金援助も打ち切った。情けないとしか言いようがないのだ。
 
その後の馬英九政権が中国一辺倒の政策をとり、中国に迎合しているため、民主化運動への支援もついに完全に有名無実化となった。こうして台湾政府も日本政府も中国の嫌がることをせず、中国に媚びる姿勢を徹しているからこそ、中国ガンを助長しているのであろう。
 

◎中国人が傾倒する台湾の民主と自由
 
しかし、それでも台湾は中国に絶大な影響力を発揮している。2008年5月に就任した馬英九は、すぐさま中国人観光客の台湾旅行を開放した。それから、台湾の至るところに中国人を目にしない日がない。
 
中国人観光客が興味を持っているのは台湾の景色よりは、台湾の民主自由の社会なのである。台湾の名勝地に行った中国人たちがよく口にするのは、中国の風景はもっと良かったなど偏狭な言葉である。これも中国人の嫌らしいところだが、一つだけ、狭量な中国人も認めざるを得ないところがある。それは台湾社会の自由な雰囲気と台湾人の善良さである。彼らの大半が台湾の民主主義に傾倒し、台湾の自由の空気を魅力的に感じているようだ。
 
台湾に旅行した中国の有名作家韓寒は自分のブログで台湾人の善良さと民主自由の雰囲気を伝えた。彼は台湾の民度の高さを賞賛している一方、こうした暖かい社会の形成は民主的制度の下である故だとも強調している。
 

◎中国人は台湾を知れば知るほど、共産党独裁政権に疑問を持つ
 
台湾人は中国人と接触する機会が増えれば増えるほど、自分は中国人ではなく、台湾人なのである台湾人意識が強まるが、中国人は台湾人と接触すればするほど、「同じ中国人」なのに、何故台湾人にできて、自分にはできないのかと疑問が深まる。その疑問は何れ、中国共産党にぶつける奔流になり、独裁体制をなぎ倒す力になろう。
 

◎中国人観光客の目を引く反中国的部分
 
もう一つ中国人観光客が興味を示すのは、台湾の反中国的部分である。様々な中国批判や共産党批判の書物、毛沢東の宿敵である蒋介石の記念堂、あちこちに出会う法輪功の反共産党宣伝ビラなど、中国で見ることのできない政治思想や歴史記述が彼らの目を引いている。
 
このような発見は、単に一外国での新鮮な見聞だけではなく、そこにあるのは自分に関係する歴史の真実である。共産党も国民党も嘘つきな中国人体質だが、相手の悪口の部分なら信じられる。台湾旅行がこのようなところで中国人たちにインパクトを与えていることは恐らく中国の当局も予想しなかったのであろう。
 
似たようなインパクトは私も経験している。戒厳令が敷かれていた1987年に日本に留学してきた私が絶大の関心を持っていたのは、台湾で触れることのできない台湾の真実であった。台湾で禁止されていたいろんな書物を読み進むにつれ、長年自分を騙してきた国民党政権への憎悪もさらに深まり、それが私の台湾独立建国運動への参加につながった。台湾で中国共産党に関する文献や書物に触れる中国人も恐らく同様な気持ちではなかろうか。
 
こうして台湾は、中国政府の思わぬところで中国の変化を促している。中国にとって台湾は美味しい獲物から扱いにくい厄介者に変身しつつあるのだ。










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「闘戦経 本文」

2017-07-21 07:08:54 | 日本

◎「闘戦経」本文

一、 我が武道は天地の初めよりある。
二、第一は日本の武道、第二は中国の兵法。
三、骨を強化す。
四、金は金たるを知り、土は土たるを知れ。
五、天は剛毅にして傾かず。
六、胎児はまず骨から成る。
七、造化の神は冷厳である。武もまた断乎たれ。
八、孫子は詫譎「きけつ」(いつわり、あざむく)の書である。
九、兵法の本来は戦いにある。
十、中庸がよく、偏してはならない。

十一、目は三つはいらない。
十二、死生を論ずる間は死生を悟れず。
十三、孫子は懼字「くじ」(敵を恐れる)なり。
十四、 四体破れざるに、先ず心を失うは天地の理にあらず。
十五、 魚に鰭「ひれ」あり、蟹に足あり。
十六、物の根たるもの五(陰陽、五行、天地、人倫、死生)あり。
十七、 軍は進止あるのみ。
十八、 兵は稜(刀尖、鋭、鋭気)を用う。
十九、 未だ謀士の骨を残すを見ず。
二十、 軍に足痕(足あと)なきは善なり。

二十一、 我、蝮蛇(まむし)の毒を生かさん。
二十二、 疑えば、天地みな疑わし。
二十三、 「呉子」(呉起の兵書)は可なり。
二十四、 武将の敗因は不決断。
二十五、 智者は威をおそれ、罰をおそれず。
二十六、 蛇に足はないが、百足(ムカデ)に勝つ。
二十七、取るものは倍して取り、捨てるものは倍して捨てよ。
二十八、英気(火)のない軍は敗れる。
二十九、戦いは勝つことが第一である。
三十、小虫の大敵をたおすは毒あればなり。

三十一、人智も鬼智をしのぐことができる。
  三十二、戦国の主たらんものは疑(ためらい)をすてよ。
 三十三、ふところ手(隙・スキ)するなかれ。
三十四、変を知っても常となせ。
三十五、胎児、胞あり。
三十六、蔓(つる)は細いが、瓢(ひさご)を支える。
三十七、まず脚下の蛇を断て。
三十八、智の用は内照にあり、勇の用は外発にある。
三十九、陣頭に仁義なく、刃先に常理なし。
四十、先ず体を得た後、用を得るものは成る。

四十一、亀は万年、鴻(おおとり)とならず。
四十二、龍が大空に騰(あが)るものは勢なり。
四十三、単兵、急に攻めて勝つには毒尾を打つ。
四十四、離弦(発矢)の勢い、衆を討つべし。
四十五、輪の輪たるを知るものには、蜋は腕をのばすべし。
四十六、虫は飛ぶことを知らず、蝉は蟄を知らず。
四十七、人、神気を張れば勝つ。
四十八、水に生くるものは甲鱗を有し、山に生くるものは角牙を有す。
四十九、まず力、術はその次。
五十、威をたのまず、勇をたのまず、智をたのまず。

五十一、斗(北斗七星)は向背し、磁は南を指す。
五十二、兵の本来は国の禍患を絶つにあり。
五十三、用兵の極意は虚無(孫子の詭譎)にあらざるなり

















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「太平記評判秘伝理尽鈔と闘戦経」

2017-07-20 06:33:42 | 日本

◎「太平記評判秘伝理尽鈔」

太平記評判秘伝理尽鈔(たいへいきひょうばんひでんりじんしょう)は、江戸時代に広まった『太平記』の注釈書である。40巻。
近世初期に日蓮宗の僧侶、大運院陽翁(1560-1622年?)がまとめたものとみられる。『太平記』の本文に沿って、奥義を伝授するもので、「伝」(本文にない異伝)と「評」(軍学、治世などの面から本文を論評した部分)から成る。

「武略之要術、治国之道」とされ、藩政を担う武士を対象に秘伝として伝えられた。写本が金沢藩(前田家)の尊経閣文庫や岡山藩の池田家文庫などに残っている。大運院陽翁が寺沢広高(唐津藩主)に伝授したという奥書のあるものが17世紀半ばに刊行され、広く普及した。
『理尽鈔』と同種の書も複数刊行された。『太平記大全』(1659年)は、『太平記』と『理尽鈔』の全文を収め、注釈と人物の略伝を補ったものである。

水戸藩が『大日本史』編纂のためにまとめた『参考太平記』(1691年)は、『理尽鈔』の史料的価値を否定し、「論ずるに足りず」としている。明治以降の近代史学でもほとんど顧みられず、亀田純一郎は1931年の論文で「末節に拘泥し陳腐に流れ、読むに堪へないものが多い」と評している。

1980年代以降、文学研究者によって『太平記』受容史上の意義が指摘され、本書の研究が進んだ。若尾政希は安藤昌益研究を進める中で、昌益が『太平記大全』を読み、抜粋ノートを作成していたこと、昌益の思想に『理尽鈔』の影響が見られることを解明し、さらに『理尽鈔』が近世の政治思想と民衆思想を解明するうえで重要であると論じている。



◎「闘戦経とは」

『闘戦経』(とうせんきょう)は、平安時代末期に成立したとみられる日本の兵法書(後述)。現存する国内独自の兵法書としては、最古の兵法書である。

当書を著し、代々伝えてきたのは、古代から朝廷の書物を管理してきた大江家であり、鎌倉幕府の時代では源頼朝から実朝の三代にわたって、兵法師範として伝授してきた一族である。

当書によれば、「永い歳月を経て、虫や鼠にかわりがわり噛まれ、その伝えを失い、何人の作述か(具体的には)知られておらず、大祖宰(大江)維時卿の作とも、大宰帥匡房卿の書なりともされる」とあり、説として、維時か匡房としている。日本兵法研究会会長家村和幸は、時代的に見て匡房の作としている。従って、11世紀末か12世紀初め頃とみられる。当書には、一切、「武士」や「侍」といった語が用いられておらず、「兵」や「軍」としか記されていない。また、内容から権威主義的であり、戦国期(15世紀末から16世紀)における下剋上といった合理・実力主義的な思考(中国的戦争観)が全く見られない[4]ことから、まだ武家が権威に対して従順だった時代の頃(鎌倉期以前)の作とわかる(戦国期では通じない精神的な面、「兵の本分とは」といった理念も見られる)。

また、『闘戦経』は度重なる戦乱を経て一部のみ伝わったものとされる。
著された理由として、中国兵法書『孫子』における「兵は詭道なり(謀略などの騙し合いが要)」とした思想が日本の国風に合致せず(『闘戦経』の内容からも、知略ばかりに頼れば、裏目に出るとした考え方がうかがえる)、いずれこのままでは中国のような春秋戦国時代が訪れた際、国が危うくなるといった危惧から、精神面を説く必要が生じた為、『孫子』の補助的兵書として成立した旨が、『闘戦経』を納めた函(はこ)の金文に書かれている。金文を一部引用すると、「闘戦経は孫子と表裏す」とあり、『孫子』(戦略・戦術)を学ぶ将は『闘戦経』(兵としての精神・理念)も学ぶことが重要であるとした大江家の思想がうかがえる。

『闘戦経』の序文において、「闘戦全ての経なるものにして、本朝兵家のうん秘、我家の古書なり」(闘戦全経者、本朝兵家之蘊奥、我家之古書也。)とあり、国内の兵法書において、「経」を冠した兵書がないことからも、経といえる兵法書は当書が初めてであり、これが名の由来とみられる。なお、序文は室町時代に記述されたものとされ、この序を記した大江某とは、応仁の乱以前の大江家当主とみられる。

作述されてからは、大江家38代大江広元が、鎌倉幕府・源氏三代に仕えたが、北条家の治世となってからは遠ざけられ、結果として理解しやすい『孫子』・『呉子』が武家社会の間で普及し、『闘戦経』を学ぶ者は一部の武家に限られ、伝えられた。

のちに、41代大江時親は金剛山麓に館を構え、当地周辺の豪族に兵法を伝授するようになる。その中には、鎌倉幕府を倒し、足利家に立ち向かった名将楠木正成もいたとされる(当将は最期まで権威に従い、裏切らなかった)。建武中興(1334年)後、時親は安芸国へ行き、毛利家の始祖となる。
戦国期に至り、大江家52代毛利元就の弟である大江元綱は、この書を出羽守の秦武元に授け、さらに彼から伝授された眞人正豊(橘正豊)は、自らを「江家(ごうけ)兵学の正統」と称し、元就の孫(吉川元春の子)たる大江元氏に「源家古法」と共に伝えた(この「源家古法」の表現は、当書内にも見られる)。

その後は、江戸期に至り、18世紀中頃の宝暦年間に伊予松山藩の兵法師範木村勝政に伝えられ、藩内において数代にわたって伝え続けられてきた。この他にも、何らかの形を経て、黒羽藩にも伝わっている。

最終的に『闘戦経』は大正15年(1926年)に海軍兵学校に全て寄贈され、戦前の海軍大学校でも、『闘戦経』を講義に用いた。現在9冊の写本が残り、それぞれ、本文だけのもの、注釈つきのもの、釈義のみのものがあり、現在に至るまで、古来の日本兵法思想とは何かといった研究に欠かせない資料となっている。


◎『闘戦経』 内容

一部のみ現存する上、『孫子』の補助的兵書としての役割の為、兵として、将としての思想・精神・理念・心法を主に説き、用兵論を一部で説いているものの、攻城戦や籠城戦といった具体的な戦術論は説かれていない。実質的戦術は『孫子』・『呉子』に任せている形となり、従ってこれらの中国兵法書も熟知していなければならない。また、文は全体的に見て、短く、簡潔にまとめられている為、読者に解釈を求められる形式となっていて、後世、注釈本が書かれたゆえんでもある。
(現存部として)全53章から成る。

当書における思想の特徴として、物事を二元的に区別して考えるのではなく、一元的に集約して語り、用所ごとに使い分けるべきと論じたもので、「これは一と為(な)し、かれは二と為す。何を以って輪と翼とを諭(さと)らん」の文に表れている。翼は一対であり、区別(二元論)をしても、ものの役には立たないのは事実であり、中国朝廷の制度のように、文官・武官と別けるのではなく、両道に努めるべきだとする大江家兵法の根幹が各所で説かれる。一方で、思考の基盤としては、陰陽思想や古代中国の賢人の言葉を引用し、自然の摂理(自然現象や動物の体形および生態系)から照らし、物事を洞察し、解するように述べている。

『孫子』について、「孫子十三篇、懼(おそ)れの字を免れざるなり」(敵に対して恐れをもっている)とあり、いかに有能で優れた兵法書たる『孫子』でも、精神面は説いていないとする。『呉子』については、「呉起の書六篇は、常を説くに庶幾(ちか)し」とし、常道の大切さを説く(当書は基本を何度も説く)。

用兵論として、「単兵にて急に虜にする者は毒尾を討つなり」(小部隊に急襲させ、捕虜を得るにはまず危険な所から討て)や「先づ脚下の蛇を断ち、而(しか)して重ねて山中の虎を制すべし」(目先の危災を処理してから遠地の強敵に向かえ)といった現代では基本ともいえる順序を述べている。他にも「軍に踵(きびす)無きものは善なり」(良き軍とは余計な足跡を残さない)と用兵の理想(何事においても一度で済ます規律さ、迷いのなさ)が記されている。三十六章については、物資や兵站についてのものと解釈できるが、精神論的であり、小さいものから大きなものが生じたり、小さなものの中に広大な世界があるといった例えをした上で、「天地の性がどうして少ないといえるか(考え方次第で不足なものはない)」として、具体性がない。

また、「善のまた善なるものは却(かえ)って兵勝の術に非(あら)ず」といったように、やたら付け加えたり、多過ぎても、時によっては悪いと説き、「一心と一気とは兵勝の大根か」といったように、兵が勝つ為にはバラバラな気の状態・心理状態より、一斉に一致団結するのが基本であると兵が勝つ為の基本的条件を将たる者に語っている。そういった意味では、将としての資格を養う為の書といえる。それは、「剛を先にして兵を学ぶ者は勝主となり、兵を学んで剛に志す者は敗将となる」(術や兵学より体を鍛える=基礎体力の向上の方が先である)とした表現からもわかる。

兵としての社会的役割・意義についても多々語っていて、「兵の本は過患(かかん)を杜(ふさ)ぐにあり」(兵士の本分は、災いや凶事を杜(と)絶することにある)とし、「用兵の神妙は虚無に堕ちざるなり」(無駄に思想に凝るのではなく、実に努めることが用兵の要である)としている。仏僧が幻術(奇術)による布教を本分に非ずとする考えと同じである。また、「兵者は綾(りょう)を用ふ」(綾とは、この場合、鋭い勢い、鋭気を指す。転じて鋭い洞察力とも解せる)として、兵の基本的状態のあり方を説き、「兵の道にある者は能(よ)く戦うのみ」(下手に裏工作をすれば、裏目を見る)といった姿勢からも、基本からブレるべきではないとしたことを繰り返して述べている。

一方で現実的な面も突きつけており、「鼓頭に(鼓が鳴り、戦が始まれば)仁義無く」や「勝ちて仁義行はる」といったように、平時での仁義は戦場では通じないと割り切り、「儒術は死し、謀略は逃る」(儒を奉じる者は事変に会って死を選ぶ他なく、謀略を成す者は危急の際、逃げる)と語っているように、儒教に対しては、むしろ批判的な一面を有し、この文からも、謀略家を批判する立場をとっている。

智者の定義としては、「取るべきは倍取るべし。捨つべきは倍捨つべし。鴟顧(しこ)して狐疑する者は智者依らず」(鳶が後方を気にし、顧み、円を描いて飛び、狐のように疑ってぐずぐずするような者は知恵ある者にあらず)とあるように、智者の条件とは、決断力ある者とする。

権威については、「草木なるものは霜を懼れて雪を懼れず。威を懼れて罰を懼れざるを知る」(民は権威が恐ろしくて、権力が恐ろしくないことを知っている)と解し、「戦国の主たる者は、疑を捨て、権を益すに在り」(疑心を捨て、権威を益せ)と説いているが、現実の国内戦国史においては、多くの武将が中国観における「疑って当然」という態度・姿勢を示しており、当書が権威に従順だった頃に成立したものとわかる。

「死を説き生を説いて、死と生とを弁ぜず。而して死と生とを忘れて、死と生との地を説け」(死とは生とは何かと説いたところで、死と生とはわかるものではない。むしろ死生については忘れ、死すべき地と生きるべき地とを説け)とするこの考えは日本的である。それは日本列島が細長い地形であり(南から東北にかけて広がる点は、ヨーロッパ大陸とも似、南部と東北に異文化が栄えた点も似るが)、一度、大きな戦争が始まると、一方が先端に追い詰められやすく、史上で度々そうしたことが起きたこと(例として、源平合戦、南北朝、関ヶ原の戦いなど)とも関連する。日本には山々や離島といった「隠れる場所」はいくらでもあるが、広大な大陸のように「逃げる場所」があるわけではない(日本で戦うとは、いうなれば、高所の綱の上での戦いである)。そこで武人達の間で何度となく、試され、培われたのが、見苦しくない「潔さ」といった精神であり、死生そのものより、死地と生地を説けといった考え方が当書にも表れている。


◎『闘戦経』内におけるヒエラルキー

「兵術は草鞋の如し。その足健にして着すべし。豈(あ)に跛(は)者の用うる所となさんや」(草鞋は強健な足にのみ着用すべきもので、兵術も適材適所であり、足腰弱く歩けない者に用いた所で役立つことはない)としているように、兵術の根本は、兵の健康が前提であり、従って、最下層は「不健康者(不適合者)」、その上に「健康者」がくる。次いで、「術は却って力に勝るか」とあり、「大力」より「術者」(この場合、投石者より弓術者)を上とする。その上を「鋭い者」、頂点を「権威」とする。後世の兵法書である『甲陽軍鑑』の分類でいう、「兵法遣い」、「兵法者」、「兵法仁」は、「術者」に当たるといえる。そして、いかに知略に長けた将も、洞察力=鋭い者の前には見抜かれる。













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「明治憲法はまだ有効なのか?」

2017-07-19 09:04:29 | 日本

池田信夫さんが「明治憲法はまだ有効なのか?」について掲載している。
以下、要約し記す。



「占領憲法に関する請願書」

東京都の小池百合子知事が都民ファーストの会の代表を辞任し、野田数幹事長が代表になりました。野田さんは2012年に「東京維新の会」のメンバーとして「占領憲法に関する請願書」を出しました。

そこには「占領憲法(日本国憲法)が憲法としては無効であることを確認し、大日本帝国憲法が現存するとする都議会決議がなされることを求めます」と書いてあるのですが、なぜ憲法が無効なのかよくわかりません。「大日本帝国憲法(明治憲法)が現存する」というのも、この請願では根拠がはっきりしない。

ただこれは、まったくナンセンスな話ではありません。政府の公式見解では、今の憲法は「大日本帝国憲法の第73条による手続きで改正した」ということになっていますが、73条には「将来この憲法の条項を改正するの必要あるときは勅命をもって議案を帝国議会の議に付すべし」と書いてあります。

だから正式の手続きとしては、「憲法改正の勅令」にもとづいて政府が帝国議会に改正案を提案しなければいけないのですが、そういう手続きは踏んでいません。政府の出した明治憲法の修正案をGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)がパーにして、「マッカーサー草案」をもとに1週間で書かれたのが今の憲法です。

中身も明治憲法とはまったく違うので、本来なら「明治憲法を廃止して新しい憲法を定める」という手続きをすればよかったのですが、1946年10月に衆議院で明治憲法の改正として可決されました。この手続きに不備があったので明治憲法は今でも有効だ、という意見は成り立ちますが、そんなことをいったら昔の御成敗式目も大宝律令も、廃止の手続きはとられていないので今でも有効です。

それより実質的な問題は、マッカーサー草案は日本国民の代表者が書いたものではないということです。この点で憲法の正統性に疑問があることは、当時から法律家が指摘していました。これに対して東大法学部の宮沢俊義教授が1946年5月に打ち出したのが、「8月革命」という説明です。それによると

“この変革は、憲法上からいえば、ひとつの革命だと考えられなくてはならない。憲法の予想する範囲内において、その定める改正手続によってなされることのできない変革であったという意味で、それは憲法的には、革命をもって目すべきものであるとおもう(「八月革命と国民主権主義」)。”

革命というのは、フランス革命とかロシア革命みたいに、王様の権力を国民が暴力で奪い取るものですが、1945年8月15日に天皇の地位は変わらないで「革命」が起こったというのです。変な説明ですね。この憲法を制定したのは「主権者たる国民」ということになってますが、国民主権は新憲法で初めて定められたので、これは循環論法です。

宮沢もおかしいと思ったらしく、あとからいろいろ混乱した説明をしているのですが、そのうちこれが「通説」になってしまいました。それは東大法学部の憲法学の教授がそう決めたからだというだけで、論理的には成り立っていません。

だから「新憲法は無効だ」という野田さんの話もわからないことはないのですが、今ごろ明治憲法を復活するわけにはいきません。こういうややこしいいきさつをリセットするためにも、本当に国民の意思で憲法を改正したほうがいいと思います。













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「女系天皇とは何か?」

2017-07-18 06:44:18 | 日本

鈴木由充さんが「女系天皇とは何か?」について掲載されている。
以下、要約し記す。



「女系天皇」と「女性天皇」の違いについて、よく理解しなければならない。この問題は、2千年の皇室伝統を揺るがす大問題である。

「大切なのは、天皇が男性か女性かではなく、男系の血筋を引かれた方かどうかである。わが国の皇室は、男系の血筋をたどっていけば、歴代の天皇、初代神武天皇、さらに神話にまでさかのぼるという、世界に類例のない古い家系を誇っている。
ところが、女系天皇とは、母方(女系)の血筋を引く天皇という意味で、歴史上存在しない。例えば、愛子様が天皇に即位された時のことを考えてみる。愛子様が女性天皇になられた場合は、愛子様は皇太子殿下、今上陛下と父方の血筋によって皇位に就かれることになるので、男系の女性天皇であり、わが国の皇位継承の伝統を踏まえている。
しかし、愛子様が民間の方とご結婚をされ、その方との間に出産されたお子様が天皇に即位されたとする。この場合は、男女を問わず史上初の女系天皇となり、2千年来男系によって継承されてきた皇室の伝統が、この時点で断絶することになる。そうなれば、これはもう取返しのつかないことになる。


◎十一宮家の皇籍離脱

現在の男性皇族減少の遠因は、GHQ占領軍の圧迫によって昭和二十二年に十一宮家が皇籍離脱を余儀なくされたことにある。その十一宮家が皇籍離脱を検討した重臣会議の、次のようなやり取りがあった。

・鈴木貫太郎元首相
今日、皇族の方々が臣籍に下られることがやむおえないことはわかったが、しかし皇族が絶えることになったらどうであろうか。

・加藤進宮内庁次長
非常にその点は心配です。しかし、皇太子殿下もいずれご結婚をあすばされるでしょうし、また三笠宮殿下にもご子息がいらっしゃるのでなんとかなるとは思います。しかも、離脱なさる宮様方につきましても、これまでの皇室典範からいって皇位継承権を持っておられるのでございますから、皇族を下がられるにつきましても、宮内省としては全力をつくして充分な生活費をお与えし、品位を保つだけの費用は用意いたすつもりです。これについての成算はございます。「万が一にも皇位を継ぐべき時がくるかもしれないとの自覚の下で身をお慎みになっていただきたい」とも申し上げました。


◎結論

今まさに日本の歴史上、「万が一の時」に備えなければならない。
単に「女性宮家の創設」を阻止するというだけでなく、元皇族の男系男子子孫の方に皇籍の復帰!皇室に戻っていただき、真に「安定的な皇位継承を確保する」道を切り拓かねばならない。










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「観音経③」

2017-07-17 07:05:25 | 日本

<意訳>

仏は優れた姿をしておられるが、私は今重ねて次のことをお尋ねしたい。仏子は、どうして観世音と名づけられるのか。
優れた姿の仏は、詩の形で次のように無尽意菩薩に答えられた。

観音の修行がどんなに優れているかをよく聞くがよい。広き誓願は海のように深く、どれ程の時間をかけても人間の知恵には思いもおよばない。何千億の仏たちのもとで、大いなる清らかな願いを起こした。今私は、あなたのために簡単に説明しよう。
この菩薩の名を聞き、その姿を見て、心にしつかりとどめて空しく生きることがなければ、あらゆる苦しみは消滅する。
たとえ悪人が、悪意をもって燃えさかる火の穴に落とされても、観音の救いを心から念ずれば、火の穴はたちまち池に変わる。

あるいは大海の中を漂流して、龍や怪魚や鬼などに襲われても、この観音の救いを心から念ずれば、波の中に溺れることはない。
あるいは人に高い山の項きから落とされても、観音の救いを心から念ずれば、太陽のように空中にとどまることが出来る。
あるいは悪人どもに追われ、高い山から落ちても、この観音の救いを心から念ずれば、髪の毛一本傷つかない。
また強盗に囲まれ刀で殺されそうになっても、観音の救いを心から念ずれば、彼らの心はたちまち優しくなってしまう。
あるいは国王に捕えられ、刑場で処刑されそうになっても、この観音の救いを心から念ずれば、刀がばらばらに折れてしまう。
あるいは牢屋に入れられ、鎖につながれても、この観音の救いを心から念ずれば、たちまちに鎖は解けて自由となる。
あるいは呪いや毒薬のために命が危険にあっても、この観音の救いを心から念ずれば、殺そうとした人にそれらが戻っていく。
あるいは悪鬼や毒龍といったさまざまな怪物に出会っても、この観音の救いを心から念ずれば、どれもが害を与えないようになる。

もし猛獣に囲まれて、牙や爪で殺されそうになっても、この観音の救いを心から念ずれば、どこかへ走り去ってしまう。
とかげ、ヘび、まむし、さそりなどが毒気を吐いても、この観音の救いを心から念ずれば、念ずる声を聞くやはたちまちいなくなってしまう。
天がとどろき、いなずまが光り、ひょうが降り、大雨が降っても、この観音の救いを心から念ずれば、たちまちそれらは消散してしまう。
人々が困難にあい、さまざまな苦しみにさいなまれるとき、この観音の優れた力が、人々の苦しみを救ってくれる。神通力を全部そなえ、智恵に富んださまざまな手段によって、あらゆる方角にある国に姿を現わし、どんな国でも現われないことはない。

観音菩薩はさまざまな悪趣に出向き、地獄・餓鬼・畜生などによる苦しみと、生老病死の苦しみを、神通力と方便によって滅ぼしていく。
観音菩薩は真実の観、清浄の観があり、広大な智恵の観、憐れみと慈しみの観が備わっている。だからいつも観音菩薩の出現を願い、その姿を仰ぎみるべきである。

観音菩薩は汚れなく清らかな光に包まれ、太陽のごとき智恵の輝きがすべての闇を取り除き、よく炎の風や火を吹き消し、世間を照らす。あわれみの心は雷のように人々を守り、いつくしみの心が雲のように人々覆う。永遠の教えの雨を降らし、人々の煩悩の炎を鎮める。争いにまきこまれ法廷に連行され、戦場で死の危険にさらされたとき、この観音の力を念ずれば、あらゆる敵はみな逃げてしまう。

観音菩薩は優れた音、世間を観る音、梵天の音、大海の音を持ち、世界のあらゆる音に勝る音を持っている。したがって常にこの観音を念ぜよ。一念一念に念じて決して疑ってはならない。

この観世音という浄い聖者は、苦しみや死の苦難が訪れたときに、最後のよりどころとなるのである。あらゆる功徳を持ち、慈悲の目をもって人々を眺めている。その福の集まる姿は無量であり、だからこそ礼拝すべきである。
 









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