菅家一比古さんから言霊の華が届いた。
以下、要約し記す。
⇒
一昨日の夜、美し国の経営者連盟の月例会があり、参議院議員の山田宏先生がゲスト講師で来られました。松下幸之助翁が師としてどのように山田先生を育てられたか、それに対し山田宏がどう反応したか。松下イズムの凄味を味わった一時でした。
幸之助翁は、よく人から成功の秘訣を問われました。その時言っていたのは、「素直な心」であること、そして「運が良かった」だけと答えたのです。どんな苦境にあっても自分は運がいいと信じ切り、思い続けることだと。
不況の嵐が襲っても幸之助翁はそれをチャンスだと捉え、不況の度に業績を伸ばして行ったことは有名です。経営者連盟のこの日、博多からわざわざお仏壇のはせがわで有名な長谷川会長(経営者連盟会長)が駆け付けて下さり、山田宏、長谷川両先生を囲み、大いに盛り上がった会になった次第です。
長谷川会長のお言葉に、幸之助イズムと共通するものがありました。それは下降する時、即ち落ち込んで行った時、平常時、安定期の数倍以上のエネルギーが発生し、再生、再創造が行われるとのことでした。
確かに水の場合がそうであり、下って行く時の水の勢いは滝やダムのように大きなエネルギーが発生します。湖やダム湖の場合、エネルギーは発生しません。それが一度(ひとたび)流れ落ち始めた時、エネルギーは生まれるのです。
不況、不景氣の時こそイノベーションは進み、新しいパラダイムが創造されます。明治維新、徳川幕府が急激に落ち込み始めた時、新時代が幕を開けたのでした。
「失う時は、得る時」。失うことを恐れていては、新しいものを得ることができません。しっかり失うこと。捨てること。既存の価値観に縛られていては、時代から棄てられ、置いて行かれるのみです。宇宙はビッグバン以来、変化成長の連続で、時代の波、変化にいち早く対応した生物こそが生き延びて来たのです。
現在(いま)コロナ禍の中、大きな変化が訪れ、世の中は混沌としておりますが、幸之助翁が生きていたとしたら何と言ったのでしょう。きっと「チャンス」と言ったに違いありません。天変地異もウイルスも天国の使者か、あるいは地獄からの使者なのかは、私たち人間の心が決めるのです。
この世は全て、唯心所現(ゆいしんしょげん)に因り創り出されます。一見、不幸な現象が訪れたとしても、いくらでも心次第で幸福に転化でき、寧ろ、試練や逆境は天国からの、即ち神からのメッセージでありプレゼントだと捉えられます。
聖書のコリント人への手紙後書12章9節に「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」そして12章10節には「私が弱い時にこそ、私は強い」とあります。これはローマ人への手紙で有名な聖パウロがサタンに打ちのめされそうになった時、神に三度真剣に祈り、主なる神から頂いたメッセージでありました。
それを受けてパウロが悟った境地、「私が弱い時こそ、私は強い」だったのです。私はこのくだりが大好きです。苦境に立たされた時、人は真剣に自分と向き合い、祈り、考え、行動する筈です。
そしてそれによって変化成長が訪れます。人間が素直と謙虚になった時、宇宙の心と合一し、宇宙の力が私に注がれるのです。幸之助翁も長谷川会長のお言葉も、きっとそのことを言い表わしているに違いないと受け留めたのでした。